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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第五章 三つの世界 編
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第075話 再び三界へ

 翌朝、冒険者ギルド内にて―――


「という訳で、暫くの間ヘイホーを留守にしますわね」

「え……そんな長い期間お母さま不在でその間にギルドで何かあったら、私達どうすれば……」


 いきなりなサリナさんの宣言を受け、その場に居合わせた受付嬢達を始めとするギルド職員の面々は皆困惑の色を隠せずにいた。カタリナに至ってはどこか呆けた様子で素直な意見を返しており、それを見るだけでもこのヘイホー支部の皆がどれだけサリナさんを頼りにしていたのかが良く分かるというものだ。


「――カタリナ。もし次の会議で(わたくし)が新規地域立ち上げのサブマスターに選出された場合、これからのヘイホー支部は貴方達の手で盛り立てていかねばならないのよ?ですから貴女達も、えぇと……頑張れっ」

「そんな、深良い話をしようとしたけど途中で考えるのが面倒になった的な言い方されても説得力無いからねっ!?お母さま絶対これからの旅路をどう楽しむで頭が一杯になってるでしょお……アデルさぁ~ん!」

「あ、わたしも同行する事になったんだ。だから暫く冒険者業は休業の方向でお願いするよ」

「「「えぇええぇーー!?」」」


 この様に、ASコンビが早速ギルド内で混乱を巻き起こしていた。いや、ただの旅行による長期不在申請を出しただけではあるんだけどな。ヘイホー支部のギルド嬢達を取り纏めていた受付主任、そして貴族からの指名依頼まで受ける程の実力者が揃って長期不在ともなれば当然の反応と言えようが。


「まぁまぁ、皆も落ち着きなさい。サリナ君の主張にも一理あるし、この一月の休暇はこれまで頑張ってくれていたサリナ君の当然の権利だからな。アデル君にしても監査官として必要な業務は今の処は無いのだし、元々冒険者ギルドとは冒険者を縛り付けるものでは無く、彼等が動き易くなる様サポートをする為の組織だからね。二人の休暇申請について、手続き上は何の問題も無いんだよ」


 どう見ても長期旅行を楽しみにしている風にしか見えない二人に、受付嬢達はぶーぶーと不平不満を言い始める。しかし奥からひょっこりと姿を見せたヘンフリーさんが、そんな皆へやんわりと諭してくれていた。


「あら、(わたくし)てっきりギルドマスターも反対するものとばかり思っていましたわ」

「何を言っているのだね。このヘンフリー、ギルドとしての立場と方針を違えた事が無いのが自慢の一つだよ。依頼を果たすという形ではないにしろ、冒険者として出立するのだろう?であれば、それをサポートするのが我等冒険者ギルドの責務であり誇りというものだ」

「――うふふ、流石ヘンフリーさん。その辺りの頑固さは相変わらず昔から変わりませんわね」

「ふふっ、今の君も当時を彷彿とさせる様な、期待感に満ち満ちた顔をしているよ」


 そう言ってお互い楽しそうに笑い合う二人の様子に、受付嬢の面々も毒気を抜かれてしまい気付けば皆、黙り込んでしまっていた。ともあれ長期不在申請も通った訳であるし、これで後顧の憂いなく三つの世界(トリス・ムンドゥス)へ旅立てるというものだ。


 ・

 ・

 ・

 ・


「お母さま、どうかご無事でっ!」

「……あのねカタリナ。何も死地出向く訳では無いのだから、そんな涙を溜めて今生のお別れみたいな表情で見送らないで貰えるかしら?」

「うぅっ、でもでも……」

「カタリナ、安心しなよ。サリナが暴走し始めたらわたしが責任を持って止めてあげるから」

「お願いしますねっ!」

「……ちょっと、二人ともそれはどういう意味かしら?」


 そしていざギルドから出ようかといった所で、入り口まで付いてきたカタリナがサリナに纏わりついていつまでも離れようとせず、仕方が無しにアデルさんも加わりやんわりと宥めるのを暫く眺め続ける事となる。

 うーん。親に捨てられ助けを求める子猫の如き瞳でうるうるとサリナさんを見つめ、いつまで経っても手を離さない様子は何だかこう―――


「「ほっこりとしてしまうね」」

「まぁ、気持ちは分からなくはねぇけどよ」

「カタリナは甘えん坊だナー」


 確かに、こうしてサリナさんに張り付いている姿を見るとまだまだ甘えたい盛りのお子様に見えなくもない。そういえばピノもまだ妖精族(フェアリー)としてはお子様な年齢とか言ってたよな。故郷が恋しくなったりはしないのかな?


「ボクはピコが家族みたいなものだからネ。それに今は皆も居るシ、全然寂しくなんかないヨ」

「んもぅ、ピノちゃんったら可愛いっ!」

「……これさえ無ければもっと良いんだけどネ」


 その言葉に感極まり思わずハグを実行してしまう扶祢に対し実行された側は半ば諦めの表情で呟いていた。俺達がそんな益体もないやり取りをしている間に、向こうの方もどうにか収まったらしいね。


「お待たせしました。それでは行きましょうか」

「やれやれ、あの様子だと帰って来てからの甘えっぷりが容易に想像出来てしまうね」

「あの子もそろそろ親離れをして欲しいものなのですけれどもねぇ……」

「――――」


 そんな語らいをしながらこちらへと歩いてくる二人を眩しそうに眺めるシェリーさんの姿からは、どうにも遣る瀬無い想いというものが伝わってきていた……今は一人になってしまったシェリーさんではあるけれど、この人にもあの二人の様な時間を過ごせる様になってもらう為にも、是非とも三界側のアデルさんを見付け出さないとな……。


「何々?頼太ったらシェリーさんの切ない表情にノックアウトされちゃった?」

「ホゥホゥ?いつものムッツリ視線じゃなくて、純情少年ってヤツ?」

「言うてやるでない。この年頃の男子(おのこ)は常にそういった妄想で膨れ上がっておるものじゃからな」

「……手前等も見てくれだけはあの三人に負けず劣らずの出来なんだから、もっとお淑やかになってみたらどうですかねぇ?」


 つい、こいつ等のニヤけた顔にイラッ☆ときて言い返してしまったのが運の尽きだった……当然ながらその後の展開は想像に易いというものだろう。


「まぁなんだ、ドンマイ」

「うっす……」


 朝っぱらから街の往来で精神的に弄り回されノックアウトさせられた傷心の俺に対し、唯一釣鬼先生がかけてくれたその一言が心に染み入りました……。






 その日はデンス大森林前のログハウスにて一泊をし、翌朝になってから異世界ホールを経由して、俺達は再び三つの世界(トリス・ムンドゥス)の地へと降り立つ事となる。


「へぇ。本当にあの大森林が無いんだね」

「ここからでもマイコニド火山の全景が見渡せますわね」


 この二人にとっては初の異世界ということになるのだが、そこは流石ベテラン冒険者といったところか、二人共特に気負った様子は見られない。基本的には割と落ち着いた性格の釣鬼や、凡そ怖いもの知らずで図太いピノですら日本に来た時は驚きの連続な様子だったんだが……まぁ、ここから見える範囲は一面の荒野というだけで、特に釣鬼達の世界と特に違うモノがある訳でも無いからな。あの時とは状況が違うというものか。


「まずは何処に行こうか?基本に従うならば、まずは情報収集としてこちらのヘイホー辺りに行くのが良いと思うのだけれど」


 やがてひとしきり辺りを見回していた二人が戻ってきて、アデルさんが誰へともなしに話し始める。陽光を照らし返す白魔銀(ミスリル)のドレスアーマーと伝承に聞く戦乙女(ヴァルキリー)の如き羽根をあしらった兜という装いが、その明るい金色の長髪と相まって非常に凛々しい印象を見せていた。

 対するサリナさんは黒色ベースで太股が露わになりおへそが丸出しという、見様によっては悪役然とした魔女っぽいレオタード衣装に肩からは裏地の派手なマントを羽織り、これまたいかにも魔女風な紺色の三角帽子を被った出で立ちとなっていた。

 それを見て幻想世界(ファンタズムプレイン)で遭遇した露出狂エルフを思い出したりもしたが、腰から下に纏っているパレオの様な衣装がマッチして、下品にならないぎりぎりのラインでの魅力を醸し出している。

 一方シェリーさんも似た感じの衣装ではあるのだが、こちらは白ベースの外套にやはり腰から下は肌を防護する用途であろう衣を身に付け、攻め感の強いサリナさんとは対象的に随分と清楚な印象を受ける。外套

とマント、白と黒といったそれぞれの衣装や配色等の差により同じ素材でも大分変わって見えるものだね。


「二人の旅姿って初めて見ましたが、良いですね」

「そうかい?サリナのは確かにちょっと派手だとは思うけれど、わたしのはただの鎧姿じゃないかな?」

「はぁ……こいつは昔からこうなんですよ。(わたくし)がどんなに気合いを入れてお(めか)しをしても、この天然の素材がいっっっつも!良い所を掻っ攫って……」

「分かります。アデルさん格好良過ぎですよね」

「ウンウン」


 アデルさんの口が悪いという訳では決して無いが、実際アデルさんって会話をするかしないかで受ける印象が大きく変わる人だからな。黙っていれば正に凛々しさ溢れる戦乙女(ヴァルキュリア)といったイメージなのに、一度口を開けば割と大雑把かつ楽しいおねいさんという、そのギャップがまた見た目との相乗効果で印象に残るのだろう。

 サリナさんも十分映えてる衣装だとは思うけどな!


「盛り上がってる所に口を挟む様で申し訳ありませんが――」


 おっと、浮かれ過ぎちゃってたか。シェリーさんに注意をされてしまった。


「済まない、今後の方針を立てないとね」

「いえ、こんなに賑やかなのも久々ですし微笑ましいとは思います。そうではなくてですね、先程の情報収集のお話なのですが……」


 ありゃ、別に注意をしたかった訳では無いのか。最初のアデルさんの質問に答えてくれるだけらしい。


「実は三界(こちら)には、ヘイホーという街は存在しないのです」

「……え」

「ヘイジョウ市街址はあるのですが。先日お話した通り、こちらでは天響族の脅威がありますのであの場所に街が造られる事が無かったのではないかと……」


 心なし申し訳無さそうに語るシェリーさんの言葉に、俺達は衝撃で言葉に詰まってしまう。なんてこった……まさかの拠点まで無しというハードモードで始まるとは。







「それは、困ったね――どうしようか?」

「公都ヘルメスまで南下すれば情報収集と言う意味では役立つとは思いますが、この辺りの民とは連携があまり取れていない現状なのです」

「聞けば人類の危機だってぇのに、まだ内部で揉め続けてんのか……」

「返す言葉もありません……」


 シェリーさんはそう言って申し訳無さそうに頭を下げてくる。参ったな、初めから行き詰ってしまった。今回はシズカの手助けも期待できないし、シェリーさんに先導して貰おうと思っていたんだけどな。

 何とも言えない空気の中、ふと横を見るとシズカが何やらブツブツと独り言を言っていた。


「ヘルメス、トリス……よもや、な」

「……?シズ姉、何か気付いた事でもあったの?」

「――否、如何という事はあらぬよ。何れにせよ、此度の件に関して童は手を貸さぬと決めたでな。調査結果程度ならば話してやっても良いが」

「調査、ですか?」

「時に、サリナにアデルよ。汝等の世界と公都とやらの呼称は何と言う?」


 オウム返しに聞くサリナさんに、しかしシズカはそれに答えることもなく更に質問を重ねる。またいきなりだな。


「うん?急にどうしたんだいシズカさん」

「なに、少々気になる事があってのぉ」

「気になる事、ですか。世界の呼び名についての差異は恐らく天響族の出現が影響しているとは思われますが、公都に関しては確かに――」

「――詰まるところ、公都の名も違うのじゃな?」


 話している内に何やら気付いたらしきサリナさんではあったがそこに眼光鋭くシズカが念を押し、やはり少々気圧されながらも頷く事で対応をする。


「な、何だか尋常じゃない様子だけれども、そんなに睨まれる程まずい事でもあったのかな?」

「――む、童としたことが無意識に険を出しておったか。済まぬな」

「いえ。それにしてもシズカさん、威圧感が尋常ではありませんわね。扶祢さんのお姉様というお話でしたが……相当な年期を感じますわ」

「ふむ。見た目通りの年齢(とし)では無いのは確かじゃな」


 つい厳しい貌を向けてしまった自覚はあったのだろう。そう指摘され、我に返った様子のシズカは皮肉気な表情を繕い、そんな事を言う。


「実はよぼよぼのおばあちゃ「何ぞ言うたか?」――コホンッ。そうですわね、世界の呼び名については諸説ありますが……」

「念の為言うておくが、童は扶祢と同様の存在。つまり人の身では無い故、歳経てはおるが老いてなどおらぬでな」


 サリナさんも何だかんだで思った事をつい口にしちゃうタイプなんだよなぁ。ギルド業務に就いてる時にはそんな事は全く無いと言うのに。

 それにしてもシズカ様必死過ぎますね、そこまで言われると逆に疑って……どうやら獣の勘を発揮されてしまったらしいな。何時の間にやら紅い瞳を爛々と光らせこちらを睥睨しておられる様子であるし、ここは一つ身の安全を講じる意味でも黙っておくとしよう。


「――扶祢。シズカさんの言っている扶祢と同様の、ってどういう意味なのかな?」

「……どうしよう?」


 一方、アデルさんは扶祢にこっそりとそんな耳打ちをしてくるが、真横に居る俺にもばっちり聞こえてしまっているんだよなぁ。どうしよう、って俺に聞かれても……。


「サリナさんの親友であるアデルさんだから教えますけど、他の人には内緒にしておいて下さいね?こいつ、見た目は狐人族にそっくりなんですが、全くの別物なちょっと特殊な種族でしてね。人族や獣人族よりもかなり長寿らしいんですよ」


 そう説明をしながらアデルさんから見えない向きで扶祢へと目配せをする。取りあえず表向きはこんなもので良いだろう。


「あ――そっそうなんです!なのでシズ姉も実はかなり齢いってて……いひゃあああっ!?」

「な~れ~は~!余計な事を言うのはこの口かっ」


 どうやら扶祢にとってはあんまり良い結果にはならなかったらしい、合掌。


「この程度の口の滑らせ方で済んで良かったネ」

「全くだな」


 君達も中々酷いよネ。






「ええと、まずはあちらの世界名からでしたか。シェリーさんの世界と同じく、三つの世界(トリス・ムンドゥス)を提唱する学者もおりますが、彼方(あちら)では天響族の復活という事件が発生しなかったからでしょうか、その呼び方では定着しませんでしたわね」

「昔はそれこそ様々な主張が混在していたけれど、最近では『アルカディア』と呼ばれることが比較的多いかな」

「……うへぁ、厨二どころのセンスじゃなかった」

理想郷(アルカディア)、かぁ。まだ公国北部しか見て回ってないからあれだけど、牧歌的と言われればそうなのかな?」


 彼方の住民達のセンスに俺達は戦慄してしまい、動揺を隠す事が出来なかった。扶祢は比較的冷静に受け止めていたのだが、対照的だったのが夏の間の地球への滞在で厨二病の意味を知った結果、多大なる衝撃を受け打ちのめされてしまった二人だ。


「……俺っち、これからどんな顔してあの世界で過ごしゃいいんだよ」

「恥ずかしくてモウ……」


 この様に二人してしゃがみ込んでしまい、真っ赤になった顔を手で覆ってプルプルと震え始める始末。そんな空気に取り残された形のこちらの世界の三人が頭の上に疑問符を浮かべていたりもするが……何というか、南無い。


「二人共、どうしたんだい……?」

「ちょっと人間性の暗黒面と戦っている真っ最中なんでそっとしておいてやって下さい」

「そ、そうかい?頼太がそう言うなら……それにしても、希少な種族か。道理で尻尾がそんなに沢山あった訳だ」

「うちの種族は成長するにつれ尻尾が増えていくんですよね。個人差はあるんですけど」

「それはまた面白い特性と言うか――まぁ、わたしを信じて教えてくれたんだ。決して他人に漏らしたりはしないさ、安心してくれ」

「有難うございます」


 こうして絶賛悶絶中の約二名を置き去りにしつつも、話は本題へと戻る。


「アルカディア……のぉ。して、公都の名は?」

「公都クムヌ。我々の住む大陸中央西部地域を包括する盟主、サナダン公国の首都となりますわ」


 公都クムヌ。サリナさんの口より発せられた、この三つの世界(トリス・ムンドゥス)に於ける公都とは一見似ても似つかぬその都市名に――これまでのやり取りで何かを予感していたのか、シズカはそれを聞くと同時に大きく溜息を吐いてしまう。


「――クムヌ、我等地球での歴史(はなし)となるのじゃが……古代エジプトのナイル川流域にはかつてそう呼ばれた都市が存在した。またの名をヘルモポリス、ギリシャ語で『ヘルメスの町』を意味する」


 やがて口を開いたシズカの言葉の意味を頭の中で何度も反芻した後に、場の誰もが息を呑む事となる―――

 という事で、第75話目でようやく釣鬼達の世界の名称が確定しました。

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