第073話 サリナ宅にて
連休最終日。投稿タイミングは翌日となるんですけれども。
「ちわっすー、お土産のお届けに上がりましたー」
冒険者ギルドヘイホー支部より歩く徒歩十数分、この街の一般的な住宅街の一角に佇むサリナさんの自宅へと到着した。ドアをノックし、待つこと暫し……やがてドアが内側からを開き、その陰から姿を現した人物は―――
「――あれ?頼太じゃあないか、お久しぶり。皆も揃ってお帰りかな?」
「「げっ」」
よりにもよってAAAことアーデルハイト=アイブリンガーその人であった。よりにもよって何故このタイミングでサリナさん家に居るんすか!?
「……何か君達にそんな声を上げさせる様な事を、わたしはしたのかい?」
俺と扶祢が揃って上げてしまった素っ頓狂な声に、当のアデルさんは納得いかぬとばかりの不審気な表情で問いかけてきた。やべ、どうしよう。
「あー悪ぃな。いつもの悪い発作だから気にしねぇでくれ」
そんな俺達へ拳骨を落とし、すかさずアデルさんへとそんなフォローの言葉をかける釣鬼。ぐおぉぉ脳天が……。
「そうか、それならば良いんだけれども……って、釣鬼!その腕はどうしたんだい!?」
「ん?あぁこれか。その内生えてくっから問題無ぇよ」
「生える、って大鬼族とはそんなに再生力が強い種族だったっけ?」
そうか。アデルさんと最後に会った時はまだこいつ、変わり種とはいえれっきとした大鬼族だったものな。さて、何と説明したものか。
「――釣鬼さんは例のサカミ村の件で色々ありまして、種族進化をしてしまったのよ」
「ア、サリナ久しぶリ!」
「はい、お久しぶりですピノさん……ふぁあぁ~皆さんも」
俺達が返しに悩む最中、アデルさんの裏から姿を見せ見事な救いの手を差し伸べてくれたのは、俺達も良く知るこちらの世界のサリナさんだった。昨夜は引き継ぎ作業で随分と遅くまでギルドに詰めていたカタリナが言っていたが、そろそろ午後のおやつな時間だというのにまだまだ眠そうに見える。アデルさんも部屋着でいるところを見るに、昨夜は二人でお祝いの飲み会でもしてたのかな?
「サリナ嬢もお疲れのみてぇだな。カタリナから聞いたが、今度どこかのサブマスターを任される事になったんだって?」
「まだ候補の一人ですけれど。改めて言われるとやはりお恥ずかしいものですわ」
「うぐぐ……お、おめでとうございますサリナさん。これ、お祝いを兼ねて向こうの特産品のインスタント麺一箱です」
「こ、こっちはカップ麺で……痛い」
「あらあら、それは態々有難うございます。皆さん、相変わらずのご様子で何だか安心しましたわ」
俺達も鉄拳落としの衝撃からどうにか回復し、痛みを堪えながらお土産配送クエストを完了した。
「後は……任せ……た。がくっ」
「相変わらずの的確なツボの見極めじゃのぉ」
シズカはシズカで呆れた素振りを見せながら釣鬼への称賛を送っていた。だが、その手が三界側のサリナさんを押し留めていたのは見逃す事が出来なかった。やはり反応しちゃってたか……。
「――離して下さい。もう、落ち着きましたから」
「そうかぇ」
「そういえばそちらの方はどちら様かな?ここへ連れてきたと言う事は何かサリナに用事でもあったんだとは思うけれど」
「それを含め、色々と話があってな」
「そうでしたか。それでは、少々散らかっていてお恥ずかしいですが、皆さんどうぞお上がりくださいな」
「少々と言うには些か雑然とし過ぎている気がするけれどもね」
「五月蠅いわね」
こんな感じにこの二人も相変わらずの仲の良さを見せ付けてくれていて、その他愛無いやり取りにこの世界へ帰ってきたんだなぁと改めて感じる。
「本当に、こちらの私は、あのアデルと仲が良いのですね……」
「ん、まぁね。公立学院を卒業してから三年程前までは一緒にパーティを組んで、冒険者をやっていたそうですよ。アデルさんは今も現役だけど」
「そうですか」
家主達に案内される間に、三界のサリナさんが小声で囁いてきた。その言葉に俺達の先導をするアデルさんの長い耳がぴくりと動いて見えたのは、まぁ見間違いではないんだろうな。
「これからまた修羅場かぁ……」
「気が滅入っちまうな」
「ウン……」
そんな俺達の言葉に釣鬼は肩を竦め、シズカはと言えば素知らぬ顔で皆の後へと続いていた。
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リビングへと案内をされ全員分の紅茶とお茶請けが用意されたところで、家主であるサリナさんがこちらへと向き直る。
「改めて、皆さんお帰りなさいませ。地球の夏休みは如何でしたか?」
「もー色々とありましたよ。頼太は怪し気なモノを会得したし、ピノちゃんは歩く災害と化しちゃったしで……」
「歩く災害とはまた凄いですわね……ピノさん一体何があったのですか?」
「べっつニー?地球の理論を勉強してそれを精霊魔法に流用しただけだけどネー」
「と言う事は何か精霊魔法の奥義でも身に着けたのかい?流石は自然摂理の代弁者とも言われる妖精族といったところだね」
「って言ってモ、やろうと思えば理屈だけならアデルでも出来ると思うヨ。地球の研究成果は本当面白くてサ!」
「そりゃ本当かい?わたしは精霊魔法の適正はあまり高くないから、もし出来るんだったら使ってみたいものだね」
ちょっ……それはまずいだろ。
「それはやめて!アデルさんがこっちでも虐殺者になっちゃう!」
「そうそう!ピノの研究はちょっと本気でやばいからやめておいた方が身の為ですって!」
「そ、そうなのかい?」
ピノの囁きがアデルさんへと浸透をしてしまうのは見過ごせない、とばかりに扶祢が悲痛な叫びを上げ、俺もそれに倣う。
「聞いた話が本当なら、甲鎧竜程度ならは一発で斃せるんじゃねぇかな」
「周りの被害を考慮せぬならば、この街の大正門とて軽く吹き飛ばせるじゃろうな」
「……何ですかそのとんでもない魔法は」
「あはは……それは現役時代のサリナ顔負けの火力だね」
「街中では使わないで下さいね……?」
「アレは準備と使用条件が結構厳しいシ、ボクも好んで破壊活動なんかするつもりもないから平気ダヨ」
その言葉に一同ほっと安堵の息を吐く。そろそろピノが犯罪教唆で捕まってしまうのではないかと気が気でない俺達ではあったが、アデルさんだけは一人愉快そうに笑いながらまたまた自覚の無い確信事項を衝いてくる。
「そういえば、さっき扶祢が『こっちでも』と言っていたけれど、わたしはそんな虐殺者などと呼ばれる様な事なんてしてたっけ?」
「あの白エルフとの一件ではなくて?あの連中ったら貴女に叩き潰されて以来、完全に森へ引籠ってしまったらしいわよ」
「軟弱だなぁ。死なない程度に手加減してあげたと言うのに、これだから白エルフの連中は」
「本当、こいつは小人族が耳長族の皮を着て歩いてるんじゃないかしら……」
自らの見た目を全く自覚していないらしきアデルさんの言葉に、その元相方はと言えばやはり呆れた様子でそう呟いていた。まぁそのギャップと大雑把、もとい大らかさがまた良いんだけどね。
「――そろそろ、本題に入っても宜しいでしょうか?」
む、つい雑談に花を咲かせてしまったか。三界のサリナさんが痺れを切らした様子で俺達の会話へと言葉を挟んできた。
「っと、済みません。私とした事がお客様が居るのも忘れ、身内話に耽ってしまうとは……申し訳ございません」
「わたしからも非礼を謝罪しよう……それで、やはり話とはわたしに関わる事なのかな?失礼だが先程の廊下での会話が耳に入ってしまってね」
「え?先程……?」
やはり、耳長族としての聴覚を有するアデルさんには、あの時の会話が聞こえてしまっていたんだな。何れは話さねばならない事ではあったし、切り出す手間が省けたとも言えるが、さて―――
「どう説明したものかねぇ」
「うぅむ」
「私からでは話の途中、気持ちを抑え切れる自信がありませんので、ここはお任せします」
まぁそうなるよな。別の世界の存在とは言え、アデルさんは三界のサリナさんにとっては文字通り目の敵だ。今こうして湧き上がる憎悪を抑え付けるだけでも精一杯といった様子ではあるし、ここは俺達を介してから説明をするのが妥当というものではあるのだろう。
「うーん……あ、そうだ。呼び名どうしましょうか?ほら、ややこしくなるし」
「呼び名、ですか?」
狙ってやった訳でもないのだろうが、絶妙なタイミングでの扶祢のずれている様なそれでいて的確でもあるような発言で、若干場の空気の重さが軽減される。それに対してオウム返しに聞き返したのはこちらのサリナさんだった。
「この人もサリナ、って名前なんですよ。それでね」
「あらま」
「それは、奇遇だね」
「……そうですね。此方では私が一歩下がるべきでしょうか――では、少々長いですがシェリーブレアとお呼びいただければ」
おや。てっきりずっと黙りこくっていると思われた三界側のサリナさんだったけれど、どうやら悩んでいる俺達に気を遣ってくれた様だ。そんな事を言ってくれた。
「苗字か何かです?」
「ですね。遠縁の家名となりますが」
「成程、シェリーブレアさんか。私はアーデルハイトと言う。こちらも長いのでアデルと呼んで貰って構わないよ」
「では私もシェリーとお呼び下さい」
「それじゃあ、以後宜しくね」
アデルさんはにこやかにそう言いながら、三界のサリナさん改めシェリーさんへと握手を求める。一瞬断るかなとも思ったが、シェリーさんは少しだけ躊躇った後に恐る恐るといった感じでその手を握り返す。それで満足したのか、アデルさんはうんと一つ頷き席に戻ったが……一方それまで黙っていたサリナさんの側を見れば、珍しく少々強張った顔付きでシェリーさんを見つめていた。
「シェリーブレア……?」
「―――」
今度はサリナさんとシェリーさんの間に生まれる緊張感の様なものでそろそろ俺等、リアルMPが枯渇しそうでござる。
「もう息苦しいのは嫌ぁ……」
「……ボク、そろそろ再起不能になりソウ」
「何じゃこの程度でだらしのない、二人ともしゃんとせぇ」
「「無理ー!」」
「俺っちもこういう詰まった空気はちょっとなぁ」
「何だか重苦しい感じだね?同じ支部に所属する冒険者同士なんだからそう遠慮することもないだろう。何かあるんだったらまずは話してみてはどうかな?」
そんな俺達の様子を不思議そうに眺めながらも、アデルさんがそんな合いの手を入れてくれる。アンタ女神やぁ……。
「ではお言葉に甘えて。ちょっと信じられないかもしれませんけれども――」
こうして、ようやくある程度の事情説明をする事が出来た。本来はシェリーさんの目の創の治療をしてくれる治療師を探すだけだった筈なのだが、お土産を渡しに行ったついでにアデルさんがたまたま居合わせたお陰で随分と苦戦を強いられた気がするぜ。いや、アデルさんは何も悪くないんだけどね。
「それは、何と言えば良いのでしょうか……正直反応に困りますわね」
「ええ、私も昨日聞いた時にはとても信じられませんでした」
「わたしはこの二人を見ていると、十分な説得力があると思うけれどもね」
俺達が異世界ホールを通り、三つの世界の地に踏み込んだ流れに始まり、シェリーさんと会ってよりここに至るまでの経緯、そして現時点で俺達の知り得る三つの世界を取り巻く事情など。時間にしてみればそれ程長い訳ではなかったが、終わってみればアデルさんとサリナさんの二人も戸惑いながらも興味深々といった様子でシェリーさんを見つめていた。
サリナさんの感想に同意をしつつも目深に被っていたフードを下ろし、シェリーさんはその素顔を皆の前にさらけ出す。やはりこうして見ると、シェリーさんの目に創が無くそして服装が同じだったなら、どっちがどっちかなんて当てられる気がしないな。シズカと静の時は身体の有無や性格など、差異もそれなりにあったので困る事は無かったが、これは色んな意味でやり辛い。
「まぁ、それぞれの世界の事情は置いといてだ。元はサリナ嬢にシェリーの目を治せる腕の良い治療師を紹介して貰おうかな、と思ってここに来たんだがよ」
「ははぁ、そういった事情でしたか。ですが探すには及ばないと思いますわよ?」
そう話を締めくくる釣鬼へ対しサリナさん、悪戯っぽい表情で良く解らん事を言い始めた。何言ってるんだこの人?シェリーさんの目を治すなら相当に熟達した腕の良い治療師は必須だろうに。
「え……でも、これ程の創になると通常の回復魔法じゃ効かないんじゃありませんでしたっけ?」
「君達、サリナは今でこそ受付嬢をやっているけれど、現役の頃の職は何だったか覚えていないかな?」
戸惑いの色を醸す俺達に、横で座っていたアデルさんが何やら悪戯っぽい表情で話しかけてくる。えっと、サリナさんの元々の職って言うと魔法使い系の冒険者……?
「頼太さん達には前にもお話しましたのに、あっさりと忘れられてしまうなんて悲しいですわ。私の冒険者時代の職業は、魔導師系魔法と僧侶系魔法の双方に精通した、大賢人ですわよ?」
「「……あっ!」」
その日の夕刻。シェリーさんの目に刻まれた創はサリナさんによる再生の秘術にて、痕が残る事も無く綺麗さっぱりと消え去った。
「あら?何やら古ぼけた呪詛の類がへばりついていますわね。大したものではありませんし、先にこっちを祓っちゃいましょうか」
「えぇえ……」
「……さっすが」
恐らくは三界側のアデルさんによって仕掛けられたらしき呪詛ではあったが、サリナさん曰く系統だった技術ではなく何らかの想念が形を成した半端なものという割と容赦のない評価をされていた。眼の再生にはそれなりに時間をかけていたサリナさんだが、呪詛に関しては驚いた事に一瞬にして浄化を終えてしまわれた。大賢人の実力、恐るべし。
その後、面白がったアデルさんによって全く同じ衣装が用意され、同じ振る舞いをするダブルサリナの完成を見れたりなど、シェリーさんも目の創が治ったのが余程嬉しかったのか出会った当初と比べると随分と砕けた調子になっていたな。心が晴れて良い事だ。
余談ではあるが。
眼が治ったシェリーさんが真っ先に取った行動はアデルさんへの敵愾心に満ちた視線……ではなく、タイミング良くと言うか間が悪くと言うか、お馴染み日の入りと同時に目の前で変化を見せつけてしまった釣鬼に驚き、つい放ってしまったらしき『十字轟雷』であった。しかもほぼノーモーションの無詠唱。
間一髪でその不意の一撃を避けた釣鬼も大概だが、屋内でそんなモンを躊躇なくぶっ放す辺り、シェリーさんが置かれていた三界側の厳しい現状の一端を垣間見れるというものだ。幸いサリナさんが咄嗟に自宅に仕込んでいた吸魔結界を起動させたから事無きを得たが、これでサリナさん宅が大破して次の修羅場が発生していたかもしれないと思うとぞっとするぜ……。
尚、吸魔結界の設置目的は外敵から身を護る為……ではなく、主に自身の魔法の研究が暴発しちゃった時の対策用らしいです。




