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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第五章 三つの世界 編
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閑話② もふもふ会議と恥じらい天狐

 連休最終日。次回11/5より本編再開となります。

「あ"~~~」

「シズカ、どしたの?」


 ここは薄野山荘。現代に生きる霊狐達の拠点の一つである。

 リビングには今日ももっふもふの尻尾そしてピンと立つ狐耳を持つ妖達が集い、午後の紅茶の真っ最中であった。一部妙にへたれて伏せっている狐耳も居はするが。


「気が抜けてやる気が出ないのじゃ……」

「そりゃあれだけの神具が軒並み没収の上、自宅まで失っちゃねぇ。アタシとしてはむしろお前がそれだけの神具を集めてたっていう事実の方が驚きだけどさ」

「むぅ。せめて二、三品は専有契約でもしておくべきじゃったか……しかしアレ、平時の負担が大きいのじゃよなぁ」

「専有契約?」


 そんなボヤきに聞き慣れぬ単語を耳にした静は、興味深げに耳を立てつつシズカへと尋ねる。


「うむ。伝承にまつわる品々にはある種の力が宿っておってな。力宿る品と共に在り続ける意思を以てある種の誓いを立てる事により、多少の代償を支払うのと引き換えにその品を自身の一部と化す事が出来るのじゃ。契約出来るかどうかはその品と使用者との相性等にもよるのじゃが……」

「お前が昨夜言ってた、童子切みたいな神象武器ってやつかい?」

「じゃな。あれは長年使い続け馴染ませたモノじゃからして何時の間にやら童が所有者となっておっただけで、厳密には専有契約を交わした訳では無いのじゃが。原理は似た様なものかのぉ」 

「何となく言ってる事は解る気がするね。とするとアタシの場合は――これになるか」


 そんなシズカの説明を受け、サキは腑に落ちた表情ながら腕を振るう。一瞬の後にその手には虚空より現れた巨大な戟の柄が収まっていた。


「おぉ、母上恰好良い!」

「やはり母上も神象武器を隠し持っておったな。これは、扶祢にも持たせておった青竜戟の原型かや?」


 サキの手に収まり、槍の片側に三日月状の刃が付いた――所謂「月牙」と呼ばれるものだが、それが付いた戟は一般的に青竜戟、あるい戟刀などとも呼ばれている。西洋に於けるハルバードに似た役割を果たすこの武器は、用途もまた同じく、斬る/突く/叩く/薙ぐ/払うとオールマイティーな攻撃手段を持つ汎用武器と言えるだろう。


「そういえば。彼の有名な三国志演義に登場する、呂布奉先が愛用したっていう方天画戟も青竜戟の一種だったっけ」

「じゃな、月牙が両側に付いておるものは方天戟とも呼ばれるらしいがのぉ。ともあれ、じゃ」


 自身の内より引き出したその青竜戟を見た娘二人が俄かに湧くのを目の当たりにし、何とも面映い感情を苦笑いという形で表面に出していたサキだが、落ち着いたらしきシズカの目配せを受け語り始める。


「扶祢に持たせたあれは、アタシが昔練習用に使ってたやつでさ。槍自体は昔から使ってたんだけれども、当時は三国志にハマっちゃってねぇ。恥ずかしながら、趣味が高じて大陸に渡って学んだ時期もあったんだよね。これはその頃からの相棒ってやつなのさ」

「そういえばあやつも言っておったか、扶祢の槍術は母上直伝じゃったな」

「そうさね、まだこれは扶祢には見せた事が無いんだけれども。あの子に見せたら間違いなく真似したがって、暫く他の事に見向きもしなくなっちゃうからなー」

「……あやつのことじゃ、この手のモノは意地でも会得するまで齧りつきそうじゃよな」


 言葉の後半は駄々を捏ねる子供の我儘に頭を悩ませる母親の顔そのもので、サキは最近妙に増えた溜息をまた一つ吐いてしまう。片やそれを聞いたシズカもその情景がありありと浮かんだか、少々げんなりとした様子で呟き返していた。


「でも出し入れ出来るのは便利だよね。わらわも何か欲しいなぁ」


 ただ一人そんな母達の様子も意に介さず、静は瞳を輝かせながらサキの出した戟をぺたぺたと触っていた。まるで幼子の如きその様子に、ついつい頬が緩むのを自覚しながらもサキは我が娘へと問いかける。


「静は何か得意な得物は無かったのかい?当時の静は霊山への修行から戻ってすぐ九郎一行に付いていっちゃってたから、あまりアタシはその辺り見てなかったんだよね」

「うーん。奉納の舞に使ってた扇、くらい?わらわ、術の方が得意だったから……」


 話している内に当時の情景を思い浮かべてしまったのだろう。寂し気に語るその表情にやってしまったと内心で自身を責めながら、サキは取り繕うかの様に咳払いをしてしまった。


「コホンッ。確かに当時の父方の腰巾着達が言ってたねェ、静は稀に見る神童だって。あいつ等の言う事だから話し半分にしか聞いちゃいなかったけど」

「ほぉ?その辺りも童とは違うんじゃのぉ。当時の童は自分で言うのも何じゃが武芸百般じゃってな、術にはそこまで力を入れてはおらなんだ」

「その辺りの差異も不思議なものさね。時の流れの大筋は似ていると言うのに」

「ま、言うても詮無き事じゃ。答えを出せるモノなどおらぬでな」

「神象武器、良いなぁ……」


 その後も三人のお狐様達は当時を振り返り、それぞれの世界の相違点を肴としながら夕飯時まで昔語りに花を咲かせ続けていた。


 夕食後。幻想世界(ファンタズムプレイン)のデバッグ作業に追われ部屋に籠っていた魔改造トリオが黙々と食事をし、食べ終わると同時に幽鬼の如く一列に並んで部屋へと戻って行く等、中々のホラーな場面もあったりはしたものの、残った面々はリビングで揃って夜の和んだ時間を過ごしていた。


「シズカ、夕方は元気が戻ってたみたいに見えたけど。やる気出ないの、治った?」 

「……んーむ。確かに神具が没収されたのはショックではあるのじゃが、どちらかと言えばやる気が出ない原因は燃え尽きた感があるからじゃからのぉ」

「萌え付き?」

「それじゃやる気が生えてくる方じゃないのさ。燃えて灰になっちゃった方だろう?」

「……静よ。汝、割と天然なのじゃなぁ」

「そうかなあ?」


 そうだとも。力一杯そう返したくなる気持ちを娘の名誉の為にぐっと堪え、サキも話へと加わることにした様子。 


「それじゃあやる気の出ない理由って何なんだい?今のお前は放っておけば何処までもだらけてその内たれシズカになっちゃいそうな感じだしねェ」

「たれシズカ……言い得て妙じゃな」

「気に入ったんだ?」

「今はもぉ何もするにも気が抜けておるからのぉ。では寝るまでの余興代わりに話してしんぜよう」


 そうしてシズカは語り始める。燃え尽きたと自覚をしているその理由を―――






 童の身の上は以前にも幾度か語った故、そこは省くとするが……当時救う事叶わなかった彼方の『静』、あの出来事が童の心にずぅっと刺さっておってのぉ。

 これは頼太にも語った事じゃが、以来童が百年の眠りから覚めて後、あの娘の如き哀れな犠牲者を出さぬ為にそれはもぉ様々な文献を漁ったものじゃ。無論、御先稲荷(オサキトウガ)としての本分も忘れてはおらなんだが。暇があれば異界へと渡って知識を漁り、然るべき時に動けるよう修行も欠かしはせなんだの。甲斐あって気付いた頃には天狐にまで登り詰めておったという訳じゃ―――


「――そして八百年程経ったある日、とある異界にて当時の『静』に瓜二つな野狐と遭遇したのじゃ」

「つまり、それが……」

「……扶祢だった?」

「じゃな。あの時はついあやつの母上似という在り(よう)を用いて誤魔化しはしたが、母上の娘と聞いて正直なところ動揺のあまり危うく本性を出しかけてしもうたわ。あぁ、やっと出会えた……『静』の似姿に、とな」


 当時の心境を語るシズカの様子からは、今まで誰にも言えなかった心中をようやく吐露する事が出来た、といった開放感が窺える。サキと静はそれを見てシズカに対し何か言葉をかけようとはするものの、中々その一言が出てこない。


「――ま、結果としては真に似姿じゃったというだけで当ては外れたがのぉ」


 対するシズカも二人の表情を見て何とはなしに悟ったか、先程とは打って変わり軽い笑顔を浮かべそう言った。


「それで気になって態々扶祢に付いて来てくれたんだね」

「……然りげな事になるのかや」

「やっぱり、シズカは優しいね」


 生まれた世界は違えども、親子であり家族。この意地っ張りの本心など、既に二人共お見通しであったらしい。その優しげな表情を受け満面に朱を注ぎながら、それでもシズカは言葉を紡ぐ。


「ええい!よくもまぁ赤面甚だしい言葉を口に出来るものじゃな……まぁ縁逢って童はあやつ等と共に此方へとやってきて――」

「――そして、遂にわらわに出逢ったと」

「そういう事かい。そりゃあ気も抜けようってものさね」


 サキの感想に静も頷き、そして静はシズカを抱きしめる。そこには感極まった情を誤魔化す意味合いもあったのだろう。互いに暫し無言のまま、それぞれの今を離さんとばかりに愛おしく抱き続けていた。


「……あの時は、本当に有難うね。シズカ、愛してる」

「そういう事は何処ぞで雄でも探して言うてやった方が生産的じゃと思うのじゃが」

「とは言いながらも、お前だって顔がにやけてるじゃないのさ。うちら霊狐の寿命は長いんだ、百合百合な(そういう)のも別にアタシは否定しやしないよ」

「そこは親として否定して欲しいところじゃが……ま、然りげな訳で静を救う事が出来て以来童の中で気持ちに一区切りが付いたというか、あの時の悔恨の念が少しは晴れた気がしてのぉ」


 シズカは静に抱きしめられるままにソファへと寝転がり、何とも気の抜けた様子で天井を見上げる。だがその表情は穏やかで、普段の太々しい仮面を一時ながら外した優しい素顔を晒していた。


「その顔も、お前の気が抜けたから見る事が出来たんだと思えば役得さね。ご馳走さま」

「――ふん、滞在費代わりじゃ。たんと味わうが良いわ」

「むふふ。シズカ、顔真っ赤だよ?」

「……ぬぁあ!そんな要らぬ事を言う口などこうしてくれるっ」

「むぅっ!?……んんーっ!」

「やれやれ、情操教育に悪いから扶祢の前ではするんじゃないよ?」


 それを呆れた様子で見ながらも、そんな二人を特に止める事も無くサキは寝室へと去っていく。後に残るは――仲睦まじき姉妹達哉。






「……ぷはっ。ふふっ、勝った」

「はぁ、はぁ――馬鹿な。この童が、負けたじゃと……?」


 薄野山荘の夜はこうして今日も概ね平和に更けていく。長き嘆きの時の果て、ようやく出会えたこの二人の行く末に、乾杯―――

 ???「楽屋裏の御返しだよ」


 という訳でシズカが異界渡りを始めた本当の理由の説明パートでした。第68話でもそれっぽい発言はさせていましたが。閑話だし最後位は百合百合しくても良いヨネ!

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