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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第四章 日本帰郷 編
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第058話 幻想世界⑧-本当は怖いテレポーター-

「GYAAAAAAAW!」

「喰らえっ[衝撃(スタンバッシュ)]!!」

「GUAAAHH!?」


 扶祢の黒鋼棍による[衝撃(スタンバッシュ)]が【成竜(グレータードラゴン)】の側頭部を強打する。その衝撃により【成竜(グレータードラゴン)】の身体が僅かによろめき、俺達の前に初めて隙というものを見せる事となった。


「スタンしたヨッ」

「頼太、今だ!」


 そして、事前の打ち合わせの通りに俺は準備をしていた『大砲』の発射準備へと取り掛かり―――






 【大神の杜】をクリアしてから一週間程が経過した。

 幻想世界内での総プレイ時間は約二か月弱。リアル換算ではゲーム内一日イコール、三時間とはいえ日がな一日寝っぱなしというのも体に悪いものだ。なので午前に三時間そして午後に六時間、つまり実際には二十日強を幻想世界内で過ごした事になる。

 夕食後は各々が自由にゆったりとした時間を過ごしている。とは言っても釣鬼は現在激しい運動が厳禁を申し渡されている為に、俺は専らダイエッ……体の健康の為の運動と称して扶祢のスパーリングパートナーを付き合わされる事が多かった。

 流石にあの夜程の苛烈さは無いのだが、あれ以来俺との組手に手加減というものが無くなり、毎晩生傷が絶えないのが少し困りものだな。怪我自体はピノが治してくれるし、所作の上達も見られるので望むところではあるのだが。おかげで受けばかり巧くなってしまい、体捌きだけなら扶祢にかなり迫ってきた気がする。


 ここで話が若干変わるが、扶祢が使っている[衝撃(スタンバッシュ)]と黒鋼棍についてそれぞれ少しばかり解説を入れる事としよう。

 [衝撃(スタンバッシュ)]とは前衛系職業ならば誰でも取得が可能な中級スキルで、基本ダメージ自体は低いのだが1ポイントでもダメージが入ると高確率での怯み状態(スタン)が期待出来る。反面打撃属性を持つ武器でないと使用不可という制限も付いている。

 その為、[衝撃(スタンバッシュ)]の使用時には本来の職である(サムライ)系の職業補正(命中率・ダメージ等)が付く事は無い。しかし、非常に利便性に優れるスキルであるので使わぬ手も無いだろう。故にスタン用に追加で購入したサブ武器としての黒鉄鋼(アダマンタイト)の棍を背中に括り付け、ダンジョンへと潜るのが最近の扶祢のスタイルと化していた。


 実はこれ、当初[衝撃(スタンバッシュ)]のスキル説明文をよく読んでいなかった扶祢がうっかり取得してしまい、いざ使用の段になってみるとスキルの使用属性制限がある事実に直面して愕然となっていたという悲しい裏話があったりする。どうにか使えないかと試行錯誤を繰り返した結果、素手でなら使用可能である事に気付き、試しに竜人(ドラゴノイド)としてのその堅そうな尻尾を振るって使ってみたらあら不思議。堅さの代名詞であるメタル系モンスターにまで軒並みダメージ、そして付随するスタン効果までが入ってしまったという正に衝撃の出来事がありまして。

 尻尾による打撃は体術系に分類され、体術にのみ適用される能力(アビリティ)【消費ST(スタミナ)軽減】が適用される。そこに侍の中級パッシブ能力(アビリティ)である【行動時ST回復1】を組み合わせると無限……とまではいかないが、少なくとも戦闘時にかなりの回数を繰り返す事が可能であった。


 物は試しという事で、試練の洞窟ハード最下層である地下20階のボス【人喰獣(マンティコア)】に使ってみたら―――


 スタン時間>尻尾攻撃の冷却時間(クールタイム)


 という所謂スタンハメ状態になり、何と扶祢単騎にも関わらず無傷で倒す事が出来てしまったという、身も蓋もないバグ案件が発見されたのだ。崩れ落ちる【人喰獣(マンティコア)】の断末魔の絶叫を聞きながら姫さんが涙ながらに口にした、


「……そのスキル、武器使用時のみ発動可能という仕様に修正させて下さいぃ」


 この発言に、場の哀愁が全て込められていた気がするぜ……。

 そしてその不具合対応の補填として鉄棍や鋼棍よりも堅く、お値段も相当にお高い現在の黒鋼棍を買うに至ったという訳である――当然支払いは姫さん(うんえい)持ちで。俺のメイン武器は未だに鋼棍だというのに、片やサブ武器がその上位版。解せぬ。






 そして場面は冒頭へと戻り、試練の洞窟ベリーハード最下層である地下35階のボス、【成竜(グレータードラゴン)】戦へ―――


「盟約により従いし我が下僕(しもべ)よ……おぉその忌まわしくも猛き力、今此処に――」


 俺の内なるモノへの呼びかけに応じ、狗神が姿を現す。その姿は所謂ドーベルマン。顕現したそれは俺の仰々しい呼びかけへと共鳴するかの如く、遠吠えと共に瘴気の竜巻がそれを中心として渦巻き始める。


「我、陽傘頼太ここに願えり。滅せよ、消えよ、退けよ――我が渾身のッ……ミチルキャノ――」


 ―――キュゴッッッ!!


 ・

 ・

 ・

 ・


 気付けば低反発マットの上で見慣れた天井が視界一杯に広がっていた。皆も意識が戻っているらしく、揃って緩慢な動作で起き上がり……揃って俺と、そしてミチルへと厳しい表情を向けてきた。


「………」

「……」

「何か、言う事は?」


 何かを堪えるかの様子で眉間を揉み解しながら、詰問口調で問いかける釣鬼。外は既に夜の帳が降りており、吸血鬼的なオーラが漂っているのもあって本気で怖いです。

 話が少し脱線するが、釣鬼のオーガから吸血鬼姿の変化は一応安定してきている様だ。今のところ陽が出ている間はオーガ姿、陽が沈んでから翌朝までは吸血鬼姿で固定されているみたいだな。


「……つい、俺の封印した筈の邪気眼(ちゅうにびょう)が再発致しまして」

「ふひゅーん……」


 言われずとも自ら正座をし、ミチルも頭を垂れながらのお座りでそれに倣う。


「「「アホかあっ!!」」」

「さーせん……」


 久々にリアルorz状態をやらかしてしまったぜ……。


「扶祢がやっとの思いでスタン決めたのに何でわざわざあんなクッソ長くて胡散臭い詠唱してんのサ!?お陰で竜の息吹(ドラゴンブレス)の直撃喰らって初のベリーハードクリアが遠のいたじゃナイ!」

「別に詠唱無くてもミチル砲、撃てたわよねぇ?スタン時間のより長い側頭部に当てるのにどれだけ苦労したか、解ってるのかなぁ……?」

「俺っちも殴りたいのを我慢して強化魔法(バフ)弱体化魔法(デバフ)のサポートに徹してたっつぅのに……」


 うむ。完全に俺、戦犯っすね。


「どうもミチルに関することはテンションが上がってしまい……ホント済みませんです」

「あれから何日経ってると思ってんだヨッ」

「……今夜の稽古、覚悟しときなさいよ」


 ヒイイィィィ……あのホラーな目付き再来!?

 などと心の中でネタに走っていたのがいけなかったのだろうか。変わらず皆の視線は真っ白けで。


「今夜は怪我しても治してやんないからナ!」

「愛しのペットと再会して浮かれたい気持ちは解らんでもねぇが、いい加減時と場合を考えろよ?今回のは俺っちも、流石にフォロー出来る気がしねぇぜ」


 予想以上のお冠だった様子。これは本気で反省すべし、だな。

 当然のことながら、その日の稽古は比喩ではなく血反吐と血の小便をまき散らすことになりました。げふぅ……。






 翌朝―――


 体中打ち身と捻挫と裂傷だらけの状態で熱を出しうなされた夜が明け、朝食前になってようやく機嫌を直したピノに治療をして貰って人心地がつき。そして朝食をとりながら本日の予定を話し合う。


「そういやそろそろシズカとサキさんが帰って来る頃か」

「ピコモー」

「ピコ、生きてれば良いけど……」

「縁起でもない事言わないデ!?」

「ところで釣鬼の身体の変化自体は随分と安定したみたいだけど、やっぱり夜に吸血鬼姿になるのはどうしようもないのかね?」


 釣鬼はこの二週間、特に身体の異常もなく、変化のサイクルもここ数日はほぼズレ無しに日の出と日の入りを合図として切り替わっていた。ただし理想とする常時のオーガ姿への変化は出来ないらしく、また気が昂り過ぎた時にも一時的に変化が解け本性である吸血鬼姿へと戻ってしまうといった状態になっている。この辺りもシズカ達が帰ってきたら経過観察を報告して判断を仰がねばならない所だな。


「しょうがねぇやな。一時期はこれからずっとあの姿を鏡で拝む事になるのかなんて覚悟しちまった位だし、一日の半分でも男に戻れるだけでも御の字と思わねぇと贅沢だ」


 まぁ釣鬼が不満だったのは吸血鬼姿が女性体だった事だし、進化そのものはむしろ歓迎している様子だからな。


「それにここのところ幻想世界(あっち)に入り浸りで、現実(こっち)に戻った頃にはもう夜だからよ。いい加減吸血鬼(あの)姿で動くのも違和感が無くなってきちまったんだよなぁ……」

「あー、成りたての頃に比べるとなんか自然な感じに戻ってきたもんね。最近の釣鬼って」

「夜の吸血鬼の時は力が漲って仕方がない、とか言ってたもんネェ」

「おぅ、早くお許しを得て鍛錬を再開したいモンだ」


 俺達がそんなやり取りをしている所へ、何かの作業を終えたらしき弄人さんがリビングへ入って来て俺達に話しかけてくる。


「さっき照さん経由で連絡があったよ。サキさん達は今日の夕方から夜には帰って来るらしい」

「噂をすればってやつですな」

「随分と久しぶりな気がするな~」


 良いタイミングでの帰郷の報告が。今夜はまたプチ宴会になりそうだ。


「それじゃあ夜までの九時間、幻想世界(あっち)で三日以内にベリーハードにけりを付けるぞ!」

「「「おーぅ!!」」」

「わんっ!」


 よし、それじゃあ気合い入れていくとしますか!


「――あぁ、そうそう」

「うん?」

「もし今日もやらかしたら……今夜は俺っちが直々に扱いてやるからな?」

「いえっさ!!全力を挙げて事に当たらせていただきます!」

「わひゅん!」

「全力じゃなくて良いから必要な分だけ的確に対処してくれよ……」


 うひぃ、やっぱりまだ怒ってた……ミチルと一人と一匹(ふたり)でおびえた子犬の様に震える俺達であった。


 ・

 ・

 ・

 ・


 幻想世界(ファンタズムプレイン)内、【試練の洞窟】VH(ベリーハード)入口―――


「さて、おさらいだ」


 地下1階に入ってすぐの大広間にて、釣鬼の発言を機に作戦会議が始まる。


「まずは難易度ベリーハードだが、罠に関しては地下25階まではほぼ感知と解除はいける様になったんだよな?」

「ウン。25階までの罠判定だったら大失敗(ファンブル)はもう無くなったカラ、罠に引っかかってパーティ即壊滅、なんて事にはならないと思うヨ。26階から30階の階層も大失敗(ファンブル)率は2%位かなァ」

「もうテレポーターはこりごりなのだわ……」

「まだ即死系の方がマシだよなぁ」


 扶祢がげんなりとした顔をするのも無理は無い。

 ハードモードまではテレポーター自体が少なく、引っかかったとしても転送場所にもセーフティがかかっている様で着地点は全て通常の空間となっていた。だが、ベリーハードではその制限が取り払われており、それはもう容赦無く壁の中とか水の中とかに飛びまくるんだ。一度全員で腕と足だけが壁に同化した時があったが、あのエグさと言ったらね……。

 現実ならばまずあり得ない事ではあるが、仮にそんな状態になろうものならばショック症状で即死しそうなものだ。であるが、そこは精神だけを潜り込ませた仮想世界、HPが0になるか即死効果を受けるまでは死ねないというシステムのデメリットにより、かなりの猟奇的体験をする羽目になってしまった。半壁融合の後に恐怖耐性が1Lvアップしてしまった程だしな。


 ちなみにだが日本へ戻ってからというもの釣鬼とピノは驚く程にこちらの文明水準に対応をしており、特にピノはその溢れんばかりの知的好奇心を活用し、自然科学と力学理論、数学関係などに強い興味を示し、暇さえあればそういった種類のサイト漁りな日々を送っていた。パーセント表記って、使いやすくて便利だナァ、なんて満足げに語っていたっけ。

 流石に力学法則の学習は難しいらしくまだまだ苦戦を強いられていたが、少なくとも独学で勉強が出来る辺り俺よりは余程頭の出来が良いよな。


 閑話休題(それはさておき)


「あの時は自分達で腕と足の付け根から切り落としてから治療したんだっけ」

「……ガクガク」


 ある意味負傷慣れしている俺達三人はまだ何とかなったが、お子ちゃまでもあり痛覚にあまり慣れていなかったピノはもう絶叫しまくって大変だったな。可哀想に今も当時の恐怖が蘇ってしまったか、ガタガタと震え上がっている。


「何回アレで死ぬ思いしたっけな……」

「水の中三回、壁の中四回、半壁が一回の……【成竜(グレータードラゴン)】の中一回、かな」

「ランダム座標指定とは言え、まさか生物の中にまで跳ぶとはなぁ」

「【成竜(グレータードラゴン)】の中に跳んで死に戻りした時は後でステータス見たら精神異常耐性と物理耐性系が全部3ずつ上がってたヨネ……」

「まだ地下35階クリアしてねぇのに竜殺しの称号獲得しちまったもんな……」


 かべのなか や みずのなか はテレポーターのお約束だから仕方が無いとして、生物の中へと跳ぶのはきついよなァ。

 あの時は地下32階の水フロアをようやく抜けて気が抜けたところに地下33階層のテレポーターが発動し、ボス部屋の【成竜(グレータードラゴン)】の居る場所にピンポイントで飛ばされてしまったのだった。その際に融合した部分がお互い一瞬で弾け飛び、釣鬼とピノはそれで即死したらしいが、頭だけ火炎袋の中へ飛び込んでしまった扶祢は前衛職の高HPの弊害でまたしても即死出来ず、死ぬまでの十数秒間首だけで焼かれたそうな。俺は…上半身が胃袋の中で強酸地獄だった……。

 こ、これ以上語るとR18Gタグが付く事間違いなしだしこの辺にしておくかっ!


『あれも盲点だったわねぇ。以降ベリーハード以下では生物の居る場所は避けて跳ぶ様に設定し直しておいたわぁ』

「それは良かった」

「本当、生きたまま顔を焼かれる体験なんて二度としたくないわね……」

「俺なんか消化されたからな……」


 もう二度とあんな目には遭いたくないものだ。これまで以上に警戒を強め、幻想世界の踏破を目指す事としようか。


「デモ、その言い方だと極限(エクストリーム)ではあるって言ってるよネ……」

「やっぱりあとは製品版のオープンβテスターさん達に任せましょう!」

「異議無し!」

『え~』


 今晩にはシズカ達も帰って来るし、お盆参りが終わったらそろそろ現実で動き始めないといけないしな。決してトラウマ製造機の予感しかない極限(エクストリーム)にびびってヘタれた訳ではないっ。

 現実として迷宮探索で罠というものがあった場合、窒息部屋やプレス部屋も死亡確定なのでかなりの恐怖ではあるが、精神的にはやはりテレポーターが一番怖いぜ……万一生き残ってもマッピングが台無しになるし、ほぼ遭難確定になってしまうからな。


「という事で、地下31階から35階、まぁ35階はボスフロアのみだから実質34階までか。大失敗(ファンブル)率が7%はあるらしいから、最初の一日は20階から30階を行き来してピノの罠スキルを上げることに専念だ。で、30階層にリターンポイントを設置しておいて、余裕を持って二日目からボスを目指す。大雑把だがこんな感じで良いか?」

「おーらいっ」

「ok」

「出来れば一日目で罠感知だけでも大失敗(ファンブル)率を3%位まで減らしておきたいネ」


 【試練の洞窟】では10階層毎にセーブクリスタルという物があり、それに触れリターンポイント登録をすると地下一階からの直転送が可能となる。一度に設定できるポイントは一個なので、現在は地下30階に設定しており地下1階からすぐに飛べる形となっている。これにより、適度な罠難易度でピノの対罠関連のLv上げを行えるという算段だ。

 参考までに、地下20階から30階までかかる時間は幻想世界(プレイン)内で10~12時間となる。罠やレアモンスターとの遭遇次第では更に前後する事になるが、余程の問題でも発生しなければ今日の午後の早い段階で罠スキル上げも終わる事だろう。


「よし、それじゃあ行くとするかぃ」

「「「おうっ!」」」






 ―――そして二日目の終わりに、俺達は遂に【試練の洞窟】ベリーハードをクリアした。

 実際にテレポーターという罠があった場合、どうなるのかなと想像力を働かせてみました。気分悪くなったら申し訳ない。

 ボス戦自体はさくっと終了。頼太とミチルがアホな事をやらかさなければ本来冒頭の戦闘で何とか勝てていたので。

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