だってバカだから
「親切にしてくれた相手には最低限の礼儀を払うべきだろうよ。俺としても恩の押し売りがしたいわけじゃないよ? でもさ、やっぱりさ、それを踏まえた上でもお前たちの態度は悪すぎるんじゃないの? ただでさえお前らって俺を食おうとして返り討ちにあった立場なんだしさ、もう少し殊勝な態度でも罰は当たらないよね? あまりにも目に余るようならこっちにだって考えがあるからな」
「ばい、ずびばぜんでじだ……」
「ごべんなざい。ぎをづげます……」
「なら良し! 以後注意するように!」
ボコボコになりながら正座で反省する魔族。それを見上げながら偉そうに腕組みをしながら胸を張る鳥。
生態系の構図が乱れた瞬間だった。
「あぁ――主様、なんと、なんと荘厳な佇まい。闇を好む私ですら誘われてしまう皇玉の輝きが、私の瞳には眩しくも尊い光となって包み込んで来るようです……!」
「……うん、キキはちょっと黙ってようね。それ間違いなく幻覚だから」
「それに引き換え――比べることすら遠く叶わぬ虫けらの分際で、再三に渡る主様への無礼の数々を披露した大喰鬼のなんと無様なことか」
俺に向けていたキラキラしていた瞳がブラザーズに向けられると一転、命を路傍の石とも思わぬ視線がブラザーズに突き刺さった。
「せめて主様を楽しませるための余興として、その無様な命を散らせなさい」
「やめたげてっ! 命は一つしかないの。余興でこの子達の命を奪わないであげてッ!!」
「主様はなんとお優しい……! このような取るに足らない塵芥にすら向けられる慈悲の威光。偉大なるそのお姿にキキはただただ感服するばかりでございます!」
相変わらず、すぐにデストロイしようとする危険思想。俺が少し偉そうにしただけでタガが外れたように美辞集麗句が飛び出し続ける。
もうね、俺が偉大とかじゃなくてキキが尊大だよ。
ブラザーズは大きな身体をガクガクと揺らしながら互いを抱き締めて震えている。誰も喜ばない禁断の一ページのようだった。
そりゃ従属させようとしたり殺そうとされればそうなるよ。怖いもん。
「それでキキ。なんで小屋が木材に還元されてるのかそろそろ訊いてもいいかな?」
ギクッーー! と傍目から見てても分かるような反応を示すキキ。余程触れられたくなかったのか、あたふたと取り乱す姿は年相応に見える。
これまで非常に非情な姿しか見てなかっただけに新鮮だ。微笑ましくすらある。
「も、申し訳ございません主様っ! 私の力が及ばず主様の期待に応えることが叶いませんでした。お役目を果たす事ができないような不出来な私に、どうか罰を。――いえ、満足に用途を満たせぬ私など存在価値がございません……あ、あるじさまの、お役に立てぬわたしなど……ひっぐ……罰ではなく破棄を……短い間でございましたが、御身に仕えることができた事……ゴミクズにも劣る私にとって……えっぐ……過ぎたる、ひっぐ……栄誉でございました……」
……ごめん、全然微笑ましくなんてなかった。物騒なだけだった。
ポロポロと涙を溢すキキの姿は保護欲をそそるが、言ってることは自らの人権を放棄して物としての処分を求めている。
意識高い系どころの話ではない、意識を投げ売りしちゃってる。タダ同然の大盤振る舞いだ。
「お目汚しとなりますが、最後に大喰鬼の集落を殲滅し、その後に果てようかと思います。大喰鬼如きの集落一つではささやか過ぎるかと承知しておりますが、これが無知蒙昧な我が身に成せるせめてもの忠誠心……。せめてこの功績を手向けとし、僅かばかりの慰めとさせていただければ幸いにございます……」
もう俺にはキキが何を言っているのかが理解できなかった。
あれ? 確かボロ小屋が無くなっただけの話だったよね? もしかして違った? どっかで国でも亡びたのかな?
クオンとグルーを見てみれば『さらば友よ……』みたいな雰囲気を出しちゃってるし。
…………命って……随分と軽くなったんだな……。
遠い目をしながら白目を向きそうになる。いくら野生とはいえ、これは殺伐とし過ぎではなかろうか。
そして俺以上にキキの発言に慌てたのは、集落を潰されると聞かされたブラザーズだ。
「ににににににいちゃん! オレたちのしゅうらくがなくなっちゃうよ!」
「どどどどうするおとうと! このままじゃオレたちゼツメツしちまう!」
家族や仲間が暮らす集落がキキの理不尽な暴走によって滅びの憂き目にあっているのだ。超可哀想。
「キキさま、おねがいだあ、なかまたちはみのがしてくれぇ!」
「しゅうらくには、まだうまれたばかりのこどもだっているんだ……!」
「黙りなさいッ! 存在する価値すら無い下級魔族の分際で主様の決定に口出しするなど身の程を弁えろ! 次にその汚い口を開いたらその瞬間干乾びさせるわよ!!」
息継ぎすらしないで言い切ったキキの暴言にブラザーズは沈黙する。
代わりに、震えながら慈悲を乞うような視線を送る先には…………俺がいた。
…………え……なんで俺が命令したみたいな扱いになっちゃってるの!?
違う、違うよ! 俺はそんな事なんて欠片も望んでないからね!? そんな人でなしを見るような目で俺を見ないで!!
「それでは主様。この不肖たるキキ、最後の徒花を咲かせに行って参ります。……主様の……その巍然たるお姿を、二度と拝見できない事だけが心残りでございますが……御身に仕える事を許された幸運は、望外の喜びでございました。――キキは……キキは、主様に出会えて、本当に幸せで、ございました……!」
「……落ち着けキキよ」
今にも身投げしそうなメンヘラコウモリ。目尻に涙を浮かべながら、過去最高にキレイな笑みを浮かべるキキに、俺は待ったをかけた。
「主様……私は」
「キキよ、赦そう」
厳粛な言い回しや雰囲気につられて、俺の口調まで自然と硬くなってしまう。
「お前の失態も、過ちも、その全てを我が赦す」
「しかし――ッ!」
言い募ろうとするキキを片翼で制し、
「案ずるな、此度の失敗は予め既定したものであった。お前は優秀だ。高い知性、優れた戦闘能力、それは誰しもが認めるところ。――しかし、お前は優秀なだけに、転び方を知らぬのではないかと我は危ぶんだのだ」
できるだけソレっぽく。
もっともらしく聞こえるように。
「如何に優れた者であったとしても間違いを犯さずに生きるなど土台無理な話。いつか取り返しのつかない過ちを犯す前に、ここで一度『期待を寄せる』お前には失敗を経験しておいて欲しかったのだ。例えいつか挫折を味わうことになったとしても、その経験を次に活かせるようにな」
ここまで言うと、キキの暗かった表情は光を取り戻し。
俺に向けられる視線はキラキラを通り越し、ビームが出そうなほどに輝いていた。
「我を見縊るな。全ては我が手の平の上よ」
「ああ――嗚呼、嗚呼ッ! なんと、なんという思慮深さッ! なんという慈悲深き御言葉ッ! 私のような愚鈍で愚昧で愚物な愚にしかつかない愚者に、なんて温情溢れる寛大な――!!」
「キキよ、同じ愚ならば愚直を示せ。失態を犯したのならそれ以上の功績によって自らの信頼を取り戻せ。安易な死など、それこそ愚の極みでしかない。故に…………故に……えっと……なんかこう……うん、いい感じで! 穏便な感じでおk!」
「ハッ! 主様よりの至上の御言葉、この身この魂にしかと刻み込みました! 不甲斐無い私などに目を掛けていただいた御恩、必ずや功績によって報いて御覧いただきたく存じます!!」
……上手い言葉が見つからず、キキに随分とゆるい至上が刻まれてしまった。
だが俺は、若干の後悔などおくびにも出さず、
「うむ、くるしゅうない。よきにはからえ」
最後まで尊大な態度でやり切ってやった!
わかる。わかるよ。その気持ちはよ~~くわかる。
ここで必要ないかもしれないが一応言っておくぞ。
これはただ、ボロ小屋が壊れただけの話である。
いまさら言う必要もないかもしれないが、続けて言っておくぞ。
この世界にはおバカさんしかいない。確定事項だ。
「我が命に変えましても」
「期待しているぞ」
跪いて頭を垂れるキキ。グルーとクオンも追従する形で忠誠を示す。
……その光景を見て、こいつ等には意識改革が必要だ。必然とそう思い至る。
そうじゃなければ重すぎて俺の命が先に潰れてしまう!
前にじいちゃんが言っていた。
『友と道を違えるのは構わない。だが友が道を踏み外そうとした時、正してやれるのが本当の友なのだ』下半身を露出させ、パンツを引き破りながら言ったあの姿を今でも鮮明に覚えている。
じいちゃん俺やるよ!
正直、今となってはこいつ等が友達かどうかは微妙だけど、隣人を愛するような人格に俺が洗脳して見せるよ!
「オレたちのしゅうらくはどうなるんだ?」
「ニイチャン、オレはらへってきたよ」
完全に蚊帳の外となったブラザーズは途方に暮れていた。
でもコイツらは放っておいても大丈夫。だってバカだから。
忠誠を示す態勢のまま動かないキキたち。その頭には既に大喰鬼の集落のことなんて消え去っているのだろう。だってバカだから。
俺はこれで一先ずの安心が手に入ったと思っている。だって、バカだから。