第084話 目撃情報
「頭痛いぃ……」
「むぅ、昨夜はちょっと飲み過ぎちゃったか」
「まさかアデルにまで飲み負けちまうとは……もう禁酒すっかなぁ」
財宝を守る巨人のポルタをサカミへと連れ帰った後、夕方なりようやく昨日の深酒メンバー達が表へと出てきた。しかし皆その足取りは未だおぼつかない様子で、サリナさんに至っては喋る気力すら見られずテーブルについた途端にそのまま突っ伏してしまう。見るからにきつそうだな。
「アルコールによる二日酔いって、解毒系の回復魔法でどうにか出来たりしないのかな?卓ゲーRPGなんかじゃよくそんな設定を聞いたんだけどな」
「そんなのがあるなら今直ぐかけてぇ!」
ふと学生時代にやったゲームを思い出しピノへと聞いてみたのだが、どうも二日酔いはそう簡単なメカニズムではないのだそうだ。
「解毒だと不純物としての毒素だけなら抜けるんだけどネェ。風邪と同じで一度そうなっちゃった状態を戻すにハ、自然回復に頼るしかないヨ?精々体内バランスを整えて酔いを醒ましやすく出来る程度カナー」
「それに下手に体内を弄ると他の免疫機能に悪影響が出てしまいかねないからね。そんな上手くいくのであれば、サリナがこんな状態のままで居る筈もないだろう?」
アデルさんまで加わっての否定的な見解に、俺達一同サリナさんの惨状を見て成程と頷いてしまう。
「言われてみりゃよ。当時の戦場にはお付きの神官連中が居たっての皆、ひたすら二日酔いのまま我慢してたっけなぁ」
「うえぇ、一度希望を与えておいて落とすだなんて酷いぃ……」
やはりそう現実的に都合の良い話などは無かったらしい。まずは二日酔いという状態からして未だに原因究明がされていないそうだし、その辺りも研究者の面々の今後のご活躍に期待という事ですな。
「マァ、いきなり病気になったり怪我するなんて事は無いカラ、そんなにきついんだったら試しにかけてミル?」
「お願い~頭が痛くてもぉ」
「アイヨー」
そして実験的に扶祢へ解毒がかけられた結果が以下の通りとなる。
「ふぁあ、頭すっきり……っ!?」
ほっと緩んだ顔を見せたのも束の間、いきなり何かを咽喉に詰まらせたかの如き表情で顔を真っ赤に染め上げて、翼を生やしたウェイトレスさんから水入りのボトルを奪い取り一気に飲み始める。そして―――
「――ッ!!」
今度は顔を真っ青にしながら涙目のまま駆けていく……あぁトイレか。
「ほらネ?二日酔いもなるべくしてなった、身体の調整機能ってヤツなんダヨ」
「ありゃあ、暫く戻っちゃ来れねぇな……」
という事らしい。何でも楽に解決しようとしてもいかんという教訓になりますな。
「学院時代にサリナも同じ疑問を持った事があってさ。実際に酒を飲んでから、解毒をかけたのだけれどもね。あの時も今の扶祢と同じ様な状態になっちゃって、しかも先生方にはバレバレでさ。ルームメイトだったわたし共々こっぴどく叱られてしまったものだよね」
「あれは若さ故の過ちでしたわ……駄目、今日はこのまま寝直しますわね……」
「おつっす」
「お大事ニー」
ここにきてようやく言葉を発したサリナさんではあったが、相当に酔いが重いらしく俺達へそう告げて座敷へと戻ってしまった。俺、深酒しないでおいて良かったぜ……二日酔いが酷かったら多分今の扶祢と同じ選択をして地獄を見てたと思う。尊い犠牲となったお狐様に敬礼!
その後サリナさんとの入れ替わりでシェリーさんとジャミラがやってきた。
「昨夜はお疲れさん。ブレアと扶祢はどうした?」
「あら、居ませんね?先程は皆さんと一緒にテーブルについていたように見えましたけれども」
「サリナさ……じゃなかった、ブレアさんは二日酔いが酷過ぎて寝直しで、扶祢は……」
「二日酔いに解毒魔法で対応しようとして、今は向こうにね」
二人の問いに肩を竦め、俺の言葉を引き継いだアデルさんが御手洗いの方を親指で指す。やはり三界側でも二日酔いに解毒魔法で対応するのはNGというのは常識だったらしく、
「ああ……そう言えばあの娘はまた別の異なる世界の出身だったか。知らぬ事とは言え、それは災難だったな」
「あれ、きついのですよね。私も学院時代に一度試して酷い目に遭いました……」
この様に、揃って痛ましげな視線を扶祢の側へ送っていた。うーん、まさかシェリーさんも見事にサリナさんと同じ事をやらかしていたとは。この辺りは流石、鏡映しの存在なだけはあるというものだ。
そうそう。ジャミラの呼び方で既にお気付きの方も居るとは思うが、ここでサリナさんとシェリーさんの呼び名について説明しておこう。
元々シェリーという呼称自体、サリナさんとの差別化にアルカディア側で決めたものであり、三界ではシェリーさんこそ『サリナ』を名乗るべきではないかという意見が昨夜の宴会の中で出たのが発端だった。
「それではシェリーにあやかって、私は『ブレア』とでも名乗りましょうか?」
シェリーブレア――シェリーさんがあの日話した遠縁の家名とやらだ。当時その名を聞いたサリナさんは一瞬強張った表情で反応をしていたし、恐らくだがサリナさんとも縁のある名前だったりするのかもしれないな。
ともあれ、こうしてサリナさんは此方では『ブレア』と名乗る事になり、そうするとシェリーさんがサリナさんという事に?などとまたしてもややこしくなりそうに思えたのだが。
「良い機会ですので、私も此方にお世話になっている間は正式にシェリーと名乗る事にしますね。『盲目の殺戮者』はこの町に住む方々からすればあまり歓迎出来る名前ではないでしょうから……」
ここでシェリーさんが決然とした表情で宴に参加した皆へ向かい宣言をした事により、呼称の問題は解決を見る。
現在この町の住民の約一割程は天響族、若しくはそのハーフであるのだそうだ。昨日俺達がこの町へ入ってからというもの、道中シェリーさんは町民達から目に見えて怯えられていたものだ。
ついでに言えば、空気を読まずにサリナさんをサリナさんと呼びながら駄弁っていたせいで、サリナさんもその畏怖の対象となっていた。しかしシェリーさんとは対象的に、サリナさん本人は特に気にもしていなかったな。やはり別の世界の出来事という認識で割り切っているのだろうかね?
そんなこんなで名前の問題も解決し、以降この世界に滞在して居る間サリナさんは『ブレア』と名乗る運びとなるらしい。公の場ではサリナさんを呼ぶ時、間違えない様に注意しないとな。
「よし。それではわたしも何か良い名前を考えないといけないね」
一方サリナさん達の名乗りに触発されたらしきアデルさんがそんな事を言い出した。当人曰く、何だか二つ名みたいで恰好良いという、何とも親近感の湧いてしまう発言をされてしまった訳だが、その場は酔っ払い共の蠢く伏魔殿。乗り気になった酔っ払い達から大量の意見が寄せられ、しかしどれも微妙なセンスばかりでアデルさんの御眼鏡に適う名前は残念ながら無かった模様。
「大体どれも『風』や『雷』のイメージが強い名前じゃあないか。よく勘違いされるのだけれども、わたしの真骨頂は『地』なんだよ。耳長族の血を引いてはいるから、風や雷の適性も他に比べれば悪くは無いんだけれどね」
自身の適正についてそう皆に説明をするアデルさん。
言われてみればあの大戦槌を軽々と振り回し、金属鎧を自然と着こなして平然と動き回るわで基本パワーファイターの印象が強いからね、この人は。精霊力による身体ブーストも使いはするが、昨日の釣鬼との腕相撲ではそんな気配が一切無かったにも関わらず、良い勝負をしていた程だからな。
しかし居並ぶサカミの面々はそれがどうにも理解出来ないとばかりに唸り、ジャミラが場の総意として代弁をする。
「それが分からんのだよな。アデル、アンタは随分と力が強く見受けられるが純粋な耳長族ではないのか?此方のアデルは古エルフの血を引く一族で、人類側から離反するまでは【神速の剣姫】と呼ばれていた程に、過剰に速度へ寄った戦い方をする奴なんだが」
「神速、ね。純粋な耳長族なのであれば随分と打たれ弱そうに思えるけれど――わたしはご先祖に色々な種族の血が混ざっていてね。種族的には一応耳長族らしいんだけれど、中身は混血だよ。何代か前の祖母が小人族だったらしくて、どうもその血が濃く出たらしいんだ」
「な……小人族だと!?」
そう答えるアデルさんの言葉にジャミラは目を剥き、そして辺りも騒然となってしまう。アデルさんは表向きどこから見ても純粋なエルフであるし、それがドワーフの血が混じっていると言われてもびっくりするよなぁ。
「いや、そういう意味じゃあないんだ。アンタが、というかドワーフの血そのものが現代に残っている事に驚かされたんだよ。何せ、この三つの世界には小人族と呼ばれた種族はもう、存在していないのだからな」
「――どういうことだい?」
それまではギャラリーとして酒の肴のつもりで聞いていた俺達も、それを言うジャミラの表情に真剣味を感じ、気付けば姿勢を正して皆その言葉に耳を傾ける。
「俺達天響族が復活した直後の戦争で、神職が軒並み根絶され人類側がジリ貧になったという話は聞いているよな?その時に人造人間が完成するまでの間持ち堪えたのが、大鬼族と小人族の二種族でな」
「へぇ?そういった具体例については初耳だね」
「そうか、ならばそこから話すとしよう」
そう言ってジャミラは脇に置かれていた杯を傾け、一気に飲み干してから大きな溜息を吐く。俯いたその貌に浮かぶ表情はここからでは見えないが、その醸し出す雰囲気からもあまり軽い話ではないのだろうなという事が感じられてしまう。
やがてジャミラは無表情にも見える貌を俺達の側へ向け、ゆっくりと話し始めた。
「……大鬼族は上位種ともなれば巨鬼族もかくやとな生命力を誇る者も多く、天響族の襲撃からも長い間持ち堪える事が出来たそうだ。だが、小人族の方はそうはいかなかった。頑強ではあれど傷を負った身体を癒す事は出来ず、しかしそれでも人類の未来を護る為、最後の希望を信じ自ら望んで捨て石となった、誇り高くも儚い種族だったんだ。小人族達の最後の拠点であったマイト採掘場の攻防戦では、彼等を滅ぼしにかかった十倍にもなる数の天響族達を拠点深くへと引き摺り込み、諸共の自爆により壮絶な最期を迎えたという話だ」
だから小人族の血を引く存在が目の前に居るという現状は、俺達三つの世界の住民にとっては驚くべき事なのだ。ジャミラは、そう言って話を締めくくる。
「此方の世界では既に小人族の血が絶えているのであれば、此方のわたしにその血が流れていないのも納得だね。でも、わたしの一族はかなり昔から人族の領域で暮らしていたと聞いていたんだけれどもね。この辺りが頼太達の言う、世界の差異というものなのかな?」
「アンタ達と話していると時々自分の立ち位置というものが分からなくなってしまうぜ……これが異界との接触というものか、この感覚に慣れるのには時間がかかりそうだ」
「まぁ、小難しく考える事もないだろうさ。君が引き込みたがっていた者のそっくりさんが運良く君達を手伝ってくれる、程度に思っておけば十分さ。世界規模で言えば同一の存在という事になるのだろうが、シェリーとブレアがそれぞれ確固たる別の人間であるように、わたしとそのアデルもまた別人なんだからね」
「それは何と言うか……大雑把に過ぎる様に思えますけれど。その辺りはやはり、此方のアデルを彷彿とさせてしまいますね」
そんなアデルさんの姿勢にシェリーさんは苦笑を返しつつ、しかし否定をするでもなく懐かし気な表情で感想を述べていた。その様子に肩を竦め、アデルさんは再び話し始める。
「此方のわたしが純粋な耳長族だというのであれば、膂力と耐久持久力に難ありといったところだろう。狙うとすればそこかな、逃がしさえしなければ捕獲の機会は十分にありそうだ」
「随分な自信だな。言っておくが此方のアデルは、速いぞ。俺の飛行速度は前に見せたと思うが、あの速度を誇る俺ですら接近戦で奴にまともに動かれれば対応に苦労させられるからな」
「それはまた人間離れした速さだね。だが、こちらは一対一でやりあう気などは毛頭無いんだよ。無事にその『神速』とやらを捕獲してシェリーに再会させる事こそがわたし達の第一目標さ」
そんな恰好良さげな台詞で言葉を締めたアデルさんは、悪戯っぽい表情でシェリーさんへと軽くウィンクを送る。言っている事は数で囲んでフルボッコしちゃいますよ宣言だが、俺達冒険者は戦い方に重きを置く戦士達とは違い、目的の遂行こそ至上な気質があるからな。正にその道の専門家、と言った在り方だね。
「そうか……独りで傷付いていくだけの奴の有り様は俺も気にかけていたからな。出来る事ならあいつも、泡沫の新天地側へと引き入れたい」
「改めて、私からも。どうか、宜しくお願い致します」
「うん、任された」
そんなやり取りが昨夜にあり、今朝方より部下に纏めさせていた三界側のアデルさんの目撃情報をジャミラ達が今ここに持ってきたという訳だ。
「――目的地が決まった。クシャーナ近郊でここ二月程、アデルらしき耳長族の姿が定期的に目撃されているらしい」
「クシャーナ、か」
港町クシャーナ――魔族達の大陸との接点がある場所であり、この大陸から外洋へ出る玄関口の一つでもある街だ。
P.S. 軽い会議を終えた後、アデルさんが妙に真剣な顔付きで俺達に言ってきた。
「――ところで、わたしの呼び名はまだ決まらないのかな?」
「もう重戦車とかで良いんじゃネ?」
「まんまだな、オイ」
会議中何の発言もせずに難しい顔をしていると思ったら、まだ拘ってたんすかアンタ……。




