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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第五章 三つの世界 編
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第071話 彼の世界にて出会う者

 10/11、10/12、10/13の三日間、連休の連日投稿となります。

 一日ずれてるけど気にしない!

 中級者コースの門をくぐり抜け、辺りを当ても無く彷徨い続けること十数分。少し遠くに見える噴煙を上げた大きな火山以外には取り立てて何も無い荒れ果てた土地であるのだが―――


「此処って、どこか見覚えがある気がするな?」


 所謂、既視感(デジャヴ)というやつだ。それも昔の思い出といったものではなく、ごく最近に。

 ピノによれば今すぐに噴火を起こす危険な状態では無いらしいのでそこは心配する必要もない様だ。最近ただのマセガキにしか思えなくなってきていたピノではあるが、こうして精霊を通じ火山の状態を把握出来る様を目の当たりにすると、やはりファンタジィの代表格たる妖精族なのだと少しばかり感動してしまう。


「こういう所を見ると、お前も自然の代弁者の一人なんだなって思うよな」

「よね。ピノちゃん凄いっ」

「エ。調査自体は精霊にやってもらってるケド、地質状態の判断は地球(むこう)に居た時にかじった地質学の賜物ダヨ?」

「「………」」

「二人共、気を落とすでない。そういった厨二病(きぶん)に憧れたい気持ち、お姉さんには痛い程分かるぞよ……っぷ」


 うん、その知識に助けられてるから良いんだけどね……たまには浪漫というモノに想いを馳せたい時もあるってだけサ。あとシズカ、てめー思いっきり吹き出してんじゃねえか!


「見覚えがあるどころか、俺っちの見間違いじゃなければあの山はデンスの森の奥にあったマイコニド火山に見えるんだけどよ」

「あっ、言われてみればあの山そっくりだわ!」


 一方釣鬼はそんな俺達が醜態を晒すその脇で真面目に辺りの光景を見て回り、そんな事を言ってくる。あぁそうか、あの茸然とした特徴的な尾根、通りで見覚えがある訳だ。


「くくっ――ふぅむ、どうにも揺らぎが安定せんのぉ」


 そして相も変わらず笑いながらも狭間謹製らしき計器を弄り、空模様や地面をひたすら調べていたシズカが不意に顔を上げ、そう零す。


「前にも言った世界の揺らぎ、というモノじゃ。元々外世界との接点――この場合は異世界ホールのことじゃな、それの付近ではこれの空間分布率が高くなるものなのじゃ。然れどこの一帯に関しては、どこまで接点と離れようとも揺らぎの波長が安定せぬでな。まるでこの世界そのものが安定せぬ様な印象を受けるのぉ」

「……結構ヤバげな状態なのか?」

「否、不安定ではあるがこの程度の不安定さが常態的な世界も無くもない故な。あるいはさりげな異常はこの一帯だけやもしれぬ。精霊共の言う通り、すぐさま避難をせねばならぬ程に差し迫った危険があるという訳では無かろ」


 ふむ……まずは即緊急事態といった危険な状態でも無いらしいし、これで何だか危なさそうだからと逃げ帰っては冒険者を目指した意味が無い。ここはフロンティア精神を発揮し、まずはこの新天地を少しずつ調べるいくとしようか。


「そっか、それじゃあ調査を続けるって事で良いのかな?」

「まぁ、ここで考えても結論が出る訳でもねぇか」

「何も無いけど探検ダー!」


 こういった感覚は他の面子も同感の様だな。各々思い思いに言葉を紡いでいた。


「と、いう事らしいな」

「気持ちは解らぬでも無いが、ほんに汝等も物好きじゃのぉ。もし嫌がる様子であれば無理に頼みはせぬつもりじゃったと言うに」

「今更だな。諦めて付き合われてくれよ」


 そんな俺達の会話を聞いていたシズカはと言えば、苦笑気味ではあるものの概ね予想通りといった表情を見せていた。きっと基本的に似た者同士なんだろうな俺等って。何だか妙な連帯感みたいなものを感じてしまい、お互いにくすぐったい様子で笑いあう。


「じゃあまずはあの山に向かうって事にするぞ。皆準備は良いかぃ?――なら、出発だ!」


 そして釣鬼がパーティを代表して最終確認をし、皆が頷いたのを見て号令をかける。

 こうして俺達は、この新たな世界への第一歩を踏み出したのだった―――








「――間違いねぇ、ここはマイコニド火山だな……この独特の尾根の形状がそうそう他にもあるとは思えねぇもんな」

「デモ、それにしては辺りの地形は全然違うよネ?」

「うーむ」


 現在俺達は山の中腹にまで登って来ていた。釣鬼の指摘の通りこの山は度重なる噴火による火山岩の形成か、まるでキノコの傘の様な特異な形状をしていたのだ。だが、それにしては周りの大森林が跡形もなく消え去っており、その形跡すら見られないというのには多分に違和感を感じてしまう。


「シズ姉、これってやっぱり――」

「――恐らくは釣鬼達の世界とは似て非なる、という事じゃな」


 だよなぁ。どうもシズカに逢ってからというもの、所謂並行世界といったものに妙に縁がある気がするんだよな。こうしてこの世界の謎に対する一つの推察が立てられて、新たに「何故」この様な世界へと繋がったのかといった疑問が湧いてくる。

 各々がそれに推論を展開している間に結構な時間が経ってしまった様だ。時間も時間なので晴れ間が見えてきた地上の景色を見下ろしながらの少し早い昼食となった。

 一応マッチも少しは用意していたがここは火精の影響が強い火山帯、ピノの火属性魔法の出番だな。と言う訳で手分けして辺りに落ちていた枯れ木の枝を集め焚火をし、カップ麺用の水を沸騰させ始めたその時の事だった。


「――このような危険な場所に何用でしょうか?」

「えっ…え……?」


 心なし険の含まれるその声に振り向いた扶祢が思わず二度見をしてしまったのも無理は無い。何故ならば、その人物は俺達も良く知る―――


「――サリナさん!?」

「なんでまたこんな場所に」

「……それはこちらの問いなのですが」


 杖を片手に導師然とした灰色の外套(コート)を身に纏い、何故か下はおみ足が太股まで露わなレオタードファッションとでも言おうか。すこぶる目の保養には宜しい姿であったが、俺達がその見慣れた顔形を見紛う筈もない。肩までかかる栗色の髪、落ち着いた美貌の中にも意志の強さを感じさせるその…目、は。


「サリナさん、その目。どうしたんですか……?」

「……なんて痛々しい」

「―――」


 その事実を目の当たりにし衝撃に震えながらもどうにか問いかける俺達に、しかし沈黙を保つサリナさんの両目には横一文字の痛々しい創が走り、そしてその瞳は……モノを映す機能が失われた証として灰色に濁っていた。


「……貴方達は一体何者ですか?(わたくし)の記憶には気安くその名を呼び捨てにされる様な知人はおりません。それに、魔物の気配が四体に、これは魔族……妖鬼(オニ)、でしょうか?」


 サリナさんの言う魔物の内二体はピコとミチルとして、残りの二体とは恐らくは―――


「――頼太もついに魔物扱いかぁ」

「この場合、どう考えても四人目は扶祢(おまえ)の方だと思うんですけどね?」

「……童は語る前から選択肢にすら上がらぬのかや」


 俺達が四人目認定についての醜い争いをしている中、寂し気に零す夢見がちなシズカさん。つい先日まで殆ど人間と変わらぬ暮らしをしていた扶祢はともかくとして、貴女はきっと魔物枠で確定だと思いますよ?

 それはそれとしてこの狐姉妹の出自は妖怪である訳だから、目の見えぬ者が気配として感じる分には魔物に換算されてしまうのも無理はないだろう。


「えっと、取りあえずはお昼時でもありますし。サリナさんもカップ麺、一緒に食べません?」


 サリナさんの謎の警戒感に感化され、俄かに重苦しい空気が支配し始めるその場ではあったが、扶祢のこの抜けた一言で場の緊張感が一気に消え去る事となる。怪我の功名な気もしなくもないが、扶祢グッジョブ!


「……頂きましょう」

「よっし、そんじゃ皆好きなの持ってけー」


 サリナさんが戸惑いの色を強めながらもそう答えたのをこれ幸いと、一気に昼食の流れへと持っていく。

 サリナさんの目に奔る創も大いに気になるし、俺達相手に警戒感を前面に出しているこの様子も不審ではあるが、知らぬ仲でもないからな。サリナさんだって腹の虫の居所が悪い時位はあるだろう、目に付いては後で聞くとして、今はまずお昼を食べて気分を落ち着けよう。


「俺は塩を貰うか」

「私は醤油ラーメンにしとこっと」

「ボクはトンコツ!」

「今日はカレーな気分じゃな」


 こうして俺達は、相変わらずの豊かな旅食のひと時を味わい続ける。


 ずるずる、もぐもぐ……ごっくん。は~美味ぇ。こういった行軍時には特に、カップ麺の有難みというものを感じるね。


「あ、サリナさんお箸の使い方って分かります?」

「ええ、以前皇国へ立ち寄った時に似た食器を使った事がありますので……若干味付けが濃く感じますが、美味しいですね、これ」


 サリナさんは器用に箸を扱いながら扶祢の質問にそう答える。当然のことながら、一口食べた後にそんな感想を漏らしていた。フ、ここにも我等が日本の誇る文化の象徴に感化されたものがまた一人。


「だろう?俺っちも初めてこれを食った時は衝撃を受けちまったもんだ」

「最近はベジタブルタイプの製麺もあるみたいダシ、そういうのだったらアデルみたいな菜食主義者(ベジタリアン)耳長族(エルフ)でも食べられるヨネ」

「え、アデルさん前の宴会の時普通に肉食ってたぞ」

「マジデ!?」

「混血だって言ってたもんね。純粋な耳長族(エルフ)はまた違うんじゃない?」

「デンスの引籠り連中はどうだったっけなぁ……」


 ぴりぴりとした緊張感高まる様子だったサリナさんがいつもの調子に戻ったのを見てほっとした俺達は、堰を切るかの如く思い思いに雑談をし始める。やがて俺達の話が一段落ついたのを見計らったか、再びサリナさんが口を開く。


「――ご馳走さまでした。ところで、今聞き捨てのならない言葉が聞こえたのですが?」


 ん、聞き捨てのならないって何だ?引籠り?それとも耳長族(エルフ)菜食主義者(ベジタリアン)な事か?


「気が逸り過ぎじゃな。まだ皆が食べ終わっておらぬじゃろうに。もそっと待たぬか」

「……良いでしょう」


 やっぱりサリナさん、様子がおかしい気がするな?目の創からしても何かあったのは間違いないのだろうが、俺達の事も見知らぬ他人だと言ってる割には自身がサリナだというのは否定しない。どうにも違和感が拭えないんだよな。

 その後は少しばかりシズカとサリナさんの間で険悪なムードの漂う中、皆がラーメンを啜る音だけが聞こえていた。


「「ご馳走さまでした」」


 最後に扶祢とピノがハモってご馳走さまをし、微妙に重い空気に包まれた昼食の時間が終わる。そしてやはりというか、それを見て取ったサリナさんは表情を強張らせながら、改めて俺達へと問いかけてくる。


「それでは、納得の行く話をお聞かせ願えますでしょうか?」

「悪い、サリナ嬢の言っている聞き捨てのならない言葉ってのが、どれを指すかが俺っちには今一確信持てねぇんだが。まずそこから聞かせてくれねぇか?」

「それニ、その目。一体どうしたノ?」


 あと、ヘイホーのギルドで受付嬢をやっている筈のサリナさんが別の世界のこんな場所に居るのも謎だよな。一歩対応を間違えれば俺達をも即敵性認識しそうな程に、俺達を見つめるその気配はピリピリと重苦しいものがあるからな。

 ふと先程までそんなサリナさんと対峙をしていたシズカを思い出しそちらの側を見てみると、当のシズカはまた何やら考え込んでいた。


「どした?」

「――まぁ、本人の話を聞いてからじゃな」

「?」


 良く解らんが、そういう事ならまずはサリナさんの話から聞いてみるとしようか。

 改めてサリナさんの側へと振り向けば、こちらはこちらで俺達の態度に何か思う所があったのか、腕を組み顎に手を当てながら何やら考え込んでいる様子。


「……白々しい、と言うには貴方達は余りにも自然体に過ぎますね。先に貴方達の事情をお聞かせ願える、というのであれば(わたくし)の事情をお話しするのも吝かではありませんが」

「サリナさん、本当にどうしちゃったの?何だか別人みたい……」

「別人、か……分かった。それじゃあ今此処に俺っち達が来た訳からだが――」


 こうして釣鬼の言に始まり、ここに至るまでの流れを各自その時々の様子などを織り交ぜ語っていく。


「――俄かには信じ難い話ですわね」


 どうやら俺達は前提の認識からして間違っていたらしい。互いに突っ込んだ話をしてみてようやく気付く事が出来たのだが、この人はこの世界でのサリナさんという存在らしいな。道理で話が噛み合わなかった訳だ。


「と言われてもな。実際俺っちやピノは向こうの出身だし、向こうじゃサリナ嬢とアデルは親友してっからなぁ」

「あの背信者アデルと(わたくし)が親友――あり得ませんね。この両目の創は奴に付けられた呪い、復讐心こそあれど…心を通わせることなど……」


 俺達の話の中で最もこのサリナさんが抵抗感を示していたのが、アデルさんとの関係だった。

 このサリナさんの話が事実であれば、こちらの世界でのアデルさんは人類を裏切り、天響(てんきょう)族と呼ばれる天使の如き姿をした種族の尖兵として人類へと攻勢をかけ続けているのだそうだ。


「……何か、一気に重い話になった気がしねぇ?」

「だね……」

「ふぅむ。これが、中級という意味なのかや」


 話を聞いて気が滅入ってしまった俺達の感想を聞き、シズカがそんな言葉で締める。そういえば、ここは中級者用コースの先にある世界だったな。

 あまりにも軽い雰囲気のあの異世界ホールの現状を見て、俺達も何時の間にやらアトラクション感覚に陥ってしまっていた部分があるらしいな。かなりエグい事をしてくれるぜ、あれを創った奴は。


「どうにも、サカミ村の時と言いまた面倒なモノと関わってしもうたらしいのぉ……」


 場に重い沈黙が降りる中、うんざりとした様子でそう漏らすシズカの言葉が妙に印象的だった。

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