第048話 ログイン
「――これが?」
「そう。僕の作った『仮想領域潜航機八号』だよ」
「「おお~~!」」
山荘の奥の部屋には、前時代的な物々しい構造物を継ぎ足した、如何にも何かありますよーとでもいった風の機械の様な物が設置されていた。俺達全員が部屋の中へと入り、それを認識したのを確認した後に、開発者である三人を代表して弄人さんが目の前に置かれた装置の紹介を始める。
「八号…って事は七号までは失敗してたんだ?」
「失敗したのは四号までかな。五号で一応の機動確認をしてからは微調整を繰り返し、七号でほぼ理論が完成しんだよ。そのデータを詰め込んで万全の状態での八号という訳だね」
扶祢の質問に弄人さんが答える。成程、順番は万全と言う事ですな。
「それでは、早速始めるとしようか?」
「「「「おーぅ!」」」」
弄人さんが改めて確認を取り、そして俺達はと言えばやはりこれまた心構えは出来ていた。気分はオラ、なんだかワクワクしてきたぞ!とでもいったところだろうか。向こうの世界での初依頼の時に匹敵する程に気分が高揚し、抑えきれない何かが心の中で渦巻いているのを感じた。
「楽しんでおいでー」
「土産、期待しておるぞ」
「「どうやって!?」」
「くふっ…何も形ある物のみが土産になるとは限るまい?」
無茶振りに悲鳴を上げる俺等へ、文字通り紅く眼を光らせたシズカ御大が更なるプレッシャーをかけてきてくれやがるのですが……これにはサキさんも苦笑い。修行頑張れってことですか。
「い、いえすまむ!」
「精進します……」
「くぅ~ん……」
シズカ、そしてピコは今回俺達には同行せず留守番となるらしい。何でもシズカは他にやる事があるらしいので不参加となり、ピコはまぁ、犬ポジだし……。
「汝等が精神領域で修行をしている間、遊ばせておくのも惜しいのぉ。どれ、仕事の合間にでも犬科の先達として童が直々に扱いてくれようぞ」
「ギャヒッ!?キャインキャイン……」
これはとんでもない相手に目を付けられてしまったな。要らん巻き添えを食ったピコ、ご愁傷でありますぞ。
「ピコ……」
「……きゅーん」
そんな哀れなピコに、姉貴分であるピノが哀しそうな声をかける。
「頑張って生きてネ!」
「ギャウンッ!?」
ピコにとっては誠に遺憾ながら、どうやら目先の楽しみの方が優先されてしまったらしい。この辺りは姉貴分であるとはいえ、やはりお祭り好きな妖精族で幼女なのであった。まだまだ欲に忠実なお子ちゃまだもんネ、しょうがないよネ。
そしていざ!体への負担を出来るだけ減らす為、照密さんと文姫さんに新陳代謝を抑える怪しげな術をかけられ、各自低反発マットへ横になる事により全ての準備は完了する。
「それでは、皆この鏡を覗き込んで貰えるかのう?」
何時の間にやら用意されていた、照密さんの本体らしき物々しい雰囲気を発する短径30cm程の楕円形の鏡を目の前に立てられ、指示のままに覗き込む……ん、『ファンタズムプレイン(仮)』っていうログイン画面が映っているな。訳すれば幻想世界ってところか。非現実的の象徴の最たるたるものである妖怪変化相手だし別にもうこの程度でいちいち驚くつもりは無いけれども、それにしても中々に演出が…凝っている…な―――
―――気が付けば、辺り一面に暗幕がかかった不思議空間に佇んでいた。
取りあえず周りを見回してみるが、特に何かが見える訳でもなく、暫くその場で次のアクションを待っていると、予想通りに聞き覚えのある天の声がその場に響いてきた。
『はぁ~い、頼太君。領域へは無事潜航出来たみたいねぇ』
「ん、この声は姫さんか。この不思議空間がそうだと言うなら一応入れたのかな?」
『うんうん、接続はバッチリみたいね。他の三人も無事入れたらしいから、これで全員かな』
成程な。つまりこの黒い空間はローディング画面の様なものか。そう考えると妙にしっくりときて、色々な事に思考を巡らせる余裕も徐々に出始める。
「他の連中はどこなんだ?見当たらないんだけど」
『ここはキャラクター作成のエリアだから、皆これが決まるまでは個別対応ねぇ。まずはアバターと種族の設定を決めてから面会する事にしましょう』
「面会て。にしても本当にオンゲ風なんだなァ。この世界ってどうなってんの?」
『このエリアはまだ照さんの鏡と繋がってるから境界が色々とあやふやなのよ。設定が終わったらあたしのデータベース界に入る事になるから、そしたらちゃんとしたRPG風世界を見せてあげられるわ』
ふむふむ、次はキャラクター作成画面に移るって事かな。元々そういったイメージで作り上げたのだろうが、本当にオンゲ風なんだな、この空間。
「そんじゃ、早速設定に入ろうかね」
『宜しくねぇ。あたしは他の人の様子も見て来るわ』
「あいよう」
では、設定を弄っていきますか!
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―――三十分後。
「ぐぬぬ。シーフ系かそれとも魔法剣士……いやいやそれよりもいっそガチムチのタンクで行った方が……」
「まーだー?他の人もう皆決めちゃって後は頼太君だけよぉ」
「マジで!?釣鬼はともかく扶祢とピノはかなりかかると思ったのに……」
最初は声だけだったというのに、いい加減待ちくたびれてしまったのか今や目の前にはソファを創り出し、そこで寛ぎながら催促をしてくる文姫さんが居た。自身のデータベース領域内だからかアバターは自由に操作出来るみたいだな。
「釣鬼さんは今後を見据えて魔法使い系で術法の慣らしをするって決めてたもんねぇ。五分位でぱぱっと決めちゃってたわ」
「さっすが。それで他二人は?」
「ピノちゃんはハーフリングの盗賊だったかな。現実世界では完全後衛で自衛が難しいからこの機会に身のこなしの練習をしたいんだって~。それとぉ、うちのパーティには罠解除系のエキスパートが居ないからサポート用に覚えようかなーとも言ってたわねぇ」
凄いな、そこまで真面目に今後を見据えていたのか……俺、本気でゲームのつもりだったわ。
この幻想世界(仮)。選べる種族と職の組み合わせで遊ぶゲームらしい。
このゲームの特徴としてはステータスといった概念が薄く、表記されているのはHPMPST、それと各種スキルのみだ。目の前に浮かぶ半透明なメッセージウィンドウの取説によると、主に熟練度によって関連するステスキルの内部的な経験数値が貯まっていき、それが一定値を超えると対応するスキルのレベルが上昇していく仕組みらしい。
つまり関連する行動をしていれば極端な話、戦闘中や食事中に該当するスキルが上がるという事も十分有り得る訳で。随分とリアル指向なシステムだなぁ。
「んで扶祢ちゃんの方は確かに結構悩んでたけど、それでもつい五分前に一応は決まったみたいねぇ。二刀流の打刀メインな侍やるんだってさ~。太刀や居合だとアタッカーにはなれても壁役が出来ないからとか言ってたわぁ。種族は竜人ね」
「何っ!?あいつレア種族引きやがったのか!くっそう、俺も引きたかった……」
「あ~らら、頼太君はレア種族系一個も引けてなかったのかー。残念ねぇ」
「ちくせう……」
今のやり取りでお分かりの通り、開始時の選択可能種族もそれぞれアカウント毎にゲームのスタート時抽選があり、レア種族はそれぞれ一定の割合での抽選となっている。レア種族を引くと基本種が選択肢から消え、レア種に置き換わるようだ。
これはテスターという事で文姫さんから情報開示をして貰ったのだが、レア抽選法則としては、
ヒューマン ⇒半人半鬼(5%)
エルフ ⇒ハイエルフ(5%)
ドワーフ ⇒ノーム(10%)
ハーフリング⇒スプリガン(10%)
リザードマン⇒ドラゴノイド(20%)
フェアリー ⇒ピクシー(20%)
となっている。それぞれ完全な上位互換と言う訳ではなく、長所と欠点が尖ったり、逆に利点が減って凡庸になったりと文字通り希少なタイプなんだそうだ。でも、それはそれとしてだ。レア抽選、もうその言葉だけで引きたくなるのは限定という言葉に弱い日本人の性だよな。
さて、扶祢が引いたという竜人について少々補足を入れよう。
竜人は蜥蜴人に比べると見た目がよりヒトに近くなる様だ。竜属補正で攻撃力は上がるものの、鱗部分が減り防御力がヒトに毛が生えた程度まで落ち込んでしまう。それでも肘と膝から先は竜鱗で覆われ、天然のガントレットやグリーヴとも言える程の防御力を有する。また、これは蜥蜴人にも言える事だが堅い鱗に覆われ棘を持つ尻尾があり、それを叩き付けたり薙ぎ払う動きもシステム的には可能なのだそうだ。
但し、リアルで尻尾の無い者がこの種族を選んだ場合、根本的に動かし方が理解出来ないので、殆どは身体全体を使って振り回すのが精々だとか。技術とは違うがこれもまたプレイヤーズスキルと言えなくもないか。
尚、プレイヤーズスキル(player's skill)とは中の人の技術というやつだ。仮想空間内では感覚の大部分が現実に酷似しているらしいのでこれも大事な要素となる。
「――ああ、だからあいつ竜人を選んだのか」
「みたいね~。扶祢ちゃんって元から尻尾持ちだし、さぞかし器用に扱ってくれるんでしょうねぇ。データが取り放題で有難いわぁ」
ちなみにだが、製品化の暁には個人情報を登録……と言うか魂の識別をした上でのログイン状態に入るそうなので、レア種族狙いによるリセマラ(*1)の類は一発で垢BANの上、二度と登録が出来なくさせる予定なんだってさ。どこまで未来を見据えているんでしょうかねこの人達。
「じゃあ、釣鬼はやっぱりエルフかな?」
「そうね~。釣鬼さんも半人半鬼を引いてたんだけど、どうせなら魔法の適性が高い方が良いって事でエルフの攻撃も回復も出来るオールマイティタイプな魔術師にしてたわぁ」
「うわ、勿体ねぇなー」
文姫さんから聞いた釣鬼の選択に、思わずそんな言葉が出てしまう。まぁ、今回は目的が目的だし仕方が無い部分はあるんだけどな。それに、釣鬼が半人半鬼なんかやったら現実の焼き回しになるだけとも言えるし。
「フェアリーも魔法の適正は高いんだけど、地に足が付かんと接近戦の対応が出来んとも言ってたわねぇ」
「あいつ、もやし種族選んでおいてまだ殴り合いする気かよ……」
「正にプレイヤーズスキルの極みってやつね。これはこれで面白いデータが取れそうだからあたし達にとっては喜びの悲鳴が出ちゃう位だわね~」
「さいですか」
むぅ、しかしそれなら無理に前衛に特化する必要も無いか。シーフも壁役も後衛も居て……釣鬼の事だからどうせ護衛も要らないんだろうしなぁ。
「うーん。魔法剣士、にしても前衛過多になりそうだし、それなら遠距離職の方が良いのか……?」
「そうねぇ。でもピノちゃんが小弓も持ってるから、どうせなら魔法系の特殊職とかが良いかもねぇ――召喚師、なんてどうかしら?」
む、召喚師か。文姫さんのお勧めに、ゲーム知識などを総動員して頭の中でイメージを形作ってみる……ほほう。
「それって召喚獣とかを使うタイプだよな?」
「それだけじゃないけど、基本は召喚した魔物と共に戦うタイプかな。初級の回復強化系と攻撃魔法も一応使えるわね。勿論、肉体能力の高い種族で自身も戦うって手もアリだわね~」
ふむ―――
召喚、良いね。俺の眠らせた筈の厨二心をくすぐるブレイヴワード。
「よし決めた。ヒューマンで召喚師にしよう!」
「おお~、これでやっと始められるわねぇ」
「時間かけてスンマセン。ゲームのキャラ作成は時間かける方なんで」
そう言った文姫さんの目が心なし怪しい光を宿した気がしたが、二度見した時には「ん、なぁに?」と首を傾げながら見つめ返されてしまった。気のせい、かな?シズカみたいに実際に光ったりはしていなかったしな。
「それでは――ようこそ、ファンタズムプレインの世界へ!陽傘頼太君。管理者の一人として、あたしは貴方の訪問を歓迎致しますわ」
「それもゲーム開始時の台詞ってやつですかね」
「んもぅ!そういう白ける事は言わないで!まぁ、実際のストーリーの中身はこれから考えるんだけどね」
「失礼しました……ってぶっちゃけられた!?」
そんな掛け合いをしていたら、黒幕オンリーだった空間の一部に突如扉が出現し、眩い光を放ち始める。
まぁ、あまりしまらないが。これも文姫さんのデータベース界という仮想世界だ。新たな異世界の旅路に想いを馳せながら扉へと向かう。
―――いざ、幻想世界へ!
*1:リセマラについてリセットマラソンの略。古くはWIZ○DRYのステータス抽選から最近のソシャゲ系迄、形は変われど続くゲームの伝統の一つですね。




