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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第四章 日本帰郷 編
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第064話 真夏の夜の夢①

 本日よりまた隔日更新へ戻ります。家を出る時間の都合上更新時間をAM11:00⇒AM8:00へと変更しました。暫くはAM8時更新が続くと思います。

 墓の周りを軽く掃除した後に、手桶から汲んだ水を墓石へと振りかける。

 周りの埃等もその水で纏めて洗い流し、雑巾を使って綺麗に墓石から汚れを拭き取った頃にはすっかり汗だくになっていた。全身から噴き出した汗で服が濡れ、肌に張り付く感覚が少々鬱陶しい。


「ふぅ、こんなモンかな?」


 現在、俺達は深海市からバスと電車を乗り継ぎ、隣県のとある山の麓町へとやってきていた。目的はお盆のシズカの墓参り――じゃなかった、こちらの世界の「(しずか)」つまり故人である、扶祢の本来の姉に当たる人物の墓参りとなるのだが……。


「お疲れ様~、冷たいジュース買って来たよ」

「有難うね頼太君。や~やっぱり男手が居ると助かるわぁ」

「へいへい」


 墓の掃除が終わった辺りに丁度良く顔を覗かせる、扶祢とサキさん(ちゃっかりさん)の二人に対しぞんざいに言葉を返す。自分の娘と姉の墓なんだから、赤の他人に掃除までやらせるのは如何なものかと思うんだが。

 まぁこの暑さだ、出来るだけ汗をかきたくないという気持ちは分からんでもない。


「そういえばこの墓の本人は何処行ったんだ?」

「本人て。母親としては微妙に異論を唱えたい様な、でも本人と言えば確かにうーん……」

「正直シズ姉が目の前に居るのにお墓参りっていうのも、今一ピンと来ないというかうーん……」


 この様に、親子してそっくりな顔で見事にハモって唸られると時々見間違ってしまいそうになる。まだ服装で見分けてる部分もあるからなぁ。

 ちなみにだが、身長はサキさんの方が若干高くスレンダーな体形をしており、外では大体洋服を着ているのもあって区別自体は比較的容易ではある……別に扶祢が太いと言っている訳ではありませんよ?


「なのでまるで心を読んだかの様な態度を取るのは如何なものかと思うのですがね」

「アンタは目線と顔に思考が出やすいのよ……」


 などと言いながら心なしお胸様を隠す素振りを見せる扶祢。今のは断じて助平心からの観察ではないという事だけは理解して欲しいっ……!


「あっはは。しっかしこの子がここまで同年代の男の子に素を見せるなんてねぇ、余程馬が合ったのかね」

「なっ…ちょっと母さ――」

「ほほぅ?やっぱりこいつって、生まれの素性とかアレの関係でおっかなびっくり人生歩んできちゃったタイプなんですかね?」


 これは昔話を聞くチャーンス到来?何かを言いかけた扶祢を差し置きすかさず言葉を割り込ませ、続きを促してみたのだが―――


「――アレ、だって?」


 ……あれ?何だか一気に辺りの気温が下がった様な気がするな?


「扶祢、お前まさかあの事を人に話したのかい?」

「え、えーっとぉ……」


 あぁ、確かに信じるかどうかは別として、知られると色々と面倒な事態になりそうな情報ではあったか。

 扶祢へと視線を向けてみると、やはり助けてオーラ全開で必死にこちらを見つめ返してきていた、のでこんな事もあろうかと編み出しておいたパーティ内用のハンドサインを使い返事をする。正確に一字一句表現出来る程のものではないので、あくまで大体のニュアンス的な気分だが。


(テステス。ちょっとサキさんの威圧感満載なオーラでリアルに気温が数度下がっててまじ怖いです。さっさとどうにかして下さい)

(そこで苦情なの!?私だって怖いよ助けて!)

(この流れだときっと俺も余計な事口走って火に油を注ぐ結果になりかねないので、ここはシズカか釣鬼先生辺りにヘルプを求めるのが妥当かと愚考致すが、返答は如何に?)

(う……シズ姉ならそっちの水汲み場の影のベンチで横になってたと思う。でも巫女装束が暑すぎて熱中症気味だったから役に立たないかも?)

(やっぱりかー。だから無理に着ない方が良いって言ったのにな……それじゃあ釣鬼先生探してくるから何とか時間稼いでてくれ。あ、あとサキさんがサインに気付いたっぽいのでそろそろとんずらしますね!)

(えっ?あっこら……)


 そして為すべき事を見据えた俺は、持てる力の全てを振り絞ってその場から離脱する。


「この裏切者ぉーー!!」


 扶祢、お前の尊い犠牲は忘れない……安らかに眠ってくれ―――




 でも冷静に考えるとサキさんから発せられるあの冷気のお陰であの一帯全域が涼しくなってたんだし、見て見ぬ振りして涼んでいても良かったかもしれないね?


「さって釣鬼先生はどこかなっと」

「呼んだか?つかこの妖気とも怒気とも判別付かん尋常じゃねぇ気配は何だ?」

「――ン?大妖怪の気配?またシズカが何かやらかしてるのカナ?」


 軽い独り言のつもりがいきなり探していた本人の耳に入ってしまったらしい。釣鬼と一緒に居たピノも何やら異常を感じたらしく、中空に向かって何かを話している。そういえばこの前、御山で雷様と仲良くなったから向こうの世界に連れて行くって言ってたっけ。

 ともあれ、こうして釣鬼達とはあっさり合流出来てしまった訳だ。後はサキさんの説得に回って貰うだけではあるが……。


「シズカは熱中症気味で水汲み場のベンチで寝てるらしいぞ。今回の大本はサキさんだな、扶祢の認識ガードの甘さに業を煮やして説教モードに入ったというか、現在進行形で尋問中というか……」

「それ、何時もの事じゃナイ?」

「だよな。それにしちゃあさっきのは尋常じゃねぇ気配だったが……今は収まってるな」


 言われ俺も墓の側を振り返ってみるが――確かに、先程までの張り詰めた緊張感を伴う寒気などは一切感じられず、元のうだる様な熱気しか残っていなかった。


「何があったノ?」

「いやさ、前に扶祢があの固有スキルについての昔語りをした事があったじゃん?」

「あぁ、サリナ嬢と会った初日のアレか」

「ホゥホゥ?」


 ああそうか。ピノは当時はまだ俺達と合流しておらず、ピコと二人で旅をしていたんだった。まぁ、今はそれは置いておくとしてだ。


「さっき墓前でサキさん達と話してた時にアレについての話題が出ちゃってな」

「アレ、ってな鑑定の時に見た、アレの事かぃ?」

「だな。それでサキさんが急に豹変してさ。どうもそんな大事な事をあっさり他人にばらしたのにご立腹の様子でね」

「……そういう事か。けどなぁ、あれはある意味不可抗力だったからなぁ……あの時は俺っちが焚き付けちまった部分もあるし仕方ねぇ、説明しに行くとすっかぃ」

「そう思って釣鬼を呼びに来たんだな」

「成程ネ」


 そして俺と釣鬼の二人はある種の覚悟を胸にして、サキさんが待ち構える墓前へと向かっていくのだった。


 ・

 ・

 ・

 ・


 ―――墓の前へ戻ったら、じりじりと照り付ける陽光に焼けた石畳の上で扶祢が正座をさせられていた。これまた夏袖の薄単衣(うすひとえ)を先程の俺を彷彿とさせる程の汗で湿らせており、このまま小一時間放置していればシズカの二の舞になりそうな雰囲気だ。


「裏切者許すまじ……!」


 涙目で正座をしながら俺を睨み付けてくるその視線がとても痛いです。


「あの、サキお母さま。事情聴取の参考人が出揃ったので、まずは僕達の言い訳を聞くだけ聞いてみてはいただけませんでしょうか?」

「――言ってみなさい」


 ほっ、良かった。その言葉に胸を撫で下ろしながら、釣鬼を交えサキさんに事情の説明をする。


「……はぁ、そんな所じゃないかとは思ってはいたけれども。お前は本当、そういう部分のガードが昔から甘いねぇ」

「はい……ごもっともです」

「まぁ勘弁してやってくれ。あの時扶祢(こいつ)が黙っていたら、今ここまで素を出せずに俺っち達との関係もぎくしゃくとしていたかもしれねぇし、あるいはパーティも解散していたかもだからな。お陰で今こんなに楽しそうな娘の姿が見れているんだろう?」

「うーん。それを言われるとねェ」


 流石は釣鬼先生だな、母親の心理を上手く衝いて良い感じにまとめてくれた。わざわざ呼びに行った甲斐があったというものだね。


「いや良かった良かった、これにて一件落着ってやつだな。それじゃっ、俺はこの水桶を片付けに行くという大役を果たす責任に駆られているかもしれないのでこれにてっ!」


 何とかサキさんの怒りも収まって何よりだ、という事で俺はさっさとこの場を離脱しようとしたのだが、そうは問屋が卸す筈もなく……。


「……ところで頼太君?さっきは何やらこの子とサインで会話をしてた様だけど、助けを求めてる女を見捨てて一人逃げるってのは、男としてどうなのかねぇ?」

「そっ、そうは言いますがねお母さま?物理的に気温が下がる程の冷気を漂わせられたら、いち一般人な身としては腰が引けてしまうのも無理は無いと思うのですよ!状況的にサキさんがまさか娘の扶祢を害する事なんてある訳も無しという合理的判断に基づいてですね……」


 ―――がしっ。


 俺が苦しい言い訳を展開する間にもサキさんは眼を座らせたまま黙って俺へと歩み寄り、遂には芸術的とも言えそうな冷笑を浮かべたまま、俺の肩を予想外の力強さで掴んでくる。あ、これ、駄目かも。


「うん、それも一つの選択かもしれないね。でもそれはそれとしてさ、やはり男としては意地を以って護る位の気概は見せて欲しいものだと思うんだ。扶祢だってあの時庇われてたら、嬉しかったんじゃあないかな?」

「……えぇそうね。あそこで庇ってくれてたらそれはもう好感度山盛りだったと思うのだわ」


 サキさんの言葉へそう返しながら、扶祢はゆらり……と幽鬼の如き様相を呈しながら立ち上がる。あ、あれぇ?扶祢さんったら、まだサキさんの説教中なんだから勝手に正座を解いて立ち上がっちゃまずいんじゃないかなぁ?まだ説教中だから座ってないと怒られますよ?ほらサキさんも言ってやって……どうして二人ともこちらへにじり寄ってくるんですかねぇ。


「……や、優しくしてね?」


 ―――ア"ーーッッ!!


「折角扶祢に格好良い所見せる機会だったのにネ」

「あいつこういうシリアス場面が苦手だからなぁ、たまには恰好付けても良いと思うんだけどよ」

「だよネェ」

「み、水……」

「お、シズカ起きたか。丁度良いタイミングだな」

「んくっんくっ……ふぅ。何があったのじゃ?」

「何時ものじゃれ合いだと思うヨ」

「ほんに飽きん奴等じゃのぉ。母上まで一緒になってやっておるのかや……あ痛たたた、頭が」


 たーすーけーてー!?






 時は深夜0時を回る頃、静さんの眠る墓地が裏に見える旅館の木造バルコニーにて。

 うっすらと雲に覆われ朧げに光る三日月を眺めながら、俺は気持ちの良いそよ風に当たり続けていた。昼間は一体どこで選択肢を間違えたのだろうか?そんな益体もない事を頭の片隅で考えながら木の柵の上に顎を乗せながらぼんやりとしていると、廊下を歩く足音が響いた後に背中へと聞き覚えのある声がかけられた。


「こんばんは、裏切者さん」


 まーだ根に持ってるのか、昼間サキさんと一緒にあれだけ説教してくれたというのに。


「へいへい、どうせ俺はチキンな裏切者ですよー」

「あれ、実はへこんでる?冗談だよ。頼太も風に当たりに来たの?」

「べつにへこんじゃいねーけど。涼し過ぎて目が冴えたのか、どうにも寝付けなくなっちまってなー」

「昼はあんなに暑かったのに、夜になったらちょっと肌寒い位だもんね。そろそろ夏も終わりかなぁ」

「だなぁ……それにしても」

「うん――」


 秋の気配が近づいたからなのだろうか、少し肌寒さすら感じる周囲の風景。暫し無言のまま、それを共に眺め続け―――


「何で目の前に墓場が位置する場所にバルコニーなんて作ってんだろうな、この旅館」

「だよね……この旅館って母さんの知り合いが経営してる所だそうだから、そう言った曰く付きなのかもしれないけど」

「いかにも何か出て下さい、って感じのロケーションだよなぁ」

「やめてよ!?本当に出たらどうするのさ……」

「……恨めしい」

「「うわぁっ!?」」


 恐らく墓場の前で言われたくない台詞ランキング上位を飾るであろうその言葉を耳元で囁かれ、俺と扶祢は文字通り飛び上がって抱き合ってしまう。その際に扶祢の柔らかさを全身に感じるが、正直びっくりし過ぎて絵面に反し色気もへったくれも無かったぜ。


「んぉ?予想以上に良い反応を返してくれるものじゃな。これは愉快じゃ」

「おっおおお、おまっ……」

「……シズ姉ぇ~~!!」


 あまりにも性質の悪い悪戯に高鳴る動悸を抑えながら、それに対する非難を返そうと二人してシズカへと向き直る。しかし、そんな俺達の目に映ったモノは……。


「………」

「―――」

「ん?二人ともどうしたのじゃ?慄き過ぎて漏らしてしまったのかや?」


 シズカの戯けた言葉を聞きながら、しかし俺達には最早それに反応を返す余裕すら無く。


「――ふぅっ」


 扶祢がいきなり脱力し、それを慌てて支える。こいつ、気絶しやがった……だが、それも無理は無い事だろう、何故ならば―――


「何じゃいきなり?これ扶祢、扶祢よ。こんな場所で寝ると風邪引くぞぇ」

「シ、シズカ……後ろ」

「む?後ろ……?」


 俺に指摘され、訝し気に眉を顰めながらも後ろを振り向くシズカ。その目と鼻の先には、その……何と言うべきか。


「見つけた……わらわの(からだ)


 文字通りシズカと鏡合わせな状態となった、とても見覚えのある顔をした半透明の光るモノが……何も無い筈の空間で寂し気に揺らめいていたのだ―――

 かなり遅めな夏の夜の怪談。もう現実はすっかり秋模様ですが。

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