第074話 ASコンビの再始動
「は~、本当に何処から見てもお母さまですねぇ」
「そりゃ別の世界の存在とは言え同一人物だからなぁ」
「私に娘、と言われても何だか戸惑ってしまいますね」
今、俺達の目の前では、ギルド受付業務が終了した後にサリナさん宅へと様子を見にきたカタリナが、目の前のシェリーさんとその隣に居るサリナさんを不思議そうに見比べていた。サリナさんは謎のドヤ顔を見せ付けていたが、一方のシェリーさんはと言えばやはりこちらも何とも言えない様子で自分を見つめ続けるカタリナを見返していた。
「それにしてもピコ君。何時の間に金色になったのかしら?」
「こいつも地球でシズカにスパルタされて進化しちゃったんですよね」
「この金毛は綺麗だね。やはりシルバニアウルフの上位種なのかな?」
「っぽいですね。ゴルディループス、だったっけ?」
「ほぉ~」
「それよりミチルの話も聞いて下さいよ!」
「それよりって何ダー!ピコをないがしろにすんナ!」
もう一方の俺達はと言えば――この様に喧々諤々として有様でして。
現在、サリナさん宅にてちょっとしたパーティの真っ最中だ。既に日も暮れてよりそれなりの時間が経過しており、窓から見える路地には時たま警邏の兵の方々が巡回などをしている模様。そんな中カタリナも加わり、皆でわいわいとシェリーさんを話の種にしたりお互いの過去話で盛り上がったり。
そのカタリナがサリナ宅へと押しかけてまず初めに言った言葉と言えば―――
「お母さまがついに分身したー!?」
これにはそこに居合わせた面子の半数以上が噴き出してしまった。ついに、などというフレーズが自然に口から出てしまう辺り、普段サリナさんに対してどういう印象を抱いているかが良く解る。即座に『空気弾』によるデコピン制裁を加えられ、育ての親による説教コースへと移行していたのもきっと何時もの事なのであった。でも分身と言えばこの場合確かに分身なんだよなぁ、別の世界の現身だし。
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「そういえば、シェリーさんはサリナに目を治療して貰った訳だけれど」
語らいの時は更に暫し流れ、カタリナは翌日も朝一のシフトとの事でカップ麺を一つサリナさんに強請った後に自宅へと帰っていった。
その後改めてアデルさんがシェリーさんへと向き直り、世間話の如き口調で話を切り出したのだが……。
「はい、そうですね?」
「シェリーさん自身は治癒系の魔法を習得してはいないのかい?」
そうだな、俺もそこはちょっと気になってはいた。深い創とは言え創そのものは通常のものであるならば、それを知った昨日の時点でサリナさんと同じく、シェリーさんが自身で治癒することも出来たのではないだろうか。
「それが、軽い怪我程度でしたら治せるのですが……」
しかし予想に反しシェリーさんは無念そうに頭を垂れながらそう返していた。そこにサリナさんが質問の形での補足を付け加える。
「シェリーさんはもしかして魔導系に特化されているのではありませんか?先程の『十字轟雷』、私では予備動作も無しに無詠唱で、しかもあそこまでの範囲に収めての高精度な制御は出来そうにありませんし」
「へぇ。サリナが魔法に関して出来ないと明言をするとは、さっきの魔法は余程のモノだったんだね」
「それはもう。名前に『轟雷』と付く通り、本来はもっと広範囲を殲滅する用途で使われる高位魔法ですから。仮にそのままの規模で撃たれていたとすれば、今頃はこの家どころか区画一帯が焼け野原になってしまってもおかしくはありませんでしたわ。幸い釣鬼さんでしたから避けられましたが、あれって通常はとても反応出来る様な魔法ではありませんし、直撃を受けていたら本家の吸血鬼でも消し炭になりかねない程の威力ですわよ?」
「おいおいおい!?俺っちそんな危ねぇモン撃たれたのかよ!」
「よく避けられたわね、釣鬼……」
「重ねてお詫び申し上げます……」
凄いなそれは……自他共に認める厨二病予備軍としてはかなりの高位魔法との事で俺も名前だけは記憶していたものの、そこまでの制御を可能とする程に魔導系方面に関してはサリナさん以上の使い手だったとは。シェリーさんは申し訳無さで縮こまってしまっていたが、流石はもう一人のサリナさん、予想以上に凄い人だった。
「――当時、天響族が復活して最初に取った作戦が、自爆同然の全神殿系施設への同時襲撃でした。その性質上相手の被害も多大なものであったが故に、人類側では好戦派の意見が主流となってしまい……後方支援としての神官達の被害数も軽視されてしまったのだそうです。その後も執拗に僧侶神官系の魔法使いのみが狙われ続け、我々がその目論見に気付いた頃には時既に遅く僅か十年程で三界では治癒系の高位魔法を使えるものが殆ど居なくなってしまったのだとか。それと同時に僧侶系魔法の秘奧も大半が消失したと伝えられています」
故に、シェリーさん自身は精霊力行使による比較的軽い治療しか出来ないのだそうだ。歯噛みながらも悔し気に語るシェリーさんではあったが何故だろう、昨日に出会った時程には憎悪といった感情を感じる事は無く、むしろ哀しみの色を強く滲ませていた。
「……そうでしたか。その様な話の後で少々不謹慎とは思いますが、私は精霊力の行使に関しては適性がありませんので、シェリーさんがちょっと羨ましいですわね。とするとシェリーさんは差詰め大精霊導師といったところでしょうか?」
「そうですね。人族の身ですので、精霊力に関してはそちらの妖精族であるピノさんや耳長族達程に資質が高い訳ではありませんが、分類としてはそうなるかと思います」
精霊導師――その名の通り、精霊魔法と魔導系魔法の双方を使いこなす魔法系の複合上位職だ。賢者と同じく二つの神秘の資質を必要とするが、精霊力の適正という厳しい前提条件の為にその総数は賢者よりもかなり少ないのだそうだ。ピノも随分と精霊魔法の比重が大きいが、広義的には精霊導師に属するらしい。
「ホゥ?」
「者共、曲者を引っ立てぃ」
「ラジャ」
「はい、ピノちゃん大人しくしててねー?」
「なっ何をスル!?我が計画を妨害する気か貴様ラッ!させるものかカヨッ」
それはそれとして、何やら不穏な反応を示すピノの様子を真っ先に察知したシズカは捕獲命令を下し、周りをがっちりと固めた俺達はそれを実行に移す。
「よっ……と。ピノ、諦めとけ」
「ウワァッ!?釣鬼このっはーなーセー!!」
「ど、どうしたんだい釣鬼?いきなりピノを捕まえたりなんかして」
「いや、地球で付いちまったこいつの悪い癖が出ちまってな。未然に防止しただけだ、気にしねぇで話を続けてくれ」
「「うんうん」」
「ボクは無実ダー!?」
そんな俺達の様子を見ていたシェリーさんも思わずといった様子で微笑を漏らす。それに関しては少しばかり不本意だけれども、シェリーさんは三つの世界で明日をも知れぬ戦いを続け、これまで気が休まる機会も無かったんだ、たまにはこういった息抜きも必要だと思う。彼女にとって今が少しでもそういった場になってくれるんだったらお笑い担当でもまぁ、良いよな?
「――ふふっ。一体どんな企みだったんでしょうか?興味をそそられますね」
「……聞いて後悔しない?」
「扶祢、目が死んでるよ……」
「……やっぱり聞くのが怖くなってきましたわ」
内情を識る扶祢が真実を伝えまいと二人を脅している間に、何時の間にやら釣鬼の腕から抜け出したピノが邪悪さに満ち満ちた笑顔でシェリーさんへとすり寄っていた――いやお前、どうやって釣鬼の拘束を逃れやがった!?
「フッフッフ……三界で苦労をしているシェリーの為に、このボクがその天響族とかいうのを一網打尽に鏖殺出来る禁断の技術を伝授してあげるヨ」
はいダウトー!
「お前今度は核でも使わせる気か!?段々とお前自身が世界を滅ぼす災厄に思えてきたぜ……」
「ピノちゃん、もう手遅れかもしれないけどこっち側に戻って来て……?」
「失礼ナ、そんな自然環境に悪いスマートじゃない手段なんか使う訳無いじゃナイ――って扶祢なんか酷くナイ!?ちゃんと精霊導師としての枠内で可能な事に決まってるでショ」
「お前ぇはどの口で自然環境を語るんだよ……」
「くくっ。汝はその内狭間の研究員として勧誘したくなる程の逸材じゃのぉ」
その非凡さにより遂にはシズカにまで見込まれて、嗚呼ピノよ、君は一体何処へ行く……取りあえずこれはあかんやつですわ。
「そ……その技術とは!?それで私達の世界が救われるのでしたらこの私、身を捧げるのも辞さぬ覚悟ですっ!」
シェリーさんもこの通り、真に受けちまってるしな。こいつの案の厄介な所は、真に受けて実行すると相応の結果が出てしまう事にあるんだ。異世界技術の戦闘へのチート的転用は小説や漫画で読んでる分には面白いが、実際に巻き込まれる側になると堪ったものでは無い。ここは断じて阻止せねば!
だが、時すでに遅し―――
「恐れる必要は無いぞ娘ヨ、犠牲などといった前時代的極まりない野蛮な代償など我は必要とはせぬヨ。これより伝授する魔法名ハ、仮に『地獄極楽竜巻落とし』とでも名付けようカ……聞くところによれば天響族ってのは翼での飛行が可能らしいケド、大気の流れを支配するこの魔法からは如何なる翼を以てしても、たとえ伝説に謳われる竜種と言えどもっ!まともな手段で逃れる事など不可能ッ!!」
「―――!」
……遅かった。
パンドラの箱を開けてしまった娘はそこから飛び出した災厄達に恐れ戦き、しかし唯一手元に残った希望という名の最も救い難き災厄に身を焦がされ続けたと伝えられている。今のシェリーさんには正しくパンドラ伝説の如く、ピノの囁くそれが実に甘い希望への期待として映ってしまっているのだろう。
上昇気流と超下降気流については最近気象番組などで取り上げられており、これもそれなりに馴染みの深い言葉だが、どちらも積乱雲に関わりのある現象の一つである。竜巻や台風等はその典型的な例と言えよう。つまり人為的に指向性を持たせたコンパクト台風を自在に操ろうと企んでいるのだこの幼女、もとい妖精は。
「なまじ理に適っておる分、余計に性質が悪い話じゃのぉ」
異世界技術見分の代表格であるシズカまでもが呆れつつも半ば認めてしまう、ピノのマッド理論。それを聞いてしまったシェリーさんは衝撃に瞳を見開き、またその陰ではサリナさんも物凄い速度で何やら筆を走らせていた。
「いやちょっと待て」
「――あ」
「アンタまで何やっちゃってんの!?禁呪クラスの危ない技術なんてポイしちゃいなさい!」
「いえその……使いませんからっ!ちょっとだけ!ね?せめて考察部分だけでも……!」
こちらはこちらで魔法脳を拗らせ過ぎて知的探求心が全力ダッシュを始めてしまったらしい。そのメモを奪い取った俺の腰に恥も外聞も無いといった様子で縋りつき、涙目で懇願するサリナさんの目付きは、まるで徹夜続きの研究者のソレと化していた。
「……ふぅ、二人とも正気に戻ろうか」
「「あいたっ!?」」
そこにアデルさんのチョップがサリナーズへと決まり、可愛い悲鳴が聞こえてきた。熱に浮かされたシェリーさんもそれで我に返ったようだ。そして理論暴走騒動の主犯であるピノはこの茹だる様な熱さ残る残暑の中、扶祢の背中へ二重三重に括り付けられ、現在進行形で七尾包みの刑に処され続ける事となる。
かくして悲劇は未然に防がれた、危ない所だったぜ……。
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「それにしても気に食わないなっ!」
「えっと、何がですかね?」
「三つの世界だったっけ?そちらの世界のわたしのことだよ。人類の敵に回るなんて一体何を考えているんだか」
「………」
元々持っていたの正義感か、あるいは貴族の後継ぎとしての責任感故か。酔いに顔を紅くしていたアデルさんは杯を傾けながら大いに憤慨した様子で語気を強めていた。確かに、もう一人の自分とも言える存在がそんな事をしていると知れば、心穏やかではいられないのは解るんだけどな。
「でもー。何があったかは当人にしか分かりませんし、部外者の私達が言っても仕方の無い事だと思いますけど」
「何を言っているんだ?延いては三界の人類の存亡にも関わるかもしれないのだろう?ならば私達も協力をするのに吝かでは無いさ」
「え……」
昨日のシズカの言葉では無いが、それに感化されたらしき扶祢の返しにしかし、アデルさんは当然とばかりにそんな事を言う。その言葉にシェリーさんなどは信じられない物を見たと言った表情でアデルさんを見返してしまう。
いや……でも、なぁ?世界への過干渉と成り得るかもしれない事は流石に、シズカが許さないんじゃないのか?そんな疑問を込めシズカの側を見てみたものの、こちらも予想とは打って変わって落ち着いたものだった。
「それぞれの世界に属する者同士が、自己の責任の上で意思を以て動く分には構わんじゃろ。世界そのものの根幹に関わる話であれば別じゃが、此度の事例は精々がその世界に住む存在がすげ変わる可能性がある程度じゃでな」
などと供述しており――三つの世界シェリーさんに会った直後の忠告は何処行った……?
「ありゃ監視者達への自戒というやつじゃ。よって童は今回は何も手を貸さぬ故な」
「そう言う事ですか」
「然りげな事じゃな。ま、万一汝等が埒外からの理不尽な悪意に晒された場合には対応してやらぬでもない故、思うままに動いてみるが良いじゃろ」
「イエスマム!」
「これも一つの冒険ってやつかね。そんじゃま、俺っちもいっちょ動くとしますか」
「あ…づ…イ……」
どうやら俺達の結論は出た様だ。残るはアデルさん達となるが……。
「どうやら、そちらのパーティの肚は決まったようだね。サリナもこの一月の休みが終わってしまえば、暫くはそうそう自由に出来る時間も無くなるだろう。久々でもあるし、その三つの世界とやらで観光を兼ねて、日々の業務のストレス解消といかないかな?」
「――全くもぅ、人の折角の休暇を何だと思っているのかしらね……でもまぁ、思い出作りには悪くは無い、か」
だよなぁ、この人達の動く動機は恐らく俺達とほぼ同質のものなのだろうし、未知なるモノへの好奇心が疼かぬ筈が無かったな。
「皆さん。これは、私達の世界の問題で……それにアデルさんは深入りしてしまうと、場合によっては――」
「皆まで言うなってやつさ。わたしだってその辺りも重々承知した上で言っている事だからね。それと、言っておくがわたし達の動機は決して慈善などでは無いよ?こう見えてもわたし達はこちらの世界ではそれなりに名の知れたベテラン冒険者でね。この大陸の主要な箇所は大体巡ってしまい、少々刺激に飢えていたところなんだ。新しいモノが見たい、そのついでに助けを求めている人が居れば応えてあげよう、そういった身勝手な考えだからね」
「ですわね。結果がたまたま善い方に転がってきただけで、私もアデルも、一歩間違えれば指名手配犯になりかねない様な事も散々やってきていますし」
不安気に二人への忠告をするシェリーさんにしかし、ASコンビはといえば堂々と、自分達がやりたいからやるだけだと宣言をする。その輝きに満ちた表情は決して自己犠牲の精神や同情からのそれではなく、故にこそ強烈なまでの説得力を伴っていたのだ。
「二人とも、結構なやんちゃさんだったんだな」
「後輩達の評判とは大違いダネ」
「ふふ、幻滅したかい?」
「まさか。その位貪欲でなくっちゃ、たった三年でAランクにまで到達出来る訳が無いですもんね。むしろ大いに納得しましたよ」
「うふふ、やはり頼太さん達も同類でしたわね。実を言いますと、初対面の時からそんな気はしていたんですよ」
「類は友を呼ぶ、というやつじゃな」
という訳で、俺達の意思表示は為された。後はシェリーさんの返事だけだ。皆黙し、彼女の言葉を待ち続ける。
「どうか、お願い致します……背信者、いえ、私のアデルを取り戻して下さいませっ」
「「「――おうっ!!」」」
「「……え"」」
内心の苦しみを絞り出すかの如きシェリーさんのその懇願の言葉に、二種類の反応が木霊した―――
最後の最後でキマシタワー。
技術の積み重ねと創意工夫は当事者達の努力の結晶だ!断じてチートとは認めぬッ!!……ふぅ、理論武装完了。




