第061話 冒険者たちの夏休み~扶祢の場合~
シルバーウィーク3/5日目、残り二人となります。
文章を一部変更:葛見先生のセリフ「この前森で会った~」→「この前海で会った~」
次話との整合が取れてませんでした、ソーリー。
「ま、ま、先生落ち着きましょう?」
「やっぱりこんなちっぽけな道場主程度じゃこんなモンだよな……格好つけて剣道三段とか言ったってあっさり剣を叩き落とされるし、はぁもう古流の看板下げて空手教室に集中すっかな……」
今、私の前では道場の隅に体育座りで蹲り、ひたすらに落ち込む葛見先生の煤けた背中と、それを必死で宥めている頼太の姿があった。その……さっきの立ち合いを見てつい気が乗って、ですね。
「すっ済みません!剣術が本業の先生だと勘違いしちゃってつい……あ、さっきの頼太との対戦は見事でしたよね!間の外し方とか、芸術の域でしたよっ」
「――扶祢よ、この場面で汝がそれ言うのは逆効果じゃ」
慌てて言い繕う私に諦めよとばかりに首を振りながらシズ姉は言う。でも、でもね?実際の所、身体には楽に当てさせてくれそうに思えなかったから武器落としを仕掛けた訳だし、それがまさかあんなに綺麗に決まっちゃうなんて、思わないじゃない?
頼太からもジト目で睨み付けられた。言葉が無くとも解る、少しは空気読んで喋れこの駄狐…よね。はい、私また余計な事言っちゃったんですね……。
「……いや、俺が不甲斐無いだけだから嬢ちゃんが気にすることは無ぇ。気を使わせちゃって悪いな」
「先生、こいつ多分槍術の大会とかに出たら全国区レベルの業前なんで。本当に気にしない方が良いっすよ」
「っかぁ~、凄ぇなぁ。強いとは聞いたがそこまでとは。いや、御見逸れ致した」
「わわわ、そんな頭なんか下げないでください!槍術は半分趣味みたいなものですので」
「何と、あれで趣味とは……」
あぁああ又余計な事を言っちゃった!まずいと思って何か言い繕おうとしたところにシズ姉の掌で口を塞がれて、もがもがと言葉にならない声を発してしまう。
「すまぬのぉ。こやつちと頭が緩い故、雑音と思って聞き流してくれぬかぇ」
「うんうん、テンパるといつも天然の言葉の袋小路に嵌まっちまう癖があるんすよこいつ」
酷い言われ様だ。でも今回ばかりは言い返せる気がしないので、大人しく口を塞がれたまま葛見先生にペコペコと頭を下げる。
「いやははは……愉快なお嬢ちゃんだ」
私達のやり取りを見た葛見先生も何とか気を持ち直したみたいなので、揃って居間へと移動をする事に。良かった、このまま落ち込まれて廃業でもされたらどうしようかと思っちゃったのだわ。
勝手知ったる何とやらで頼太がお茶と菓子を用意しに一足先に台所へと向かう。私達もそれに付いて廊下を歩いていると、ふとこちらをしげしげと見つめてくる葛見先生と目が合った。
「ところで、君のその槍技に隣のお嬢ちゃんの巫女装束、もしかしてお嬢ちゃん達はオサキさまの遣いか何かだったりするのかい?」
「オサキさま、ですか?」
「―――」
はて、何だろう。そういえばシズ姉が同じ言葉を使っていたことがあったっけ。確かお稲荷さん関係のお話?私はその時すぐには気付けなかったのだけれども、隣のシズ姉は一瞬目を見張りまじまじと葛見先生を見つめてしまっていたみたいね。
「いや、こんな片田舎だからな。この土地には昔からの言い伝えみたいなものが所々に残っていてね」
葛見先生にはそれが丸分かりだったのか苦笑をしながらそう言って、少しだけ何かを考える様な素振りで間をおいて、その後再び話し始める。
「うん、土着信仰とでも言うのかな?元はお稲荷さんに関わるものだったのだろうが、そこから派生して、御先稲荷の一体が名を持ちこの地域では広く伝わっていたらしいんだよ」
「(恐らくは母上のことじゃな)」
「(えぇ!?母さんってそんなのやってたの?)」
「(元々位で言えば最上位の白狐であった故な、名も『サキ』であるからして地元の民にはようも馴染んだのじゃろうなぁ)」
シズ姉のそれとない素振りの耳打ちに、しかし私はといえば驚きのあまり動揺を隠す事が出来なかった。だってあの母さんが神様だよ?生ごみとプラスチックの分別とかエコとかに五月蠅くて、今日だって出かける時、ついでに麓の寄り合い所に看板回しといてなんて言ってたあの母さんが、信仰の対象である土地神様。もう何と言えばいいんだか……シズ姉がうちに来て以来、霊狐についての話も少しは教えて貰ったけど、この分じゃまだまだ隠してる事も多そうね。
「あーいや、無理に立ち入るつもりは無いからな。単にうちの家がその信仰を代々伝え続けてたって言いたかっただけだからさ」
目の前に広げられる小声話でちょっと微妙になりかけた空気を掃うかの様に、葛見先生は軽い調子でそんなカミングアウトをする。気を使って貰ってばかりで本当に済みません……。
「ほぉ、それでお主の動きがどことなく見覚えのあるモノじゃったのか」
「と言う事はやはり君達もなのかな?」
「うむ、規模は小さくあるが我等もオサキさまを祭っておる家系でな。童は主に祭祀方面を担当しており、こやつは業を奉納する槍舞担当……なのじゃが、うちの母上の影響か槍使いに憧れてしまってのぉ。気付いた頃にはほれこの通り、齢若き身ながらにこの域にまで達しておったという訳じゃ」
あぁ、そういう話の合わせ方をするのね。頼太の両親に話した内容とも一致するし、これが表向きの理由って事なら私も適当に合わせておくとしましょうか。
「成程なぁ。それにしてもこの前海で会った釣り人の娘と言い、お嬢ちゃんと言い見た目によらず…って言うと失礼かもしらんがここんとこ負け続けだな。こんな狭い田舎町だが世界の広さというものを感じるぜ」
「……時にその娘と出会ったのはいつ頃だったのかや?」
「うん?そうさなぁ、昨日の夜釣りに行った時に場所の取り合いで腕相撲をしたんだが見事に力負けしてなぁ。まだ港も静まり返っていたから、午前の二時から三時頃といった所か。何か心当たりでもあったかい?」
「い、いえ特には……」
世界と言うか世間は結構狭い気がします。その女の人ってどうみても釣……ごにょごにょ。
「おーい、何やってんだ?もうお茶請けも用意出来てるぞ」
「悪い悪い、ちょっと嬢ちゃん達と立ち話をしててな」
「話なんかお茶を飲みながらでも出来るでしょうに。抹茶フロート用のアイスが溶けるんで早く座って下さいよ」
「抹茶フロートとな。そよ風の吹く庭先でのその選択とは中々洒落ておるな」
「だからこそタイミングが大事なのさ。さっ、とっとと座った座った」
「ごめんごめん、すぐ行くよ」
その後、抹茶フロートと小豆入りのかき氷風アイスで火照った身体を冷ましつつ、軽く世間話等をしてから二人に別れを告げ、私とシズ姉はお先に道場を後にした。
場面は変わり、私達が祭り用の反物を買いに行く道中で商店街を歩いていると、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「あれ?薄野じゃん。久しぶりー?」
「あら、来間ちゃんだ。おひさん」
目の前に立つ一見性別不明なトレーナー姿の人物。学生時代の私の友人、というかライバル、というか……二卵性双生児の片割れで、話し方と声からすると多分弟の勇斗の方かな。姉の裕香と並ぶと二卵性双生児の姉弟の癖に見た目からは殆ど見分けが付かないという美男美女コンビなのです。
先程学生時代とは言ったけれどこの二人と同じ学校だったことは一度も無く、主に会場での披露を競う方の友人、というやつだった。
私はほら、生まれが生まれなだけに学校じゃあまり目立たない様に心がけていたから、友人と言える相手がちょぉーっとばかり平均よりも少なめだったのよね……ぼっちでは無かったけどね?
当時は自分を隠さずとも見てもらえる、それと「我」ちゃんが居た頃の名残で役に入り込む楽しさというものを覚え、それが影響してコスプレにハマってしまったのだと思う。
中学生の頃は年齢を聞かれやしないかと毎回出場する度にドキドキしていたものだ。その頃はお小遣いも少くてうちの学校はアルバイトも出来なかったから、安い素材を買ってひたすらちくちくと縫い合わせて頑張ってたのです。その習慣が身に付いちゃってて、今でもこうして素材から作る事が多いんだよね。
目の前の来間弟もそんな同好の士の一人で、その辺の家政科の教師顔負けな裁縫技術を誇っていたりする。これは自慢になっちゃうけれど、高校の三年間では和服スキーや落ち着いた感じのキャラの好みな人が多い会場だと私の独壇場だったんだ。でも、ドレスアップ系や悪の女幹部的なボンテージ衣装では残念ながら来間姉に一歩譲ることも多くて辛酸を嘗めたものだ――今となっては楽しい良い思い出なんだけれどもね。
そして男性部門とペア部門では来間姉弟の敵は居なかった。私だって兄弟さえ居れば、ぐぬぬ……。
「来間弟がここに居る、って事はやっぱり目当ては呉服屋さん?」
「だね。姉貴が亡き薄野に捧げるインパクトを!って張り切ってたから急遽買い出しに――ってか、もしかして薄野も?」
「そそ。たまたま里帰りする時間が出来たからさー。今度の夏の祭典用に何か繕おうかなと思ってね」
「まじか。薄野が復活するって知ったら姉貴のことだ。またリミッター振り切って下手すれば女装させられかねないな……」
「……あの時の恨みは絶対に忘れないわよ」
「恨みって!?俺だって被害者だったんだからなあれ!」
そう、私はこいつに恨みがある。
無論、いつもの通りに来間姉の暴走ではあったのだけれども。ある時タイトな秘書風コンテストというものが開かれ、よりにもよって来間弟が女装して出場しやがったのだ。
私だって優勝するべく力を出し切った。素材の選択に始まり、立ち振る舞い、ふとした拍子に冷たい仮面が剥がれ、可憐かつ打たれ弱そうな素が表れてしまうといった仮面…の練習等等をね。しかしいざ本番が始まると、ここぞという場面で仮面と一緒にタイトなスーツの一部がはちきれて……この、太々しく育った脂肪の塊までがまろび出てっ……!(*1)
……ブラ無しのままじゃなくてサラシで抑え付けておけば良かった。
結果、ハプニング要素に意外な高評価が付けられ何とか準優勝を戴いたのですが、後になって優勝した来間が実は弟の方の女装だったという事実が発覚してしまう。巷では黒歴史コンテストの名で未だに関連サイト等で動画が残っているのです……gifまで作られちゃって、それを見た当時は悶絶しちゃったものだったわ……。
それはそれとして、これでも高校時代の三年間、狐姫の名を冠した元優勝候補。野郎に女としての格付け勝負で負けるだなんて、しかもあんな邪道な結果に終わってしまって――レイヤーとしてのプライドが許さない!
「と言う訳で勇斗ちゃん!あんたに正式に勝負を申し込むのだわ!」
「やめてくれ!?今度女装したら本気で出禁喰らっちまうって!勝負なら俺を巻き込まずに姉貴と直接やってくれー!!」
その後十分程の間来間弟を追いかけまわし、袋小路に追い詰めた辺りでシズ姉にどつき倒され正気に戻った。この私の脚力から十分間も逃げ切るとは来間弟、やはり侮り難し……。
そして山荘に戻ってからも母さんにこの事をばらされかけ、シズ姉用の浴衣を夏祭りまでに一着、丹精込めて縫い上げるという条件で何とか事なきを得ることが出来た。
しかし、悪夢はまだ終わらない―――
「どうも汝には霊狐としての自覚以前に、基本的な観念から仕込み直した方が良いのやもしれぬな」
「この際だ。御先稲荷の位階辺りからきっちりと頭に詰め込んであげた方がお前の為にもなるかねぇ?」
「ちょっ……あの……詰め込み型教育には児童へのストレスが多大という研究報告もありましてですね?」
「そうじゃな。頼太ですら御先稲荷の種別を知っておった位じゃし、汝は狐妖としては稚児とは言え、今の世の中ならば別に早いと言う事はあるまいて」
「情報手段の発達に感謝だね。なァに、お前は人と比べたら随分と頑丈だから、問題無く耐えきる事が出来るさね。母さん、扶祢の事信じてるからね?」
逃げ道は……有りませんよねぇ……。
「――ふぎゃああああああああああっ!?」
~ある地方新聞の三面記事より抜粋~
とある夏の夜。盆地を囲む山の一角より、女性の悲鳴とも獣の絶叫ともつかない声が幾度も鳴り響いたと言う報告があった。当局では身元不明者の捜索も視野に入れ、近隣住民の山への立ち入りを自粛するよう呼びかけている。皆様方も重々注意されたし。
反物を買いに行った辺りから妄想が暴走をし始めた。後悔はいつものことです。
*1:後に言う、グレートインパクト事件である。




