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生活基盤を整えようと思います

「いやー……まいったね。まさか無くなった腕まで生えてくるなんて思いもしなかったわ」


 もはやお約束となりつつある驚愕と絶叫。

 それに慣れつつある俺は、立ち直りもそれなりに早くなりつつあった。

 馴れとは恐ろしいものだ。こうして人は成長していくのだろう。俺、鳥だけど。


 俺は現在、見事に捌かれたあの襲ってきた怪鳥――ロック鳥というらしいが、そのロック鳥をグルーがどっからか持ってきた岩塩で美味しくいただいてるところだ。

 (ロック)というからにはさぞ固いんだろうと思っていたが、なかなかどうして。食べてみると案外そうでもなかった。


 共食いのようで最初は躊躇したが、やっぱ命を奪ったなら無駄にはできないし、焼き鳥は好きなので我慢できなかった。


 そうして一通り叫び終え、食べながら心配そうにしている三人……主にキキから色々と話を聞き、いくつかの謎を解くことができた。


 まず俺たちがいるのは《享楽の森》と呼ばれている森の東地点。


 《享楽の森》は画鋲みたい立つ断崖絶壁を中心に、広大な樹木が広がる魔物の巣窟で、深くなるにつれてその凶悪性が上がるそうだ。


 東側は比較的安全な方らしく、時折防具を身に着けた人間が訪れては魔物を倒していくので、普通の動物なども多く住み着いているらしい。まあ訪れるといっても本当に稀で、滅多には見かけないらしいが。


「よかった……。この世界にも人間はいるんだ」


 この話を聞いてまず思ったのはコレだ。

 なんとなくいるだろうとは思っていたけど、実際に見たと言われると安心する。


「ご安心くださいませ。主様に近づこうとする人間の排除など、今の我らにかかれば児戯にも等しいかと。これからは主様の傍を片時も離れず、常に付き従う影の如く御守り致します故」

「あ、うん。そだね」


 排除しないでください。仲良くしてください。お願いします。


 三人は先にも言っていたが、俺から離れろというのを『命令』だと勘違いして、遠巻きで俺のことを守ってくれていたようで。

 あのロック鳥の行動の意味も納得した。


 クオンは相手に幻を見せることができて、それを使ってロック鳥から俺を隠してくれていたようだ。

 上空で襲われたときや、ワザと空気砲を外されたときだな。

 あと焚火を起こしてくれたのもクオンだったらしい。


 残りの二人も、キキは果物を採ってきたり、俺の影に隠れての隠密活動。

 グルーは肉を。あとは周囲の警戒や外敵の排除をしてくれていたらしい。

 一度俺に見つかったことをグルーは気にしていたようなので、


「はっはっは! 俺の感知能力を誤魔化せるわけがないだろう! あれはグルーが悪いんじゃなくて、俺が優れていただけだから気にするな!」

「……御意」


 実際はただの偶然だが、こう言っておけば少しは気も楽になるだろう。


 こうして聞くと、こいつらが俺に尽くしてくれていることがよく分かる。

 これはあれだ、初めてのお使いを見守られていた感覚に近いかもしれない。スッゲー気恥ずかしい。

 思い返すと自分でも軽率な行動が多かったし、さぞ気を揉んだことだろう。ごめんな。


「でもいいのか? 今更だけど俺には戦えるだけの力はないし、これから行動を共にするとなれば足手まといになると思うぞ。そんだけの力を持ってれば、この森でも生きていけるだろ?」


 そりゃあ、一緒にいてくれるなら心強いが……俺は迷惑をかけてまで行動を共にしようとは思わない。

 片方が一方的に依存する関係は簡単に破綻する。これは前世から言えることで、これを軽く見ることはできないのだ。


 幸い東に向かえば人里があるのは分かったことだし、俺もどうにか生きられる算段はついている。


「折角すごい強いんだからさ、無理して俺に付き合う必要はないんだぞ」

「何を仰いますか主様! 今の我らがあるのは主様の慈悲の賜物! それを蔑ろにし、あまつさえ己が慾の為に使うなど以ての外! ――今や知恵を持ち自我を確立させ、魔力を保持できるようになり、〝魔族〟の末席に身を置くようになった私ですが、この命は主様の為だけに存命し、この力は主様だけの為に行使されるべきモノ。それはクオンもグルーも同じこと。主様に必要とされないこの身など、路傍の石ほどの価値もございません!」

「そ、そう……」


 あまりにも過剰な反応に及び腰になる。


「我らが不要とあらば、どうか――、主様に屠られる栄誉を賜りたく存じます」


 そう恭順の意を示しながら、キキは再度影から大鎌を取り出す。そして膝をつき、恭しく俺に差し出した。


「もうっ何言ってんだよキキってばっ! お前らの忠心が不要なんてそんなこと微塵も思うわけないじゃないか! うむ、善きかな善きかな。これからもより一層の精進に励めよ!」

「主様のお言葉、この胸に確かに刻ませていただきます」


 あれ、デジャビュ? ついさっきも同じことがあった気がするんだけど。

 違いがあるとすれば、先ほどは自分で首を切ろうとしていたが、今度は俺に切らせようとしているという事だ。つまりは悪化した。


 ヤバい。キキに苦手意識が芽生えそうだ。ちょっと思想が過激すぎてついていけない。


 俺の頬が引き攣るのを自覚していると、傍で蹲っていたクオンが身を擦りつけてきた。


「くぅ~ん」

「ん、クオンもありがとな」


 甘えるように鳴くクオンはこの中でも比較的マシな部類に入る。

 銀毛ということ以外、見た目は普通の狐と変わらないからか、クオンは妙に安心感があるのだ。


「クオンっ! お前はまた主様に馴れ馴れしく――! 破廉恥よ!」

「ク~ン」

「違うわよ! 私が言っているのはそういうことじゃないのっ! あれは主様がお許しになってのこと。決して不埒な思いからじゃないわ!」

「クゥーオ、クォン」

「このっ――屁理屈ばかり並べ立てて……!」


 クオンは小生意気そうな口を反らし、キキの言葉など右から左へと流しているようだ。見ている限りではいいようにあしらわれているような印象を受ける。


 しかしまあ、よくもあれで会話が成り立つものだ。俺にはクオンが何を言っているかサッパリ分からない。なんかちょっと羨ましいぞ。


「あれ、クオン。お前毛並みが良くなってないか?」


 そんなほのぼのとクオンを撫でていると、流れるような毛並みが指の隙間を縫うようにすり抜け、ふんわりと心地よい肌触りが肌を包む。

 最初撫でたときは少しゴワゴワしていたような気がするが。

 今は高級な毛皮を思わせる撫で心地だ。


「それは主様の加護を受け、クオンの『格』が上がったからでありましょう。元来、魔力を持たない動物だった私とグルーとは違い、クオンは魔物である妖狐種の銀狐。魔力を元から持っている分、主様からの恩恵が馴染むのに時間がかかっていると思われます。もう暫しの時間を有すれば、クオンも私たち同様に主様に仕えるに相応しい進化が成されるでしょう」


 ……だってさ。


 つまりはクオンもキキやグルーのように超進化する予定で、今はその前段階ということらしい。


「…………」

「くぉん?」


 ……しないでいいよそんなの。俺はモフナーというわけではないが、クオンにはこの愛くるしいままの姿でいて欲しい。


 この気持ちを例えるなら、友達とゲームをしていて、皆はどんどんレベルを上げて強くなっていくんだけど、自分だけが置いてきぼりをくらっている状況によく似ている。


 俺もレベル上げたい! 進化したい! ゴメンッ! やっぱり進化はしたくない! でも人型にはなりたい!

 みたいな?


「無理はしないでいいからな」

「くぅん?」


 俺が何を言っているのか分からないのか、小首を傾げる姿はまさに愛玩動物のソレだ。

 つぶらな瞳が甘えるように細まるのを見ると、一応は魔物らしいが、そんなことはどうでも良くなってしまう程にかわいい。


「それで主様、これからいかがいたしましょう」

「これから?」

「はい。主様のお許しが出た以上、私たちはどのように行動すれば宜しいのかと」


 そう言われて俺は考える。


 過程はどうあれ、コイツらが力を貸してくれるのは本当に心強い。ロック鳥みたいな怪鳥をあっさりと撃退できるんだ、大抵の脅威なら問題ないだろう。

 いや、我ながら他力本願で情けないと思うが、平和大国で生まれた身としては荒事はノーサンキュウでお願いしたいのだ。大目に見てほしい。


 でだ、俺としては人里でのんびりと暮らせたらそれが一番なのだが……そうもいかない。

 クオンならペットとして一緒にいられるだろうし、キキも性格さえ目を瞑れば美少女だ。〝魔族〟というのがどういう扱いかは知らないが、誤魔化せば人里で暮らすこともできるだろう。


「……」

「……」


 でもグルーはどう考えても無理だ。

 こんな大型生物、人前に出たら即狩られる。いや、グルーの実力からしたら逆に狩るだろう。

 俺に恩を感じてくれているにしても、俺の命の恩人には変わらない。幸か不幸か、グルーは俺と一緒に居たいらしいし、一人だけ置いてきぼりになんてできない。


 そうなってくると結局はこの森で生きていかなければならなくなるんだが……。


 そうなるとまずは拠点からだな。


「なあ、この辺で小屋とかってない?」

「小屋、でございますか?」

「そうそう。人間が時折にでも来るなら猟師小屋みたいな建物があると思ってさ。ああ、ないなら雨露を凌げる場所でもいいんだけど」

「そういえばそのような物があったような……」


 おおっやっぱりか!

 魔物を狩りに来る人間だ。おそらくゲームとかに出てくるハンターとか冒険者みたいな人種なのだろう。それなら簡易な建造物の一つや二つあってもおかしくない。

 滅多に人間が来ないらしいから、暫くの間はそこを拠点にして、今後のことをゆっくりと考えよう。


 ……ようは問題の先送りなのだが、それはまあいいだろう。


「よっしゃ! そこに連れて行ってくれ!」




 そうして案内されたのは湖畔からそう離れていない場所だった。

 考えてみれば水源の近くに拠点を置くのは当たり前か。

 森の中に続く川を下り、程なく進んだ開けたところにソレはあった。


 ボロボロの屋根に腐りかけの壁板。

 何年も放置され、誰も手入れをしていなかったと一目でわかってしまう外観。なんとか建物としての体裁を保っているものの、前世の感覚から言えば、犬小屋のほうがまだマシだろうと思えるくらいには荒れ果てている。


 ……まあ期待はしてなかったよ?

 所詮はこんな森の中にある建物だ。こういうものだと押して測るべきだったのだ。

 そう! 期待はしていなかったさ。――ちょっとしか!


 俺はもうこの世界に期待なんてしない。

 今まで期待に応えてもらったためしがない。

 裏切られるのが分かっているのなら、最初から疑ってかかってやる!

 実行できるかどうかは別にしてなっ!


「とりあえずは小屋の掃除と修繕からだな……」


 と、さっそく作業に取り掛かる。

 時は金なりって言うしね。いつまでも嘆いているより、行動を起こしたほうが有意義だ。


 小屋の中は案の定ホコリ塗れで扉を開けた瞬間に咳き込んでしまうほどだ。

 想像していたとはいえ、これは時間がかかりそうだ……。


 無謀な戦いだと揶揄されかねないこの戦い……だがしかし、稀代の策士である俺にはこの聖戦に勝機を見出していた。


「ふっ、まさかこのような場所でこの手を使うことになろうとはな」


 シャッキーン!


 俺は両翼を高々と掲げ、威風堂々とした恰好(ポーズ)を決める。


 右手に純白の羽毛。

 左手に穢れ無き羽毛。


 この最上級の両翼にかかればこの程度の障害などないも同然!

 飛び上がって天井付近の柱を一撫ですればあら不思議。まるでルンバが通った後のような、塵一つ落ちていない清浄な柱へと早変わり!

 こと掃き掃除に限り、この羽根はどんな箒でも並ぶことはできない掃除道具へと変貌を遂げるのだ。


 まさか鳥となったこのような身でありながらこのような利便性を発見し、このような圧倒的戦果を発揮してしまうとは。


 これならば人里に下りたとて、清掃屋として生計を立てていくことが可能であろう。


 俺は――自分の身体が恐ろしい。


「主様っ! 何をしておられるのですか!?」

「え、なにって掃除だけど」

「そのような雑事は我らにお任せすればよいのです! ――ああ、気品あふれる美しい御髪(おぐし)がなんてこと……!」


 どうやら俺の両翼は髪の一部だったらしい。

 俺の掃除道具(羽毛)についたホコリをねっとりと視姦するように落とし、「主様は外でお寛ぎになっていてください」と追い出されてしまう。


 逆らう隙がなかった。

 せっかく俺の本領が発揮できると思ったのだが、世の中そう上手くはいかないらしい。

 さっき反省したばかりなのに、もう既に世の世知辛さが身に染みる。


「とはいっても、このまま何もしないのもなぁ」


 行動を起こせば余計なことばかりと言われる俺だが、見た目美少女に掃除を任せて何もしないのは具合が悪い。

 何故か一緒になって外に出たクオンを抱きかかえながら思考する。

 隣には巨体過ぎて小屋に入れなかったグルーがお座りの状態でしょぼくれていた。


「このまま何もしないのも悪いし、俺らは食料でも探しに行く?」

「クォン!」

「…………」


 否はないらしい。

 とは言ってもバカデカい鶏肉の塊がある以上、狩りをする必要はない。

 多少は食べて減っているが、それでも消費し切れないだけの量がある。


「そんじゃグルーは残ってるロック鳥の解体を頼む。クオンは……俺と一緒で良いか。果物とかを探しに行こう」


 塩はグルーが持ってきたので困らない。だから今欲しいのは果物や野菜だ。

 同じ味ばかりではその内飽きてしまう。


 肉を取ってくれていたのはグルーらしいし、解体は任せても大丈夫だろう。

 クオンに案内を頼んで散策すれば迷子にもならない。いざとなれば飛んで帰ってくればいいし、そんなに時間はかからないと思う。

 割り振りをした後は別れて散策を始める。俺とクオンは森に出発した。



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