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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第五章 三つの世界 編
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第077話 コイバナ?のち研究発表

「ふぉおおおおおっ!?スゲー!」

「きた!ついにきちゃったよ!!これはテンション上がってきたー!」

「こりゃあ確かに便利だな。これが西の大陸との交流の成果ってやつか」

「これは釣鬼に頑張って貰わないとネ」


 今っ!俺達はっ!!猛烈に感動しているッ!!!


 「それ」の存在が何を意味するかを理解した時には思わず扶祢とハイタッチを交わし、いえぃっ!と喜びを率直に表現してしまった。それだけでは飽き足らずそのままピコとミチルも巻き込んで誰も居ない夜の荒野で小躍りを始めたりと、客観的に見ると正気を疑われそうな有様を見せる程、その時の俺達は心躍る真実に衝撃を受けていたんだ。


「あははっ、そこまで喜ばれるとこちらも見せた甲斐があるってものだね」

「全くもぅ。これはまだ秘密でしたのに」

「これは確かに凄いですね……この様な品があれば、旅も負担もさぞかし減る事でしょうし」


 冒頭から意味も分からずお見苦しい様子をお見せしてしまい申し訳無い。これには深いふかーい訳があるのだ。

 その訳とは―――






「――陽も沈みましたし今夜はこの辺りで野営にしましょうか」


 シェリーさんの提案で本日の野営は遠くに都市址の見える平原と荒野の境付近で行われる事となった。遺都が見えるってことはここはアルカディア側で言えばヘイホー近郊か……やはり三界(こちら)にはヘイホーは無いんだなぁ。

 他の面々も同様の感想を抱いたらしく、皆心なし表情に陰が見て取れた。


「こうしてヘイホーが存在しないという現実を目の当たりにしてしまうと、少しばかりショックですわね」

「ウン……」

「言っても仕方の無ぇことだ。似て非なる世界と割り切るしかあるめぇ」

「だな」


 そして各自料理の用意やキャンプの支度などを分担して行う、のだが……各々その口数は少なく、少々重苦しい雰囲気は夕食時にまで引き摺ってしまう。


「ふむ……どうにもいけないね」

「?」


 珍しく静かな食事となった夕食時に、アデルさんがふとそんな呟きを漏らす。


「いや、皆沈んでいる様子だからね。このままでは翌日以降にも響いてしまうだろうし、ここは一つ気分転換でもしないかと思ってね」

「そうですわね、こんな気分のまま有事に遭えばどの様な不覚を取るかも分かりませんし」


 言われてみれば確かに。こういう点にすぐに気付くことが出来るのは経験の賜物だろう。流石は名実揃ったAランクコンビと言うべきか。


「気分転換、ですか」

「うん。とは言えわたしから提案しておいてなんだけれども、何か気晴らしになりそうな事でも無いかな?」

「「コイバナ!」」


 そんなアデルさんの問いかけに、一も二も無く扶祢とピノの二人が飛び付き口を揃えて叫ぶ。やはり皆、重苦しさというものは感じていたんだろうな。

 だが、それはそれとしてだ。


「そもそもお前達の生い立ち的に、話せるような恋話なんてあったのか……?」


 ピキッ――つい素直な疑問を呈してしまった俺の言葉に、どこかで精神的に石化をしてしまった音が聞こえてくる。無理に女子力が高い振りなんてするからそうなるのです。


「言ってみたかっただけなんですね」

「うぐぐ……ら、頼太の方こそどうなのさ!?」

「俺?ンなモンねーよ?つか俺は別に聞きたいとも言ってないしなー」

「この卑怯モノ!」


 と、言われてもなぁ。

 この例に見られる通り、何だかんだで話し始めればいつも通りな俺達の様子に少しだけではあったが和み始める一同。残る年長組もそれに乗り始め、徐々に話も弾み始める。


「ふふ、わたし達もそういった話とは残念ながら無縁でね。話す側には回れないのが残念だよ」

「ちょっと!達って何よ達って!?」

「うん?じゃあサリナにはそういうことがあったのか?わたしが街に居ない間にも、しっかりとやる事はやっていたんだね」

「……こ、公立学院で恋文の類を贈られた事でしたら何度か」


 いきなりの暴露につい反応してしまうサリナさんではあったが、悪戯っぽい笑みを浮かべながら聞き返すアデルさんを見てそれが引っ掛けだと気づいたのだろう。悔しそうな素振りを見せながらもふいっと目を逸らし、語尾をすぼめてしまう。ここにも悲しい見栄っ張りさんが居たらしいネ。

 それにしてもこんな美人揃いなのに浮ついた話が一つも無いってのは勿体無いモンだ。それともあれか、美人過ぎて周りの野郎共の腰が引けちゃってた感じなのかね?

 俺が心だけではなく見た目ももっと釣り合うイケメンだったならっ……!


「あははっ。皆、色恋関連には疎いみたいだね。これは釣鬼とシェリーさんに期待するしかないかな?」


 自分で疎いと言っておきながらその目は期待感に満ち溢れ、ワクワクと言った擬音がいかにも似合いそうな表情で身を乗り出し二人へと話を促すアデルさん。昼間の戦乙女然とした装束から色恋には興味が無いか、若しくは初心な人かと勝手に思い込んでいたが、そっち系も好きだったのね。


「シェリーさんには本命の『私のアデル』さんの話を聞くとして、まずは釣鬼からいってみよー」

「なっ……いいいいえっ、あれはその場の勢いと言いますかっ!」

「まぁまぁ、その調子で気持ちを溜め込んでおいてね。後でたっぷりと聞かせて貰うから」

「~~~ッ」

「ごめんなさいね。こいつは昔からこうなったら止まらないのよ……」


 ああ、きっと洗いざらい聞き出すまでは止まらないなこの人。首筋まで真っ赤に染めながら俯いてしまうシェリーさんに対し、うんざりとしながらも慣れた様子でアデルさんを小突くサリナさんの姿が、奇しくも理想郷(あちら)三界(こちら)の対比の様にも見えた。


「さぁ、さぁ!さぁっ!!」

「お前ぇ、結構面倒臭ぇ趣味してたんだな……まぁ話す分にはいいけどよ、結構きつい終わり方をしてっから、あんま場を盛り上げるには向かねぇと思うぞ?」

「悲恋というやつかぁ。大丈夫、今のわたし達はこの同じ星空の下で寝食を共にする仲だ。冒険者としての親睦の儀式という事でまずは話そうそうしようっ!」

「全く、しゃあねぇな……」


 そんなウザデルさんに対し釣鬼は呆れながらも苦笑を返す。焚火に照らし出されたその銀髪が夜の闇の中、鮮やかな光と影のコントラストを成していた。


「そうだな。あれは俺っちが修行に出されたばかりの頃、ある戦場に傭兵見習いとして参加した時の話だがよ――」


 現代日本ではそうそう見られそうにない満天に輝く星空を、釣鬼は何処か寂しそうな様子で見上げ、ゆっくりと語り始める。少年時代の思い出を―――






 ―――俺っちの郷は皆もご存知脳筋族(オーガ)の郷ってやつだ。


 村を挙げての生業として傭兵稼業をやっていてな。里で生まれた子供達は皆十年以上に渡る鍛錬の後、適正の高い者は大人に連れられ、徐々に戦場や護衛業に慣らしていく風習が昔からあるんだが……。

 俺っちが初めて戦場に立ったのは20と少しの頃だったか、あの当時は今と比べると随分と物知らずなひよっ子でなぁ。なまじ腕に自信があったものだから餓鬼大将の真似事なんぞをしたりして、戦場から帰って来る大人達に挑んではボロカスに揉まれる日々が続いてたモンだ。そんな気性だったモンだからよ、戦場に立てると聞かされてそりゃ奮い立ったさ、若さ故蛮勇の意味すらも知らずにな。


 結局、初の戦場じゃ上がっちまって戦功どころか人一人殺せなくてよ。しかも逆に死んだ振りをした敵兵に背後から毒を塗ったナイフ刺し込まれちまう始末でな。大鬼族(オーガ)の生命力あってこそ何とか死なずに済んだようなものだが、あの時は死の淵を暫く彷徨ったモンだ。

 その時治療に当たってくれたのが、傭兵達の「あっち」の世話をする為に用意されていた、まぁ専属娼婦ってやつの一人でな。三日三晩熱に魘され、ようやく意識が戻った時にはお互い裸で睦みあっていたんだわ。

 これも戦場の常ってやつなんだろうが、俺っちあの時はすっかり舞い上がっちまってな。その人族の女も娼婦にしては妙に優しい部分があったもんで、商売以外の時間でも足しにもならねぇ小僧の話に耳を傾けてくれたり自分の身の上話なんかもしてくれてなぁ。当時はもうアイツしか見えなくなって、それからというもの毎晩の様に通い続ける事になったっけ。


 戦場でのそういった話だから、当然他の傭兵との男女の関係に関わる揉め事もあったりはしたが、幸いこの……あー今は吸血鬼(こんな)姿だったな。まぁ、当時は大鬼族(オーガ)としちゃまだ餓鬼だったとはいえ、そこらの傭兵連中になんざ負ける訳も無くてな。あの戦争の最中はほぼアイツは俺っち専属みたいな位置付けになっちまってたんだわ。

 今思えばそんな危うい我を張る危険性に気付いて然るべきだったし、アイツもそれに対する忠告はしてくれてはいたんだが……舞い上がった世間知らずのひよっ子がそんな自分に都合の悪い部分を正視しよう筈もねぇ。結果、里の先輩が近くの戦線に出張った隙に、金か嫉妬かは知らんが自軍の傭兵達に十人がかりで寝込みを襲われてな。


 後はまぁ想像付くだろう?俺っちは何とか生き残れたが、アイツはそれに巻き込まれて、な。周りの娼婦連中からの証言もあって俺っちが殺し尽くした十人の件は一応正当防衛という事で不問にはされたが、そんな揉め事を起こした見習い小僧がそのまま雇われ続けられる訳が無ぇ。先輩共々追い出されてそれっきり、さ―――






「――それから里に戻り、罰として三年程里の外に出る事を禁じられ、以降は武術の鍛錬に集中し続けていたな。禁が解かれた後もそれなりに戦場へ出ちゃいたがよ、自業自得とは言え初陣がそんなだったからな。もう傭兵業で食って行く気にはなれなくなっちまって、遂には族長(ジジイ)をぶちのめして里を出たって訳だ」

「………」

「―――」


 その重い話に皆、途中から何とはなしに聞き入ってしまい、釣鬼が話を終えたその頃には焚火もすっかり下火になっていた。それに気付いた釣鬼が沈黙の支配する中、改めて火をおこし直す音が響き続ける。


「――それは、かなりヘヴィな話だね」

「ですわね。お二人共、涙を拭いて下さいな」

「うっ……ぐすっ……」

「釣鬼ィ……」

「だから言ったろうがよ、盛り上げるには向かねぇって」

「まさかそんな過去話が出てくるとは思ってもみませんでした……」


 教訓という意味では大事な話だったのだろうが、結果としては夕食時よりも重い雰囲気になってしまった。ちょっと言葉にならないなこれは……。


「アデルのせいですわ」

「うっ……そうだね済まない。釣鬼にも嫌な事を思い出させちゃったかな」

「これもありふれた戦場の悲劇の一つだろうし、もう三十年年以上も前の話だからな。言う程引きずっちゃいねぇよ」

「そうかぁ。うーん、ちょっとこの空気の中でシェリーさんの恋話、って雰囲気じゃなくなっちゃったしなぁ」

「出来れば今回はご勘弁願いますわ……」

「大人しく何か代案を考えなさいな」


 シェリーさんに申し訳無さそうに断られ、サリナさんからは非難をする目付きでせっつかれて、アデルさんはどうしたものかと考え込む素振りを見せていた。そのまま暫し腕を組み、手を顔に添えながら可愛らしい仕草で考え込んでいたが、ふと何かを思い出した様子で頷き言った。


「――そうだ、じゃあ手品代わりにあれでも見せようか」






 そして話は冒頭へ。

 うん?相変わらず主題が分からねえぞ!って?慌てなさんな、これから説明するから。


「じゃんっ。これ、なーんだ?」

「……?フタ?」


 アデルさんがリュックから取り出したのは凡そ縦30cm横40cm、厚さ10cm程の蓋の様な物だった。よく見れば両開きの取っ手が付いており、蓋の表面には怪しく光る雰囲気満載の魔法陣が一定の間隔で明滅を繰り返している。


「何ですかこれ?」

「ふっふっふ、君達が分からないのも無理は無い。なんたってつい先日に試作品としてわたしに貸与されたばかりの貴重品だからね!」

「ああっ!?貴女それ、まだ人に見せちゃ駄目ってあれ程――」

「仕方が無いじゃないか。あの重い空気のままで置いておく訳にもいかなかったしさ」

「元はと言えば貴女のせいでしょうが!はぁ、ヘンフリーさんに何て言い訳すればいいのだか……」

「幸いここは異世界だ。今見た皆が黙ってくれれば丸く収まる訳だよ」

「仕方ありませんわね」


 どうもサリナさんの慌てぶり、そして二人の話の内容からしてかなり秘匿性の高いモノらしい。それは好奇心が疼きますな。


「それで、何なんですこの蓋みたいなの?」


 ついに扶祢が耐えきれなくなったかに本題へ突っ込んでいった。それを受けアデルさんはと言えば、


「うん、まずは今から起こる事を見ていてくれ」


 そう言って、その蓋を水平に釣るして取っ手を開き、中へ手を差し入れていく……んんん!? 


「あれ?手が突き抜けてない!?」

「本当ダ。裏側はただの壁みたいダネ」

「ほぉ。どんな絡繰りなんだぃ?」


 そんな俺達の反応を見て満足気にその蓋の中へ入れた腕を引き抜き、アデルさんはにんまりとした顔で俺達を見回し始める……あれ?こんなファンタジー極まるモノを見た覚えは間違いなく無い筈なんだが。何だろう、妙な既視感(デジャヴ)を感じるぞ?


 ―――消える手…先の無い空間…携帯する貴重品……一つ一つの言葉を脳裏に思い浮かべていくその内に、ふと唐突にあるイメージが電撃の様に迸ってしまう。


「ま、ま……まさかそれは――」

「お?頼太は気付いたかな?」

「え?何々?気付いたって何が……?」

「扶祢、夏前にギルドの小会議室でパーティをした時に時空収納の話をしてたよね。何でも扶祢達の世界の創作物でよくある設定だとかいう、あれさ」

「え?うん、言われてみればしてたかな……嘘でしょ!?」


 どうやら扶祢も気付いたらしい。そうか、ついにこっちの研究者(しゅみじん)連中、完成させちまったらしいな。曰く理論だけは出来ているって話だったもんなァ。


「「アイテムボックス!!」」

「研究者達は時空ポケットと呼んでいるそうだけれども、ね」


 そう、ついに理想郷(アルカディア)ではアイテムボックスの実用化に漕ぎ着けたらしい―――






 その晩は、飲めや唄えやの大騒ぎとなった。主に俺と扶祢による異世界浪漫の討論会を酒菜として、夜が更けるまで延々と盛り上がり続けたのである。

 尚、ピノの神秘力感知によれば俺達が騒ぎ過ぎたせいで、近くに居た魔物や原住生物の類は軒並み逃げ出してしまったらしい。それを聞いた一同は更なるどんちゃん騒ぎに発展し、若干睡眠不足に悩まされる事となってしまったのはご愛嬌というものだろう。

 それでも一応念の為、一人一時間ずつ交代で見張りということにはなったが、翌日は特に何事も無く気持ちの良い秋口の朝を迎える事が出来た。

 四○元ポケットに憧れ界渡りをした異邦人達の魂の結晶、遂に完成す!

 ただし、頼太達の手に入るのはまだ先となりそうですが。

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