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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第五章 三つの世界 編
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第079話 天響族の実態

 護れなかった―――


 あの時自分がその手を離しさえしなければ……どれだけ悔やんでも「あいつ」はもう戻っては来ない。心に刻まれ続け癒えることの無いこの傷に比べれば、当時の身体への負担程度が一体どれ程のものだったのだと言うのか。

 何故――何度自問をしたことだろう。ふと見上げた先には秋の澄み切った青空、しかし……我が心の内はそれとは対象的に朧雲が全天を覆い、何時までも止む気配を見せぬ地雨が降り続ける―――






「そろそろ感傷の海から上がって来てくれよー?」

「うるせぇっ!お前ぇ等みたいな薄情者共に、この張り裂けそうな俺っちの心が分かってたまるか!」

「釣鬼ったら、リヤカーの破片を集めてお墓まで作ってあげちゃって……」

「まさか釣鬼にこれを言う事になるだなんテ……アホダネ」


 天響族の襲撃より、時は少し流れて昼食後。いつまで経ってもお手製のリヤカーの墓の前から動こうとしない釣鬼をどうにか宥め、再びサカミの砦町への旅路に戻る。

 確かに結構な痛手ではあるが人的被害があった訳でも無し。ただリヤカー大破と共に積んであった保存食の類は大幅に減ってしまい、出来れば今日中にサカミへ到着をしたいという話になり、リヤカーの問題はさておいて少々道中を急ぐ事にした。

 捕獲した天響族については、シェリーさんはすぐにでも始末をしたがっていたのだがこちらとしては貴重な敵側の情報源でもある。サリナさんに唆されたアデルさんが凛とした顔でシェリーさんへと迫りつつ事の判断の重要性を説き、強引に押し切った形で現在縛ったまま同行中の流れである。


「ここまで心が痛んだのは最後の学院祭で男装をして後輩達を騙した時以来だよ……」

(わたくし)の愛しのアデル、ですものね?」

「あの時と言いこんなのがギルドの幹部候補生になるなんて……世も末だね」

「失礼ねぇ」


 そして何だかんだで乗り気だった様に見えるアデルさんによる女殺しの微笑に押し切られた形となったシェリーさんと言えば、今も顔を上気させたまま、上の空といった風にただ足を動かし付いてくる状態となっていた。

 この様子を見る限り、相当に三界(こちら)側のアデルさんを想い続けてきたのだろう。その内タガが外れてアデルさんへの略奪愛とかでサリナさんとの修羅場が発生したりしなければ良いのだが。


「えっと、それでこちらの天響族さんには何も聞かなくても良いのかな?もう随分と回復した様子に見えるんだけど」

「チッ……」


 一方で捕獲した天響族を見事なロープワークにより縛り付けた扶祢が、その紐の先を握って引っ張りながら俺達に聞いてくる。


「そうだね。そろそろ何か話す気にはなってくれたかな?ええと――」

「……ジャミラだ。油断してたとは言え不覚を取ったのは間違いないからな、俺の負けだ。で、何が知りたい?」


 おや、思ったよりも素直に応じてくれたな。シェリーさん曰く天響族の実働部隊の中でも最前線で活躍するかなり厄介な隊長格らしいから、てっきり黙秘を貫くものとばかり思っていたが。


「うーん、この場合何から聞けば良いのだろうね?」

(わたくし)達この世界については殆ど知りませんものねぇ」

「右に同じく」

「私も」

「ボクも」


 さぁどうしよう。肝心のシェリーさんがあの様子だから暫く事態が進展しそうに無いしなぁ……。


「本当に何なんだお前等は?空飛ぶアデルの偽物――はまぁ本体の能力を模していると考えれば解らんでもないが、空跳ぶオーガとか意味分からん。それに俺を殺そうとしたサリナ、多分あっちが本物か?あれを押し留めた辺りを見た感じ、ただ使い捨てられるだけの人造人間(レプリカント)とも思えないからな」

「ふむ……ではまずその人造人間(レプリカント)とやらについて教えて貰えるかな?御察しの通りあちらが『本物の』サリナで合ってはいるのだけれども、残念ながらわたし達は少々事情があってこの世界についての基本的な知識というものが無いのでね」

「ふん?どこぞの研究所から脱走してきた実験体という事か?まぁその程度なら敗北して捕虜となった身だ、待遇の改善が叶うなら色々と説明してやらんでもないけどな」


 どうもアデルさんは相手の思い込みに合わせ、三界(こちら)のアデルの偽物で通すことにしたらしい。それにしても捕虜の身で随分と贅沢言ってんなコイツは。


「改善の内容によるね。無条件で逃がせなんていう話であれば、流石に許可出来ないが」

「そこまで条件を楯に取って贅沢を言う気は無いさ。胴体の縄はこのままでいいから、せめて翼まで縛り上げて犬っころみたいに首を引っ張るのは勘弁して欲しいんだがな。窮屈で敵わん」


 そう言いながら天響族――ジャミラと言ったか、はうんざりとした顔をしながら首に結んだ紐を引っ張る扶祢に視線を向ける。確かに、翼はがっちりと縛り留められ両腕は背中側でお縄となり完全に囚人スタイルだもんな、これ。

 視線を向けられた扶祢はと言えばやたらやる気に満ち溢れており、いつ逃げられても対応しますよ的なオーラを放ちながらわくわくといった様子でジャミラを見つめているし。何でこんなやる気になってんだ、こいつは?


「一応念は押しておくけれども、逃げようとは思わないで欲しい。大人しくするなら此方も特に危害を加える気は、今の処は無いからね」

「解ってるさ。逃げたりなんかしてまたあの不気味な魔法を喰らうと思うとぞっとするぜ。さっきは発動の気配すら感じられなかったからな……」


 ―――ドヤァ!


 その言葉を聞いた扶祢の表情が目に見えて輝き、満面の笑みをこちらへ向けてきた。うぜぇ!


「初披露目の術が華麗に決まっテ、余程嬉しかったんダネ」

「あぁそういう……」

「ふっふっふ。あの完璧なタイミングの術の発動!我ながら惚れ惚れしちゃうのだわ」


 そんながっかり感満載の扶祢からトドメを刺されてしまったこのジャミラに対し急に哀れみを感じてしまい、ジャミラの要望は賛成多数で受け入れられる事と相成った。


「ふぅー助かった、長時間後ろ手に縛られると体中引き攣ってきつかったんだよな」


 本人の希望通り胴体にだけ紐を結び、その紐へ重ねる様にサリナさんによる魔法的な拘束のみが為されたところでようやく解放されたとばかりにジャミラは伸びをする。


「それじゃあ、まずは人造人間(レプリカント)についてだったか。どの辺りから話せば良いんだ?」

「重要と思われる事全て、かな」

「全て、となると長いな。俺の方で必要だと思う所を掻い摘んででも良いか?」

「えぇ、それで結構ですわ。これも情報収集の一環というだけですし」


 どうやら上手い事誤魔化せた様子。現状としては情報収集さえ出来れば良い訳だから、狭く深くよりは広く浅く、が今俺達の求めている事なんだよな。


アデルとサリナ(あいつら)のコピーにしちゃあ随分と呑気なモンだ。奴等と違い二人共に居続けられたから精神的に安定でもしてたって事か?」

「――その発想は無かったね」

「精神の安定、ですか。言われてみれば対比として心当たりが無い事もありませんわね」

「うーむ。どうもお前等と話してると、本当に人間と会話をしている錯覚に陥るぜ。俺が今まで見た人造人間(レプリカント)共は皆どこか人格が不完全で人間味が薄かったものだがな」


 そんなジャミラの感想を受け、二人は虚を衝かれた様子で思わずお互いを見つめ合ってしまう。そりゃ本物の人間ですから。まさか敵対してるであろう種族相手に「オッス!オラ異世界から来た旅人だ、宜しくなっ」とは言えないからなぁ。

 それにしても、最初から二人揃っていた理想郷(アルカディア)、二人の関係が引き裂かれてしまった三つの世界(トリス・ムンドゥス)……奇しくもジャミラの言っている事は的を得ていると思う。初対面の時と比べると随分と落ち着きはしたが、シェリーさんはまだどこか危うさと脆さを感じる部分があるのは確かだ。


 その後ジャミラに対し、質問も混ぜながら人造人間(レプリカント)について詳しく聞いたところ、以下の内容が判明した。


 まずこれは既にジャミラが語っていた二、三言から予想が付いてはいたのだが、人造人間(レプリカント)とはこの世界の人類が対天響族用の生体兵器として開発した、使い捨ての一代限りな複製人間といったモノなのだそうだ。

 天響族が復活して以来人類側は僧侶系の回復職が壊滅し、少々のダメージは直ぐに癒して襲撃をかけ続ける天響族に対しジリ貧の状況が続いていた。このままでは人類は天響族に滅ぼし尽くされてしまう……そんな滅びへの恐怖に囚われてしまった当時の人類は、形振り構わず禁忌へと手を伸ばしてしまう。

 当時はまだ僅かにだが残っていた回復魔法の使い手達を支配者階級が権力を以って監禁し、「人類共通の未来の為」という欺瞞に満ちたお題目の下に言うに堪えぬ惨たらしい実験の果て、最後の大神官が呪いの言葉を吐き絶命すると同時に人類初の人造生命体の完成を見たという。


 そして、三界の人類の手から回復魔法の秘奧は消え去った―――


 以来、初まりの人造人間(レプリカント)を基に繰り返された実験により量産された人造人間(レプリカント)達の戦場への投入により、人類は天響族に対し初の勝利を得る事となる。それ以降は一進一退の状況で現代に至る数百年もの間、小競り合い状態が続いているのだという。


「……惨い話だね」

「それについては同意だな。主に人造人間(レプリカント)の特徴としては、感情が薄いかもしくは皆無である、多少の傷ならば体内に残存する魔力(オド)と引き換えに急速に回復をする事が出来る……そして、一度消耗した魔力は一切回復をしないといったところだな。ま、それでも半年程度ならゆうに動けるらしいが」

「……魔力を使い果たした人造人間(レプリカント)は、その後どうなるのです?」

人造人間(レプリカント)の成り立ちと用途からして、当然身体をまともに維持する事さえ出来ず最後は敵陣に突っ込まされて……ボンッ、さ」


 ジャミラはそう言って一瞬右手を握り込んだ後、上に向かって開く仕草をする。そういう事か……。


「生まれたての人造人間(レプリカント)にはまずこの事実が真っ先に教え込まれるそうだ。自我の確立をする前に使い捨ての道具だという救い様の無い事実を知らされる事で、大半が希望を持ち得ず感情を持たぬ捨て駒として機能してしまっているってことなんだろうな」

「そんな話を聞くと人類こそ滅ぼすべき相手に思えてきちまうな」

「うん……」


 どの世界にも反吐の出る話はあるものだ……いつの間にか精神的に正気に戻ってた釣鬼とシェリーさんも、気付けば難しい顔で黙したまま、ジャミラの話に耳を傾けていた。


「お前等二人は人造人間(レプリカント)じゃなくて人間か?天響族である俺が人類を庇う様な物言いをするのも何だが、戦争なんて程度の差はあっても何処でも似た様な事はやっていると思うぞ。現に天響族(おれたち)も前線の兵士には紋様を埋め込まれ、身体機能のブーストと引き換えに紋様を通じての洗脳紛いの指令を送られている現状だ。意思の弱い連中は皆廃人同様になっちまってるぜ」

「……お前ぇは平気なのか?」

「あぁ、そもそも紋様の強制力はそんなに高いものではないからな。その程度に屈する奴は隊長格になどはなれないさ」


 釣鬼の質問に対し何処か自虐的にジャミラは語る。当初シェリーさんに話を聞いた時は天響族イコール三界全ての敵といった構図と思っていたが、こいつの言ったことが事実であるならば、アデルさんの言う通り事態は随分と複雑に思える。ジャミラ自身も話してみれば人格的には人と何ら変わる部分もなし、わざわざ戦争をし続ける意味も無いと思えてくるが……逆か。人と同じだからこそ互いの立場主張の差異により、争い続けてしまうのかもしれないな。


「ところで、天響族(おまえら)って御伽話の存在そのものなのか?俺の聞いた話だと天に昇った元人類ってことらしいが」

「多分な。俺自身は封印解放後の生まれだからその辺りはよく分からんが、封印前から存在しているらしい老害共は未だに世界の覇権がどうのと妄言を吐き続けているぜ」

「何と言うか君を見た限り、精神面では本当に人間と変わらない様に思えるね」

「実際その通りなんだろうな。ま、そんな妄執に縛られ紋様に操られる哀れな走狗が、お前達今の人類と前線で戦っている天響族というモノの正体ってことさ」


 呆れからかそれとも思うところがあったのか、溜息を吐くアデルさんへ答えるジャミラの姿からは、もう当初の斃すべき敵という印象が随分と薄らいでしまったな。あれ程目の敵にしていたシェリーさんですら瞳を閉じ、その後暫くの間何かを考えたまま歩き続けていた。


 どうでも良い事ではあるのだが、目を閉じたままでも一切ブレること無く歩き続けるシェリーさんに対し皆興味深々の体で視線を集中してしまい、その内その好奇の視線に耐えきれなくなったシェリーさんから揃って御叱りを受けるという出来事があったりしたのだが、きっとどうでも良い事なのだろう。






「――見えてきましたわ。あれがサカミの砦町です」


 それから西へ向かって歩き続けること数時間。陽も傾き始め、夕暮れの気配が近づいてきた時分になりようやくサカミの砦町が見えてきた。


「ほぉー」

「これは、また……」

「正門だけでしたらヘイホーとまではいかないにしても、それでも相当な規模ですわね」


 大きさで言えばヘイホーの正門の半分程か、それでも優に大型の馬車二台が揃って通り抜けられる程の横幅に、いかにも頑丈そうな金属製の扉の門が目の前に見える。そこから町の周りをぐるりと囲む石造りの塀が続き、『砦町』の名に恥じぬ威容を誇っていた。


「……このサカミの砦町に何用かな?」


 門の横の詰め所から厳つい顔付きをした、人狼族であろう中年の男が出て来て俺達へと詰問する。扶祢さんや、今度は余計な事を言うんじゃありませんよ?と視線を向けてみれば、心得たとばかりにはっきりとした首肯を返してきた。

 そこは心得た、ではなく失礼な、と返して欲しい程度に本来は要求するまでもない事なんですがね?


(わたくし)は公都より参ったサリナと申します。暫しこの付近の探索を行う予定ですので、此方への滞在許可をお願いしたいのですが」

「――ほう、その美貌にその名、もしや噂に聞く人類領域の英雄様ですかな?」

「英雄などでは……ただの殺戮者ですわ」

「まぁ、『憎き敵勢』を斃してくれるならば、誰であろうと我々としては自分達の身を傷付けずに済みますし、感謝するのも吝かではありませんな」

「……な」


 そう人狼族の守衛が顔を歪めて言った直後、シェリーさんが言葉に詰まるのも束の間、そいつは一陣の風に薙がれ石壁へと叩き付けられていた。その衝撃に、守衛はそのまま言葉も無く地面へと倒れ込んでいく。


「……痴れ者共が。こんな塀に囲まれた中で安穏と暮らす連中が、その反吐の出る様な顔でシェリーさんの苦悩を嘲笑う発言をするんじゃないっ!」


 うん、こいつの性格からしたらこうなっちゃうのも無理は無かったか。俺は当然として、釣鬼ですら止められなかった速度の突撃って事は完全に頭に血が上ってやがるな。

 そしてその激突音に何事かといった様子で詰め所より多数の守衛達が出て来て、俺達は半円状に取り囲まれてしまう。


「やっちまったか……ハァ、しゃあねぇな」

「ボクも今のは本気で頭にきたシ、こいつ等やっちゃって良いヨネ?」

「仕方が無いね、情報収集はまた別の場所でも探すとしようか」

「あれ程戯けた事を言われてまでこの程度の砦崩れな田舎町に固執する必要もありませんわね。こんな事で人死にを出すのも寝覚めが悪いですし、死なない程度にお仕置きをしましょうか。死にさえしなければ後の治療は請け負いますわよ」

「皆さん……?」


 真っ先に激昂した扶祢のみならず、俺達が次々とこの街の連中と相対する姿勢を取った事が余程衝撃だったのだろう。シェリーさんは未だ把握しかねる様子で不安気に俺達を見回してしまう。


「悪いねシェリーさん。こうなったら俺等とことん付き合うからさ、こんな胸糞の悪ぃ町なんぞにわざわざ頼る必要なんざ――無ぇよっ!」


 あっけにとられた様子のシェリーさんにそう言い残し、俺は早速近くの守衛へと突っ込みカチ上げをかます。さて、皆もやる気になっている様子だし、久々に大立ち回りといきますかっ!


 ―――そういえば、模擬戦以外で戦うのは幻想世界以来だな。ちょっとばかり腕がなるぜっ。

 今回も割と真面目会。日本編と比較すると舞台的に中々難しい章ダナー。

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