第054話 幻想世界④
「狼の森?」
「字が違うわね。大神の杜と書くのよ。狗達が護る巨大なご神木を山頂に臨む、山岳型のダンジョンよ~」
戻れば時間は正午過ぎ。休憩ついでの昼食中に、姫さんが次のダンジョンについての説明をしてくれる。
「地上型のダンジョンもあるのね」
「潜ってばかりじゃ滅入っちゃうからねぇ。でもダンジョンと言うからにはトラップも仕掛けられているから、ピノちゃんの罠スキル上げも問題ないわぁ」
それなら気分転換に丁度良いかもな。ピノも姫さんの発言を聞き、満足した様子で頷いていた。
「出現モンスターはどんなのが居るのカナ?」
「ゲーム的には教えない方が良いんだけどぉ、皆はテスターでもあるししょうがないかー。ダンジョン名の通り、狗系と和風の妖怪が多いわねぇ。妖精もたまに出るけれどもぉ」
「それなら頼太の召喚獣候補も選び易いし良いかもね」
「ワフウ、ってなこの国独自の風潮だっけか?」
「そうだな。日本で昔から神話・伝承として遺された神や妖怪……異世界で言えば精霊や魔物みたいなものか」
「なーる。信仰的風土の特徴ってやつかぃ」
なのかな?そんな訳で今回は御山の攻略という事になるらしい。
「そういえば狗って、犬とは何が違うんだろうね?」
「……扶祢ちゃん、それをサキさん達の前で言ったらまた大目玉食らうぞい」
「えぇ~、そんなの習ったっけかな……」
照さんに突っ込まれた扶祢は暫く頭を捻りながら思い出そうと努力をする様子を見せるも、その内諦めたらしく溜息を吐く。俺もそれは知らないな、どういう意味なんだろうか。
「仕方が無い、特別サービスだぞい」
「わーい、照じぃありがと~」
「うむうむ。お爺ちゃんも扶祢ちゃんから頼られるのは嬉しいからな」
「………」
「うん、照さんのダメ爺っぷりが凄いね」
俺等の意見を代表して弄人さんが発言をするが、当の本人はご満悦で耳に入ってはいない様子。
これは余談であるが、初めは扶祢も「照さん」と呼んでいたんだ。しかし当の照さんは、
「やだいやだい!爺ちゃんって呼んでくれなきゃ嫌だ!」
と、年甲斐が無いどころか認知症寸前な駄々の捏ね方をして、その場の全員をドン引きさせるという事態に陥ってしまった。ただその要求は扶祢に対してのみであったし、その扶祢もその内面倒になったか何日か後には「照じぃ」に呼称が変わっていたので今更どうこう言う必要も無いのだが。
まぁ話の大筋には特に関係も無い事なのでこの辺りでやめておこう。
「では復習も兼ねて皆に説明といこうか。御山で言われる【狗】とは、主に土地神の遣いを表す場合が多いんじゃよ。今回行くダンジョンの名前でもあるが、【大神】とは狼であり、山を統べる神でもある。その眷属は全て狗神あるいは天狗とされ、大神に従い山を護る走狗となっている訳だ。よって巷にゃ諸説有れど、山に棲む四足の獣は山そのものとも言える大神の庇護を受けていると言う意味で、全て【狗】と言えなくもないのぅ」
このゲーム内の狗神は伝承とは違って全部見た目は犬型だがな、そう言って照さんは話を締める。
「おぉお成程ぉ……」
「参考になったかな?」
「なったなった!本当ありがとー」
「むほうっ!扶祢ちゃんはやっぱ可愛いのぅ」
そう言い照さんを抱きしめる扶祢。流れ的には抱き付いてるのだろうが、背の高さの関係で扶祢が照さんを抱き上げる形となり、その顔が完全に柔らかそうなクッション内へと沈み込んでいた。こンのエロ爺が……。
これについて後の宴会時にぽろっと出た扶祢の本音が、
「相手はどうせいい齢のお爺ちゃんだし、ハグ一つで母さんの説教が回避出来るんだったら安いものだよ」
とのこと。コイツはコイツでちゃっかりしてますな。
「ところで、今の照さんの話だと広義では扶祢も狗になるのかな?」
「え……言われてみればそう、かも」
「扶祢、犬だったノ?」
「ピコの同類だったのかぃ」
「それ字が違うからね?でもどうなんだろうね実際」
ふと浮かんだ俺の疑問にパーティ一同考え込む。言い伝えの類は言葉の言い回しが曖昧で使い方が何とも難しいものだよな。
「うーん……扶祢ちゃんはちょっと当て嵌まらないんじゃないか?表向きはあくまで四足の獣、であると言われておるからの。扶祢ちゃんは狐妖ではあるが生まれた時から人型だったと聞くし、そもそも山の使いっ走りになんぞなった覚えは無かろう?」
「そういえばそうねー。自宅は山の中だったけど、家の中も家電にまみれてたし、そこのPCも元は私のだもんね」
実際の所、扶祢からは山から下りてきた妖怪って印象を全く受けないからな。だからこそ、初めてこいつと出会ってからの数日間というもの、こいつの正体に全く気付く事が出来なかったんだし。
「それにしてもその狗かどうかってやつ、変な区切りよね。文字が意味を先導しちゃっててそれに枠を当てはめている様な気がしちゃうのよ」
「決まり事なんて大抵はそんなもんじゃい。意味を知るのも大事だが、現実的には机上の理論よりも実践の方が有用な場面が多いからの」
「何だか煙に巻かれた気がすんなぁ」
釣鬼がそうぼやくが、照さんは不敵な笑みを浮かべるのみ。その老獪な笑みからは本心を読み取る事は出来ないが……さて。
「ご馳走様でした。話も一区切りついたし、午後の部始めっかね」
「そうだな」
「ごちそーサン!」
「じゃあ準備してこようっと」
そう言って一人先に立つ扶祢、腹ごなしのストレッチですね分かります。今日のお昼はお蕎麦なんで激しい運動をしなくても大丈夫なのだ。
それでは改めて、幻想世界へレッツダイブ―――
「――此処が大神の杜、か」
目の前には裾野が数kmに渡るであろう巨大な山が鎮座していた。霧に覆われながらもうっすらと見えるその頂には、ご神木と思わしきシルエットが確認出来る。杜とは御山そのものを指す場合もあるというし、この山全体が大神の杜という事になる。
『そうねぇ、それとさっきの照さんの説明に補足をしておくわ。頂点イコール、ボスが大神なのは間違いないけれど、狗神しか居ない訳じゃないからじっくりと使役する召喚獣候補を選んでね~』
「へぇ、どんなのが居るのん?」
『まずはRPGでお馴染みの獣系として。狼、猪、鹿、栗鼠、大烏に稀に熊、夜になると蝙蝠も飛んでくるわね。それと麓にはエルフのテリトリーがあって、奥の方には樹人や妖精族系の集落もあるかしら。あ、ただ天狗は残念ながらイベント戦闘用のNPCなので捕獲は出来ませーん』
「それは選り取り見取りね」
「ほぉ、随分と豊富な種類がいるんだな。在り方は確かに森なのか」
「試練の洞窟に比べると生活感もあるしネェ」
釣鬼の言う通り、自然溢れるこの場所ならば成程、多種多様な生物が居てもおかしくはないなぁ。
『名前にも「もり」と付いてるからね~。その辺りのバランスは結構上手く出来たと思うわよぉ。それに麓側は召喚獣用の捕獲用に作った側面もあるから、無理の無い範囲で種類は増やしてるわ~』
「そりゃ有難い。それじゃあ早速探すとしますか」
そして姫さんの説明補足を聞き終わった俺達は早速、大神の杜へと入り込んでいった。
「だから幼女だって幼女!」
「何アレ!?痴女?痴女ダ!」
「お前等揃って幼女だの痴女だの……あぁ自虐ネタか」
「「――何か言った(タ)?」」
「ひいッ!?」
「……お前ぇ等」
若干二名の口論真っ盛りで俺怯え釣鬼先生呆れなう。先生のセリフでは無いがどうしてこうなったのだろうか。ここで少しばかり先程までの流れを振り返ってみる事にしよう。
「――これで普通の獣系は全部かな。何か気に入ったのはあった?」
「ん……強いて言えば狼か大烏か。どっちも機動力高そうで良さげだよな」
「こっちじゃピコも居ないしネェ。索的に使えるのはアリかもネ」
「だけどその様子じゃあまりお気に召した感じではねぇみてぇだな」
うん、そうなんだよな。正直に言うと、これはっ!って思ったのは居なかった。用途としては悪くは無いんだが、やはりどうしても烏や大神ってただの動物王国的なイメージがなぁ……特に狼に関しては、NPCというシステム的な立ち位置上、やはりピコの劣化版にしか思えないのが残念だ。あいつ、頭良いからなぁ。
「そっかー。じゃあ残るは人型のエルフ、もしくはフェアリーかな?樹人っていう選択もあるけど」
「移動速度が遅いと常時は連れて歩けないのが痛いよな。各種サポートや戦闘力は惹かれるものがあるけど、樹人はパスだなー」
「分かル。どうせなら一緒に歩きたいヨネ!」
と、こういった流れでエルフとフェアリーを見に行ったのだが、それが騒動の始まりであった。
確かにむさいおっさんな人型は勘弁願いたいとは言ったし、出来れば恰好良いか可愛いの要素が欲しい所ではある。しかし迷宮から杜へと捕獲場所を移動したとはいえNPCのエルフである事には変わらず、章完用のモンスター扱いなので喋れはしない。そして未開の地で言葉が通じないと来れば……だ。
「――蛮族じゃねーかこれ!」
そう、出てくるエルフ全て獣の皮を使った簡素な衣を身に付けるのみ。特有の耳は生やせども、紋様のような刺青をして仮面まで付けて戦う姿は正に蛮族。
「何と言うか、際どい姿のエルフしか居ないわね……」
「……流石にこの衣装で股間の形がくっきりしてる野郎を使役する気にはなれんぞ」
『どうせ喋れない設定だから一応PCやNPCのエルフと区別してみたんだけど、不評みたいねぇ』
「目の保養的には好評みてぇだけどな」
「頼太おっぱい星人だもんネ」
失礼な!確かに戦闘中の激しい動きに応じて視線が一部に釘付けになっているのは認めるがっ……。
「っと、新手のお出ましだぜぇ」
そんな中での釣鬼による警告より僅かの後に、フェアリーの一群が増援に駆け付ける。その姿はやはり伝承に謳われる可憐で華奢な少女の形態を取っており―――
「うわっ、やっぱり可愛い!」
こちらは現実でのピノ程のフリフリドレスとまではいかないが、自然に馴染む色の簡素な衣装で空中を自在に動き回っていた。とは言っても十体程。全員初級魔法しか使ってはこないし、気まぐれな妖精族らしく連携というものも全く取れていないので戦闘力といった意味では物の数では無かった、のだが……。
「頼太!フェアリーにしようっ!これならおにゃのこでも認めるっ」
「つーかそれお前の趣味だからだろ!」
「勿論!幼女可愛いぃ。あ、ピノちゃんはショタ姿でも別腹で可愛いからね!」
「幻想の世界に歪んだ性癖を堂々と持ち込むじゃねぇよ!?」
「誰が歪んでるんだよ!?これは愛なのだわ!!」
よりにもよって、システム的にはパーティ内一番の戦力である扶祢の阿呆が何を考えているのか敵方に回りやがってですね。エルフとフェアリーの攻撃を器用に避けながらフェアリーに対する俺達の攻撃を悉く防ぎ始めてしまう。
「こりゃ暫く止まらねぇな」
「こういう所ハ、扶祢も頼太と同レベルだしネェ……」
「空気も読まずに趣味に傾倒する駄狐と一緒にされるのは極めて遺憾と言わざるを得ない!」
そして必死こいて駄狐、もとい駄竜の足止めをしながらエルフを全滅させ、フェアリーを残り三体程に減らしたところで扶祢が正気に返った訳だが。
「ん、エルフ側のボスのお出ましかぃ……何だこりゃ」
「……裸族?」
「ニプレスに紐パンって……」
「だから言ったじゃん!?あんな露出狂の変態なんかより断然幼女の方が良いってさ!」
「せめて種族名で言えー!」
この発言で性別が逆だったら間違いなくおまわりさんがやってきていたぞ!
そして前述の発言へと至ったのであった……本当、この駄狐とは一度パーティの何たるかをきっちりと話し合う必要があるな!
それにしてもこのエルフのボスらしきシャーマン。相変わらずの蛮族風仮面に、上はニプレスパッチに下は紐パン、それでいて豪華なマントを羽織り膝丈のブーツ装備で杖をかざす姿は何とも独創的かつ客寄せになりそうな出で立ちであった……やっちまった感が非常に強いが。
「……姫さん、あれ何すか?」
『一部のレアモブのデザインはどこかのエロ爺の担当、とだけ言っておくわ……』
爺……業が深すぎんだろう。絞り出す様に吐いた姫さんの言葉が妙に印象的な瞬間だった。
「照じい、帰ったらお仕置きね……」
「あの爺ならそれもまたご褒美、とか言いそうだケド」
「有り得るから怖ぇな……」
蛮族風味の特色、って事なら製品化した後は一部のコアなファンが付きそうではあるがね。
「取りあえず捕獲関連は後回し、今は全滅させるって事で良いかな……」
「「「異議無し!」」」
『え~。爺の趣味は確かにアレだけど、頼太くん好みのナイスバディだし、能力も高めの貴重なレアエルフよぉ?』
「幾ら能力高めだろうとアレを捕獲なんてしたら間違いなく身内のからかいネタが続くんで、俺の精神的安寧の為にも辞退させて頂きます!」
『照さんの趣味で、仮面を外せって命令すると涙目で顔を真っ赤に染めながらも健気に従うっていうオプション付きなんだけれどもぉ。服だけ着せて素顔の恥じらいとのギャップを楽しむ、なんて事も出来るわよ?』
―――ビクンッ。爺、分かってやがる……じゃない。
「――いやいやいや。そんな事で俺の決意は…揺らぎっ……」
「やぁだ、嫌がる子に恥ずかしい事を無理強いするだなんて~」
「全く、頼太の爛れた性癖には困ったものダヨ。その欲望がいつかボク達にまで向くかもって思うと…あぁ怖イ!」
怖いのはそういう事を平然と言えるお前等の方だよ!
既にニヤニヤ顔を隠す気も無いあくま二人が今か今かと獲物を狙う目付きになっているので、血涙を流しながらその提案は蹴らせていただきました……。
「なんだ、その、災難だったな」
そんな俺に憐みの籠った目を向けて俺を励ましながら、無造作に露出狂ボスエルフを縊り殺すエルフな僧正の姿が場にそぐわずシュールであった。あぁ、愛しきマイ下僕とはいつになれば巡り合えるのだろうか……ぐすん。
ゲーム内でペットやパートナーを選ぶ時って趣味が入ってえらい悩みますよね。そんな情景をイメージしながら書きました――ひどい話になった。




