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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第五章 三つの世界 編
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第088話 海辺の洞窟にて

 切なさ乱れ撃ちは命中力の低さにより不発、刹那五月雨撃ちの方にすべきだったか……。

 港町クシャーナで小舟を借り、それに揺られて岸壁沿いを移動すること十数分、クシャーナからは死角となる位置にその洞窟はぽっかりと口を開けていた。この洞窟は陸海どちら側からも侵入可能な吹き抜け構造となっているのだが、海側の入り口は干潮時にのみ通れる場所となっており、またこの付近では魔物の出没情報が絶えないとの事で地元の漁師達も滅多に足を運ばないのだそうだ。

 魔物が頻繁に出没するのに何故陸側の入り口からではなく、船に乗り来たかって?剣姫の案内という意味もあるのだが、先日シェリーさんの気晴らしの為にサカミ郊外の森へ行った時のことを覚えているだろうか。

 あの時はピコの発する気配に低ランクの現住生物や魔物達が我先にと逃げ去り、UMA捜索がのっけから頓挫してしまった訳で、つまりは―――


「――成程。地元の漁師達は魔物を恐れ立ち入らず、現住生物達は上位の魔物の気配を恐れこれまた近付く事は無い。確かにここは良い隔離場所となり得るね」

「この形態ですと否が応でも目立ってしまいますものね」


 今、俺達の目の前で倒れ伏す存在。上半身だけで言えば人のそれであり、しかし下半身を見てみればこの存在が人ならざる異形である現実を強く認識させていた。


「俺も長いこと生きてるが、実物を見るのは初めてだな。スキュラ、というやつか」

「久々に見るファンタジィ生物、ね」

「誰かこいつに突っ込み入れてやってくれませんかね」

「べっ、別にそんなつもりじゃ無いからね!?」


 恐らくは俺達の中で最もファンタジィと呼ぶに相応しい、自覚に欠ける駄狐の自爆発言は置いといてだ。

 スキュラと言えば、地球の伝承では上半身は人間の美しい女性、下半身は魚あるいは蛸の様な形態をしており、腹部からは六つの犬の前半身が生えている、といった形容をされる魔物の一種だったと思う。


 元はシチリア島に暮らすニュンペーの一人とされ、神話にはよくある非常に美しい外見の乙女だったという。その美しさによりとある海神に見初められ、海神は魔術と薬学に深い知識を持つ魔女にスキュラとの恋の成就についての相談を持ち掛ける。しかしその海神に惚れてしまった魔女はその嫉妬により特製の毒薬をスキュラの水浴びをする入り江に流し、それに腰まで浸かったスキュラは腰から下が醜い化物の姿と化してしまう。以来その変貌の影響かはたまたそんな理不尽な仕打ちに対する復讐心故か、スキュラは心までもが凶暴になってしまった――概要としてはそんな話だったか。


 現在目の前で倒れ伏すスキュラは伝承通り、上半身は見目麗しい少女のそれであるが、下半身は人としての原型を留めていなかった。腰の周りからは六つの犬の頭が生え、そしてその犬の前脚に対応する部分にはそれぞれ合計六対の烏賊とも蛸ともつかぬ太く長い触手が生えている。

 その見た目以上に長きを生き続けているであろうジャミラをして初見の存在であり、瀕死の重傷を負ったこの状態ですら付近一帯の魔物達が全く近寄れない程の大物。その存在は既に意識も無く、今にも息絶えそうな様子でその姿を晒していた。

 それを見たシェリーさんの顔色は、血の気が引き青を通り越して白に近い程に青褪めており……そして呆然と立ち尽くしたまま、ぽつりと言葉を漏らす。


「――キルケー」

「……その通り。当時の公都でお前の側仕えを任され、しかし時を置かずお前が襲撃により盲いてしまいその責を負わされた。その後拷問と悪逆非道な人体実験の果てにまともな思考能力すらをも奪われ、終にはわたしの足止めの為の捨て駒として差し向けられたお前の元侍女、キルケーだ」


 それを聞き、シェリーさんは言葉無く首を振りながら壁に背を預け、そのまま腰砕けとなり座り込んでしまう。剣姫はそんな彼女に一瞬痛ましげな視線を送っていたが、すぐにサリナさんへと顔を向け問うた。


「御覧の通りだ。呪いと傷により死の淵に立たされているこの子を、どうにか救ってはもらえまいか?あの時人造人間(レプリカント)共の自爆から体を張ってわたしを庇い、此処に流れ着いた後にもわたしの傷が癒えるまで命を賭して護り続けてくれた、恩人なんだ……」

「……まずは命の危険に関わる致命傷の治療からですわね。詳しいお話はその後にでも」


 そして、軽く状態を診たサリナさんが早速治療に入ろうとする……が、腰部より直に生えている犬頭の内の二頭程はまだ意識があるらしく、威嚇の唸りを上げてくる。


「お前達、このブレアはお前達の主人をを治療してくれるんだ。お願いだから、大人しくしていてくれっ」

「「ぐるるるるっ!」」


 剣姫が痛切な表情でそう頼み込むも、犬頭達は唸るばかりで全く聞く気配は無い。剣姫にこそ襲い掛かることはなかったが、サリナさんが少し近付こうとしただけで触手を振り回し、剣姫以外の誰がスキュラに近付くのを許そうとはしなかった。


「困りましたわね。直に傷の状態を精査しない事には精密な治療は難しいですし……」

「いっそわたしと釣鬼でその二匹を抑え付けて、強引に治療してしまうかい?」

「良いけどよ。そいつ等が暴れた衝撃で他の犬達が目を覚ましちまえば、ちと面倒な事になるかもしれねぇぞ?」

「うーん、そうだなぁ」


 既に傷口は壊死を起こし悪臭すら漂うこの状況。直ぐにでも治療を開始せねばサリナさんの治療の腕を以てしても手遅れになると判断された状態のスキュラだが、その一部である犬頭達の警戒が強く近付く事すらままならない。そんな切羽詰まった状況で俺達がどうしたものかと悩んでいると、トコトコとその犬達へ近付く影が二つ程。


「わぉん」「あぅわぅ」

「「……ぐる?」」

「あぅあぅ」「わぅわぅ」

「「ぐるる……がぅ」」


 何と、ピコとミチルがその犬頭達へ話しかけ?結果、二頭とも頭を伏せ大人しくなってしまった。


「おぉ!ミチルグッジョブ!」

「ピコ偉イッ!」


 これには俺達のみならず剣姫でさえも呆気に取られてしまったが、この機会を生かさない手はないだろう。口々に賞賛をしながらも直ぐにサリナさんが意識不明の重態なスキュラの下へと座り込み、手慣れた様子で患部周りの精査を進めていく。その間にようやく衝撃から立ち直れたのかシェリーさんも覚束ない足取りで側へと寄って来たものの、やはり顔面は蒼白となりサリナさんが治療をする様子を唯々見守るのみ。


「どうだ?」

「――難しいですが、やってみせましょう。まずは患部の治療からです、呪いについてはまた後程考えましょう」

「キルケー……ブレア、どうか、どうかっ!!」

「落ち着いて。必ず助けますから、ね?」


 その後治療は昼夜を徹して為される事となる。その場に同席していても特に役に立てそうにもなかった俺達は、施術中に幾度か魔力切れとなるであろう予想を口にするサリナさんの為に人海戦術宜しくクシャーナへと引き返し、魔力回復薬(マナポーション)を買いに出る事となった。

 三界(こちら)へ来て間もなくまだサカミから給料も貰っていない俺達が金を持って居る筈も無く、仕方が無しにジャミラが身に付けていた貴金属を売りに出して買い集めたのだが、この魔力回復薬(マナポーション)、一本十万パウンドもしやがったんだ。

 十万パウンドと言えばヘイホー界隈で言う所の二十万イェン、つまり一本四十万円という何処の霊感商法なのかと言いたくなる高値である。当然そんなのを何本も要求されればジャミラからの資金提供だけじゃ全く追いつきはしないだろう。


「情勢が比較的安定しているお前達の世界と違い、日々戦々恐々としながら暮らすこの世界では必要素材が高騰しているんだよ。作成出来る者も限られているからな……」


 それが故の値段だと俺達と洞窟側の連絡役を買って出た剣姫が言っていた。その理由に納得せざるを得ない部分はあれど、では現実的にどう対処するか?といった問題が立ちはだかる。そして皆で悩み頭を捻らせた結果―――






「――はい、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!世にも珍しい複数の尾を持った狐人族の美女のお通りだよっ!」

「くふっ。わらわの華麗にて甘美なる剣の舞、受けて立つ猛者はおらぬかぇ?」

「挑戦は一回一万パウンドっ!ただし見事打ち破った剛の人には賞金として十万パウンド、ついでに『シズカ』さまの祝福の抱擁も付けちゃうよっ!」


 ―――ざわざわざわ。


 うっし、夜の荒くれ達の好みそうな集金システム構築完了。もしかしたら怖いお兄さん達が来てショバ代請求でもされかねないかと内心冷や汗ものではあったが、酒と御狐様の色香に酔った一人目の挑戦者をあっさりと打ち倒した事により、盛り上がって参りましたっ。

 その主犯である御狐様はと言えば、何処で買ったのかビキニな水着姿の上に透き通る扇情的な衣装を身に纏い、自身の豊満な肉体美を見せ付けながら怪し気な剣舞を披露している真っ最中だ。最近よく思うのだが、夏に深海市で袴ふぁさっ事件を起こした時よりも明らかに今の方が露出度が高いのに、何でこういう時のこいつは平然とした顔で見せ付けられるんですかね。


「ふっふっふ……おっと、今はくふふ、でした。コスプレは見られてナンボですからね」

「さいですか」

「ほらほら。わらわの召使さんも、この機を逃さずきちんと『シズカさま』グッズの販売頑張ってね?」

「言われなくてもやってやりましょうさ。この手の小物販売は月一のフリーマーケットでの小遣い稼ぎで鍛え上げたノウハウを持っているからな、任せとけっ」

「おおー!それは心強いわね。んじゃ、お次のお客様が来ているみたいだし、行ってくるよ」


 行ってらー。


 とまぁこの様に、扶祢は路上戦闘賭博の真似事をして、夜になって吸血鬼へと変化した釣鬼も腕相撲自慢な詐欺スレスレの賭事で金を荒稼ぎする作戦を展開する事となったんだ。

 俺とピノもただ見ているだけでは働いた事にならないからな。それぞれの胴元役でもして大いに稼がせて貰うとしようか。


 ・

 ・

 ・

 ・


「や~、楽しかったのだわ!」

「初めはちと気まずかったけどよ、やってる内にどうにも楽しくなってきちまったな」

「釣鬼、芝居巧くなってたよネェ」


 熱気に満ちた夜も更け、東の空が白み始め釣鬼が変化をする頃合いを見計らって店仕舞いとなった。その後は打ち上げを兼ね、現在俺達は市場の中の飯処にて朝食の最中だ。

 扶祢はいつも通りに途中から何だか楽しくなって本筋を忘れかけていたらしく、商売としては比較的真っ当なやり口である意味無害だったのだが、釣鬼先生が想像以上に悪どい事をやらかしていましたな。どんな悪どさかと言えば―――


『――んっ』

『ハァ、ハァ……あっ!?負けて……しまいました』

『んくっ……』


 この様に、あの怪しい雰囲気満載な銀髪美人姿で庇護欲をそそる悶え声を上げながら、時には力自慢風の荒くれ相手に狙って負けまで入れてたりと。お陰で喘ぐ美人の手を握ろうと下心満載な野郎共、そして稀にそっち系の娘達まで寄って来て、結果的には常勝だった扶祢よりも稼いでしまっていた。

 その横では金ピカの目立つ犬に乗り、これまた見た目だけは愛くるしいピノのあざとい売り込みも功を奏し、冷静に考えれば有り得ない程のレートの賭けすら成り立ってしまうという、何とも夜中の混沌とした熱に相応しい魔境が展開されていたらしい。

 最近のこの二人は本来の冒険者とは別の方面でどんどんと成長しまくってきている気がするんですよ。ネットの悪影響ここに極まれり、か……。


「――お前達、もう峠は越えたから魔力回復薬(マナポーション)の補充は不要だそうだ。ご苦労だった」


 お、ついにサリナさんによるあのスキュラの治療が終わったらしい。それは朗報だな。

 俺達が街で荒稼ぎをしている間、定期的に売り上げの受け取りに来ていた剣姫さんの視線が回を追うごとにどんどんと冷え込みまくっていた気がするからな。実はちょっとその視線を受けるのが辛かったとです……。


「助かったみてぇで良かったな」

「アデルさんもお疲れさまですっ」

「剣姫も配達ご苦労サマ!」

「いや。わたしは結局、薬を運ぶ程度しか出来なかったからな……見ず知らずのお前達がキルケーの為に魔力回復薬(マナポーション)代を体を張って稼いでくれたというのに、わたしは……」


 何故だろう、そう沈み込みながら言う剣姫さんの顔を正視出来る気が出来ず、俺達は揃って目を逸らしてしまう。

 いやっ……問題解決へ向け自分達のやるべき仕事はしていたので胸を張れる筈なんですがね!頑張った、俺達!






 洞窟へ戻ると、そこには一足先に戻っていた剣姫とシェリーさん、そして意識を取り戻したスキュラのキルケーさんが感動の再会を果たしていた。一方アデルさんとジャミラの二人は離れた場所で何やら今後の作戦の相談をしている様子。まぁ俺達は部外者だし、感動の再会に割り込む程に野暮なつもりもないからな。あの人達が落ち着くまでは脇役に徹しておくとしますか。


「ところでサリナ嬢の姿が見えねぇが。何処行ったんだぃ?」

「サリナは……魔力回復薬(マナポーション)の服用し過ぎで、ちょっと、裏にね」

「アァ、あれ喉越しがエグいんだヨネ……」


 へぇ。こうして臭いを嗅いだ感じでは特に何も感じないけどな。

 容器を軽く振ってみるが、見た目はさらさらの無色透明な水溶液っぽい感じだな。これも物は試しという事で俺、扶祢、釣鬼の三人で残った魔力回復薬(マナポーション)を飲んでみた。


 ―――全員盛大に朝食をぶちまけた。


「げほっ!?ぐへふっ……く、臭ぇ」

「ゲフッ、ゲフッ!うぇぇ何コレェ!?」

「こりゃもう、毒の域に達してんだろ……」


 何と言うか、最近の飲み易いやつじゃない方の青汁に魚の臭みと酢を混ぜて更に発酵させた感じの。しかも無味無臭で後からクるので飲むまで気付けないって言うね。二度と飲まねぇぞあんなの!

 サリナさん、こんなのを十本以上も飲みながら治療に当たり続けてたのか……。


「……皆さん、アデルも含めて。貸し一、ですからね?」

「へへ~、此度の作戦成功は真に大賢人様の尽力の成果に御座います」

「お疲れさまであります!マム!」

「えぇ~?わたしだって色々と治療のサポートはしていたじゃあないか」


 戻ってきたサリナさんから有無を言わせぬ様子でそんな事を言われ、こうして俺達はただただその要求を一同礼で受け入れる事となる。


「では次からはアデルの分も用意して貰おうかしらね……絶対に飲みなさいよ?」

「ふっ。御免被るね」


 しかし一人空気を読まず、無駄に爽やかな笑顔で拒否ってきたアデルさんに対するこの時のサリナさんの凄惨な顔は、きっと暫く忘れることが出来ないな、と思う。だって直後、至近距離からの全方位雷撃で俺とピノは気絶してしまい、扶祢も痺れて動けなくなった程だからな!

 釣鬼が反応出来たのは何となく分かっていたが、辛うじて意識を保てていた扶祢曰く、アデルさんは避けたんじゃなくて雷を全て耐えきっていたそうだ。言葉の意味は理解したが、言ってる意味がよく解らんね……。

 後に三界の調査に訪れた狭間の同僚から本人にシズカ様グッズが手渡されて事情がばれ、二人して折檻されたとかされなかったとか。

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