第008話 脳筋達の内輪話
その日の夜―――
「へぇ、つまり実の兄妹ではなくて舎弟的な『兄貴』なのか」
「とは言っても実際に従兄妹でもあるし、同じ郷で一緒に暮らしてたから兄妹に近いものはあるけどね」
ログハウスのリビングにて、オーガ二人は双果の持参した米酒を片手に上機嫌な様子。俺と扶祢は未成年なのでしっかりと遠慮させて貰っていますよ?
ささやかな歓迎会の主役である双果との会話の場なので当然釣鬼達オーガの里事情へと話題が展開されていく訳だ。どうせなのでこの世界でのオーガの生活状況というものを色々と聞いてみた。
その結果どうやら以前に釣鬼から聞いた通り、少なくとも釣鬼の里のオーガ達はほぼ人としての生活をしているらしい事が判明した。釣鬼達の里は主に傭兵稼業で生計を立てている人が多いそうで、かくいう釣鬼自身も一時期は傭兵をやっていてそれなりに経験もあるのだとか。
「ということはやっぱり釣鬼の方が一歩先を行く感じなのかな?」
「戦況次第だが、一対一ならまだ何とか俺の方が強ぇかなって程度の差じゃねえかな、用兵的にはこいつのが役立つ状況も多いだろ」
「またまた、アタイは族長のじーさま相手にまだ一本も取れたことが無いんだから兄貴の方が強いに決まってるじゃないっすかー」
「そりゃあの糞ジジイは棺桶に片足突っ込んだ齢の癖にまだまだ成長してるからだろうよ。多分五年前のジジイとやり合えば今のお前が勝てる可能性は高そうだからなぁ」
「あのじーさま生涯現役って言ってますもんねえ」
二人の話を聞くに、サラブレッド製造業というフレーズが思い浮かんでしまった。里全体が脳筋なんだなきっと。それにしても未だ成長を続けているとは凄まじい爺さんだ。
「何だかどこぞの戦闘民族みたいだわね」
「「?」」
「うちの世界のネタなんで気にしなくていいデス」
「むぅ、頼太ばっかり良い顔して何だか納得いかないわね……」
気持ちは俺も分かるんだけどな。現実問題という高い壁の前に、哀しい事だが俺は無力だという認識を付きつけられた気分だよ……。
ぶっちゃけネタが通じない場所でそれに同意するとよく分からん事を言う痛い奴って見られそうなんで、俺だけでもその風評被害から逃れようとしたってだけですけどね。負けるな痛子ちゃん、陰から見守っておいてあげるよ!見守るだけだけど。
「……まぁいいや。それでー、今の話だと釣鬼ってその族長さんに勝ってるように聞こえたけど」
「んー、当時は確かにジジイに勝って里を出る権利を得たんだが。今やり合ったらどうだろうな?」
「兄貴ったらあの直後、ガタイちっちゃくなっちゃったもんねぇ」
「身体が、ちっちゃくなっちゃった?」
聞き慣れない言い回しに扶祢はどゆこと?とコテンと首を傾げる。こういった無意識の仕草は一々可愛いのだが、何故意識するとあんながっかりに変化してしまうのだろうかね。
あざと可愛さを出そうとすれば高確率で冥土喫茶ばりの媚び媚び状態になってしまい、デキる女アピールをしようとするとただのドヤ顔を晒してしまう不可思議現象。ここ暫しで浮き彫りとなった欠点なんだかチャームポイントなんだか判断に苦しむこいつの本性を思い返し、俺と釣鬼の二人は何とも言えない表情を浮かべてしまう。
扶祢の側もがっかりな自覚はあるらしく改善の努力はしているらしい姿勢こそ見えはするが……いかんせん現状結果が伴わっていないのがまた哀しい事実。初見の時はそれこそ胸が高鳴る思いをさせられたものですがね。
少々脱線してしまったが、話を戻すとしよう。体格が小さくなる、ねぇ。
「そういえば双果って釣鬼よりも頭一つ大きいもんな。随分な体格差だなーとは思ってたけど、何か理由でもあるのか?」
「そうだね、アタイらはどちらも大別するとオーガに分類される訳だけど。兄貴の場合、正式には『オーガ・ノーブル』だっけ?そんなのに進化しちゃったんすよね」
「お前な、本人の了解も得ずに勝手に……まぁ仕方ねぇか」
酒が進み過ぎたせいか、つい口が軽くなりいかん事を滑らせてしまったらしき双果。オーガ・ノーブル、かぁ。
だが一度吐いてしまった言葉は引っ込める訳にもいかず、釣鬼は仕方が無しといった表情で溜息を吐きつつ話し始める。
「大筋はこいつの言った通りだな。当時はただのオーガだったんだがよ、あの時にオーガロードであるジジイを仕合とはいえ倒したことで変化したんじゃねぇかな。俺っち達、鬼族には時折そういった変化が起きる事があるらしいんだよな。オーガ・ノーブルなんて劣化種になっちまったのは頂けねぇが……」
「つっても兄貴の場合むしろ技術と機動力が大幅に強化されて逆に強くなってたんだし、いい加減そんな卑下する言い方やめましょうよ」
釣鬼の物言いに対しそんな事を言いながら、双果は魔法抵抗が高いのも羨ましいっすよ……とぼやいていた。
「ノーブルって貴族、よね。なんで劣化種?」
うんうん、普通上位種だよな。
「単純に、体格が小さくなってその分膂力体力が落ちたからな。色々と器用にはなったし上位種には違いねぇんだろうが、オーガの価値観だと、な」
「あの時の微妙な空気は居たたまれなかったっすね……」
ああ…族長を伸せる程の新星が脳筋社会のオーガの里で見た目弱体とも思える進化をしたら、なぁ。
釣鬼達曰く、過去にもノーブル種になったオーガは数える程だが居たらしい。しかしノーブル種は皆、膂力耐久力といったオーガらしい部分の身体性能が落ちてしまったそうで。その後何とか技術を駆使し進化前と同程度の強さは取り戻せたものの、先の進化ルートも判明せずぱっとしないまま埋もれていく現状なのだという。それは確かに劣化種呼ばわりもやむなしか。
「何と言うか……でもあれで弱くなってたなんてね」
「いや弱くはなって無いっすよ、実際見た目に騙された阿呆が何人か絡んでいったけどまとめて軽く伸されてたもの」
扶祢の言い辛そうな感想を、しかし双果が即座に否定で返す。劣化種なのに弱ってない?どういうこった。
「技術的には洗練されたとは思うな。無駄な筋肉が削げ落ちた分、前よりは遥かに動き易くもなったし肉体へ対する理解も進みはした。あの時の体の軽さは爽快だったぜ」
「それでハイテンションでやり過ぎちゃって追い出されたんすけどね」
「うっ」
「里を出る権利()」
「言葉の使い方ってむつかしいネ」
つまりは進化でエナジー漲ってきたー!ところに、若長含み血の気の多い連中が、
「いくら族長を倒したとは言え弱くなった小さき者に栄誉を与える訳にはいかん!」
といった感じに寝言を言いながら囲んでボコろうとしてきたので性能確認を兼ね乱戦をやらかして全員返り討ちにしてしまい―――
『やり過ぎだ馬鹿モンが!頭を冷やしてこんかい!』
そして森の管理という名の現在に至る、という事か。
「それ管理じゃなくてただの罰当番じゃないですかー」
「いやまぁ、それだともう里に戻れなさそうね」
それで同行を願い出たってことか。らしいといえばらしいけど、随分と間の抜けた話だな。そんな感想を抱いていたら、双果がチッチッチ……と人差し指を左右へ揺らし、それを否定する。
「脳筋の里を舐めてもらっちゃ困るっす。皆兄貴に伸された後は案外すっきりしてたし、別に追放された訳じゃないんすよね」
「一応和解はしてはいるな。若長も頭に血が上り易いだけで基本的には一本気だからな、力比べの結果は素直に受け入れていたぞ」
流石脳筋部族。ちなみに里を出る権利自体は本当に貰っているのだそうだ。
本来釣鬼の当時の年齢だとまだまだ里の中で修行を積む段階だったのを、実力で認めさせ外に出たという話だった。襲ってきた連中は単に羨ましかっただけなのかもなぁ。
「ところで、森の管理人交代ってことは、双果も何かやらかしちゃったのかな?」
「うっ」
流石釣鬼の妹分、こんな部分まで兄貴の後を追うとは。
今も扶祢が双果に酌をしながら根掘り葉掘り聞き出しているんだが、何だか会話の節々に不穏な空気が漂ってきたというか、嫌な予感がするので逃げたい…な……?
「――大体族長もあの時一緒に暴れてたじゃないっすかー!責を取って権限一時委譲ってそれただのサボりっすよね!?」
詳しい話は忘れたがえらい絡み酒でした。
翌早朝―――
死屍累々、という程の人数ではないが。リビングで雑魚寝状態からの覚醒を果たす俺。どこをどうやればこんな状況になるのかは分からないが、どうやら一線を越えたりはしていないようだ。どうせ越えるなら記憶にあって欲しいものだからな。
「さて、モフるか」
そもそもが扶祢の尻尾を枕にして寝ていた訳で、その意味ではさても何も既にモフりっぱなしとも言えるがね。普通獣の尻尾というものは敏感で枕になんか出来ないのではなかろうか、などと考えつつもこの心地良い感触に浸りつつもふもふ……。
結局このお狐様、三十分以上をモフり続けても起きる気配すら無く、途中からブラッシングに変わってしまったのだった。
「私、朝弱くってね……」
朝食時にモフってブラッシングをしたことを話すとローテンションでそんな返事が返ってきた。こっちにきた初日も結構朝早かったとは思うのだが、どうやらその時はテンションが上がっていただけだったようだ。それにしても無断モフりに関しては無反応て。
「ふふん。ブラッシングの手柄に免じて貸し一つで済ませてあげるのだわ」
ふんすー!とやたら発育の良い胸を張ってそう宣われておりました。まぁこういうお手入れって面倒だしね、仕方無いよね。
ノーブルは敏捷知能精神系のレア進化、でも大抵のオーガは魔法を覚えてないんでステータスがサマル風なだけです。進化ルートは不明。ちなみにオーガメイジやオーガドルイド等は職的な呼称なのでハイオーガ(メイジ)、オーガ・ノーブル(ドルイド)といった分け方になります。