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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第五章 三つの世界 編
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第090話 潜入捜査はつらいよ

「――これは?」

「キルケーさんの身体の精査時に発見したものです、昨夜治療の際に取り除きまして。ジャミラさんとも意見交換をしたのですが、キルケーさんは呪いに冒されていたのではなく、これがキルケーさんへの思考制御の役割を果たしていたようですわね」

「宝玉の内側にうっすらと紋様が見えるだろう?この紋様パターンは天響族の使う指令紋様のそれと酷似していてな。さっき話した感応通信にも流用されている技術なんだが、このタイプの紋様は生物の精神へ働きかける効果があるんだよ」


 恐らくはキルケーがクロノさんに差し向けられた時は紋様に支配されかけていたという事なのだろう。それが、クロノさんの眼には呪いとして映ったと。


「それで今際の際に正気に戻らせ更に心を抉るってか……とことんクソッタレなやり口だなオイ」


 全くだ。幸いあちらさんが早まってキルケー共々に攻撃をしてしまい、その衝撃でキルケーは瀕死ながらに正気を取り戻した、そして、人造人間(レプリカント)達による自爆からその身を呈してクロノさんを庇い、そのまま共に逃げおおせたという事になるらしい。


「出来る事ならば、このわたしが直接行って成敗してやりたい位だ。だが、サカミの守りもあるからね――釣鬼、これを預けておこう」

「こりゃぁ……サリナ嬢、良いのかぃ?」

(わたくし)はもう知りません。たまにはこいつもギルマス以下全員から説教を喰らえば良いんですわ」


 アデルさんから受け取ったある品を見て釣鬼は思わず確認を取るが、対しサリナさんは不貞腐れた様子で返すのみだった。そう、その品とは―――


「――時空ポケットか」

「既に公都への帰路に着いた使者から遅れる事半日以上が経過しているからね。荷物はなるたけ少ない方が良いだろう?」

「町の連中からの情報だと連中はまだマイコニド火山を大回りしているらしいからな。このクシャーナからならば、海沿いを急げば公都へ入る前には姿を捉える事が出来るだろう」

「それとその珠ですが。ジャミラさんが少々細工を施して下さいまして、ある種の波長を逆探知する事が可能となっています。大まかな距離と方向に反応して脈動する程度だそうですけれども、捜索の助けにはなるかと」


 言わば探知機の様な物か。在り合わせの改造品故に精度はそう高い訳ではなさそうだが、手掛かりすら無しに探る苦労を考えれば相当難易度は下がるからな。これは嬉しいな。


「つまり、それを使って連中の拠点を突き止めれば良いんですねっ」

「くれぐれも気を付けてな。奴等の悪意は尋常では無いぞ」


 意気込む扶祢にクロノさんがそう忠告をしてくれる。

 初対面の時に真っ先に心情の指摘をした扶祢へ対し思う所でもあったのか、クロノさんの俺達に対する中では扶祢に対して比較的柔らかい対応になっている気がする。キルケーに対する気遣いもそうだが、根は情が深い人なんだろうね。アデルさんは普段から大雑把で取っ付き易い性格をしているが、こういった表情は滅多に見せないからな。これは新鮮で眼福というものだな。


「何だい。頼太もあんな風に優しくして欲しいのかい?よしよし、良い子良い子」


 相変わらずの勘の良さで俺の心情を目敏く読み、俺の頭をぽんぽんと撫でてくれる耳長族(エルフ)もどきのおねいさん。おのれ、お子様扱いしてくれおって!


「そのニヤニヤ笑いを止めて頂けるともっと嬉しいんすけどね……」

「うふふ。それでこそ頼太さんですわね」


 それ、褒めてます……?


 そうそう、クロノと言う呼び名についてだが。

 【泡沫の新天地】への参加、つまりは俺達と拠点を同じくするという事で、いい加減剣姫や彼方此方のアデルもないだろうとアデルさん達も名を呼び分ける流れとなったんだ。

 クロノさんは別に剣姫で構わないと言っていたのだけれどもね。アデルさんが自分だけ『アデル』と名乗るのは筋違いだとよく解らない拘りを見せ、サリナさん達と同じく共に行動する間はお互い本名は呼ばずにいこうといった話になった。


「ふっ……ではわたしの事は『(ティーガー)』とでも呼んでくれっ!」


 ―――本人以外の全会一致で不採用となった。


「何故だよっ!?重戦車の意味合いもあるし、正にわたしにぴったりな呼称じゃないかっ」

「貴女ね、少しは自分の外面(そとづら)も考慮に入れなさいな。言いたくはないけれど戦乙女(ヴァルキリー)の伝承を彷彿とさせるその見た目と装束で『虎』だの『重戦車』だのと自慢気に名乗られて敵軍の空気が白けたらどうするのよ?」

「別に良いじゃないかそんなもの。どうせ蹂躙するだけなんだから」


 国の一軍を相手取っても蹂躙すると言い切れるのは凄まじいが、一方でこうも思う。この人どれだけ二つ名好きなんだよと。数日前にサカミで宴を開いた際にも途中でお流れにはなかったものの、自ら率先して二つ名募集をしていた程だ。

 それはそれとしてだ。確かにジャミラもアデルさんの戦い方ならば、人造人間(レプリカント)相手でも相当な優位のまま戦闘を進められるとは言っていたけれども。一般の人造人間(レプリカント)達は高速治癒と恐れを知らぬ精神が戦争での用兵と言う意味では厄介なだけで、個々の戦闘力自体はちょっと強めの熟練兵程度らしいからな。


「あのね、今度の戦いはジャミラさん達がこの三界での新たな勢力となる為の儀式なのよ?ただ勝てば良いのではなくて、全軍総当たり、若しくは計略も用いて『人間』としての真っ当な手段による勝利を相手側に見せ付けなくてはならないのよ。その辺り理解出来たかしら、次期伯爵候補さま?」

「む……そうか、そう言った側面もあったね。では詳細不明の仮面の戦士、AAA(トリプルエー)と言う事でどうだろう。こう、蝶の様に華麗に舞って蜂の様に刺す感じで」

踏破獣(トランプラー)の如く突撃して甲鎧竜(タートルドラゴン)の如く叩き潰すの間違いではないかしら?AAA(トリプルエー)なんて呼び方も正直どうかと思いますし、アイブリンガーで良いですわね」

「……サリナの馬鹿ぁっ!」


 結局アデルさん達は渾名ではなく姓で呼ばれる事となり、可哀想にアデルさん、いきなり叫び出していじけてしまった。見事な手綱の操作でござるな、サリナ殿。


「……もしかしてクロノさんも、あんな風に駄々捏ねたりしちゃうんです?」

「わ、わたしはあんな恥ずかしい真似はしないぞ!?」

「ブレア、相方の扱いが慣れているわね……羨ましい」

「やだやだっ!わたしも二つ名を名乗るんだあっ!」


 横を見ると扶祢がどうでも良い様な、しかし本人にとっては大問題となりかねない質問を容赦無くクロノさんに投げかけていた。うん、これを機に扶祢と仲良くして貰ってクロノさんもシェリーさんみたいに柔らかさを付けて貰えれば嬉しいものだね。未だに年甲斐も無く駄々を捏ね続ける、そこの残念美人みたいになって貰っては困るけれども。

 シェリーさんもシェリーさんでまた羨ましそうな顔でASコンビを見つめていた。うーん微笑ましい。






 クシャーナを出発して間もなくのこと。俺達四人と二匹はサカミ防衛面子達と別れ、海沿いを南下して公都への道中を急ぐ。今回はいつだかの廃坑からヘイホーへの帰還時とは違い、アデルさんから預かった時空ポケットのお陰で皆荷物も少なく快適に移動が可能となっていた。

 道中だだっ広いステップ地帯に差し掛かった際に、リニアモーターカー理論を思い出したピノが土魔法により台座を作りショートカットしようと言い出した。


「着地時には風障壁によるクッションエアバッグ効果を利用するから万全ダヨ!」

「なら良いんだけどな……」


 試しに作らせてみた実物を見たところ、動力源がスターターとなる台座部分のみでどう考えても俺達が弾丸としてどこかに激突しそうな落ちに思えたので、まず実験として人数分の石人形を乗せ射出させてみたんだ。


 ―――パァンッ!!


「ぐべっ……」

「きゃあああっ!?釣鬼がスプラッター寸前な状態に!?」

「やばい釣鬼の奴、痙攣起こしてるぞ!救護班ー!」

「アレー?」


 確かにショートカットにはなりそうだったが、恐らくその近道(ショートカット)の行き先はあの世じゃねえかな……射出直後に本来の意味でのソニックブームが発生して石人形が破裂しちゃってね。少しばかり立ち位置が悪く、まともにその衝撃を受けた釣鬼が吹き飛ばされてしまった。幸い生命力の塊の様な釣鬼だから死なずに済んだものの、普通の人間であればちょっと見せられないよ!な状態になってもおかしくなかったからな。こんな危険極まりない手段は却下だ却下!

 一先ずはピノに拳骨を落としてから人としての常識というものを説いた後、釣鬼の回復を待ち地道に移動速度上昇の風ブースターをかけてひたすら歩き続ける事となった。


 そして二日後の夕方になり、俺達は公都付近へと辿り着く。

 その頃には無駄に高い精霊力を持つ扶祢も、連日のピノへの外付け燃料タンク担当による疲労でヘロヘロになっており流石のピノも揃って疲労困憊の様子となってはいたが、その甲斐あって公都へ戻ってくる使者達よりもかなり早く先回りをする事が出来たらしい。

 使者が来た後に尾行をして門を入るのも不自然に思われそうなので、門付近の宿屋の一室を取ってから釣鬼、俺、ピコ&ミチルとの三交代で見張る事にした。扶祢とピノは公都までの道程で頑張ってくれたので今夜の見張りは担当せず、同室内のベッドでお互いを抱き枕にしてお休み中だ。


「――お前ぇ等、起きろ。奴さん、おいでなすったぜ」


 件の使者達が公都付近へ姿を現したのは翌日の夜明け前、釣鬼の見張り番の時間だった。妙に遅いなと思ったら馬車に乗ってトロトロ移動してたのか。マイコニド火山付近の移動は馬の足にはきつかろうに。


「ファアァ……眠イ」

「ピノちゃん、まだ寝てても良いよ。私が負ぶってあげるから」

「イイヨ。まだ眠いってだけで昨日はきちんと寝てるカラ」


 朝靄のかかる陽の出前の街中を足早に走り去り、使者達を乗せた馬車は公都の外れにある古ぼけた屋敷の中へと入っていく。


「……妙だな。国の代表としてサカミへ宣言をしにきた使者が、何で王城に入っていかねぇんだ?」

「まだ早朝だから城も開いてないんじゃないか?」

「そうか、そういやお前達は異邦人だったな。最近色々あって基本的な認識が抜け落ちてたぜ」


 そんな事を言いながら、釣鬼はこちら側の世界の城というものの役割について俺と扶祢へ説明をしてくれる。街や城に関しては三界もアルカディアもそう変わらないらしく、こちら側全般に共通する事であるらしい。

 城というものは王の住む象徴の意味合いだけではなく軍事、政務的な全ての機能を集中させた、総合的な基地であるとのこと。つまりどこぞの五角形と白い家を合わせたようなものなのだろうか。それならば確かに、不眠不休で常に施設として稼働し続けている筈だから、国の使者がこんな町外れの屋敷に人目を避ける様に入るのも不自然ではあるな。


「……あれ?頼太、それ光ってない?」

「えっ」

「キルケーに埋め込まれてたっていうあの宝玉か。確かに、光が脈動しているな」

「と言う事ハ、あそこガ――」


 言われ懐から宝玉を出す。確かに、何かに反応するかの様子で明滅をしているな。そしてその反応の先にあるものと言えば―――


「どうやらあの屋敷がビンゴらしいが。随分とあっさり見つかったモンだな」

「うーん。罠、かな?」

「デモ、それってサリナが居たから取り除けたんだヨネ。三界(こっち)の常識でそこまで読んでの罠なんて仕掛けられると思ウ?」

「うぅむ……」


 この三つの世界(トリス・ムンドゥス)には神職魔法使いとしての意味での僧侶が存在しない。つまりサリナさんの様な熟達した神職でなければ不可能である、致命的な傷の治療や解呪といった手段などは想定もしてないだろうからな。罠、と断じるには微妙なところだ。


「つってもここで立ち止まったままってのもな。考えていてもその内見付かるだけで事態は進展しそうにもねぇか。一度街に戻って作戦を練り直すとするか」

「そうだね、ちょっと嫌な予感がするわ……はっきりとは分からないけれど」

「ラジャー」

「じゃー帰りに市場に寄って良いカナ?ついでに朝ご飯も食べてイコー!」


 そのピノの意見に救われた。

 何故なら……俺達が朝食を終え宿の前まで戻って来ると同時に、その建物を含めた一帯が空からの攻撃魔法の雨により爆撃されてしまったからだ。


「「――なっ!?」」

「……全員、大きな動きはするなよ。少しずつ後退して裏の小道に抜けるぞ。上は絶対に向くなよ、見るなら視線だけに留めておけ」

「分かっタ」


 ピノは襲撃があった時点で周りの探査をしていたのだろう。特に驚いた様子も無く釣鬼の指示へ従う。上を見るなということは、魔法を撃ち降ろした何かが未だに居るって訳か。

 周りがその事態に騒然とする中、俺達はそのまま裏道へと抜け見晴らしの良い高台へと移動する。そこから門の側を見てみれば――先程の襲撃をしたであろう犯人達は正門の上で羽ばたいたまま、しかし特に何をするでもなく騒然となった民衆が集まるのを見下ろしている。


「……なぁ、あれまずくないか?」

「普通に考えればあそこに居る連中はもう手遅れだろうがなぁ、どうにも嫌な予感がするぜ……」


 やはり、そうなってしまうか。釣鬼がやや切羽詰まった表情を見せ、有無を言わせずに俺達の先導をした時点で朧げながらにこの状況は想像出来てしまったが、だからといってあの人込み溢れる地上に残っていても出来る事は何も無いだろう。俺としては、そう割り切れていたのだが……。


「………」

「扶祢、ダイジョブ?」


 だろうな。こいつの事だからもしかしたら今の俺達の会話を聞いて直ぐにでも地上へ戻り、防御用霊術辺りを展開するのかと思っていたが……だが扶祢は苦しそうな顔をしながら、喉に詰まった感情を絞り出すかの様に言う。


「ここで、私達が出て行ったら。調査結果を皆に報せる事も出来なくなって、最悪サカミの皆が戦火に晒されるかもしれないから……」

「……そうだな」


 俺達は間もなく起こるであろう悲劇を事前に予測出来た上で、そこから動く事が出来なかった。

 その場の俄かな正義感により動くのは容易い、だが俺達は今ここで目立って顔が割れ、折角掴んだ手掛かりを自分から捨てる訳にはいかなかった。言い訳に逃げているだけかもしれないが、少なくとも俺は見ず知らずの赤の他人と、憎めない荒くれ連中、延いてはあの町のありふれた笑顔のどちらかを選べと言われたら、迷う事無く後者を選ぶ。だが、扶祢の胸中は―――






「――御機嫌よう、人類諸君ッ!!」


 俺達がそんな心境に陥る中、唐突に「そいつ」の演説が始まった。


「俺はサカミの砦町を拠点とする天響族、ジャミラという者だ――あぁ、そう怯えないでくれ。天響族とは言っても大陸北部を牛耳る封印組とは意を異にしている。先程は景気付けと宣伝効果を狙って少々派手な事をさせて貰ったがね、問答無用で虐殺の如き真似をするつもりは毛頭無いのでそこは安心して欲しい」


 見覚えのある大仰な身振り手振りで聴衆の関心を集めつつ、これまた慣れた様子で噛み砕いた物言いをする天響族。それを聞く民草の今の心境は、如何なるものだろうか。


「――時に先日、そんな俺達の町サカミへと公都からの使者を名乗る者がやってきてな?俺達の首を寄越してサカミの自治権を廃止しろ、さもなくば公国の名においてサカミの町民全てを攻め滅ぼす、などと宣言をしてくれたのだ。こちらとしては特にお宅等と争う気は無かったんだが、一方的に宣戦布告の如き真似をされては黙っている訳にもいかなくてな。こうしてサカミくんだりから真偽の確認をしにきたという訳なのだよ」


 その天響族を名乗る男――ジャミラの奴は仮面を付けてこそいるものの、見覚えのある空飛ぶ魔女(・・・・・)戦乙女(・・・)、鎧姿で犬耳を生やした大男などを引き連れ、堂々とそんな宣言をしやがった。


「あの人達、サカミで防衛戦をやるって言ってなかったっけか……?」

「見事にやられちまったな。あそこまで目立たれちゃ公都側の大多数はあれに目が向いちまう。自らが天響族である事を利用して、注意を引き付けておくからこっちは安心して情報収集に励めって事なんだろうよ。確かに収集自体はかなりやり易くなったとは思うがよ」

「あの魔法も殆ど見掛け倒しの煙幕弾だったしネ~、一発一発に衝撃拡散防止の結界付きデ。怪我人も殆ど居ないんじゃナイ?」


 どうみても某大賢人(グレートワイズマン)の仕業です。

 そんな難易度極まる精密な複数結界操作をしながらの被害者皆無な絨毯爆撃、なんて無駄な拘りを実現出来るのはあの人しかいねぇ……そういえばあの人達、前に言ってたよね。一歩間違えば指名手配犯になりかねないような事も散々やってきたって。どうやら釣鬼とピノの話ぶりを聞くにこの二人は薄々気付いていた様だ。

 そういえば扶祢が会話に参加してこないなと思い出しふと後ろを見てみると……おおぅ。

 話に付いていけずに呆けてでもいるのかと思いきや、見事に緊迫した雰囲気をぶち壊しにされ盛大にコケていた。うん、あれだけシリアス調で思い悩み、下手すれば彼の魂の残滓の想いに引き摺られかねなかった心境から一転、いざ蓋を開けてみればはっちゃけた大人達に台無しにされた気分だろうしなぁ。


「サリナさんの阿呆ぉー!!」


 俺も多分あの人の発案だと思う。だって今も俺達に向かって楽しそうに手を振り続けてるもんな!

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