第055話 幻想世界⑤
「そういやぁ、ここのダンジョンには難易度っていうのはねぇのか?」
『難易度設定をされているのは試練の洞窟だけねぇ』
参道内を頂上の杜へと向け歩く最中、そんなやり取りが交わされる。
一般的に参道と言えば、お参りをしやすくする為に社へ向かって最短距離を進む場合が多い。だが、この御山は幻想世界内に構築されたダンジョンの一つでもある。参道そのものが山をぐるっと巡る形で張り巡らされており、すぐに山頂へ向かえる構造ではない。よってまだまだ、杜への道のりが続くのだ。
無論のこと、言う程のんびりとした散歩道を歩んでいた訳ではない。時折出没するモンスターとの戦闘や、何故か道のど真ん中にある落とし穴や石化ガスといった謎罠への対応といった細かなイベントはそれなりにありもしたが、緊張感漲るという程の事も無く当初予想していたよりは随分と暇を持て余してしまっていた。ともすれば雑談をする機会も増えるというものだ。
『ここは麓から上に行くに従ってモンスターの強さが上がっていって、最終的に山頂のボスの強さが試練の洞窟で言うベリーハードクラスになるといった感じかしら~』
「ふむふむ。じゃあ山頂付近のモンスターを捕獲した方が召喚師としては便利って事かな?」
『捕獲した時点ではそうだけれど、この世界の存在達は全て、戦わせたり関連行動による経験値の蓄積で強くなっていくから、その辺は特に考えなくても良いわよぉ。勿論個体差はあるんだけれどぉ~』
成程、全ては「生きている」という設定で、後は各々の成長に任せているんだな。それが故に突然変異も一定の確率振れ幅を経て発生し、多種多様な在り方の表現に一役買っているという事か。
「ス○イムがLv99で灼熱を覚えるみたいなモンカー」
「お前……どこでそんなネタ仕込んだんだ」
「こないだぬこぬこ動画でダイジェストが放映されてたヨ」
「どっぷり浸かってんなオイ」
ピノにそんな突っ込みを入れている釣鬼だが、そんな事言ってる先生もこの前A国のフリーメール登録をして、ニューチューブで英語のフィッシングとサバイバル動画をブックマークしまくってましたよね。こいつらもう向こうに戻ったらネット禁断症状が発症してしまうんじゃないかとそろそろ本気で心配になってしまう今日この頃でありました。
『そろそろ上層部に入るわよぉ。罠もモンスターのランクも段違いになるから気を付けてね~。それじゃあ暫くは観戦モードに入るわね』
そう言って姫さんからの通信が途絶える。いや、通信じゃなくて天の声だったか。
「そんじゃあ、気合いを入れっかぃ」
「「「おーぅ!」」」
とは言ったものの、繰り返す様だが戦闘面での脅威度は既にハード程度では不足している状態であり、釣鬼などは最早道中の道すがらに出現するモブ相手には魔法すら使わず殴り倒し始めていたからな。
「この分じゃ、戦闘で期待出来んのはボスの大神ってやつだけかもなぁ」
なんて言っていた程であるので、緊張をしているのは罠関連のスキル上げに励むピノ位であった。
そのピノも現実での魔法操作の集中に比べればそこまできつくもないなんて言っていたから、ここの御山自体がちょっとぬるかったのかもしれないな。何せ御山に入ってから一番の強敵が裏切り入った時の扶祢だったって言うね……。
天狗達もそこそこ強くはあったのだが、速度の高さを戦闘の主軸とする天狗では扶祢のアイスブレスとの相性が最悪だったものな。軒並み敏捷性をダウンさせられ、運が悪い個体は翼が凍り付き墜落の後にフルボッコ。召喚師の俺でも打撃戦で倒せてしまい、少しばかり憐れみを覚えてしまった程だ。
さて、そんな調子で山頂付近まで辿り着きちょっとした山棚へ差し掛かった時の事だ。
「……ン?何この看板?」
やはり探索系の職でもあるシーフのピノが、山棚の脇に位置する茂みの中に怪しい看板を発見したらしい。どれどれ……?
【凡庸な者よ 力を求めるのであれば 独りで入るが良い】
なんだこれ。こんな脈絡も無い場所にある事もさながら、文言からして怪しすぎるな……。
「もうこれ、文面だけで照じいの仕業って分かっちゃうわよね」
「そういやこの前お前ぇにンな事言ってたっけなぁ」
「これサ、ボクが見つけなかったらどうするつもりだったんだろうネ?」
やはりこの看板から受け取った印象は皆似た様なものだったらしく、一様に胡散臭そうな目付きになってその看板と、そして更に奥にてぽっかりと口を開けた、これまた怪しさ満点の洞窟を覗き込む。
それはそれとしてこの前のあれ、皆聞こえてたのか。
「まぁねー。気持ちは分からないでもないし、能力には恵まれていた私には言う資格はあまり無いのかもしれないけどさ。気にはしてたんだよ」
「この手の問題は拗らせると厄介だからな。幸いあの爺様が何かくれるって言ってんだから、素直に貰っとけば良いんじゃねぇか?」
「ボクは別に恵まれてるとも思ってないケド。悩みを抱えて悶々とする暇があったラ、さっさとやる事やって不安を解消してくれば良いんじゃナイ?」
何とも心温まると言いますか、皆気遣ってくれていたんだな。
「もしかして、この前扶祢がああいう面をわざと見せたのは――」
「……ふん、仲間思いの優しい私達に感謝しなさいよー」
少し頬を赤らめながらそっぽを向きつつ、しかし言う事ははっきりと言ってくる扶祢。チッ――これにはやられちまったな。
「ああ感謝しますよお狐様。釣鬼にピノも、有難うな」
「皆まで言うなぃ」
「さっさと行ってきナー!」
ここまで仲間達に理解されてるんだ。平時ならば羞恥心で悶える事間違い無しな本音バレではあるが、今は何故かそれを嬉しく、そして誇らしく感じ気力が漲ってくるのが実感出来る。であるならば、答えは最初から決まっている。
「おうっ!行ってくらぁ!!」
そして俺は一人、茂みの奥にぽっかりを口を広げた小さな洞窟へと入って行った―――
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洞窟内はそれ程奥行きはある訳でも無く、20mも行かない内に突き当りとなり、そこには祭壇に祀られた鏡があった。
「つか、こっちに入って来たあの鏡そのものじゃねぇか……照さん、居るんだろ?」
あまりにも有りがちに過ぎる展開に、俺は思わず雰囲気もへったくれもなく鏡へと話しかける。それを受けた鏡からは、数瞬の後にぬるりと影が現れ―――
『――なんじゃい、バレとったんか』
「バレるもなにも、皆すぐ気付いてたぞ。あぁそうだ、扶祢が麓の露出狂の件について話があるから現実に戻ったら覚悟しとけってさ」
『なぬっ!?お主等アレにもう遭遇しとったんか!』
「良い趣味してるぜ全く。ご愁傷さんですな」
『蛮族エルフを全滅させても出現率12%位なんじゃがのー……まぁ良い、扶祢ちゃんのお仕置きならある意味ご褒美じゃからな』
「うへぇ、ピノの予想通りかよ……んで、表でも思わせぶりな事を言ってくれてたけど用件は一体何なんだ?」
一応お約束とも言えるやり取りを経た後に、俺は本題へと切り込む。小手調べの軽口は叩きあったしそろそろ真面目な話に入る頃合いだろう。
『そうじゃのう。お主もそろそろ痺れを切らしているみたいだからな……とは言っても、口で説明しても理解するのには時間がかかるだろうから、手っ取り早くこの鏡を見てくれんか?』
「?」
よく分からんが手っ取り早く済ませて貰えるならそれに越したことは無い。俺は照さんに言われるままに、その正体でもある照魔鏡を覗き込んだ―――
「……くぉん?」
それは、○○○が初めて家に来た日の記憶―――
「アンアンアンッ!――キャン!?……ぐるるるる」
それは、一歳の誕生日を迎えた○○ルとフリスビーに初めて興じた時の思い出―――
「いやしかし○チルは凄いすね!そこらの用心棒程度じゃ三人がかりでも勝てる気がしねぇや」
そういえばあいつ、怖い事務所の気の良いお兄さん達にやたら人気があったよなぁ―――
「君!ペットの犬はもう諦めなさい!あのヒョウはこの前輸入されてきたばかりの野生の獣で……」
「ふざけんな!元はと言えばてめぇらの失態であいつがこんな目に遭ってるんだろうが!いいからそこをどきやがれぇええっ!!」
「ガッ!?……このガキィ、下手に出れば付け上がりやがって!」
あの時はミ○ルを助けたい一心で警察官四人程にボコボコにされながらも結局ぶちのめして検問を突破しちまったんだっけ。よく射殺されなかったな俺。
そして脇目も振らずに現場に駆け付けたら、既にあいつがヒョウをあっさりと組み伏せた状態でこっち向いてしきりに尻尾振ってたんだよなァ。あの時は久々に爆笑したわ……後日警察に謝りに行く羽目になって親父にこっぴどく叱られたけど。
「……ミチル」
「ハッハッ……ハッ…ハ――」
もう体をまともに動かす事すら辛いだろうに、それでも俺の呼びかけに首だけこちらへ向け、碌に動かなくなってしまった尻尾を懸命に振って……。
「なんだ、これ……?」
―――そうだな。
あの日は丁度ミチルの命日で、墓参りの帰りだったんだ。
扶祢と逢ったのはたまたまだと思っていたけれど、もしかしたら巡り合わせ…ってやつだったのかもしれない、な……。
『どうやら思い出した様じゃのう』
「……思い出すも何も、あいつの事は一日たりとも忘れた日は無ぇよ」
頬を伝う熱い雫。何故だか拭う気にもなれないそれを湛えながら、あんなものを見せてくれた糞爺へ対し射殺す意思を以て睨め付ける。
「――で、人の心裏を暴き出してあんなモノを見せてくるからには、数千年遅れの廃品回収に出される覚悟は当然出来てるんだよなァ?」
『……へ?いや待て待て!儂はそんなつモ"ッ!?』
弁解の間もなく俺の肘打をまともに頬に受け、そのまま吹き飛ぶ糞爺。
「フン、今回はこの程度にしておいてやるよ。人のプライバシーに土足で踏み込んできやがって」
『っづぅ……影に過ぎん儂に痛みを及ぼすとはな。やれやれお主のどこが力不足なんだか……」
照さんはそんなボヤきを言いつつも身を起こし、こちらへと話しかけてくる。まぁありゃ釣鬼の得意技の一つの見様見真似ってやつだったが、殺気を相当に込めたのが効いたんかね?
尚、釣鬼先生オリジナルの頂肘はまともに当たると直径2m位の岩が爆砕する威力だったりする、今でもあれを見る度に肉体の限界というものに疑問を呈してしまう程に意味分からんね。まだうすぼんやりとしか感じる事は出来ないが、もしかしてあれが闘気を纏った攻撃というものなのだろうか?
『まぁ良いわ。鏡を使うと多かれ少なかれ似た様な痛い目に遭うのが常だしの』
「分かってんなら事前に説明しとけよ……」
全く懲りた様子の無い照さんの言葉を耳にして、思わず自分の顔が呆れの感情に支配されてしまうのが実感出来た。こんな性格でよく今まで生きてこれたな、この人……。
『それよりも聞くが良い。今、儂はお主の心の底からあるモノを掬い取った。これで澱からは解き放たれた筈であるからして、後は主次第だな』
「何言ってるかさっぱり解んねーよ。説明する気があるならもっと分かり易く説明してくれ」
『むぅ、解らんか……仕方が無いな。それでは、大神との対峙の場で、必要となった時にその名を呼んでやれば良い。ソレの主への忠心を見るに、応えぬ道理が無いからな』
「……それは」
『あーぁ、もう殆ど答えを言っちまった様なモンだな。助言のみのつもりだったと言うのに。後はもう話さんぞぃ』
―――そして照さんの現身は、不貞腐れた様子で言うだけ言って|消え去った。はた迷惑な爺さんだよ全く。
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「あ、お帰りー」
「どうだったぃ?」
「案外早かったネ」
茂みから参道へ戻ると、待っていた三人がそれぞれの言葉で出迎えてくれた。
「おう、糞爺に変なモン見せられただけだったな」
「糞爺……まーた何かやらかしたのね照じい」
「そいやピノの言う通りだったな。ご褒美ですって言いきりやがったぞあの爺さん」
「ウワァ……」
「……後で念入りにお仕置きしとかなくちゃね」
「そらぁ災難だったなァ」
「まぁ、今後の指針みたいなモノは確かに貰いはしたからプラマイ0ってとこか」
「マイナス大きいナー」
益になる重要な事を教えて貰いはしたけれど、その度に本性の中を暴かれたんじゃあ堪らないし、そらマイナスを付けたくもなるってものだ。あの言いっぷりからすると今までもそれで色々と苦労もしてるんだろうけどさ。現実世界に帰ったら精々扶祢に絞られてへこむがいい、ふはは!
さぁ、この山で他にやるべき事はもはや無い。そろそろ大神とやらの顔を拝みに行くとしようか。




