第056話 幻想世界⑥-大神というモノ-
大神の杜山頂―――
こんにちは、こちら現場の陽傘リポーターです。西日が美しく差し込みご神木を裏より照らす中、遂に我々は頂上にある杜へと到着致しました。
さて大神は何処かなっと辺りを見回すとあら不思議!境内に入る前は何の気配も感じられなかったというのに、入った途端至る所に黄色く光る、眼、眼、眼……。具体的には360度、全周囲から狼に囲まれているんですねー。僕等これからこいつらにパクっといかれちゃう流れですかねー?
「……って何じゃこりゃぁあ!!」
こいつらいつの間に!?ざっと見だが優に二百は超えてんぞ、ヤベェなこれは……。
「死にたくネェヨォ」
「ピノちゃん、どこでそんなネタ仕込んできたのさ……」
「釣鬼がどっかのサイトで漁ってタ」
「あぁ、ありゃ中々の芝居劇だったな。主役犬死ってのがまた斬新で――」
「おまいら」
こんな絶体絶命の危機に何を余裕かましているんだよと思いもしたが、流石はサバイバルの達人に旅慣れた連中だ。こんな時でもその姿勢は頼もしくあるな、なんて感じてもいたんだ。
「あーァ、また山登りからやり直しカァ」
「もしかしたらボスの力を際立たせるためのイベント戦闘か何かかもよ?次は裏側から攻めてみようか」
「現実でなら200~300はイケるんだがよ。こっちの貧弱な身体じゃちときちぃかもな」
ところがどっこい、既に半ば諦めの境地に至っていたらしい。この数じゃ仕方が無いのかもしれないが、ちょっと諦めが早すぎじゃあないっすかね。
「あっさりと諦めてないで社内に逃げんぞ!籠城戦ならいけるかもしれないだろ!?」
「おぉ、その手があったか」
「おっけー。それじゃあアイスブレスを全方位にばらまくよっ!」
「逃っげロー!」
その掛け声が切っ掛けとなったか、狼達が一斉に襲い掛かって来る。それを扶祢のアイスブレスで牽制し、俺達は隙を突いて社へと雪崩れ込んだ。
「ふぅっ、何とか逃げ込めたか」
「奴等、此処には入って来ねぇな……どういうこった?」
「フィールドを跨いだ、からかな?」
「こうして見れはするケド、別のマップだからシステム的に入ってこれないッテ事?」
ふむ……だとすればあの狼の群れは無理に倒す必要も無いのかな?今も杜の周りを取り囲む狼達だが、威嚇こそすれども目の前に居るにも関わらず、襲ってくる様子は皆無であった。
「――どう思う?」
「イベント戦闘、かな?実際に戦闘をするにはちょっと無理がある数だし、もし頑張って外の群れをどうにか出来たとしても、最悪無限湧きの可能性もあるかもしれないわね」
「だよなぁ」
「ホヘー」
「良く解らんが。そういうお約束があるんかね」
この手の推測についてはピノと釣鬼はまだパターンと言い切れる程こちらに染まってはいない。それが証拠に曖昧に首を傾げていたが、やはり俺と同じくこういったゲームパターンについての経験がある扶祢からは同意を得られた様だ。
ならばと割り切り杜の内部へと目を向ける。この山の頂点である大神を祀る為の社であるだけはあり、その広さはかなりのものだ。だとするとRPGのパターンとしては内部が迷宮化している可能性が高い、か。
「なら決まりだな。奥を目指そう。ピノ、罠の警戒を頼んだ」
「オーライ!」
方針を決めた俺達は、何が出て来ても対応出来る様に最大限に警戒を高めながら杜の奥へと歩を進めていく。しかし、警戒していた様な罠や迎撃の類は一切無く、社内の気配もむしろ静謐としたものであった。
「それにしてもこの建物の中、静かで落ち着く感じね」
「空気、イヤ雰囲気が鎮まっているのカナ」
大神の杜という山林フィールドに入ってよりずっと感じてきた自然の息吹、分かり易く言えば木々のざわめきや獣の気配等等、であるがこの杜の内部に入ってからはそういったものが一切感じられない。まるで聴覚だけが絶たれたかの様な錯覚。それ程に、俺達の出す声や歩行によって発する音以外、無音であった。
「ここは神の住処、だからそれ以外のモノは何も居ないって事か。だとすれば、恐らくはあの奥のお堂辺りに――」
「――多分居るわよね、【大神】が」
「それもパターンってヤツ?」
「……確かに、大神かどうかは分からんが、居るな。この先に馬鹿でかい気配が一つ」
俺達の言葉を受け、魔力感知を発動させた釣鬼が表情を一変させてそう囁く。それを聞き、やはり全員が瞬時に気を引き締めアイテムチェック等の戦闘準備を整える事、数十秒。
「じゃあ、開けるよ」
「開幕ぶっぱ対策に左右にばらけとこうか」
「アイヨッ!」
「俺っちは最初はサポートからいっておく、抑えは任せたぜ」
「任せといて」
全ての準備が終わった後に簡単な作戦を決め、扶祢が扉に手をかける。そして一気に扉を開け放ち、中へと突入していった。
扉の内部には30m四方の開けた空間が広がっていた。祈りの為の大広間といったその部屋の奥には……でかいな。体長は5m、体高は頭を上げれば3mに届こうかという純白色の巨大な狼が鎮座していた。
「こいつが大神か……」
「ガタイはデンスのデカブツ共と同程度だが、プレッシャーが段違いだな」
若干硬く感じる声を響かせる釣鬼の言葉通り、その巨体から発せられる圧力はとてつもなく、知らずの内に息を呑み背中には冷や汗を感じてしまう。こりゃあ相当な苦戦を強いられる……かな。
【――来たか。では、始めるとしよう】
「「喋ったっ!?」」
この幻想世界に入り込んでからこの方、内部の体感時間では結構な期間が経過しているが、今までNPCが喋る事こそあれどモンスターとの会話が成立した事は無い。それだけに目の前の大神が話せるのには驚いてしまったが、ゲームとは言え山の神そのもので、初めてのボスらしいボスだからな。言葉を話す設定になっているのかもしれない。
ただ、それにしてはセリフが妙だな?ボスらしい口上は無く、また交戦状態になった今もどう表現すべきだろうか、強いて言えば道場での地稽古に近い様な見に徹されている、そんな印象を受ける。
しかし次の瞬間有無を言わさずに全員吹き飛ばされ、そんな違和感について考える余裕など消し飛んでしまう。
【どうした?無傷で此処まで来たにしては随分とお粗末だな】
「チッ――全員集まれ!ばらけても吹き飛ばされるんじゃ分が悪ぃ、二重に障壁張って拠点にするぞ!頼太は内側担当だ!」
釣鬼の指示に集合をし、まとまって攻撃と防御を分担する。
アタッカーは扶祢と弓を使ったピノ、それに俺の属性攻撃魔法だが……ピノの小弓はあまり効いている様には見えず、俺の初級魔法に至っては大神の身体から立ち込めるオーラの様なものに弾かれ届きもしない。唯一手傷を与えている扶祢にしても、本来の得物ではない刀と大神の巨体によるリーチ差に苦戦しているらしく、アイスブレスもボス補正によるものかそれとも耐性持ちなのか、全く通じてはいない様子。
「だぁああもうっ!頼太ソレ貸してっ」
「攻撃魔法は効かねぇらしいな、俺っちも出るわ。障壁の維持は任せるぜ」
ジリ貧な状況に痺れを切らしたか、俺の棒術用の鉄棍を奪い取って脇差との変則二刀流で振り回し、尻尾まで使い始める扶祢。一刀一棍による渾身の一撃を喰らったと見えた大神からのカウンターを、不自然な姿勢から尻尾をバネにして飛び上がり回避するっ……ってリアルアクロバットかよ!?
釣鬼も拳鍔を着け、自身専用の強化魔法をかけて突っ込んでいく。その甲斐あってか、先程までのジリ貧状態よりは随分とマシにはなったが……相変わらず決め手に欠けるな。とはいえツートップが猛攻に転じたお陰で形勢は逆転し押し込めてはいるし、事故さえ無ければこのまま倒せそうではあるか。
『ええぇ、ちょっとぉ。これこのまま倒せそうな雰囲気じゃない?』
『まじぃのう。これじゃあ、頼太少年からアレを分離させた意味がなくなっちまうぞい』
『どうしたものか。このままでは分霊が降臨してしまうね』
そんな激戦の最中に、この場とはかけ離れた、観戦ムードでありつつも少し焦った感じの天の声が聞こえてきた。何やってんだ、あの人達……。
「――おい、あんた等一体何やらかした?」
『『ぎくっ』』
『僕の名誉の為に言わせて貰うと、やらかしたのは照さんだけであって、それを承認したのは姫さ。そこだけは理解して欲しいな』
『おまっ……』
『この裏切り者ぉ!弄人だって反対はしなかったでしょぉ!』
「頼太何言ってんノ?守りに集中してヨ!」
おや?もしかしてこの天の声が聞こえてるのは俺だけか?
その声に我に戻り思わずピノをまじまじと見てしまうが、やはり聞こえていない様だな。今も俺の頭の中で照さん達の声が響き続けているにも関わらず、他の面子も全く反応を示していない。
「悪い、守り自体は任せとけ」
取りあえずピノにはそう言って素早く前衛二人に回復を飛ばし、強化魔法を全員へとかけ直していく。幸い扶祢と釣鬼の二人の猛攻のお蔭でこちらへ飛んでくる攻撃の頻度はかなり減っていた為、スムーズなサポートが可能となっていた。
『済まんのう。天の啓示っぽく知らせようかとあの洞窟で接触した時にこっそりリンクを構築しとったんだが、予想外の展開で思わずお主にのみ繋がっちまった様だの』
『そちらからは頭の中で想うだけで良いわよぉ。それにしても、本物の大神の現身データを一部上乗せしてるのに、まさか素で勝てそうだなんてねぇ』
『このゲームには今の所物理防御を貫通するスキルは無かった筈なんだが……どうみても所々拳状にへこんでいる箇所が見られるね。彼らは一体どんな生活を送って来たんだか』
爺様、アンタ色々と抜けが多過ぎるだろ……あまりにもうっかりなネタバラシに呆れながら、それでも扶祢の槍術についてと釣鬼の素性についてを軽く説明する。
『たはァ…サキさん直伝なら扶祢ちゃんの棍捌きも分からんではないが、あっちの鬼族の若者もあの若さでそんな稼業をやっておったとは、まぁ』
『扶祢ちゃんも霊力とか持って生まれた力が強いのかと思ったら、技術もだとはねぇ』
『僕達も能力の上にのうのうと胡坐をかいて座ってはいられないね。より良い幻想世界を創らねば』
それで納得はしてくれたらしく、その後は頭の中の雑音も少しばかり減ってくれた。勿論、この様なやり取りをしている間も障壁の維持に回復魔法を飛ばしたりと、俺もしっかりサポートを頑張ってはいたけどな。
そしてついに大神が崩れ落ちゆく―――
【フ、システム内の現身とは言え我が化身が倒されるとはな……見事也】
『あぁ、本当に倒しちゃった』
『やっべぇのう。大神の奴、本気で入り込んできたぞい』
『投影浸透率56%…75%…88%…流石御山の本場だね。情報構築速度が速過ぎて最早防ぎようが無いな』
三人の慌てた口ぶりから想像するに、何か本気でまずい事が起きるらしい……ってちょっとおい、聞いてないぞそんなの!
「えっ?姫さんだけじゃなくて皆いつの間に?って言うか入り込むって何の話よ」
「こりゃあれか、後ろに控えた大ボスが出てくるってやつか」
「ボクももっと戦える職にすれば良かっタ……」
どうやらこっちにかまけてる余裕も無くなった様だ。三人組の声はもう俺以外の皆にも聞こえ始めているらしく、口々に姫さん達の声に対する反応を返す。ピノだけはつまらなさそうな様子で不貞腐れていたが、今回はあまり戦闘向きなキャラじゃないからな、仕方が無い。
やがて大神が頽れ消滅した場所に、俺達にも感じられる程の大きな気配が膨れ上がってくる。それが弾けたその後には―――
「――ほう?中々の塩梅だな。悪名高い魔改造トリオが創った仮想世界にしては、存外まともな出来じゃあないか」
自身の顔や耳、掌などの具合を確認しストレッチを始める、不敵そうな顔付きをした偉丈夫の姿が在った。その偉丈夫は真っ黒な犬耳に犬の尻尾、それが身体の各部位に備えられた自身の身体の調子を確かめた後、俺達へと振り返り話しかけてきた。
「よう、待たせたな。改めて、先程は見事だった。まさかオレが直々に出張る事になるとはなぁ。機会があればその内、現実世界でもやりあってみたいものだな」
そう言って、男は野性味溢れる、しかし嫌味の無い笑顔を向けてきた。この人は一体……?
『別に無理に出てくる必要はないぞい』
『そうそう、何だったら今からでも現世に戻って貰っても一向に構わないわよぉ』
『それに、後始末が面倒になるから無理矢理入り込むのはやめて欲しいと前にも言ったと思うんだけれどもね』
「かてぇ事言うなよ。そこの坊主への届け物を成就する為にわざわざ分霊まで降ろして来てやったんだからよ。元はと言えばそっちの失態だろう?」
『ぬぐっ……それはまぁそうじゃけど』
三人の発言はいかにも歓迎したくない空気を感じるが、当の大神さん(?)はどこ吹く風な様相で言い返していた。何やら事情があるらしいな。
分霊というのは、確か日本の神様特有の分身みたいなものだったか。
神道では、神霊は無限に分けることができ、分霊しても元の神霊に影響はなく、分霊も本社の神霊と同じ働きをすると言われている。つまり本体ではないが、このひとも立派に大神そのものであるという事だ。紛らわしいけどな。
この場合、大神の杜の社が分社扱いになるのだろうか。
「あのー、もしかしてさっき戦ってた大神さん……ですか?」
事態に付いて行けず半ば茫然とする俺達ではあったが、この中では一番妖怪と接してきた時間の長い扶祢が辛うじて我に返り、その偉丈夫へと話かける。
「ん?おぉ!済まんな。姿が随分と小さくなったがオレは大神だ。宜しくな」
「は、はぁ……」
「んん?何か変かオレ?」
「いえ、えっ…と」
しかし扶祢も未だ戸惑いから立ち直れず次の言葉が中々出てこない様子。なので俺がその続きを引き受ける。
「ええと、さっきの魔改造トリオの発言からすると、もしかしてゲーム内のボス的存在ではなくって、本物の大神さんって事ですかね?」
『魔改造トリオって、頼太くんまで酷いぃ……』
「あぁそういう事か。そうだな、オレはこの地方の山脈を総べるトップと言うか山の神様みたいなものだ。こいつらに協力する見返りで、幻想世界で好きに遊べる権利を貰う約定を交わしていてな。今回はその一環で野暮用を済ませに来たという訳だ」
なーるほど。それで先程の戦闘により、恐らく【大神】の討伐撃破といったところか――設定されていた条件に引っかかった為に、分霊を降ろし強制的に介入してきたって事か。
傍らでは姫さん達が相も変わらず不満そうな声をあげていたが、そんな言い方しても誤魔化されませんよ!
「こりゃあアンタ等が悪ぃな」
「ダネ、約束は守らないト」
釣鬼とピノもやっと事態を把握したらしく、やっぱり非難される三人組。結果、五対三で白黒が付いた瞬間であった。
「さて、それじゃあ早速だが……坊主、力が欲しいか?」
大神は、そう言って俺へと試す様な視線を向けてきた。
どうでも良いけど、幻想種の方々って厨二台詞好きが多いんすかね……?
※魔改造トリオについて。
その道では、暇に飽かせて何かを思い付く度に文姫のデータベースから情報を引っ張り出し、照密の鏡で本質を調べ上げ、弄人が解析。然る後に魔改造に走り厄介事を起こしてはサキに説教をされたり六郎から小言を言われたり。しかし、窮屈な現代社会でのその奇抜な発想と行動力には、巻き込まれた妖怪達にとっても良い刺激であり満更でもないらしい。




