第053話 幻想世界③
翌日、幻想世界内―――
「そんじゃあ、今日はハードに潜るとするかぃ」
妙にご機嫌な釣鬼の掛け声の下、一同【試練の洞窟】の門を潜る。
釣鬼がご機嫌なのは、現実で朝起きたらまた大鬼族の姿に戻っていたから……ではなく、潜航後もオーガの姿を維持していたことにある。とは言っても姫さんからの又聞きなのだが。徐々に身体が安定してきているのを実感出来て嬉しいんだろうなきっと。
そして改めてのハードチャレンジとなる訳だが……皆、ベリーハードの経験からおっかなびっくりといった様子で入口付近を捜索するが、特に罠らしき物は見つからず。
「多分、無い…とは思うケド……」
普段生意気が服を着て歩いてる様な太々しいピノが自信無さげな視線を辺りへ巡らすその姿は新鮮ではあったが、いつまでもそんな調子で居られても進み辛い。なので、
「今回はハードに難易度下げたから、そこまで初っ端から凶悪な罠も無いだろ。気楽に練習のつもりで行こうぜ」
「ムゥ」
と、その頭をぽふぽふと軽く叩いておいた。それでもまだ難しい顔をしていたが、まぁ罠の何個かを感知なり解除すればその内調子も戻って来るだろ。
「んじゃ私とピノちゃんが先頭を歩くとして、釣鬼は一応後衛特化だから真ん中で頼太が護衛も兼ねて殿かな?」
「釣鬼なら別に護衛要らない気もするけどな」
「まぁ最初は魔法だけ使っておくさ。全員役割を自覚して動いてみるとすっか」
「ok」「オーライ」「アイヨー」
こうして俺達は、試練の洞窟ハードモードへと潜っていった―――
―――そして十数分後。
「役割って何だったっけ?」
「言葉って難しいですな」
「というか自覚が足りてないよネ」
現在目の前にはバックアタックを仕掛けてきたオーガ二体を、高笑いを上げながら一人で殴り倒すエルフで後衛職の姿があったらしい。確かにスタッフは殴打攻撃も可能ではあるんだけどさ!
あれから迷宮に潜った俺達は、程なく辿り着いたとある広間にて迷宮のモンスターとしてのオーガの群れとの戦闘を開始した。前衛職の二人が接近戦を担当し俺と釣鬼が魔法で援護をしていたところ、俺達が歩いてきた道からオーガの増援がやってきたらしいのだが……途中から釣鬼の魔法が妙に減ったなーと思っていたら何時の間にか自身に物理系強化魔法をかけて応戦をしていたらしく、俺達が気づいた頃には既に一体目を瀕死にまで追い込んでいた。
元の身体性能が大幅に下がっている為、単純な膂力では劣りオーガ二体相手に若干のダメージも受けてはいた様子だがそこは魔法職、自前の回復魔法で凌ぎつつ一体目を倒し切り、その後は最早一方的であった。
「ってちょっと待て!なんでエルフの魔法職がオーガ相手の近接戦で若干しかダメージ受けてねーんだよ!?」
「んぁ?力の作用点をずらしゃこんなモンだろ?」
「それを平然と言えるのがおかしいからね!?オーガの攻撃力って前衛でもダメージ大きいのに……」
「つってもお前ぇだって問題なく捌いて殆どダメージ喰らってねぇだろ。同じことをしただけなんだがよ」
「もう殴り僧正で良いんじゃネ……?」
うん、それは思った。ぶっちゃけ今のオーガ程度が相手だとコイツの場合攻撃魔法使うよりも殴ってた方が早かったなァ。攻撃魔法のLvが上がればまた変わるんだろうが……熟練成長式のこのゲームでコイツの攻撃魔法はそこまで上がるのかという疑問も湧いてくる。
達人の技術というものに慄くべきか、それとも骨の髄まで脳筋が沁み込みそれを現実的に実践してしまえるこいつの在り方に現実に慄くべきか。
『何というか面白いデータが取れて有難いわぁ……』
そう言う姫さんの口調もどことなく呆れている様な脱力している様な。やはり戦闘面ではハードじゃ若干温かったか。
そして快進撃が始まった―――
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「えー、いきなりですが釣鬼先生は暫く肉弾戦禁止の方向でいって貰いたいと思います」
「なんでだっ!?」
次のフロアへの階段を降りた所で扶祢がそんな提案、というか要求をする。抵抗感を示す釣鬼に、しかし他の面子は全員白い目で―――
「釣鬼先生、今居るフロアの階層数と自分のステータス画面を見比べて何か思う所はありませんかね?」
「ん……地下18階だな、ステータスは――」
CharacterName:釣鬼 エルフ/僧正
HP 158/MP 242/ST 135
初級属性魔法 1/10⇒2/10
初級強化魔法 1/10⇒中級強化魔法 3/10
初級回復魔法 1/10⇒8/10
鑑定 1/10⇒3/10
魔力感知 1/10⇒5/10
緊急回避 1/10⇒2/10
受け流し 1/10⇒カウンター 2/10
アクロバット 1/10⇒10/10(MAX)
釣り 1/10⇒3/10
「攻撃魔法が全然上がってねーのに強化魔法がランクアップまでしてるのは……支援特化と考えればまだ分からなくもないけどな?カウンターってどう見ても前衛系の上位スキルじゃねーか!」
「受け流しもまだ私だって9/10なんだけどー。アクロバットも真っ先にカンストしちゃってるし……」
「エルフって種族的に肉体系の技を使うのに必要なスタミナ、上がり辛い筈なんだけどネ」
「そ、そうは言うがな?俺っちはいつも通り普通に戦ってただけだぜ、関連スキルの上昇率が高すぎじゃねぇのか?」
『スキルの必要経験は結構高めに設定してるんだけれどもぉ。そりゃ~あれだけ高等技術の見本市みたいな動きしてれば上がるわよねぇ……あたしですら初見な、データベースに無い動きすら幾つか見えたわよ』
俺達が釣鬼の肉弾戦禁止を要求した理由、おわかりいただけただろうか?
中衛ポジの俺ですら属性攻撃魔法は初級の8/10まで上がっているというのに、こいつときたら……。
スキルはLv10でカンストとなり、上位スキルが存在する場合上位スキルのLv1へと進化するのだが、前衛専門の扶祢でも刀術が+1へと進化しようやく2/10となったばかりであり、他の面子はスキル進化にはまだ届いてはいない。
アクロバットと緊急回避は前に姫さんも言っていたが、初心者救済用の補助スキルに当たるのでLv10で打ち止めとなり、上位スキルに相当するものは無いそうだ。だからアクロバットは10で止まっているのだが、その縛りが無ければこれもとっくにスキル進化を起こしていただろうな。
そして何故こいつはこんなにスキルが上がっているのかと言えば、ちょっとした理由がある。
地下九階の同階層ランダムテレポートに引っかかった時、釣鬼だけ運悪く着地点がピットトラップとなっており、地下十階へ落下して分断されるという事件があった。
今は後衛職を「演じて」おり一定時間ソロ行動になるとはいえ、釣鬼が戦闘でどうにかなる心配は誰もしては居なかった。しかしそれとは別に、この迷宮特有の凶悪な罠にかかってしまう危険は存在する。
それだけに俺達も急いで九階を突破し合流を目指していたのだが……十階への階段でこいつと再会した時にはローブが血塗れになりスタッフも取っ手部分以外全て砕け散った状態で、それでも十階層のユニークモンスターであるメタルゴーレムを撃破した証である、メタル核のお土産を自慢気に取り出して皆を呆れさせていたものだ。こいつ、ソロで十階層を踏破して来やがったんだ。
しかしそれを見た時、俺は不意に悟ってしまった。
現実世界のこいつは確かに肉体の悪魔の名に恥じぬ身体性能を持ってはいるが、幻想世界内ではそういった利点が全くと言っていい程に無い。なのに変わらずこの様な呆れた結果を出しながらも飄々とした態度で振舞えているのは、今まで積み重ねられた経験が膨大な量に達しているからなんだ。無論、オーガのスペックをフルに使いこなせていたり吸血鬼に進化したりとそれを後押しする要素も多分にありはするのだろうが、やはりこいつ自身の努力により技術の研鑽をし続けた、その事実が大きいんだよな。あとついでに超戦闘思考と言うか完全に戦闘狂と言うか、戦闘に関する発想が凄いというのもありはするが。
ともあれそういった理由で、多分その時の地下十階のソロ踏破の経過により前衛系や肉体強化系のスキルが軒並み上がってしまったんだろう。今は前述の状況から突っ込みを入れてはいるが、この事実に気付いた時には最近俺の内に溜まっていた心の澱が溶かされ、光明が見えた気分になったものだ。やっぱ釣鬼は凄ぇなー。
だがそれはそれとして今の状況はいかんのですよ!
「本当はボク達も自由にやらせてあげたいんだけどネ。進行度が早すぎてボクの罠感知と解除のレベルが追いつかなくなっちゃってるカラ……」
という現実的な問題がありましてな。
「む……そうだな、済まねぇ」
「だから悪いんだけど、釣鬼は暫く魔法メインって事で、良いかな?」
「おぅ、今は魔法職だしな」
続く扶祢の言葉に頷く釣鬼。うん、君はその魔法職でさんざ物理攻撃しまくってくれたんだけどね。取り敢えずは現在の立ち位置を自覚し直し、釣鬼も大人しく魔法系のスキル上げに励む様だ。
「ボクも罠関連のスキル磨いておこうット」
こうして下層への進行を一度中止し、ピノもシーフスキルのスキル上げをする事になったので少し上層へ戻りレベリングタイムを取る事になった。
「それじゃあ俺もそろそろ攻撃魔法カンストしちまうし、そろそろ召喚獣でも探してみるかな」
「召喚獣っ!何々?何を使うの?」
扶祢は壁兼アタッカーな侍職の為、若干ぬるめの上層では暇を持て余し気味であり、俺が呟いた召喚獣と言うフレーズに釣られて食い付いてきた。召喚獣、やっぱり浪漫だよな。
「うーん、この試練の洞窟じゃ人型かアンデッドかゴーレム系しか出てこないからなぁ……」
召喚獣。その名の通り召喚して使役する存在であるが、別に獣である必要はないらしく、無機物と一部の特殊モンスター以外なら何でも使役可能なんだそうだ。
なので此処でも捕獲自体は可能ではあるのだが……。
「この記述を見るに、基本的に一人一体しか使役出来ないらしいんだよな」
「成程、それは迷うわね」
軽く召喚獣の説明を交えて目下の悩みを打ち明ける。実用重視にするか趣味全開で行くかも悩ましいところではあるが。
「とするとこのダンジョンで選ぶなら人型かアンデッド……アンデッドはちょっとやだな」
「だよな。スケルトン以外は全部臭うし。かといってスケルトンじゃあ戦力としてはなぁ……」
「かといってゴブリンやオークってのもねぇ……」
不死モンスター。ファンタジィを主とするRPGではお馴染みの、ゾンビやグールといった自然な命を持たない呪われた存在である。サカミ村で遭遇したオネェや釣鬼の現在の種族である吸血鬼も本来はこの不死属に分類される。
釣鬼の場合は様々な要素が重なりたまたま命を落とす事無く、今も生命ある存在としての変わり種の吸血鬼と化しているが……ともあれ、生命活動を一切していないが故に肉は腐り皮膚は溶け、まず問題になるのが腐臭。次いで攻撃を受けた際の雑菌による中毒症状が挙げられる。中にはスケルトンのような完全に肉が落ちきった臭くないモノも居るが、どちらにせよ身近に置きたいとは思えないな。
つまり消去法でいけばこのダンジョン内で探す場合、人間・オーガ・エルフ・ドワーフ位しか居なくなる訳だが―――
「オーガとエルフはほら、どっちを選んでも釣鬼の劣化版にしか思えないし、人間とドワーフはまぁアリなのかもしれないけどな」
「どっちにしても知能はあまり高く無さそうだよね」
うむ、召喚獣はNPCと違って話す事が出来ないからな。なら無理に人型である必要は無いと思うんだ。
「それにオーガは良く解らんけどさ、今まで出てきた人型って大体おっさんじゃん。髭面のむさい親父が召喚獣ってのはちょっと勘弁願いたいのがなぁ」
「あーそっか、実際に付き合うなら下手に姿が似てるとそういう不都合もあるわね……どうせなら可愛い子に懐かれた方が嬉しいもんね?」
「いや、まぁ……その通りでございますが。モフモフなのも良いし厨二風に悪魔召喚とかの格好良い路線もアリなんだけどな」
「おーい、相談は結構だが肉弾戦禁止令が出されてるんだから前衛職も仕事してくれよ」
「あ、はーい」
「さーせん」
おっといけね、相談に夢中で本来の狩りが疎かになってたな。慌てて二人と合流をする。
「何の話してたノ?」
「俺の召喚獣を何にするかな、ってな。ここのモンスターはどうもむさいのしか居ないからなァ」
「ア~、そだネ~」
『それじゃあ、別のダンジョンに行ってみる?』
興味を覚えたらしきピノに説明していたら、またしても天の声が。
「えっ、行けるのか?」
『別にここをクリアするまで他のダンジョンに行けないってことは無いわよ。皆がハードクリアに燃えてる様に見えたから黙ってただけでー』
言われてみればクエストを受けてる訳でもないし他へも行けて当然だったか。MMOを想定して作られてるんだもんなこの世界。
「じゃあハードもちょっと罠的に行き詰ってたシ、他に行ってみナイ?」
「そうするかぃ」
「okー、どんなのが捕獲出来るのか楽しみなのだわ」
それじゃ戻って一旦休憩に入るとしますか。




