第042話 異世界人達の異世界ツアーズ
ということで日本編です。釣鬼とピノ(とピコ)から見れば現代日本は立派に異世界ですよね。頼太と扶祢からすれば故郷となりますが、これも異世界ツアーズという事で一つm(_ _)m
「……どこだ、ここ?」
「座標的には○○県△△市、郊外の運動公園内、となっておるな」
それはまた、随分と遠くに出たものだ。俺と扶祢、こちらの地理を知る二人は揃って驚きの顔を見せる。
「そんな場所に、ってシズ姉何それ……」
「此方でならば、そう不自然でもなかろ?」
扶祢がついジト目で見やる先にはいつの間に着替えたのか、薄いピンクのワンピースに麦わら帽子と厚底サンダルという出で立ちでスマホの様な物を片手に何かを確認しているシズカの姿が。
傍らに持ち歩いている扇子を閉じて口を隠す仕草が妙に様になっていた。
「さっき洞窟の出口でゴソゴソ着替えてたヨ」
「なんつぅ早業……」
「つぅか前の着物はどこいったんだ?」
「女とは秘密が多いものなのじゃ」
帰国早々に脱力をスル俺達へ対しドヤ顔を決めるシズカ。この辺りは仮に背格好が同じ位であれば扶祢と見紛う程の堂に入った仕草だった。
それを俺と共に呆れながら見ていた釣鬼は現在は黒いベストに白地のトップス、下はこれまた黒ズボンといった恰好をしていた。当時は女性陣がドレスを強く推していたのだが、当の本人が常時のドレス着用を断固固持した為に今の恰好に落ち着いたらしい。
こうして見れば、銀髪と鋭い目付きとのコントラストが際立ち中性的に見えなくもない。が、そのトップスを押し上げるモノの我の強い主張に否が応でも女性を感じさせられた。
「にしても、こっちの世界はなんだ。近くに火山でもあるんかぃ」
「うん、そう思うわよねー」
「向こうの平原地帯は比較的温暖な気候だからなぁ」
体力オバケである釣鬼をして、気怠げに額へ滲む汗を拭きながらそんな弱音を吐いてしまう程。
現代日本、それもアスファルトに囲まれた都市の内部だ。多少木々がある運動公園内とは言え、押し寄せる熱気が物凄い。扶祢などは見越していたのか特注品らしき袖なしの着物に通気性の良さそうな薄い袴を穿き、これまたどこで用意したのか団扇にて涼を取るといった完全装備だ。
俺?膝丈の半ズボンに半袖シャツですよ。夏場の日本の街中に出る可能性が有る時点で重装備なんかしていられないでしょう。
日本に来る前は暑いとは言っても森の木々の潤いにより吹く風も比較的涼しく、そこまで苦労はしなかったものだが……流石は現代社会、自然が消えアスファルトとコンクリートに囲まれた都市の内部では運動公園内で多少木々があるとは言っても押し寄せる熱気が物凄い。
「にしても、この暑さはきついな。ピノピコが熱中症にかかりかねないし、まずはどこかで涼むか」
「そうね、ワンちゃんokな店は……早々無いか。まずはコンビニでスポーツドリンクの大ボトルでも買って、ここから隣町になるけど妖棲荘にお邪魔しちゃいましょう」
言われ傍らのピコを見てみれば、全身犬毛に覆われたピコなどは誰よりも暑苦しい様子で、今も口から舌を垂らし荒い息を吐いている。そして飼い主兼姉貴分であるピノはと言えば――
「ア、ヅ、イィ……」
我らが駄狐、扶祢さんによるプロデュースによりこれでもかという程のゴスロリファッション。自然の代弁者たる熱中症とか、洒落になんねぇわ。
小銭入れをリュックより取り出し、早速コンビニへと向かう。何かの役に立つかと思い、念の為に持ち込んでいた小銭の初使用がまさか、日本に戻って来てからのスポーツドリンクとロックアイスの購入になるとはな。
「えー、それではこれから隣町まで電車を使いたいと思いますが。釣鬼にピノにピコ、色々と驚く事はあるだろうけど騒がない様に。それとピコは電車を降りるまで吠えても駄目な、電車は基本ペット禁止だからな。シズカは情報だけは仕入れてそうだから平気……かな?」
「オーウ!」「アゥ!」
「あいよ、異邦人が俺等の世界に来た時の感動ってやつを逆に味わってみるとするかぃ」
「うむ、仔細無い」
改めて皆を見回し注意事項の説明をする。それに対し敬礼をするピノピココンビ、そして鷹揚に頷く釣鬼とシズカ。
うむ、ピノもそろそろピコをペット扱いされても過敏に反応しなくなったし、良い傾向だ。こちらでは何か騒ぐと直ぐにおまわりさんが飛んでくるからな。今飛んでこられたらかなりの確率で俺だけしょっぴかれそうな見た目だけは美女と美少女な軍団にロリ枠+1、しかも金髪と銀髪が一人ずつ。それで野郎はナイスガイではあるが平凡顔な俺だけとか間違いなくしっとマスクが湧いてくるレベル。その現実に、絶対に騒ぎは起こせないという向こうとは違った緊張感に思わず一筋の汗が流れ出た。それじゃあ妙な事が起こらない内にさっさと移動するとしますかね。
「冷たくって、おいシー」
「ハフッハフッ……あぅわぅ」
「ピコも気持ち良いっテー」
「今日は特に暑いものね。足りなかったらまた買ってくるから遠慮せずに言ってね」
場面は変わり、現在俺達はコンビニの脇の日陰部分で涼みながら水分補給に努めていた。今もそんな俺達を遠巻きに何人かちらちらとこちらを眺めているたが、もう気にしないでおこう。冷静に考えれてみれば一部の地域を除いて人口の大部分が単一民族な我が国で、金髪と銀髪を連れて歩く時点でもう目立ちまくって仕方がないのは分かってた事だよね……。
「ん、こりゃ甘い……が、甘ったるいって程でもねぇな。喉越しも爽やかだし幾らでも飲めそうだ」
「でも急に飲み過ぎると水分過多になって具合悪くするから程々になー。シズカは一杯で良いのか?」
「童は日ノ本には住んでおらんかったというだけでこの手の物は飲み慣れておるでな。しかし、これが本場のスポーツドリンクかや」
「本場って……」
「本場じゃぞ?スポーツドリンクとカップ麺は近代日本における最高傑作のひとつと言えよう。異界の知己共もこの二つを土産にして喜ばなかった事はないわ」
「異界とはいったい……」
まぁ、極地探検時にもインスタント麺が重宝されたなんて話は聞くしな。コミュニケーションを図れる相手ならば大抵はカップ麺も歓迎されるという事なのだろう。
・
・
・
・
「よし、そろそろ落ち着いたら行くかね」
「おう」「オウ!」「ワォン!」「うむ」
「それじゃあ案内するよ、付いて来てね」
そして扶祢の先導の下、バスに乗りこの街の駅へ向かう。
ちなみにピコはシズカの幻術?で俺達以外には認識阻害をかけられているらしい。
「それ、便利だねぇ。私でも練習すれば覚えられるかな?」
「ある程度落ち着いた場で修練をすれば叶うじゃろうが、公にはせぬ方が良いじゃろうな」
「何で?……あー」
「何かあるとまず疑われる故、彼方の冒険者ギルドに所属するのであれば余計にのぉ……」
そう話すシズカの表情が寂しげなものに変わった……気がした。そうか、シズカはこう見えて長い年月を経ているんだもんな。色々あったのだろう……。
「――と、まぁこの様にそれと無く振りを作るとほれ、目の前の男の如くコロっといかせる事が出来るのじゃ。覚えておいて損は無いぞよ」
「な、成程……!参考になります」
「何を教えてるんだ何を……」
「ふふん、汝程度が童を推し量ろうなど百年早いわ」
この女狐め……察したつもりになって損した!
「ふわぁ……」
「―――」
俺達がそんな他愛もないやり取りをしているその横で、釣鬼とピノはただただひたすらに窓の外を眺め続けていた。
この街は俺達の住んでいた街と似た様な地方都市なので、都会と比べると随分とのどかな風景が流れている。だが二人にとってはそれでも目に映る物全てに圧倒されている様子であり、窓枠に手をかけ流れる風景を見たまま絶句していた。陸路は基本徒歩、良いとこ馬車な世界の住人から見ればカルチャーショックも大きいよな。俺はそんな声も出ないといった様子の二人に声をかける。
「異世界の景色を見た感想はどうだい?」
「何つぅか……凄ぇ、って言葉しか出てこねぇ」
「もう結構ナ距離走ってると思うんだケド、これでさっきの飲み物一本分よりも運賃安いノ……?」
景色に呆然としてるんじゃなくてそっちかよ。ピノの現実的な呆け方に内心呆れながらも頭の中で計算をし、それに答える。
「それは一人頭の話だから――そうだな、五人分いや、ピノは子供料金でいけるか……190×4+100で860円。大体向こう換算だと430イェン位だな」
「何その安サ!?」
「まじかよ……そういやさっきから似た乗り物とすれ違ってるけどよ、それだけこの乗り物が普及してるってぇ事なのか……?」
二人には下手な混乱をしないように多少は前以て話しておいたのだが、まぁ驚くのも無理は無いよな。こっちに住んでた頃は実際にバスや電車の公共交通機関を利用すると一々金がかかると思ってたけど、ここまでの交通網を引いてこの料金で固定するのにはどれだけの労力がかかった事か。
あっちで同じ距離を馬車に乗ったら料金は倍かかって速度が十分の一以下だもんな。世界を跨いでようやく気付く事も多かったという事だろう。
そして駅に到着してからも、お上りさん丸出しであっちこっちと目移りをしている二人。幸いと言うか何というか金髪アンド銀髪コンビなので外国人の観光客とでも思われたか、駅構内では特に不審な目では見られることは無かったのだが……。
「いーやーだー!この海釣り用とダム釣り用っての二つを買ってくれるまで動かねぇー!!釣りしたい!欲しいー!」
「ウワ!何アレ!?アレ何!ア、こっちも面白イ!あっちのは何ダー?」
「あぁもう、此処じゃなくても他でも買えるから!換金して落ち着いたら買ってあげるし海とダムも連れてってあげるから!折角の美人が台無しだから座り込んでダダ捏ねないでェー!あ、ちょっ……ぎゃあああ袴の紐引っ張るなー!?」
「待てこらピノ!何飛んじゃってんの!?ピコッ!あの馬鹿を取り押さえろ!」
「ウォン!ガウッガウッ」
「べー!捕まってなんかやるモンかー!『大気障壁』!」
―――ぼふんっ。
「ギャヒンッ!?」
ピノの叫びに魔法障壁が浮かび上がり、取り押さえにかかったピコの体当たりを見事に跳ね返す……って、こっちでも魔法が使えたのか!?地球はマナが薄いとかそういうありがち設定はどこいった、つかそんなモン衆人環視の中で使うんじゃねえ!
「お前ぇぇぇ!まじやばいって何考えてんだ!?釣鬼直伝殺人タックル対空ヴァージョン!とうっ」
「フギャ!?はーなーせー!ボクにはこの店全てを巡ると言う大事な使命ガ……!」
ふうっ。何とかこっちの幼女は捕獲に成功したか……。
だがほっと一息を吐き振り返る俺の視界には、更なるカオスな光景が広がっていた。
「お客さ~ん、店の前で騒がれたら困りますよ~?」
「済みません済みません!……ちょっと釣鬼、いい加減紐から手を放してよぉっ」
「絶対な!絶対だぞ!?釣具一式と海釣りとダム釣りな!」
「分かったから、こら……きゃあああああああっ!?」
「ふぉおおおぉぉ!!昨年の××県のコスプレ大会グランプリを取ったあの狐姫の袴ふぁさっ現象がこんな場所で見れるとは!?」
「カメコA氏!我等には真実を記録する義務が御座るよ!レッツシャッティーング!……ぶべらっ」
「B氏ぃぃぃ!?……それにしても横の男装風銀髪美人が恥も外聞も無く駄々を捏ねるというギャップも捨てがたい……はべしゅっ」
「手前等のその幻想(の手段)をぶち壊す!!」
―――パキッガッシャーンッ!!ペリッシュルシュル……。
証拠写真を撮ろうとしていた不届き者達の一眼レフカメラを奪い、俺はフィルム部分をこじ開けて太陽の光に晒す。
「「うおぁあぁぁ!?我等の血と汗の結晶がぁぁぁああ!!この恨み晴らさでおくべきか……」」
この様にして、間が悪く隣町行きの鈍行が出たばかりで次の快速が来るまでに三十分程時間が空いたのがまずかった。
ただ待たせるのも何なので、次の列車が来るまでの待ち時間を使い揃って駅ビル内を巡っていたのだが……ピノは興奮して興味の湧いた店にすぐ飛んで行こうとするし、それを捕まえようとするとアクロバット機動で避けまくる。釣鬼は駅ビル内の釣具店を見つけてからは齧りついた様に動かなくなるしで扶祢とピコと三人がかりでも抑えるのに苦労したぜ……。
最後のシズカはと言えば妙な行動をしなかったのは良いんだが、我関せず、と言うか他人の振りしてのんびりと試食コーナー巡りをしていやがった。
「嫌じゃ恥ずかしい。あんな田舎者丸出しの仲間と思われとうない……」
とは後のシズカの言である。
そんなこんなで大騒ぎをしながらもどうにか時間を潰し、ようやく快速列車がやってきた。これで一息つけるぜ……。
「……この乗り物、もしかして隼よりも速いんじゃナイ?」
「このデカさでここまでの速度が出るってぇな、どういう仕組みしてんだこりゃ」
「隼の水平飛行は時速130km位じゃったか。この辺りは田舎じゃし、快速ならば130kmは優に出ておろうな」
「「はあぁ~……」」
平日の午後も早い時間という事で、片田舎の列車の中では人も疎らで、この車両には俺達五人と一匹しか乗り合わせてはいなかった。その中でお上りさん二人の質問とシズカが返答をする声だけが響き続ける。俺と扶祢はまぁ……さっきの駅ビル騒動で精根尽きて隣の席で仲良くダウン中でした。
「……それにしても」
「……何?」
「お前ってこっちでも結構目立ってたんじゃないか、さっきのカメコ連中とか」
「趣味がこんなところで足を引っ張るだなんて……これが過去が追いついてくるという事なのね……」
もはや突っ込む気力も無く。その後目的地へ着くまでお互い只々疲れを癒す事に専念する事にした。
・
・
・
「――ここね」
「「お~」」
「荘、って言う位だからアパートみたいなのを想像してたけど、軽食屋かぁ」
「向こうで言うギルドみたいな側面も持ってるからね。一般の人も常連で結構居るのよ」
目の前に建つ、洒落た感じの小さなカフェ&レストラン。そこが目的の「妖棲荘」であるらしい。昼は日本に来る前にサカミ村で軽くサンドイッチで済ませただけだし、飯でも注文しながら話を聞くとしようか。
お盆のサービス回思考の余韻がまだ残っていたらしい……。




