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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第五章 三つの世界 編
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閑話① 出戻りシズカさん

 連休3/4日目。作者的には普通に平日ですけれども!

 日本編エンド後のアフターストーリー的な立ち位置となります。


「あの子達が異世界(むこう)に行ってからもう三日かぁ……たった数日居ないだけで随分と家の中が寂しくなっちゃったモンだね」

「皆、元気で楽しそうだったよね――」


 ここは深海市外縁部、とある山の八合目に位置する薄野山荘。頼太達がこの山荘を出立し再び異世界へ向かってから三日程が経過していた。

 そんな夏の終わりの麗らかな午後。狐の母娘二人は洗濯物を取り込みながら、夏の間滞在していた末の娘とその賑やかな友人達の思い出を振り返る。


「あの子達、体調崩したりしてないかねぇ。ここ数日で急に寒くなってきたし……」

「ふふっ、母上ったら心配性だね。扶祢は子供の頃から風邪なんか引いた事ないんでしょ?それに、もし何かあってもシズカが居ればきっと何とかしてくれるよ」

「……そうだね。シズカが居れば安心か」


 シズカ――この世界とはまた別の似て非なる歴史を辿った世界より訪れた、サキの娘である静の鏡映しな存在という奇妙な訪問者。サキは目の前に居る我が子を見つめ、シズカと初めて出逢った夜を思い出す。

 自らを『サキ』の娘と名乗り、邪悪に嗤う自称天狐。それは肩書に恥じぬ霊格を持ち、また現存するどの天狐達とも比類する者無き神通力(ちから)を秘めていた。だがしかし元御先稲荷(オサキトウガ)筆頭であったサキの記憶には一切無いという不可解な存在、そして僅かに感じたその覚えのある鬼気に、あの夜はある種の覚悟を以てシズカとの対峙に臨んだものだ――結果はとんだ肩透かしを喰らった形となったのだが。


「思えばあの子の存在も不思議なモノさね。初めて会った時は、あの鬼気もあってお前が(オン)に囚われて歪んだまま、再び現世に迷い出たのかとも思ったものさ」

「シズカはよくあの鬼気を帯びた状態で正気で居られるよね。わらわが(オン)に囚われた時は、あの昏い感情の嵐に呑み込まれて何も考えることが出来なかったというのに……」

「何でもあの子が狭間の監視者組織とやらに入る切っ掛けとなった恩人のお陰で、百余年の眠りを経て徐々に慣らしていけたとか言ってたっけ。それにお前と違って、シズカは完全に飲み込まれたのでなく類似存在の鬼気に中てられただけとも言っていたし、幸い傷が浅くて御することが出来たのかねぇ?」


 然りとて本来ならば鬼と化すれば後に残るは怨念と悔恨、そしていつか至る滅びのみ。だのに、そんなモノに中てられたというのによくもまぁ……当時聞かされた話を振り返る度に呆れを含む何とも言えない感情が湧き起こるサキであった。


「まぁ、平和で居られるならそれが何よりさね」

「そうだね――シズカ、今頃何処で何をしてるのかな」

「……つい先程此方へと戻り、汝等に挨拶をしようとしているところじゃな」

「「うわッ!?」」

「ただいまなのじゃ……」


 背後より掛けられた囁く様な声に、二人は思わず跳び上がってしまう。サキにすら全く気配を感じさせない……いや、全体的に落ち込んだ様子で気配が薄いだけにも見えなくは無かったが。


「お、お帰り……またえらい早い帰還だね」

「お帰り、シズカ。はぁ、びっくりしたぁ」

「うむ、少々事情があってのぉ……」


 驚愕の感情を抑えきれないままに出迎えの言葉をかけるサキであったが、対しシズカにしては珍しく覇気の見えぬ落ち込んだ表情で話すその言葉を聞き、思わず自身の顔が引き締められるのを自覚する。


「……扶祢達に何かあったのかい?」

「否、あやつ等とは狭間の調査(しごと)の一環で別行動を取っておるだけじゃ。個人的な事情でちとな……」

「個人的?」


 だが穏やかでは無い想像に反し、どうやら扶祢達が危険な目にあったなどという話ではないらしい。その返答にほっと胸を撫で下ろし、サキは改めてもう一人の我が子へと向き直り言葉をかけた。


「兎も角、こんな庭先で立ち話を続けるのもなんだし中に入りな。何か暖かい飲み物とお茶請けでも用意してくるさね」

「ご馳走さまなのじゃ……」

「……シズカ、元気無いね。大丈夫?」

「あまり大丈夫ではないやもしれぬ……」


 やれやれ。一大事といった感じでは無いが、また何か厄介事でも持ち込んできたのだろうか。そんなシズカの様子につい苦笑を漏らしながら、サキはお茶の用意をする為に一足先に山荘の中へと入っていった―――


 ・

 ・

 ・

 ・


「――自宅を差し押さえられたのじゃ」

「「……は?」」

「じゃからな。扶祢達と別れ狭間に戻ってみれば、組織に我が拠点を差し押さえられておっての。既に家財一式諸々を含め競売がかけられた後じゃった……」


 そんなシズカのあんまりな告白を受け、サキと静は揃って目を点にしてしまう。いきなり何を言い出すのだろうか、この娘は。


 詳しく話を聞いてみたところ、静の消滅の危機を救う為に後先考えず神通力を無断使用したシズカは狭間からのペナルティにより、狭間の世界にある自宅の大半が差し押さえを喰らってしまったそうで。そう言えばそんな事も話していたな、と当時を思い返しサキはぼんやりとした感想を抱く。

 当時は此方の世界でも八百万の精や(あやかし)達がざわめき、また一部の土地神達などは深海市周辺にまで遣いを寄越してきたという。幸いこの地域一帯を支配する大神が睨みを利かせてくれたお陰で大事に至る前に事態を沈静化させる事に成功はしたが……あの後、つい先日までの二週間程は方々にお詫びの挨拶へ行く羽目になったものだ。静の為を想って仕出かした不始末の結果であるからして、全く苦になどはならなかったし、その程度の代償で済むのならば安いものではあったのだが。


「それはまた……で、うちに頼りにきたと」

「うむ、暫しの間お願い出来ぬかや?」

「そりゃ他ならぬお前の頼みだし、そんな言われ方をされずとも幾らでも滞在すれば良いけどね。元居た世界の方――あっちのアタシは無理としても、他に伝手は無かったのかい?」

「助かったぁ……コホン。あの糞婆は当然論外じゃし、奴の配下の霊狐共とも反りが合わぬでな。彼方で最も童と縁深いのはダキニの奴じゃからのぉ」


 それにまぁ、どうせならこの夏の間ゆるりと過ごした此方に頼りたかった故な――そう続けながらソファへと沈み込んで温められたココアを一口飲み、シズカはほぉっと幸せそうな顔を形作る。一瞬見えた素がまた何とも可愛らしく、それだけに本当に困っていたのだという事実が感じられた。

 そんな気難しくも心優しい、静の恩人でもあるこの娘の緩んだ顔を見るだけで他の細かい事はどうでもいいか、などと思ってしまうサキであった。


荼枳尼(だきに)様の処に行くつもりは無かったのかい?恐れ多いとは思うがね、あの方と親しいお前なら迎え入れてくれそうなものだけれど」

「常ならばそれもありなのじゃが。此度ばかりは童自身への罰のみならず、無く少々きつめのお達しを受けてしまってのぉ……あやつも此度の件に関しては罰する側へ回る故、他を当たってくれと言われてしもうたわ」

「……あー、そりゃ正論だね」

「大体からして童の蒐集した神具魔具の類だけでも十分すぎる程に補填はしておるじゃろうに!何が『家も資産の一つなのよー』じゃっ、あの腐れ野干めがっ!」

荼枳尼(だきに)様にそんな憎まれ口をきけるって、シズカは凄いね……」


 どうも狭間では相当きついペナルティを課せられてしまったらしい。シズカの憤慨っぷりに呆れるやら気圧されるやらでサキも静もどうしたものかと対応に困り果ててしまう。


「はぁ……もうお前の荼枳尼(だきに)様に対する物言いはいい加減諦めてるけれどもさ。神具魔具の類って一体どんなのを持ってたんだい?」


 仕方が無くシズカの食指に触れそうなコレクションの話題を振ってみたのだが、これがまずかった。振られたシズカは先程までの意気消沈した様子は何処へやら、爛々と目を輝かせながら弁舌を振るいだしてしまう。


「良くぞ聞いてくれたっ!古今東西八百年に亘る蒐集の末に揃えたコレクションは言うに及ばず、その頂点とも言える神具魔具、あれを手にする瞬間の悦楽と言えばそれはもぉ堪らぬものでのぉ!」

「あ、これあかんやつや」


 自立心を養う為無闇に全てを教えるのではなく、インターネットの検索を教えた悪影響だろうか。静がどこかで聞いた様な台詞を使い始めるという悲劇の日が訪れようとは……俄かに目の前が真っ暗になってしまう錯覚を受けてしまうサキ。言いたい事はサキにも解るし、全くの同意見ではあったのだが。


「失礼な事を言いよるのぉ。それよりもこれを見よ!童と共に三百年以上もの長きに亘り、魑魅魍魎共の血を吸い続けたこの安綱の蠱惑的な輝きをっ!これを眺めるだけでもぉ、童は……童はっ……」

「戻ってきなこの武器オタク」


 途中から目の焦点が何処かにトンでしまい、どう控え目に見ても危ない奴にしか見えなくなったシズカに対し、サキは思わず手刀に冷気を帯びさせチョップをかましてしまう。やはりうちの血筋は変なのが生まれる定めなのか……そう、諦観の表情を形作ってしまったのも無理からぬ事だろう。


「ぬぐっ……母上、いきなり何をするか!?」

「お前ね、自分の何処かに逝った様なだらしのない顔自覚してるのかい?それに童子切安綱って言ったら国宝指定されてる天下五剣の一つじゃあないか。見た目の美しさこそ三日月の下とはされちゃあいるけれど、付随する逸話としてはほぼ日本刀としての起源に当たるような代物を何でお前が持っているのさ」

「シズカってそういうのが好きだったんだ?」


 童子切安綱―――


 古刀に分類される中でもその斬れ味はトップクラスと伝えられ、数ある日本刀の中でも室町時代頃より特に大名刀と云われた五振りの刀の一つでもある。古来より鬼殺しの代名詞とも呼ばれ、近くは一部のRPG等にも登場する程の知名度を誇る逸品だ。

 古くは時の将軍・坂上田村麻呂が鈴鹿山にて鬼女と伝えられる鈴鹿御前の討伐の際に用いたとされ、また源頼光一行により酒呑童子の首を斬り落とした事から「童子切」の名を冠する事となったのは最も有名な逸話であろう。


「うむ。鬼殺しとしての伝承はこの安綱にも(しか)と受け継がれておるし、童の鬼気とも相性が良いでな。特に重宝しておる童の愛刀じゃ。此方の世界の安綱はどうか知らぬが元禄が始まるか始まらんかの辺りじゃったか、どこぞの砥ぎ師を火事から救った際に報酬代わりとして頂いてきた物がこれじゃな。故に彼方の博物館に飾られておるのは真っ赤な偽物と言う事になるのぉ」

「お前ね……何て恐れ知らずな真似をしてたんだか」

「なに、コレも武器としてこの世に生み出されたのじゃ。武器としてはあのまま死蔵されるよりも、童の手で存分に振るわれた方が本望じゃろうて。それに、この安綱は最早童の鬼気に馴染み過ぎ半ば童専用の神象武器と化しておるでな。故にこうして唯一出納が可能な安綱と、もう一つの神具だけが没収の難から逃れたという訳じゃ」


 言いたい事を言い終え愛刀のお披露目をし満足したらしいシズカは、最後にそう言って童子切を何処へともなくしまい込む。それを呆れ果てて物も言えぬと言った様子で唯々聞きに回るサキと、シズカの大風呂敷を広げた武勇伝を真に受け純粋に尊敬の眼差しで見つめる静。

 こうして薄野山荘における初秋の侯のとある夜は、シズカのコレクション自慢をBGMとして平和に更けて行く―――






「ちなみにじゃがな。もう一つだけ没収の難を逃れた神具というのが、このヤドリギの枝(ミスティルティン)じゃ。狭間のとある神との賭けで巻き上げたものなのじゃが、神性を持つ幻想種にはよぉ効くでな。安綱と併せて愛用しておるわ」

「それ、限定的とは言え神殺しの矢じゃないか!?そんな物を軽々しく賭けに使われる狭間って大丈夫なのかね……?」

「でもそれ以外は全部没収されちゃったんだよね?竜殺しの剣(アスカロン)とか巨人殺しの光剣(クラウ・ソラス)とか」

「ぬぐっ……」

「また見事に『殺し』に特化した剣ばかりだね……」


 何だかんだで厨二っぷりで言えば、頼太や扶祢などぶっちぎりの周回遅れで引き離す程に突っ走っていたシズカなのでありました。

 ボッシュート南無。オタ狐が此処にも一人。

 童子切は実はお狐様とも縁のある刀なのです。気になる方は検索してみよう!

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