誰そ彼の、幻夢
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―
――
―――ところ、どころに。
「――、―――?」
「―――?――!」
ノイズが、奔る―――
『だから、○※△×。貴方はその終わりなき悪夢を利用して、本来の目的を果たせば、良い』
『…お前、は……』
ちがう、我はこんなやり取りをした覚えなどはない。
樹精神殿へと脇目も振らずに赴いて、彼の御使いとの対峙の最中にも空しい矜持を自覚し、そして翠を簒奪するべく決裂をした、筈だ。
だから、こんな妄想にもならない、突飛に過ぎる話を語る由などは―――
「だぁったらぁ?その要らない筋書き、このわたくしに下さいなっ」
―――ノイズが、はshi
「あらまっ、この程度の●渉でさえ気付かれちゃいましたよぅ!」
――
「随分とまぁ、セキュリティに優れた都合の良い……っとぉ!?危ない危ない」
― キ エ
「ははぁ、なぁるほどぉ!舞●装●扱いされたのが、余程肚に据えかね――」
―――ブチィッ!!!
・
・
・
・
目に映る殆どが、解体され尽した舞台の址。
ところどころにノイズが奔り、最早この場も消え去るが道理と囁いて、きながらも。
「まだ――見えているかしら?」
囁く様なその声は、思ったよりもクリアに響いてきて。
口調は変わらず、平坦ながら。ほんの幽かに混じり込む、その彩は。
「――『繰り返す日々』」
その響きこそが、一連の不明劇の楔となろう切欠、そのもので。
聞く者の耳に背に、言いしれぬ怖気を纏わりつかせよう、不吉なる証言でもあって。
「……あるいは、『終わりなき悪夢』」
少しを溜めて、遠慮がちに。
この声の持ち主にしては似つかわしくない、躊躇にも似た曖昧な空気を醸した後に。何かを決心するかな素振りで、再び口を開いた。
「この、固有名詞を憶えておきなさい――それを語るのがミーアであればまだしも、仮にワタシが口にした、その時は―――」
脇目も振らずに、逃げなさい――今度はそう、言い切ってくれた。
今の俺には、その意味は分からない。けれども、しかし……。
☆ ☆ ☆
その日の寝覚めは、決して良いものではなかった。
「………?」
けれども、悪いとも言えなくて。
「んんん~?」
強いて口に出すならばアンニュイ、とでもいったところだろうか。
どこか気怠げな、それでいて懐かしさに涙しそうな、そんな曖昧なる―――
「――あと、みっか」
「うひょぉわっ!?」
耳元にふっと吹きかけられた。甘くも鼻にかかった言葉に、生理的な反応をも突き上げられて飛び上がる。
そのまま空中で防御姿勢を取りながらに、四つん這いにも寝台の上へと着地。然る後にその反動を利用して社の外へと飛び出した。
「……何をやっているのかしらね」
「や、やは……おはよう」
寝惚け眼を覚ましてくれたのは、社を飛び出した直後にタイミングも悪く視界へと広がった、荷台の様な構造物との接触による衝撃と。冷たくも呆れた風にかけられる、莫迦を見下ろすかな白いジト目。
ありふれていると言えばありふれた、相も変わらずな幕間の日常風景。だのに何故だろう、陽光をてらりと照り返す、見慣れた筈の翠に濡れたこいつの眼を覗き込む度に。心拍音が不規則にも高まっていく錯覚。
「お前、本当に大丈夫?凄い冷や汗じゃないの」
「…ぁ?あぁ……」
言われ、気付けば胸を掌で鷲掴みに。これではまるで、昨日の焼き直しではないか。
「焼き直し?ふ、ン……?」
そんな俺の表層意識を読み取ったのだろうか。ぴくりとその美眉を片寄せたリセリーは、すっと通った鼻筋に人差し指を引っ掛ける様に、そこから芸術的にも整った動作で片手に肘乗せ、視線をずらしてみせる。
何かを考え込む、端正なその横顔。一見愁いと慈愛を帯びている風にも見えて、それでいて反面、見る者の精神を甘くも腐り落としてしまうかな、破滅にも似た予感をひしひしと感じさせて―――
「まさかとは思うけれど、『試作機構』が妙な誤作動でも起こしている……?」
「……ひゅっ…」
反射的に身体を起こし、過呼吸気味の混乱した思考を落ち着ける間もなく走り出す。と、二歩目を踏み出した足は宙を空回りして、その勢いでバランスを崩してつんのめった身体はふんわりと、柔らかな感触へと包み込まれてしまう。
「ねぇ、小虫君?」
「はっはヒッ!」
今ばかりは、その限定的方向に対する慈愛に満ちた朗らかな笑顔が。
その裏に隠されているであろう、憤怒の残り香に、慄いてしまう。
「何か、ワタシに隠している事が……あるのではないかしら?」
むにゅりと詰まった感触に顔面を挟まれる至極を味わいつつも、心持ちとしてはやや平凡な比喩ながら、蛇に睨まれた蛙のごとく。生きた心地がしないとは、正にこの事だ。
じとり、と見つめてくるその翠の眼は。それでもこいつが何気なく仕掛けてくる様な、内面を暴かんとする悍ましさからは、今ばかりは遠くって。
だから、だろうと半ば諦観を胸に。早速薄らぼやけつつある今朝の幻夢の内容を、ぽつりぽつりと口にする。してしまったんだ。
「えぇと……一寸、待ちなさい」
本来はあの幻夢で語られた通りに、この御使いにだけは、報せてはいけない内容なのかもしれないのだけれども。
目の前で眉間に指当て可愛く唸り続ける、そんな人間臭さ満点にもちらちらと、どこか複雑にも思案した風に思わせぶりな目線を向けてくるリセリーに。
―――そう。だったら、好きにすればいい―――
だって、そうでもしないとこいつが目の前から消え去って、二度と姿を顕さなくなってしまう――そんな、突拍子もない予感が、脳裡を掠めてしまったのだから。
「まったく……このワタシともあろう者が、この程度の思考に引き摺られて思い悩まされるだなんて……今生の基の察しの悪さといったらもぅ……ぶつぶつ……」
そんな錯覚に不安を抱え、改めて目の前で思考に費やす御使いを眺め見てみればだ。何やら若干ずれた失礼な事を宣っている気がしなくもないが、それでも先程まで感じていた緊張の糸はぷっつりどころか大雑把にも剪定鋏で根元からばっさりと断ち切られたかな、清々しいまでの身軽さの様なものさえ感じられた。
「はぁぁ……全く以て愚に付かないったらありはしないけれど、敢えて口にして聞いてあげるわ」
「お、おう」
片肘に支えられた側の一指しをぴっと一本立て、口にするのも馬鹿馬鹿しいといった若干の苛立ちを紛らわすかの様に、じとりとこちらを睨め付ける。
「まずは、此度の幻夢に観た内容。それにお前は漠然とした不安を覚えた」
「yes」
「……では、次。その上で『繰り返す日々』の名に関する何処かからの毒電波に、言いしれぬ不穏を感じ――これは警告だと。そう、確信してしまった?」
「はい」
「……つ、次よ」
こいつは何を、質問の度に頭や胸を抑えてはぁはぁと息を荒くしているのだろうか。
そういえば心なしか、答える度に取ってくれる面白リアクションなど、心バッキボキに折れて、それでもめげるものかと奮闘している時の俺に似ていなくもない気はするが……いやいや、まさかな。そんな心折れる問答なんかした覚えはない訳であるし。
「……先程の寝起きの体たらく。あれは『ルフラン』の名を出したこのワタシに、慄いた――そして、幻夢に観た警告が実現してしまったと。そう思った訳だ?」
「さっすがは伝説に名高き御使いサマ!その通りっ、何もかもお見通しじゃないかっ」
ついに膝から崩れ落ちてしまった。ご丁寧にも翼からひとひら抜けた、黒い羽根さえもが阿呆烏の様にふよふよと。何とも哀しげに漂う姿は哀愁を禁じ得ないというやつだ。
「おーい、大丈夫かー?」
「……そうよねぇ。えぇ、そうでしょうとも!」
さながら最近ようやく戻って来た翠を一瞬で真っ白に燃え尽きさせて、セピア調の背景にずぅぅん、と沈んだ効果線を縦に殴り書き。そんな何とも言えない風情に暫し、やっちまったかと頭を掻く。
そりゃあ俺だって、そこまで考えなしに物を言っている訳ではない。内容が内容だけにせめて想いの誤解無きよう、逡巡を見せる事なく真摯に応えたつもりだったんだけどな。
「……無駄に正直にもオブラートに包むつもりの無い、気の利かなさ!おまけに毒電波の思惑さえも短絡的に過ぎた勘違いで通じていない、察しの悪さなんて、ワタシのよく知る小虫君そのものだったわ!」
今度は打って変わってキシャー!とでも言いそうな素振りでがばと身を起こし、似合わない心配をしてやって損したと、普段の思わせぶりとは真逆の半ギレモードになっている気がしなくもない。何だというのだろうか。
一頻りを半ギレモードで独り言を繰り返した後に、やがてぎろりっといった表現が実に似合う、普段の畏怖や威厳の欠片もない感情的な貌を向けてくる。あれっ、これってもしかしなくとも、説教される前触れのアレなやつだな?
「そもそも幻夢の文脈からすれば、『繰り返す日々』の名を使ってワタシがお前に何かの話を振ってきた際に、警戒を最大限にしろという事でしょうが!単語の発音そのものに反応してどうするつもりだというの、このお莫迦っ!」
「お怒り、ご尤もにごぜーます!?」
「大体どこをどう考えたら現実のこのワタシよりも、幻夢からの毒電波の方を信じられるってのよこの阿呆っ。そこまでワタシが危険だとでも言うのか!」
「いや危険だろ?」
―――カッ!
今度こそ天罰覿面を落とされた。無詠唱無動作からの即時発動回避不可能な蒼穹なる雷の大魔法が危険ではないなら、いったい何が危険だと言うのか。
「ピャアッ!?ピィッ、ピピィ~~~!?」
「はがっ、はががががっ……」
一方の俺はと言えば、まぁいつもの通りにショック(大)状態にて数ターンは行動不能が持続するに違いない。むしろこの程度で済んでいるのが不思議でならない程度には、周囲へ広がる森林火災にパピヨン達が慌てふためき、ガードフェアリー達まで出動し始めている模様。
「……コホンッ。あと、三日よ」
「みっ、が……?」
そんな俺を取り巻く環境ではそれなりにありふれた惨状の中で。こいつは一体何をしに来たんだよと、非難の目線を向けてみればだ。
鬱憤を多少なりとも吐き出して落ち着いたのか、薄褐色の頬をやや朱に染めたリセリーは御使いたる立場を思い出したかな素振りで、そう告知する。
「今朝方に、帝都の西門より数名の冒険者が、発った――その中には、白銀の戦乙女に、三角帽に黒塗り衣装を纏う魔女の姿もあるそうよ?」
「ぞ、れはっ……」
打って変わって愉悦の混じる、人の悪い笑みを浮かべつつ。
予言を託するその御言葉にしかし、その意味を知ってしまった俺はといえば、より現実に迫った焦燥を隠せない。
「為すべき事が残っているのであれば、手早く済ませてしまうことね」
そう言ったきり、すっかり調子を取り戻したらしきリセリーは鼻で嗤う仕草を魅せ付け、狭間へと姿を消した。
ようやく消火作業も一段落がつき、容疑者Aの最有力候補としてガードフェアリー達の手によりしょっぴかれる中で。残された短い時間で出来得る準備を手早くまとめていく。
ついに、この長い様で短くも感じた春の木漏れ日の下の平和な日々が、終わってしまう。その実感に、ややばかりの名残惜しさと、そして新たな変遷の予感に身体を震わせながら―――
☆ ☆ ☆
頼太が妖精族達に連れられて、今年一番な春雷の後始末に場が大わらわとなる最中、狭間の裡にて御使いは一人、小さな溜息を吐く。
「全くもぅ、あの小虫ときたらどこまでも頼りにならない……」
とはいえだ。ぶちぶちと文句を垂れながらも、その貌は憤怒からは程遠く、どちらかと言えば凪にも近き、穏やかなもの。喩えてみれば、手のかかる出来の悪い弟の面倒を不承不承ながらに、それでも憎からずみる様な、そんな心持ちで。
「まっ……あそこまで突っ込んだ幻夢の内容をぶっちゃけてくれる程度には、信用されている。そうと思えという事かしらね」
その響きこそ単調に、醒めた風にも聞こえはすれども。
不肖の下僕あたりに見られてしまえば目に見えた反応からのお仕置きパートに移行すること請け合いな、御使いの威厳とは程遠くも滲み出てしまうそればかりは隠せない。
さても一人、区切りを付けたらしき御使いは。改めて頼太の「観た」夢を覗くべく、閉じられた心の扉を開こうとする。
ワタシにだって、思う処はある。毎度毎度を全知の覗き魔みたいなはしたない真似なんて、する訳がないじゃない――そんな、言い訳がましい独白を添えて。
「――終わりなき、悪夢」
やがて上映内容を観終えたらしき御使いは、何かを納得した風にもふむと頷いた。
「成程?その手もあったか」
さりとて、これは機能としては壊れてしまった、枝葉の向こう側よりの遺言じみたメッセージ。
ましてや同じアプローチをしてしまえばだ。小虫が捧げたささやかな信用さえも裏切りかねない、訣別をもたらす危険性が高い。
「……信じる、か」
天より堕とされた、あの頃には理解に難き、その思考。
まさか余生と言えよう今になって、決して相容れないと諦め――否、考えていた人間共の理解不能の一端に、ここまで深く関わる事となろうとは。
あそこまで明け透けに信じられてしまっては。
ここまでの居心地を提供されてしまっては。
「思えばミーアと言い、衆目憚らぬ軍勇の男と言い、今生の人間共は変人に分類される者が多い気がするわね」
これ以上の考察を続けるには、時期が未だ尚早というものか。
そうと自らに言い聞かせ、客席視点より立ち上がる。
その貌には今生での基点となった、何処かの軽薄な皮肉気を借り受けて。
とうに役目を終えて久しい、舞台址は今度こそ、跡形も無く消えていく。
その頃には御使いの姿もなしに、唯々、空虚が閉じ往く名残を感じさせるばかり―――




