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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第四章 日本帰郷 編
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第044話 帰郷

16/5/18 稲荷名について名称を変更。表現をぼかしました。

 電車とバスを乗継ぎえっちらおっちらと数時間。とはいえ歩き詰めという訳でもないし、やはりこちらの世界は移動が楽で良い。そうは思いつつもついつい溜息が出てしまう。


「……け、結構遠かったんだなうちの故郷」

「思ったより田舎だったのね、深海市って……」


 バスの最終便が最寄りのバス停へ到着し、俺達はようやく故郷である深海市へ降り立った。

 しかし時間は既に午後の11時過ぎ。駅前広場付近こそ明るいが、ちょっと郊外へ向かえば途端に真っ暗になるという典型的な田舎町だ。


「流石にこの大所帯だと、うちに泊める程には部屋のスペースがねーなぁ」

「今からだと着く頃には0時前になっちゃうものね。こんな時間にお邪魔するのはちょっと非常識か」


 バスプールへと降り立った後に点呼を取り、ついでに場を見回してみれば総勢五人とプラス一匹という大所帯。俺一人であれば自分の実家でもあるし、驚きはされても泊まれるとは思うがね。他の面子まで、ってなると現代日本の倫理的な問題が立ち塞がってくる。こんな夜中に押しかけたりすれば最悪親父がキレかねないし、ちょっと現実的ではないか。


「ならいっその事、シズカと扶祢の母親ん所まで一気に行っちまうか?こっちの世界は魔物は出ねぇんだろ?」


 釣鬼の言う通り、この辺りでは野生動物が出たとしても精々が鹿や猪程度だろう。仮に本州内の熊と遭遇したとしても、踏破獣(トランプラー)やデンスの甲鎧竜とどっちが危険かって話だもんな。場合によってはお土産のラインナップに捌きたての熊肉が加わるだけという、非常識かつ生々しい結末が待っているだけな気がしなくもない。俺も大概ファンタジィな環境に慣れてしまったものだと思う。


「でもここからだと母さん家までまだ結構あるのよね。夜中の山を歩く、っていうのは想像以上に危ないし、ちょっと賛成は出来ないかな」

「ボク、眠イ……」

「童もここ三月程は碌に夜寝とらんかったし、暫し夜はゆるりと休みたいものじゃな」

「俺っちはむしろ夜になって元気が湧いてきた感じだけどよ」


 疲れた様子の皆とは裏腹に、釣鬼は一人吸血鬼の面目躍如といった感じに活力漲る様子を見せていた。だが既に二名と一匹が如何にも眠そう様子でそんな主張をしてきているし、今日のところは早めに寝床を探した方が良いだろうな。


「ビジネスホテル……は、この時間じゃもう埋まっちゃってるか。いっそ今日は駅前のネットカフェにでも泊まるか?」

「それ、むしろ寝れなくなる気がするよ……」

「……だな」


 あんな所に入ったら、少なくともピノは間違いなく眠気が吹き飛び文字通り物理的に飛び回って大騒ぎになるに違いないものな。眠そうな本人を除き、これには意見の一致を見て却下となった。


「なら近くの公園だっけか。あそこで野営でもすりゃ良いんじゃねぇか?」

「日本でそんな事したら間違いなくおまわりさんに通報されて捕まるな。っつかヘイホーでも街中の野営は禁止だったろよ」

「……そういや、この国はそういった法が煩い土地柄だとか言ってたっけな。どうせなら異邦人専用別荘みてぇなのがこっちにもあればなぁ」


 参ったなこりゃ。最悪、説教覚悟で家のリビングでも借りて雑魚寝でもするしかないか?しかしいきなり深夜に女四人に加えて狼連れでさぁ泊めろ、なんて主張しても大騒ぎになるのがオチだよな……となればいっそ、昼と同じくシズカに認識阻害の術とやらをかけてもらってどこかにテントを張るしかないかな?


「別荘……そうだうちの管理してた山荘を使わせて貰えば!」


 そんな事を考えているとふと扶祢が山荘の事を思い出し、あっさりと問題が解決したらしい。そういえばこいつ、春先にそんな山荘を管理しているとか言ってたっけ。


「じゃあそれで決まりだな。やっぱり寝る場所位は静かな方が良いもんな」

「ふっ、男はいつの世も甘えん坊よな。どれ、そんな汝が為に我がこの胸を貸してやるでな、存分に堪能するが良いぞよ?」

「あ、どっちかってとまな板よりクッションの方が好みなん、でっ!?」

「頼太…骨は拾ってあげるよ……」


 つい要らん事を言ってしまった俺の額を即時に扇が打ち、どういう原理かその扇はそのまま回転しながらシズカの手元へと収まっていった。扇ってブーメラン風に投げられたのね……。


 ・

 ・

 ・

 ・


「あれ?お帰り扶祢。随分と戻って来るのが早かったねェ」

「……母さん、何で此処に」


 いざ山荘に着いてみれば、Tシャツに短パン姿で煎餅を齧る、扶祢にそっくりな女性がお出迎えをしてくれた。


「ただいまは?」

「うん、ただいま……」


 心構えが出来る前に目当ての人物とばったり遭遇してしまったハプニングもそうだが、シズカをも超える大霊狐にしては随分とあっさりしたご登場だな。山の祠でそれっぽい雰囲気を醸し出しながら満を持してのご登場、とかそういったのを想像していたのだが。


「母さん、もっと奥の山の方に居たと記憶してるんだけど。何でまたこっちに来てるの?」

「お前が異界に遊びに行ってからというもの、こっちの管理をする者が居なくなっちゃったからね。あっちは静かで居心地は良いんだけど、誰も来ないから退屈でさぁ」

「あぁ、それでこっちに来たんだ」

「そうさね。それに妖怪変化達の地域会長の仕事をやるにはこの山荘を拠点にする方が便利だもんで、ついでに久々に里の暮らしでも満喫しようかって算段でこっちに引っ越して来たのさ。お蔭で今や、ちょっとした集会所になっちゃってるけどね」


 薄野親子の会話を聞き、俺達も大まかな事情を把握する。そういう事であれば俺達にとっても妙に構える必要もないみたいだな。

 見れば扶祢の母親の後から、アロハシャツを着た陽に焼けた爺さんにだらしのない恰好をしたの色っぽい熟女さん、それに利発そうな少年がおり俺達を興味深そうに眺めていた。


「やぁやぁ扶祢ちゃんお久し振り、照密爺だぞー。扶祢ちゃんがこんなちっこかった頃に抱っこしてやった以来だのう」

「ンなむさい爺の事なんか覚えてる訳無いでしょうよ。あたしの事は覚えてるわよねー?姫ちゃんよん」

「皆さん初めまして。僕は弄人(ろうと)と言う、以後宜しく」


 ここでこんな自己紹介を始めるって事は、やっぱりこの人達も妖怪っていう事なのかな?


「は、初めまして。えっとごめんなさい、ちょっと記憶に無いです」

「「ガーン!」」


 そんな扶祢の返しに昭和風のテロップが流れそうな擬音を口走り、ショックを表す爺と熟女。


「まぁまずは入りなよ。お客さんを玄関に立たせっぱなしなのもなんだしね。今日は泊まるんだろう?」

「あ、うん。もしかしたら何日か泊まるかも」

「そっか、そんじゃまずは有り合わせで軽いモンでも作ってこようかね。姫、接待任せるよ」

「あいー。じゃあ行きましょうか」


 こうしていきなりな訪問ではあったが特に問題が起こる事もなく、俺達は誘導されるまま山荘に入り客間へと向かった。


 ・

 ・

 ・

 ・


「それでは改めて、若い世代との新たな出会いにかんぱーい!」

「「「かんぱーい!」」」

「か、乾杯?」

「………」


 リビングに着いて小休憩を入れた後、扶祢の母さんが作ってくれた夜食を持って来てすぐにいきなりな乾杯音頭で宴会が始まってしまった。お子ちゃまなピノはソファに到着したと同時に負ぶっていた釣鬼の背中から降りてそのまま眠ってしまったし、釣鬼とシズカは普通に乾杯に馴染んでいる様子だが、俺と扶祢は何とも反応に困り呆然としていた。


「ん?どした?元気無いねぇ」

「もう夜更けだし眠いのかな?」

「はて、二人共そこそこに大きくは見えるがのう」


 そんな俺達を年配トリオが不思議そうにこちらを窺うが、えっとどうしろと……?


「――二人はきっと、突発的な飲み会が始まった事に戸惑っているのではないかな」


 そこに飲み会仲間っぽい三人の内、最後の一人の少年が呟いた。こくこくと頷く俺達だったが、当の呑兵衛の皆さんは特に気にした様子も無く、


「なぁんだ、アタシ等は元々飲んでる最中だったから惰性なだけだし気にしない気にしない」

「そうそう」

「「は、はぁ……」」

「いつまでも堅いままじゃ楽しい酒の会が台無しさね。それじゃあ自己紹介でも始めるかー」

「「「おー!」」」


 この様に、とことんテンションの高いひと達であった。


「ではまずは儂からいくとするか。儂は照密(てるみつ)、雲外鏡…の元になった照魔鏡という鏡が変質した(あやかし)だな」

「あたしは文車妖妃(ふぐるまようひ)文姫(ふみひめ)。文ってよりは姫って言われる方が嬉しいからそっちでよろしくー」

「先程も名乗ったが僕は弄人(ろうと)と言います。戦時中に日本に渡ったグレムリンの一体さ。この中では一番の若輩だね」

「では最後に。扶祢の同行者って事は知ってる人も居るかもしれないけれど、アタシは扶祢の母親のサキと申します。戸籍的には薄野(すすきの)サキってなるね。人間のひとも居るみたいだし今風に言えば妖狐って紹介した方が分かり易いかな?宜しくね」


 と言う事らしいです。元になった照魔鏡…というのはハテ、どこかで聞き覚えがある様な?

 兎も角……雲外鏡、文車妖妃、グレムリン、妖狐……全て知名度が高めな妖怪達だよな。妖狐は別として、トリオの最後がグレムリンじゃなくて塵塚怪王とかだったら石燕繋がりで完璧だったのだけれども。


 鳥山石燕――目の前でどんちゃん騒ぎをしている彼等の載る代表作『百器徒然袋』で有名な江戸時代の不動の妖怪絵師だ。今に伝わる日本の妖怪像を確立した発端はこの人と言われている。照密さんの例の通り、昔からその手の言い伝えや起源はあっただろうから、全ての妖が人の思いから生まれた、という訳では無いのだろうがね。


 こちらも順に事情を交えながら自己紹介をしていく。ピノについては当人がソファのクッションを抱き枕にして熟睡していたので扶祢が代弁をしつつ紹介をしていた。


「そういえばこちらの扶祢のそっくりさんはどちら様だい?また随分と親近感の湧く顔をしているみたいだけれども」


 そして最後に客間へ来てからというものずっと飲みながら携帯の端末の様な物を弄っていたシズカの番となった。シズカは端末を懐に入れ、


「では童の自己紹介と参ろう。童の名はシズカ、そちらのサキとの番であったとある稲荷明神の眷属との間に生まれ、平安の世の終わりと共に消え失せぬ……扶祢の姉じゃ」

「――え」


 その挑戦的とも言える目付きを伴ったシズカの自己紹介に、サキさんの表情が一瞬引き締められる。

 シズカとその母、つまり目の前に座るサキさんとの親子仲は本人曰く険悪だと聞いてはいたが、百年以上日本に戻ってはいないにしてもサキさんのこの反応には違和感がある。まるでシズカなどという名の娘など知らぬとでも言わんばかりにだ。一方のシズカもどことなくヒリついた面持ちでサキさんを見つめているが、決して普段の悪口を言っている時の嫌そうな顔という訳ではなく、どちらかと言えば―――


「なぁんじゃ、サキさんの昔の娘かい。平安てぇと随分な古参の口だな」

「あらやだ、あたしより年上だったのね。これは失礼しました」

「ふむ…そういえば異世界を旅して回っている最中だとか。それでこちらに居なかったという事かな?」


 そこにかけられる酒飲み友達の妖怪トリオが騒ぎ出す声で我に返る両者。ついでに俺もその息の詰まる雰囲気から解き放たれ、安堵の息を吐く。


「……母さんとシズ姉、ちょっと様子が変よね。そんなに仲悪かったのかな?」

「まぁ、何か問題があれば今この場で何らかのアクションがあるだろ。古傷かもしれないしこういう場合は触らない方が良いだろ」

「確かに尋常じゃねぇ気配はしたが……流石にいきなり殺し合いなんて事にゃならねぇだろ」


 一瞬ただならぬ空気を感じたが、釣鬼の言う通りだな。俺達は小声でそんな相談をしていたが取りあえずは様子を見る事にする。


「……あ、あぁ。そういえばそんな子も居たねぇ!昔過ぎて健忘症にかかっちゃってたよ」

「ふん、実の娘の顔を忘れるとはのぉ。扶祢よりもむしろ汝に似た(つら)じゃというに。耄碌が進んだ様じゃな?」

「……随分と皮肉気な事を言ってくれるねェ」

「汝には散々やらかされた故、仕方あるまい?」

「言う様になったねェ、昔はもっと素直だったと思っていたんだけどね?」

「ほぉ……聞き分けの無い親に童の成長を見せてやるも孝行のひとつかや」

「子供のおイタはいつの世も親が躾けてあげなきゃねェ……」


 その結果、どことなく…いやかなりぎこちなくは見えるがほのぼ……いつの間にか一触即発の気配になってんぞ!?


「釣鬼先生出番です!」

「無茶言うなぃ……」

「これ、どこから見てもただの親子喧嘩だもんね……」


 一応その場は酒飲み妖怪トリオの執り成しで何とか収まったらしい。今日は色んな意味で疲れたぜ……。






 Scene:side シズカ 


 山荘の客間にて、場にそぐわぬシャンデリアが薄暗く照らす中。私は一人、月を眺め飲んでいた。

 ここ三月の人狼の村での無理が祟り、まだまだ身体に溜まった疲れは抜けきってはいない。でも何故だか寝付くどころか目が冴えて仕方が無かった。誰にもそんな時はあるだろうけれど、私の場合は、虫の報せとでも言おうか。こんな時は決まって何かが起こる訳で―――


「――(うぬ)もその口かや?母上殿」

「どの辺りがその口なのかは分からないけどね。母親呼ばわりをするのであれば『うぬ』は無いんじゃないかい?」


 ほらきた。どうやら今夜もその報せは当たった様子。


「他にも聞きたいことがあってねェ。どうして、あの時あたし自身が看取った(・・・・・・・・・・)筈のお前が、今頃になってその(こども)時代の姿であたしの前に現れたんだい……?」


 そのサキの言葉に、思わず口の()を釣り上げ嗤ってしまう自分が居る――邪悪そうな表情(これ)ばかりは生来の癖故、中々直らず苦労をしているのだけれども。


 それでは、目の前の殺気に満ちた母上殿(くそばばあ)との対峙(はなしあい)をするとしましょうか。

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