ブラザーズ、尾の下に眠る
「まてー!」
「マテー!」
「仕事しろよ俺の生存本能っ! あいつらどう見たって悪役側だろうが!!」
ろくに働かない俺の本能を叱咤して。
気の抜けるような声に追われ、世の無情さに瞼を濡らす。
なんでっ、なんでなの(隣の)お爺ちゃん! みんながボクをいじめるんだ!
ボクは何も悪いことなんてしてないのに。
ボクはただ仲良くしたかっただけなのに。
みんなで寄ってたかってボクを悪者にしようとするんだよ……!
「はぁはぁ……ようやく、おいつめたぞぉ」
空を飛ぼうにも遅い初速では棍棒に潰されてしまうし、木々を障害物にしてみたが巨人は気にしたそぶりも見せずに薙ぎ払ってしまうので時間稼ぎにもならない。
そして打開策も見つからぬまま方向を見失い、乱雑に走り回ったせいで逃げ道を完全に塞がれて、ついには追い詰められてしまっていた。
「にしても、みたことねえとりだな。ロックちょうのこどもか?」
「そんなのどうでもいいんだよ」
「あれ? おとうと、ロックちょうってなんだっけ?」
「にーちゃんはバカだなぁ、いつもくってるさかなだよ」
「そんなのはどうだっていいんだよ」
「はらへったぁー」
なんて頭の悪そうな会話なんだ……口調も内容も雰囲気もバカそのものではないか。
絶賛死の危険に遭遇中だというのに緊張感に欠けてしまう。
こんなバカな兄弟に食われるのだけ絶対にイヤだ! こいつらに食われるくらいならまだロック鳥に喰われた方が万倍マシだよ!
俺が同意を求めてクオンを見ると、小首を傾げて俺を見つめていた。
あらやだかわいい。
「まっるやき、まっるやき~♪」
「まっるやき、まっるやき~♪」
このデブ巨人ブラザーズめ、すっかり俺を喰えるつもりでいやがる。
追い詰められてはいるが別に捕まったわけではないってのに。
浮かれて小躍りするさまは見苦しいうえに喧しい。
……とはいえ、真っ向から対立しても逃げられる見込みは薄い。ならば元人間様であるこの俺の高度かつエキセントリックな交渉術がこの状況を打破するカギとなるだろう。
「あの~御二方、わたくしめに一つ提案があるのですが、よろしければ聞いていただけないでしょうか?」
でへへへ~と揉み手ごしでそう言えば、デブ巨人二人は踊るのをやめて顔を見合わせる。
「ていあん?」
「どうしよう、にーちゃん」
「どうするもこうするも、どうだっていいだろ」
「それじゃ、まるやき?」
「はらもへってきたし、まるやきだな」
「まー、まー。聞くだけ、聞くだけでいいから聞いてみましょうよ! もしかしたらとんでもなく重要なことかもしれませんし、事実ご兄弟にとって有益な情報ですしね! 自ら可能性を狭めるのはよくないと思うな~うん、良くない良くない。ここはわたくしめの話を聞いて得をするのが両者にとって最善の選択だと思いますよ! ね! 思うでしょ?」
どんなに怪しくてもせめて聞くだけ聞いて欲しい。
そんな都合の良い悪態をつきながら必死に言い募ると、巨人兄弟は再度顔を見合わせる。さっきと異なるのは顔色を青くして、どこか怯えるように俺を見ていることだ。
「こっこいつ! オレたちがきょうだいだって、なんでしってるんだ!?」
「……は?」
意味が分からない。これが正直な俺の感想だ。
自分たちでさんざん『にーちゃん』とか『おとうと』とか呼び合っておいて、なんで知ってるもクソもないだろうに。
むしろこれで兄弟ではないと言われた方が驚いてしまう。
「にーちゃん、なんかこいつきもちわるいよ!」
「もしかしたらシンカした、とくべつなとりなのかもしれない」
「きっとそうだよっ! そうにちがいないよ!」
「そういえばことばもはなしてるし、オレたちとおんなじマゾクなのかもしれねえな」
…………。
こいつら間違いなくバカだ。この短いやり取りで、俺の極めて優秀な頭脳はそう結論づけた。
「なぁ、お前らって食い物探してるんだろ? だったら俺みたいな腹の足しにもならない小さな鳥じゃなくて、もっと食い応えのある飯を食おうぜ。なんだったら俺の拠点に来るか? そうすればロック鳥の肉がほとんど丸々残ってるんだが」
もしかしたらこいつらはただのバカではなく、天元突破したバカなのかもしれない。だとしたら都合が良い。
言葉が通じるのだし、言いくるめてしまえば生存する機会も生まれてくる。
ここが残された最後のチャンスだ。俺はここぞとばかりにプッシュしてマウントを取りに行く。
「肉は食べやすいように捌いてあるし、血抜きもしてあるから間違いなく美味いぞ。俺も昨日食べたけど、いやはやあれは絶品だったね。あの味を知らないだなんて人生の十割は損してるね、うん。一度食べたら夢中になり、二度食べたら癖になる。そして三度食べたらやめられない。量も味も俺が太鼓判を押して保証しようじゃないかっ!」
そして一度小屋に戻ってしまえばこっちのものだ。
あそこには心強い味方キキがいる。ちょっと危ない思考回路をしている奴だが、こと戦闘に限っては信頼している。相手が二人というのが不安要素ではあるが、この巨人兄弟よりも大きな巨体であるロック鳥をいとも簡単に打倒したのだ。心配はいらないだろう。
もしかしたらグリーが既に戻ってるかもしれないし、そうなれば勝利はより確固たるものになるだろう。
完璧だ! 完璧過ぎるほどに完璧な作戦だ!!
俺は自分の知略が恐ろしい。出る杭は打たれるというし、いつか俺の才能に目を付けた輩に襲われないか不安になってしまう。
……。
まあ、とはいえだ。こいつ等だって腹が減ってるだけのようだし、素直に付いてくるのであれば本当に肉を分けてやってもいいだろう。
なんだか悪い奴らではないようだし、何故だかわからないがこのバカっぽさにどこはかとなく親近感が湧いてくる。
優秀な頭脳を持つ俺だというのに不思議なことだ。
どうせロック鳥の肉なんて食べきれないほど余ってるんだ。食べきれずにダメになってしまうよりも、誰かにあげた方がよっぽど健全だ。
食材は無駄にしない。これ主夫の鉄則。
みんなも食材を無駄にせず、ご飯も残さず食べようね。大きな鳥さんとの約束だ。
「どうする、おとうと」
「どうしよ、にーちゃん」
マヌケ面で相談する巨人兄弟。
緊張感があるんだかないんだか。
俺は固唾を飲んで見守った。
「とりあえず、すっごくうまいのはまちがいなさそうだな」
「きいてたらよけいにおなかがすいてきたよ」
「オレもだ」
と、何故か視線が俺に向く。
「うまそうだな」
「うまそうだね」
「たべちゃうか」
「たべちゃおうよ」
「ヒャッハァアアアーーーーッ!」
「ヒャッホォオオオーーーーッ!」
「「まるやきだぁあーーーーッッ!!」」
なんでいきなりテンションメーター吹っ切ってんだよ!
「だから待てって! 今俺を食べるよりも、俺の言うことを聞けばよっぽど美味くて大量の飯が食えるんだってば!」
「もうおなかすいて、ガマンできない」
「おまえ、いいニオイ。すっごいうまそう。いままででいちばんたべたい」
その後も色々と説得を試みたが聞く耳を持たれなかった。
「うまそう」「いいにおい」「くう」の繰り返し。
……こいつらはアレだ、目先のことしか考えていない典型的なおバカさんだ。
ちくしょうっ! 損得勘定もできない相手に交渉なんてハナッから出来るわけねえだろうがコンニャロメ!!
「じゃあさっそく」
「ころして、にげられないようにしなきゃだね」
振り上げられる棍棒。背後は樹木の壁。逃げ道は皆無。
「俺に優しくなさ過ぎるだろ、この世界……」
わーい! またまた死にそう五秒前!
俺は涙目になりながら、お決まりになりつつある命を諦めた。
マンネリ? 違う、これは王道だ。
俺の命が狙われるのは、予想するに値しない至極当然で、平々凡々で、呼吸するのと同じくらい当たり前の事柄になりつつある。
ハハッまたか……みたいな。
……イヤな王道だ。
死の危険を搔い潜ってきた歴戦の戦士たる俺は取り乱すような事はしない。
それはもう、ロック鳥のときに散々やったから。
「南無三……!」
挽肉行きの~ベルトコンベアを流れるのが~我が運命と見つけたり~
辞世の句を詠みつつ、俺は目を強く瞑り、少しでも痛くありませんようにと願った。
…………
……
………………………………ん?
だが、いつまで経っても痛みが襲ってこない。まさか痛みすら感じずに死んでしまったのだろうかと考えていると、
「妾の運命の御方を前にして、大食鬼如きが何をいつまでも囀っているのかえ?」
鈴を鳴らしたような、だがそれでいて凍えそうなほど厳かな美声が耳朶を打つ。
恐る恐る目を開けてみると、そこには大人二人は軽く跨れそうな巨体が俺を囲うように佇み、艶やかな尾が音もなく棍棒を受け止めていた。
流れるような銀毛が、風に揺られて羽毛を撫でる。
その状況は、ピンチの時に限って現れる、遅刻型ヒーローと類似していた。
「ヌシ等など、妾の敬愛する主がその気になれば塵芥が如き一瞬で灰塵と化すというに、主がお優しいからと付け上がり、あまつさえ手にかけようとは何たる不遜な態度か。主が楽しんでおられるようであったし、妾も愛玩物として可愛がられたいがために見逃しておったが――もう我慢の限界よ。主様を殺す? ……数えるのも馬鹿らしい無礼の数々。妾の堪忍袋の緒が切れそうだぞ!」
言い終わった矢先、棍棒を受け止めていた尾は巨人ブラザーズを腹這いに薙ぎ払い、凄まじい速度で樹木に叩きつけた。そこに一切の躊躇も戸惑いもない。
「…………なんだ不甲斐無い。ちと撫でてやったぐらいで気を失うとは。ここまで脆弱であると怒りを通り過ぎて哀れみが湧くではないか……」
険が弱まり拍子抜けた美声。視線の先では二体の巨人がダラリと力無く項垂れていた。
おい誰か! ゴミの収集日を確認しろ! 萌えないゴミが出たぞ!
――――クォーーーーーーーーーーーーーーン!
唐突に、クオンが雄叫びを上げる。
間近での大音量だったがうるさいとは感じない。
それはついつい聞き惚れてしまう美声と相まって、勝利の鬨ではなく讃美歌のようにも聞こえた。
「んん? 早いな。もう来おったか」
数秒のち、ドスンッ! と何かが空から降ってくる。
正体を探る必要もない。その姿形はこの森で唯一慣れ親しんだ相手だったからだ。
「……主」
「主様ッ!」
グリーとキキ。もはや居るだけで安心できる俺の仲間達。
二人は着地するや否や俺の足元に駆け寄り跪く。
「……」
「無礼者が現れたと伝え聞き、作業の手を止め恐れ多くも遅参いたしました。罰の方は如何様にもお与えくださいませ」
グルーの読めない表情も、大袈裟なキキの口上も、今の俺にとっては気にならない。
ドッと力が抜ける。
どうやら知らず知らずのうち、俺は無条件で安心してしまうぐらいにはこいつらを頼りにしていたようだ。
危機に瀕した際に駆けつけてくれる仲間達。それがどれだけ凄いことか。
不覚にも嬉しいと感じてしまった今日この頃。この胸に湧き出す温かさが無性に面映ゆい。
「俺が不用心だっただけだから気にしないでくれ。来てくれてありがとな。スゲェ―嬉しかった。なんかちょっと感動しちゃったよ」
「……ッ!」
「私たち如きになんと勿体ない! 遅参したこの身を罰するどころかそのような御言葉を頂けるとは……!」
「クオンもありがと……な、ってあれ?」
勢いよく頭を下げたグルーと大袈裟に喜ぶキキ。
二人に感謝を述べてから、俺を守るために巨大化してくれたクオンにもお礼をと思ったのだが……。
「……なんか縮んだ?」
「くぉん?」
先程までの巨体は消え失せて、俺の足元で行儀良く座りながらかわいく小首をかしげるクオン。
かわゆい。
「…………いやいや、なんで元のスモールサイズに戻ってんの? さっきまでビッグサイズで大暴れしてましたやん」
「くぅ~ん?」
「……いやいやいや、そんなキュンキュンな顔で見つめてもダメ。俺は誤魔化されないよ。ちゃんと説明しなさい。あの艶な言葉遣いとかどこいったし」
「クゥぉ~~ん……」
「…………」
「クォん……くぅ~ん…………?」
「………………………………ま、いっか」
「クォン!」
潤んだ瞳で見つめられ、足に身体を擦り付けてくる小動物を前に、俺の心は容易く陥落した。
たぶんさっきのは幻覚とかそんなのだろう。クオンって相手に幻覚を見せられるってらしいし。俺の冴えわたる勘がそう告げている。
「もう~しょうがない奴だなぁ」
「クぉ~ん、くぅーん」
なんだか鳴き声がわざとらしくなっている気もするが、そんな細事は気にしない。
俺はクオンを抱きかかえて撫でまわし、一通り楽しんだ後はクオンを肩に乗せる。そしてクオンは直ぐに俺の首に巻きついた。
どうやら俺の首がクオンの定位置のようだ。いつか本物の毛皮にされないことを切に願う。
「ぐぬぬぬっ……クオンの奴め! 主様のご厚意に甘えて好き放題しくさって! 私だってその場にいたら主様に褒めてもらえたはずなのにぃ!」
背後で地団駄を踏みながら恨み節を吐くキキ。それをグルーがなだめている。
黒いゴシックドレスを身に纏った美少女が、巨体の熊に肩をポンポン叩かれてるとか……凄い違和感。
そんな光景をスルーして、俺は気絶しているブラザーズに近づく。
涎を垂らして白目を剥いている姿はどう好意的に解釈しても見苦しい。
図体がデカいので、二人揃うと迫力満点だ。
「こいつらどうすっかなぁ」
このまま放置するには危険な存在だ。復讐でも企てられたら厄介かもしれない。
……もっとも、このブラザーズの頭なら起きた時にはもう俺のことも忘れてそうだ。
それに俺を食おうとしやがったのだ。こいつらには相応の罰ってやつを与えてやりたい気持ちもある。
しかし妙案は浮かばず。
アホ面を晒しながら気絶しているこいつらを見てると、なんだかどうでもよくなってしまう。
豚や牛ならまだしも、言葉を話す相手をどうにかしようとするのは野生初心者である俺にはハードルが高い。
そうやってあれこれ悩んでいると、キキが一つの解決案を提示する。
「主様に牙を剝いたのです。こんなバカがこれ以上現れないように見せしめとして派手に殺しましょう! 全身の血を吸って四肢を捥いで晒せば、どんな下等な相手でも主様に逆らうことの愚かしさに気付くはずです!」
まるでデートプランを思いついたかのように、嬉々として惨殺しようと提案するキキに戦慄する。
同じ魔族であるらしい相手なのに容赦の欠片もない。
更に恐ろしいのは、グルーとクオンも「それいいかも」みたいな空気を出していることだ。
「それじゃグルー、私が血を吸いつくすからアンタは両手両足を切り取りなさい」
「…………請け負った」
あまりにも自然な流れで事に当たろうとする二人を見ながら俺は呆気に取られていた。
関係ないけど、グルーの単語以上の言葉を聞いたのは初めてだ。
「…………ハッ! ちょっちょっと待った!」
気絶しているブラザーズに歩み寄ったキキを見て、呆然としていた俺は我に返った。
「どうなさいましたか主様?」
「いやほら、いつも助けてもらてて我が儘言うのもアレなんだけどさ、なにも殺さないでもいいんじゃないかな? こいつ等も腹が減ってただけみたいだから、うちに余ってるロック鳥の肉でもあげれば大人しくなるって」
「主様がそう言うのなら私はもちろん否はありませんが……しかし主様、この無礼者は恐れ多くも主様に害意を向けたのですよ? この知性の欠片も感じさせない肉風船どもには身の程を思い知らせた方が宜しいのでは?」
「腹が減ったら誰だって気が立つし、俺もこうして無事だった訳なんだから今回だけは大目に見てやろうよ? な?」
この大食鬼という魔族、どう見たって食べられそうにないしな。
俺はちょっと殺されて食べられそうになったが、それもまあ……いつもの事だ。野生ならば仕方ない。もう慣れた。
やっぱり言葉を話せる相手を殺すというのには抵抗を感じてしまう。
ブラザーズが俺に言った「美味しそう」というのも褒め言葉として受け取れば…………うん、そこまで悪い気はしない。
……感覚、狂ってきたのかなぁ…………。
「あぁ――あぁあああッ! 我が主様のなんと偉大なる事かッ! このような塵芥にまで優しき御心を砕くとは……ッ! この第一の下僕キキ、矮小な我が身に恥じ入り、主様の広大な懐に感じ入るばかりで御座いますっっ!!」
「あー……うん、そっちも慣れてきたよ」
「私は寛大なる主様と出会えた事を天地開闢を成した主様に感謝せずにはおられません!」
「俺、世界なんて創った覚えないからね? いや一応。……なんかもう、俺が何言っても好意的に解釈しそうな感じなのね」
本当に俺の事を慕ってくれてるんだよね? 実はバカにしてるとかじゃないよね?