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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第五章 三つの世界 編
98/439

第092話 其は偉大なる―――

 連休2/3日目。漸く話がもう一歩進みました。

「やほー♪三日ぶりです、皆さん」

「やほーて。あれだけの事やらかしといてよく堂々と街中に居れますね、アンタ……」

「衣装を変えれば案外気付かれないものですわ」


 今朝の爆撃騒動から数時間程が過ぎ、残暑の日差しが上空高くよりじりじりと照り付ける時間帯。公都内部は変わらず騒然としたままであった。

 その騒動の原因となったジャミラ達は、現在正門の外に立つ大樹の下で簡易テントを立て、優雅にお茶などを淹れている様子が遠目に見える。


「俺っちの眼には向こうにもサリナ嬢が居る様に見えるんだが、こりゃ一体どういうこった?」

「何でもジャミラさんの奥の手の一つなのだそうです。あの人形(ヒトガタ)に対象の神秘力を込めて天響族特有の術式をかける事により、一定時間コピーのような物が出来るという話ですわ。それにしても、後ろからこっそり驚かそうとしていましたのに、やっぱりバレちゃいますのね」


 釣鬼の疑問にそう種明かしをしながら、サリナさんは少しばかり不満げな顔でそう零す。何処から調達したのか目立たぬ町娘然とした衣装に身を包み、ギルドカウンターで良く見た覚えのあるあのにこやかな笑顔で見事にこの場に溶け込んでいた。一応これは、非常時の想定敵地潜入任務だというのに相も変わらず気負った様子すら見られないんだよなぁ。経験から来る余裕かそれとも性格か……天然ではない事だけは間違いないが。


「ピノちゃんがばっちり感知してたもんね」

「フフーン」

「チッ……可愛気の無い幼女ですわね」

「理不尽ダ!?」


 その後再び人気の無い高台へと移動をしながら、その道中にサリナさんとの情報交換をする。

 俺達は身バレを回避する為に門の付近に近付けなかったのもあり、釣鬼の聞き耳だけでは状況がよく把握出来なかったのだ。聞き取りに関してならば、常人よりも鋭敏な聴覚を持つ扶祢の方が適任ではないかといった意見もあるかもしれない。実際に俺達も当初はその案を出しはしたのだが、当の扶祢がつい先程までサリナさんの一件でむくれて使い物にならなかったからな。

 それにまぁ……仮に使い物になったとしてもだな。普段のこいつの性格からいざ聞き取りの状況を想像するに、周囲の音を全部拾っちゃって結局何が何だか分からないといった、悲しい結果になりかねないのではと皆が感じてしまったのも不採用の一因として挙げられるだろう。残念ながら三者三様のその痛い沈黙が本人にも伝わってしまったらしく、余計にお冠が続く原因ともなっていたのだが。


 どうやら公都側は信じられない事に、話し合いに応じる旨をジャミラ達へと伝えてきたそうだ。

 公都側からの対話要求には如何にも裏が有りそうにも思えるが、サリナさん達と別れた後のサカミでの事情を軽く聞いたところ、宣戦布告にも取れる発言をしてきた使者達は正式な公国の所属ではないのではないかとの話だ。少しばかり事態が動き過ぎて状況が把握し切れないが、ジャミラの予想では話し合いが成立するかどうかは五分五分位だろうとのこと。


「それで身一つでも動ける(わたくし)のみ一人別行動を取り、皆さんへの連絡員と不測の事態へ対する伏兵を兼ねて街中へ入り込んだですけれども……」

「騎士団勢揃い、って感じになっちゃってますよね」


 だなぁ。今や正門前には百人以上にものぼる騎士団の面々に、見事なマントと徽章をこれでもかという程に身に着けた将官までもが出向いてきていた。まるで、こういった表向き不穏とも取れる不測の事態が起きるのを予測していたかの様な―――


「――これは予想外でしたわ。いくら天響族とは言え、ジャミラさん一人にでしたらそこまで警戒もしないだろうと踏んでいたのですけれども」

「見事に警戒されちゃってるよネ」

「この世界では天響族の伝説が必要以上に誇張されちまってるっつぅ事なのかね」


 俺達からすれば天響族イコール、ジャミラという個人でありまたサカミの町の住民の一部だが、三つの世界(トリス・ムンドゥス)の人々にとってはこの世界の小人族(ドワーフ)達を滅ぼして大陸の覇権を切り取った、人類が人造人間(レプリカント)という対抗手段を創り出すまで全く歯が立たなかった昔話の化け物だからな。これは人の恐怖心というものを甘く見てしまっていたか。


「ですが軍全体で見れば殺気立ってはいるものの、あの将官は随分と落ち着いた様子に見えますし。騎士達も抜剣までは許可されていない様子ですから、恐らく話し合い自体は行われることでしょうね」

「なら警戒すべきは狙撃のみ、か」

「そう、なりますわね」


 サリナさんの言葉の裏を即様読み取った釣鬼は、話しながらも既に辺りを見回し予想されるであろう狙撃ポイントを探り始めていた。元傭兵だった経験もあり、この辺の慣れと切り替えの速さは流石だな。


(わたくし)は騎士団が動いた際の封じ込めを担当します。皆さんにはお手数かけますが、念の為狙撃ポイントの割り出しと周辺の警戒をお任せして宜しいでしょうか?一応アデルとゴウザさんの二人が守りに付いてはいますが、万が一という事もありますので」

「了解っ。サリナさんも、もしかしたらばれるかもしれないから気を付けてくださいね!」


 朝方から立て続けに様々な事が起こり、やや混乱気味ではあったがこれで一応の指標は出来たな。俺達は気持ちを入れ替え、重要な裏方仕事への意欲に燃え上がる――と、そこに妙に悪戯っぽい物言いでサリナさんによる衝撃の事実が齎される。


「お気遣い有難う御座います。皆さんも今朝の追跡は初心者にしては見事でしたが、それに過信せず逆探知などにはお気をつけ下さいね」

「……えっ」

「あの時居たノ!?全然気付かなかっタ……」

「うふふ、これも経験の賜物と言う事で。ではでは――」


 嘘だろ……ピノが気付けなかったという事は、最低でも100m以上離れた場所から俺達の動向を把握してたのかよ!?更に先行して追跡に集中していた釣鬼は兎も角として、その手の警戒に関しては俺達まだまだだという事を痛感させられてしまう。

 茫然とする俺達へ一礼をし、サリナさんは野次馬の中へと消え往く――俺達も今はショックで固まってる場合じゃ無いな、早速周囲の警戒に当たるとしよう。


 ・

 ・

 ・

 ・


「心当たりは一通り当たっちゃみたが、狙撃兵の類は見当たらねぇな」

「今まで巡ったポイントにも、特に後から何か来た様子は見られないネ」


 サリナさんと別れて後に俺達は怪しいと思われる狙撃ポイントを廻る。サリナさんの忠告に従いピノの探知だけではなく、併せて俺達もポイント周辺を虱潰しに捜索したが特に異常は見当たらなかった。


「対話も無事に始まったみたいだね」

「これで何とか一安心、ってところか」


 サカミ組と公国の将官達との接見が無事始まったのを見て取って皆一様に一息を吐く。しかしほっとしたのも束の間―――


「――そりゃあ良かった。ところで何が一安心だったのか、可能なら僕にもお聞かせ願いないかな?」

「「「……ッ!?」」」


 何時の間に、居た?ピノはつい先程まで周囲の探知をかけ続けていた筈だというのに。


「おっと、物騒な事は謹んで貰おうか。何故かって?そりゃあ決まっている、僕ぁ喧嘩はからっきしなのでね」

「……そういうお前ぇは、どちらさんだぃ?」


 珍しく釣鬼が殺気を前面に出し、低くくぐもった声による問いを正体不明の男へと投げかける。俺でさえ一足飛びで届きそうなこの距離だというのに俺達はこいつがこの場に来る間、釣鬼ですらその気配を察知する事が出来なかったというのか……。

 薄っぺらい笑顔を貌に張り付けながらこちらを眺め、貫頭衣を身に纏う正体不明の優男。齢の頃は二十は過ぎていると思われるが、時には柔らかいイメージな若者で、次の瞬間老練な壮年とも思える正体不明な印象を抱かせていた。


「いや、人造人間(レプリカント)信者達をようやく非主流派へと追いやる事が出来たと思ったら、まさか昨日の今日で更に怪し気な一団がやってくるとはね。騎士団長の奴、またストレスで毛根の後退が進んでしまうかもしれないなぁ」

「つまり、アンタは公都側の主要人物の一人ってことか」

「んーそうと言えばそうだし、でも僕は表向きにはただの食客扱いだからなぁ。微妙な所だね」


 また随分と胡散臭い奴が出てきたな……この物言いを聞く感じ、今直ぐこの場でやり合うなどといった雰囲気では無さそうだが。


「なら、お前ぇは裏の人間ってことだな?」

「……いやあの、そう断定されると否定出来る要素があまり無いのだけれども、怖すぎるので出来ればもう少しばかり殺気を抑えて貰えると嬉しいかな~、なんて思ったり?」

「どうどう、抑えろ抑えろ」

「釣鬼ちょっと落ち着こう?」


 先程この男の気配を感じ取れなかった事に余程警戒感を抱いたのか、釣鬼先生の戦争スイッチがオンに入りかけてしまったらしい。俺達まで腰が引き気味になりながらも、扶祢と二人でどうにかそれを押し留める。


「ンデ、結局お前は誰なのサ?」

「うん?うーん……この世界の現状を憂いて立ち上がった、大いなる黒幕(フィクサー)ってところ?」


 何だこの男、演説時のジャミラなんか目じゃない程の胡散臭さなんだが……それを聞いた途端に釣鬼も脱力しながら殺気を引っ込めてしまい、皆が皆一様に胡乱気な目でこの優男を半睨みしてしまう。


「訳分からないと言えば君達だってそうじゃないか。大鬼族(オーガ)の恰好をした吸血鬼に、妙な進化を遂げた金狼と上位妖精族(ハイフェアリー)、果ては懐かしの狗神や妖狐の気配まで。特にそこの妖狐ちゃんは……随分と不穏なモノをお持ちの様で?」


 そいつは俺達を見回し、最期に扶祢の全身を舐め回す様に見回した後に貌を厭らしく歪め、そう言ったのだった―――






 ―――気付けばそいつを打ち倒し、止めの一撃を入れようとした所で扶祢と釣鬼の二人がかりで両腕を抑え込まれていた。内より突如沸き起こった衝動のままに狗神(ミチル)を身に纏ってしまい全身瘴気で包まれた俺を抑える二人の腕からは赤黒い煙が上がり、同時に発する凄まじい臭気も相まって顔を苦渋の色に歪ませながらも、二人共俺を離す素振りすら見せようともしない。


「ミチルッ、ハウス!」


 その号令を合図に俺の身体を取り巻く瘴気は消え去り、同時に二人して力尽きた様子で地面へとへたり込んでしまう。


「悪ぃ、アレの話まで出てつい……」

「それは解らんでも無ぇけどよ、こいつのこの面を見て、それでも殺る気を維持出来るか?」

「うん……私も一瞬頭が真っ白になったけど、むしろ頼太の突飛な行動の方が衝撃ですぐ頭が冷えちゃったよ」

「うぐっ」


 扶祢にはそんな事を言われ、釣鬼に促されるままに落ち着いて俺が打ち倒した優男を見てみると、見事に顎がひしゃげた状態で鼻血と吐瀉物を撒き散らしながら情けない顔で失神をしてしまっていた。


「……もしかして、俺やらかした?」

「少なくとも、さっきまで俺っちを押し留めてた奴のやる事じゃねぇのは確かだな」


 ぐはっ、これは手痛い返しを受けてしまった。


「まァ頼太もサ、扶祢の事が心配だったんでショ」

「ふふ、ありがと」

「………」


 もう直前までの緊張感漂う空気は何処へやら、恥ずかしさで皆と目を合わせる事すら出来やしない。穴があったら入りたいとはこの事だぜ……。


 ・

 ・

 ・

 ・


「――ふぅ、いきなり酷い事するなぁ。僕、即殺しにかかられる様な事なんてしたっけ?確かに妙な疑念に駆られる発言はしちゃったかもだけどさぁ」

「面目次第も御座いません……」


 ピノの治療を受けどうにか意識を取り戻した優男へ対し、地面に手をつき膝をつき深々と頭を下げる俺。本心では今もあまり良い印象を持てない奴ではあったが、明らかに一方的な思い込みによる殺人未遂まで行ってしまうのは論外だからな。結果、この現状に悔やみながらもひたすら謝罪を入れ続ける羽目となってしまった。


「もしかして頼太。【終わらせるもの】の話を想起しちゃってたとか?」

「う……」


 扶祢に言われ少しばかり逡巡し、無言のままコクンッと頷きで返す。


「やっぱりな、俺っちも頭に浮かばなかったかと言われりゃ嘘になるけどよ」

「だよネ~」


 だってさぁ!当時のシズカから聞いたあの話とこの世界の現状と照らし合わせて、んでさっきのあの貌に台詞と来たらそう勘違いちゃっても無理ないじゃんよ!?笑われるかと思ったが皆似た様な事は考えていたらしく、微妙な表情をしながらもそれ以上責めてくることはしないでくれた。しかし思わぬ方向から大笑いされ、その相手を確認して少しばかりイラッとしてしまったのは大目に見て欲しいというものだ。


「ぶひゃはははははっ!!この僕が!【終わらせるもの】!?こいつぁしてやられたねっ!」

「ビキビキ……」

「頼太、声に出てるヨ」


 うぉっと、しまった。幾ら腹が立つとは言えここでまた切れたらただのチンピラだ、落ち着け落ち着け。


「あははっ……あ痛っ!?」

「ッ痛ぅ……この瘴気ってのはやっぱしんどいモンだな。ピノの回復でもすぐには治んねぇしよ」

「ごめんネ?」


 そうだった。俺の纏った瘴気というものは、生者が触れると皮膚が爛れ、生命系へ深刻なダメージを与える特攻効果を持つのだったか。


「悪い……」

「まぁ仲間を抑えるのもパーティ面子の仕事の内だ。今回はそこの兄さんには悪ぃが仕方の無ぇこった」

「うんー。でも本当に気を付けてね?ミチルだから抑えてはくれてるけど、瘴気というものは本来人が扱いきれるものじゃないって母さんも言ってたし」


 うん、そうらしいな。死せるモノの持つ圧倒的な負の方向の活力であるが故に、一歩間違えれば使用者自身がその影響を受け破滅に導かれてしまうらしいからな……本当にミチルに感謝だぜ。


「何だい、それやたら痛いと思ったら瘴気だったのか。どれ、見せて御覧?」

「えっ、ちょっ……」

「なん、だと?」


 言いながら優男が寄って来て扶祢と釣鬼の腕に手を添える。そして一瞬形容のし難い何かが弾けたその後には、元の傷一つ無い二人の健康的な腕がそこにあった。


「エエッ!?どうやったのソレ!」

「フッ、これぞ我が秘奧……とまぁ恰好付けてるとまた殴られかねないし、君達はどうやら彼の狂神についても識っているらしい。勿体ぶらずに僕も素性を明かす事としようか」


 ピノでも直ぐには治しきれなかった二人の瘴気による傷をあっさりと完治させたその優男は、胡散臭さを更に前面に押し出しながら宣言する。


「今を遡る事三十余年前のこと……心の光明の消え去ってしまったこの現世へと転生を果たし、今は公国の陰でこっそりと少しずつ歪んだこの世界を修正しようと企む、大いなる黒幕(フィクサー)。それがこの僕、錬金術師ヘルメスさっ!」


 錬金術師ヘルメス。間違いなくシズカとの別れ際に聞いたあの【三重に偉大なヘルメスヘルメス・トリスメギストス】の事ではあるのだろう。しかし、それを前提とした上で敢えて言わせて貰おう。


 やっぱりコイツ、胡散臭すぎる。神々しさとか何処行った。

 錬金術なんて元々胡散臭いモノなのです(偏見

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