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不思議がいっぱい

 翌朝、俺は今人生二度目となる混迷の中に身を置いていた。


「なにこれ?」


 目が覚めて起き上がろうとすると違和感があったのだ。

 上体が持ち上がらない。一瞬金縛りかとも思ったが手足は動く。が、関節が妙なのだ。

 動くのに不便はないが、昨日とは動かし方が異なる。

 転がるようにして体制を変え、どうにかして起き上がると昨夜よりも視線が低い……気がする。


 おもむろに手を見ると、その正体が判明した。



 全身を羽毛で覆われ、2本の足先にはそれぞれ爪先に3本、踵に一本の鋭い鉤爪を持ち、口元には硬そうな嘴も見受けられる。振り返って見れば孔雀の羽をばらした様な尾羽が目に入った。


 器用な手の代わりに取り付けられたその羽を雄雄しく伸ばし、優雅に羽ばたけば人類の憧れである大空へとその身を誘ってくれるであろう。


 つまりは……




「あれ? 俺って鳥だったっけ?」


 全体像は確認できないが、まず間違いなくその姿は人型のソレではなく、完全なる鳥へと変質してしまっていた。


「…………」


 だがこんなことで俺は慌てない。

 昨日女になった時には醜態を晒してしまったが、人は学習する生き物なのだ。ふざけた大きさの大樹が存在し、人の腰元に翼が生え、男が女になってしまう世界なのだ。人が鳥になることだってよくあるだろう。慌てる要素なんてコレッポッチもない。こんなことで慌てていたらそれこそ驚きだ。


 むしろ鳥になったおかげで衣服の心配もなく、肌を晒すこともない。人型ではなくなったおかげで人としての未練が断ち切れたぐらいだ。異世界万歳。


 って、


「んなわけあるかぁあああああああああああ!」


 はあ!? 意味わかんないんだけど!

 どうすれば一晩で人間が鳥にメタモルフォーゼするんだよ!

 腰に翼が生えてた時点で人間と言えるのかは知らんが、少なくとも俺は人類のつもりだった。

 現存の法則を丸っきり無視する身体とか本格的に人間離れしてきやがった!


 神様は俺になんの恨みがあるのか。

 昨日は女にされ、今日は鳥にさせられる。

 それなら明日はなんだ? 魚類か? 爬虫類か?

 もしかしたら無機物にさせられる可能性だってある。


 冗談じゃない!


 なんの役にも立たない偶像の分際で人様を弄びやがって。

 神道系、仏教系、キリスト教系など数多くあれど、それらを雑貨に信仰する多神教である日本人。

 その中でも俺は無信教である。

 イベントを楽しく過ごせれば良いといういい加減な俺だ。クリスマスの翌週には初詣に行く節操のない日本人を舐めるなよ!


 (ばち)? そんなもん知らん!

 俺にだって信仰の自由がある。どうして信仰もしていない神に罰なんて与えられねばならんのか。

 文句があるなら今ここに来て堂々と言えばいい。ふざけやがって。

 わざわざこんな遠回しな嫌がらせをするなんて、神様ってのはよほど性悪だと見える。もしも俺が死んで神様とやらに会う機会があったらその性根を叩き直してくれよう!


 そんな感じであらん限りの罵詈雑言(ばりぞうげん)を吐き出して、俺が正気に戻ったのはそれから十分後のことだった。

 見苦しいところを見せた。

 いきなりの展開に俺も混乱していたんだ。見逃して欲しい。



 溜まった鬱憤を偉大で懐の深い神様にぶつけてスッキリした俺は、喉が渇いたので湖に行き喉を潤した。

 その際、湖面に映った姿はどっからどう見ても純度100%疑う余地もない完全無欠な鳥そのものだった。


 全長は一m程度で、羽を広げればもっと大きく見せられる。一度試しにやってみたがエリマキトカゲになったようでいい気はしなかった。


 今の俺は鳥だ。

 穢れを知らない処女雪のような翼に変わりはなく、猛々しく燃えるような紅い瞳もそのまま。頭には冠のような飾り羽が生え、翼以外の羽毛には淡い色合いが散りばめられている。


 ペットショップで見かけたら思わず見惚れてしまうような姿だが、いざ自分がその立場に立ってみるとなんにも嬉しくない。これならまだ昨日の美少女のままの方がマシだった。少なくとも人型であっただけ良かった。


 俺はいったいどこに向かっているのか。将来が不安である。

 少なくとも人型への戻り方を習得しなければまともな職にはありつけないだろう。

 マジふざけんな☆


 鳥になりながらも飛行せず、とぼとぼと就職先に思い悩みながら湖畔を歩いていると、無意識のうちに昨日漁をした場所まで戻って来ていた。


 こんな成りでも帰巣本能はあるらしい。

 初めて目覚めた場所だけに無意識下で思い入れでも抱いているのかもしれない。


 そう言えばせっかく獲った魚を放置していたことを思い出し、野生動物のエサになっていなければ腐る前に処分しなければならないだろう。


 そう思って辺りを見回すが……一日の成果が山となっていた場所には魚はない。

 代わりに見たこともない果物のような物が三つほど置かれていた。

 思わず周囲を見渡すが……魚が果物に変わった以外は特に変化は見受けられない。


「なにこれ?」


 いや、別に魚の量に比べて果物の交換比率がおかしいとか言ってるわけではない。


 俺としては既に野生動物に献上した気分だったし、どう処理しようか悩んでいたところなので、無駄にならずに済んだのならむしろ感謝したいぐらいだ。それについては思うところはない。

 ただ、なんで魚が果物に変わっているんだという話だ。


 野生動物の仕業だろうか?


 だとしたら驚きである。まさか野生の中にも物々交換という概念があるとは思わなかった。


 そうだとしたらこの世界の動物の知能は中々に高いことになる。もしかしたらその内話しかけられるかもしれないな。

 そうなったらそれはなんと言うか……メルヘンだ。シュールではなくメルヘンチックだ。


 いやいや今はそんなことはどうでも良い。

 俺は置かれた果物を観察する。

 俺でも食べられるのだろうか?

 魚の時のような失敗は侵さない。今の俺がお腹でも壊して動けなくなれば、それはそのまま死に直結する。よく考えてから動くべきだ。


 俺は気を引き締めて出所の知れない果物を訝しげに観察するが……それは長くは続かなかった。


 空腹が限界に達していた俺は驚異的な跳躍で果物に近づき、圧倒的な空腹感に苛まれながら貪りついた。

 そもそも見ただけで毒があるかどうかなんて分かるはずもないのだ。それならば観察するなんて時間の無駄だ。

 食べられるかどうかは俺の舌と腹が結論を出してくれる。


「うんめぇ~~~~~~」


 結果は良好だった。

 味は酸味の強いリンゴのような物で、シャリシャリと耳に心地いい音を立てながら味わう。

 正直本当に美味しいのかと聞かれれば悩むが、空腹は最高のスパイスとはよく言ったものだ。今だけは最高に美味しいと断言できる。


 三個あったリンゴモドキなんてあっという間に完食してしまう。

 まだ物足りなくも感じるが、それでもお腹に入れられたというだけで余裕のようなものができる。

 ありがたい。これも日頃の行いの成果だろうな。日々神様に祈りを捧げていた価値があったというものだ。


 ありがとう神様。もしも矮小の身である私めがアナタ様に出会う機会に恵まれたのなら、渾身のドロップキックをお見舞いしたいと思います。首を洗って待っていやがっててください。


「はあ……」


 吹き抜ける風が俺の羽を撫でて気持ちいい。

 少しお腹が膨れたことによって気分が落ち着く。俗世から離れた世捨て人にでもなった気分だ。

 こんなにも穏やかな気持ちにさせられるのなら、なるほど。案外悪くないものだ。


 ……鳥でさえなければもっと良かったのに。ああ世知辛い世知辛い。


 やけっぱちになりかかっていた俺は、俺が俺として覚醒する前に知り合った三匹の獣たち。クオンとキキとグルーだったか? アイツらのことを思い出していた。


 我ながら鳴き声を名前にするなど安直でネーミングセンスの欠片もないと思うが……まあそこはいいだろう。不思議とあの時はそれが当然だと思っていたんだ。


 それよりもアイツらには悪いことをしてしまった。せっかく仲良くなったのに、追い返すような真似をしてしまったことが心苦しい。

 あれだけ怖がらせてしまったんだ。恐らくもう会うことはないだろう。

 しかし、それも道理である。


 野生動物は火を恐れる。


 中には焚火をすると興味本位で寄ってくる場合もあるとテレビの動物リポートで言ってた気がするが、基本的には近寄らないものだ。

 まして、昨日のように怒鳴り声をあげて摩訶不思議な白炎の猛威を垣間見ればもう近づこうとは思わないだろう。

 この世界の動物の知性が高いと仮定するのであれば尚更だ。誰が好き好んで危険に飛び込むというのか。


 そのことに一株の寂しさが湧くが……今更どうしようもない。

 せめて健やかに生きてくれればと思う。



 とそこに、ガサガサと茂みが擦れる音がした。


「え?」


 もしかしてあいつ等が戻ってきたのか!? と慌てて振り返ると、


「…………」

「…………」


 熊みたいな熊らしき生物とバッチリ目が合った。


 相手はなぜか動かないでこっちをキョトンと見ている。

 エロ本を読んでいるときに親が部屋に入って来た感じに似ていると思う。俺はそんな経験ないけど、たぶんそんな感じだ。


 その仕草を見て可愛いなんて思う余裕なんてなく、俺はもちろん逃げたよ。


 空を飛べるとか、身体能力が上昇してるとか忘れ去って、すぐさま湖に飛び込んださ。

 水泳選手が見惚れるぐらい見事な飛び込みだったね。


 だって熊みたいな熊らしき生物だよ?

 熊みたいであって決して熊ではない。

 俺はあれを熊とは認めない。


 グルーのような愛らしさを兼ね備えた小柄な熊ではなく、正真正銘のファンタジー生物。

 腕を起点に体中にルーンのような幾何学模様が広がっていて、見るからに『俺、ヤンチャしてんだ』と言わんばかりの風体。体長は四足歩行で優に三メートルを超えると思う。立ったらどれだけ大きいのか想像もつかない。


 仮にあの生物を熊だとしても俺の選択にミスはなかったと断言できる。

 熊に出会ったら死んだふりとか、木に上れとか言われてるけど。あれって迷信だから。


 死んだふりは見す見す餌になるようなものだし、木に登れる熊だって存在する。熊は足も速いから走って逃げるなんて論外だし、戦うなんてもってのほかだ。

 話しかけると良いとも聞くが、命を懸けて試そうとは思わない。


 まあ、誤算があったとしたら俺が鳥になったのを忘れていて、羽が水を吸って上手く泳げないでいるという点だな。

 羽毛って水を弾くと思ってたけど、白鳥のようにはいかないね。

 いやー、勉強になったわ。


 ……なんて考察している場合じゃないっ!


「ぶぅごごぼっ……ぱっ、ち、じぬ――!」


 ヘルプ! 誰か助けてくれ!

 これはヤバい。死ぬ。冗談抜きで死ぬ!

 泳ごうにも手足が思うように動いてくれずバタつかせる結果になるだけ。

 呼吸をしようとするたび、酸素の代わりに水が入り込んでくる。

 体がだんだんと沈んでいくのは恐怖以外の何物でもない。


 ああ……今世もこれで終わりかよ。


 次第に力も抜け、どうしようもないのだと理解していく。

 諦めが胸中を覆う中、視界の端にはさっきのファンタジー生物が湖に足を踏み入れているのが見えた。

 俺を餌にするつもりなのかもしれない。

 そのせいで飛沫が上がり、波に攫われて俺は完全に水中に沈んでいく。


 土座衛門になってから捕食されるか、生きたまま捕食されるか。

 どっちみち俺の命はない。

 どうせなら気を失ってから食べて欲しい。痛いのは嫌だ。


 ファンタジー生物の太い腕が俺を捕まえる。


 あぁ、まだ意識があるのに……。


 弱肉強食の自然界。野生動物のルールに従って俺は美味しく食べられてしまう。

 来世があるかは分からんが、これで終わりか……。

 俺は覚悟を決めた。


「ふぎゅう……」


 完全に脱力した体を背に乗せられ、岸まで運ばれる。そして壊れ物でも扱うように地面に降ろされて、熊っぽい生物はノシノシと森へと帰って行った。


「……へ?」


 そう。帰って行ったのだ。

 俺を食べるどころか傷一つ付けずに。まるで気遣うように。

 熊って鶏肉は食わないのか? と考えてみるが……そんなわけがない。


「見逃された……というより助けてくれた?」


 俺が自意識過剰じゃなければそうなのだろう。

 自身の姿に怯えた鳥が湖に飛び込んで溺れ、それを助け、怖がられないように身を引いた。

 字面だけ見ると酷いな。俺が完全なる間抜けじゃないか。


 これはどう受け止めればいいのだろう?


 素直に感謝できればいいのだけれど、意図が読めない。

 普通なら人命救助だと割り切れるのだが……今の俺は鳥であり、ここは野生の王国なのだ。なにか裏があるのでは、と疑ってしまう。


 ………………なんだよ裏って。

 自分で言ってあり得ないなと思う。どこの世界に損得勘定で動く獣がいるのか。


 ……異世界ならいるのか?


 ……いるかもしれない。いや、いないと信じたい。

 まあいい。

 いくら考えても鳥頭じゃたかが知れている。だったら今は命が助かったことを素直に喜ぼう。


「すー……はー……すー……はー……っよし!」


 俺はマイナスイオンを多分に含んだ空気を思いっきり吸い込んで、呼吸を落ち着かせる。

 まったく、この世界は危険に満ち溢れていやがる。恐ろしいことこの上ない。

 俺みたいな鳥如きがこれから生き残れるのだろうか?

 そんな漠然とした不安が脳裏をよぎる。


「…………」


 無理じゃね?

 今回は何故か救われたが、あんな恐ろしい生き物が跋扈(ばっこ)する森になんて、いつまでもいられない。一刻も早く人里に下りて身の安全を保障したい。


 この世界に人間がいるかは置いといて、俺みたいな奴がいるんだ。少なくとも人型の生物はいるだろう。

 そこでなにかしらの役割を担って、俺の有益性を証明すれば匿ってもらえるかもしれない。

 ……なにそれ超名案。


 そうと決まれば人がいそうな場所に向かわなきゃだけど。

 現時点でその可能性があるのは、空から見た馬鹿デカい城なんだよね。


 ヤベーよ。コエーよ。

 あれって絶対に王族とか住んでるよ。

 王権を振り回す暴君とかだったら俺の命なんて即殺だよ。


『むっ! 怪しい奴め。鳥鍋にして食ってやる!』

「お許しください! 私はしがない鳥。貴方様に犯意などございませんっ」

『クックック、中々の大きさではないか。食い応えがありそうだ……それに実に美しい。さぞ味も美味であろう』


「イヤーッ! ヤメテェえええ! せめて、せめて揚げ物に! 鍋はイヤァアアアアア!」


 無理無理無理無理! 王様とか危険すぎる!

 美味しくないから!

 俺なんて食べても絶対に美味しくないから! 命だけは助けてくだされッ!


《……ふ……ふふ。おも…………ひ……すね》


「笑いごとじゃないからなっ! こちとら渾身の未来予測だっつーの!」


 確かにぶっ飛んだ予測かもしれないけど、あり得ない話じゃない。

 所詮今の俺は鳥。人権なんてないんだ。


 今の俺には話し相手になるか、食材になるかぐらいの価値しかない。

 鳥権なんて奇特な制度を導入しているとも思えないし、味方が一人もいない状況でこんなナイトメアモードの世界でどないしろっちゅーねん!

 城に行くにしても、まずは遠くから観察して安全を確保してからになるだろう。


 ……ん?

 てかさっきの声って誰?


 辺りを見回すが特に変化はない。

 見た目だけは平和な森が広がっている。


「ふぅ、空耳か」


 これは本格的にマズイな。

 幻聴とか、気づかない内に精神が追い詰められてきた証拠だ。

 早くどうにかしないと。


 幸い、この森にはさっき食べたリンゴモドキがあるようだし、まずは食の体制を整えなければ!

 栄養失調による幻覚症状とかだったらどうしよう……。


 いや! 考えるな!

 ポジティブに行こう!

 ボジティブ・オブ・シンキングッ!



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