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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
妖精郷&帝国の日常:閑話の章
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廃忘召さざる、怪顛の亡失

 あの日、あの時に、あったかもしれない――悲劇の序章。

 IFの最たる、かの冒涜は――高望みしてしまった、覗き見行為がその始まりで。


おまえ(・・・)は……間違いなく、絶望に染まりきっていた筈……なのに」

「この、(ぼく)が――そんなに、聞き分けも良く引き下がるとでも――」


 起こり得る時分こそは移ろえども、(まつ)ろわぬ結果ばかりは――どの道筋を辿ろうとも変わらない。

 真に翠が加護(のろい)を拝した、揺らめく現実(いま)に立つ一点。今こそ機だと白き華奢は絶ち上がり、翠の根幹へと手を伸ばす。


「ワタシの眼は、誤魔化せない……今にも消え去り果てゆくその襤褸な躰で、今更何を出来るというッ!」


 諦観も、絶望も、慟哭さえも味わい尽した。挙句が今に再び目覚めた後の、道化に据えられた不出来な滑稽劇に、未だ見果てぬこの(・・)悪夢。

 しかれど今この場この時にのみこそ、御誂え向きに過ぎる不可思議極まりない状況だ。


「嗚呼、だから――」

「させる、ものか――」


 ―――その、(むぼう)ワタシ(ぼく)のものだ―――


 二重にぶれる、想いの吐露は。故にこそ絡み合う。

 今は過ぎ去りし、ほんの一つ前にあったかもしれない、舞台の裏の(うば)い合い。


 それが、あの一部始終(とくいてん)の始まりであったのだ―――




☆ ☆ ☆




「まままっ、まずいですぅ~~~!?」


 今は未だ――との冠詞こそ付くものの、初の『観測』という名で呼ばれるであろう覗き見行為。

 それが行われた揺らぎよりは、ぺっと体内に入り込んだ異物が吐き出される体で翠の娘が上下逆様に大騒ぎにも飛び出してくる。


 そのまま地面へと無様に顔を擦りつける未来が待っているのかと思いきや、予想外に鍛えられていたらしき全身の発条を余すところなしに活かした素振りで身軽にも空中半回転。サスペンションの要領で両の膝から脚へと着地の衝撃を逃がして繋げ、機能美にも片側に可変スリットの入った薄緑色の衣装よりは活力薫る張り艶がかった太腿を覗かせて。

 平時であればこのまま暫し、決まったとばかりにドヤ顔を見せるがこの娘の常ではあるが――今ばかりはそうも言ってはいられない、と目に見えてわたわたはわはわと挙動不審にも中庭部分を駆け抜けていく。


「こっ、このままだとっ……りっ、リセリー様のッ!二度目(・・・)となる無様な敗北がっ、不名誉にもこの樹精神殿に刻まれちゃうんですぅ~~~!」


 ぽかんと揃えて口を半開きに、今代の祭祀たる者のいっそ清々しいまでの無様を見送るのは、腰から下に蜘蛛のフォルム持つ臆病なアラクネー達。翠の娘が神殿内部へと飛び込んでいく様を遠巻きにも眺めて後に、どうしようかと目配せし合う。

 それでも、時間というものは各々の都合に関わらず進んでいくものだ。

 しとしとと舞い始めた季節外れの嫁入り雨に、干していた蚕の糸が濡らされないよう慌てて皆で取り込み始める。


 やがて作業も一段落がつき、各々も借り受けていた近くの民家へと引っ込んでいく。

 後に残されたのは通り雨に照り返された、取り立てて何もなく見えよう神殿中庭部分。

 そこ(・・)には誰からも視えない筈の、何かが未だ、立ち揺らめいており―――


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「――はぁ?」

「ですからっ!本来あるべき道筋(すじがき)が、書き換えられちゃうんですぅッ!」


 素っ頓狂にも訴えかける、神官(げぼく)の語る内容。それは俄かにどころか、どこの浪漫小説を覗き見してきたのかと言いたくなる荒唐無稽なものであった。


「つまり、何?このワタシが、たかが一個のヒトが一形態風情に、手も足も出ずに、アレを奪われたと言いたいのかしら?」

「My thoughts exactly!(正しくそう思われます!)」


 皮肉を込めて噛んで砕いてやった言葉に、返されたのは気取った風にも九十度に腰を折り曲げ、ふわふわとした薄緑色の衣装には真逆の印象魅せる執事然とした所作。こいつとは一度しっかりと、観測の何たるかについての目的等々、自らの下僕として突き詰めて調教(はな)してやる必要がありそうだ、とは後の御使いによる独白だ。


「ほぉ~?それは何とも興味の惹かれる、面白そうな話ではないか?」


 そんなちぐはぐな主従の横合いからかけられる声。

 今日も今日とて実験の失敗らしき結果に身を煤けさせて。にも関わらず懲りるという言葉とはこれ程遠いものはないと声高に語り、楽しげどころか不遜にも愉しげに、三又の尾を揺らめかせるシルエット。


「詳しく聞かせよっ!このところ失敗続きであった戦略しみゅ……もごっ、歴史踏襲の真似事にも飽き飽きしておったところよ!この余、自らが経験の少ないおのれらに代わり、策を授けてしんぜようぞっ」


 故にこそ。彼の狂姫は言葉少なげにも白き者の言に相乗り、そして本望をのみは果たすべく動くに留めた。然してそれが余計な介入を防ぎ、彼の郷の騒動を最小限に防ぐ一手となった事を予想出来た者は、今この場には居ない。


「あぁそれと。今回のは貸し一つであるからなっ、きちっと返せよ!」

「どの口で言っているのだか。それを言うならこれまでの『観測』擬き等々、お前達の命綱である情報の対価を支払えと言うものよ」

「……わはははっ!」


 この子狐、そのうなじに流れる一筋の通り、未だ発展途上につき。

 攻めの仕込みこそ大胆丹念ながらも熟達すれども、受けに回るとまだまだ粗が目立つ様子。

 さりとて、邪魔立てをされるよりは余程ましというものだ。ならばと此度の対価にもう一言を添えて、場慣れをしている専門職へと後の情報戦(仕込み)は任せるとしよう。


 一手目からして、翠の僅かを喪う結果に終わってしまった此度の『観測』。

 ではあるが、可能性(さき)を見通す可能性という、矛盾をする物言いに見合う引き出しを建て増しする目は少なからず視えてきた。ならば我等が本望を果たす為に、此度の自体を利用しない手は、無い。


「思えばこれも、考えなしに目に付いた相手(ワタシ)をあの孤独からお節介にも掬い上げてくれた、お前の業が背負ってしまった後始末――精々足掻きなさいな、小虫君」


 そう、厳かにも嘯く一方で。

 いざとなれば、他の全てを喰ライ尽シテでも、お前だけは掬い上げてみせる。

 それが、たかが人間風情に借り受けてしまった、利子も多大に膨れ上がった御使いとしての矜持が一。

 それこそが。あの頃に追い落とされた、憎きヒト共のやり口に煮えたぎった心の釜を唯一冷ませる、堕ちたる者の復讐だ―――




☆ ☆ ☆




「――終わってみれば、と言うべきかしらね」


 今に新生した、白き無垢が成れの果て。

 その、誰にも歓迎されない西の地への旅路を、密かに拝借した城壁の物見部分より見送って。


 これ以上の権能(ちから)の無駄遣いは御免だと、次いで商店街にて生活必需品を買い足すべく、更には幾許かの嗜好品の類に費やす無駄金、寄り道、帰り路。

 最早見慣れた我が城である、樹精神殿の中庭部分で二人は立ち止まる。


「――ふゥん?」

「御身が真の意味での復活直後に、矮小なる一個相手の負けなんて汚点を刻まずに済んで、本当に良かったですっ!」


 御使いの真意も知らず、そうと言い切り差し込んでくるのは、数秒の後に健気にも自らを人身御供に天罰覿面を体現するであろう、両手に大量の買い物袋を提げて消耗しきった僕の娘。今や小柄な特徴を強く露わとしたその身からは、それでも色々な意味でやり遂げた感が無遠慮にも全方位へと滲み出していた。

 一方では強制的に発せられる、喘ぐ嬌声のBGMをオフにした御使い。空いた側の掌を揺らぎへと伸ばし、ややばかりの不快感を美眉にしわ寄せ醸してみせる。


「こんな近くに特異点(ヒント)が隠されていたなんて、ね」


 まるで、視えない何かを見通さんとすべく。

 舞い戻って来た日常の仮面が奥底には、未だ淡いながらも染まり始めた翠の微か。

 やがて、そこに何を観たのか。鼻白む素振りを晒して後に、一言。


「触れれば散ってしまう様な、あの幽けき羽虫の最後の足掻きにしては、洒落の利いた真似をしてくれるじゃあないの」


 ぞろり、と覗かせるは見る者の本能をこそ慄かせる、不吉を多分に孕んだ貌。

 しかしながら間近でその不吉を目の当たりにしながらも、見るも無残に吊るされた、僕の娘は動じる事なしに。虚空から湧き出した黒鎖による上下逆様の羞恥吊るしに、はだける祭祀の衣装を必死の体で押さえつつも、小器用にもやれやれと肩をすくめてみせるばかり。


順序こそ逆に(・・・・・・)なってしまいましたが、それを言ったら先に手を出したのはあの羽虫の方ですもの。一仕事を終える前の締めとして、往生際も悪く特異点(ここ)にこびり付いた紅き残り滓――送り届けてみせなさい?」

「アイアイアム!」


 手段は任せた。そうと言って御使いは消え逝く揺らぎに背を向ける。

 もう、そんな過去の遺物は興味の埒外。あの頃に比すれば不完全ながらも、これこそ今に生きる者の権利だと言わんばかりにその両脇には寄り道からの戦利品袋を提げながら。そのまま思わせぶりにもひらひらと、後ろ手を振ったまま拝殿の中へと歩み去った。

 取り残された形となった僕の娘はしかし、黒鎖の戒めより解放された自由落下から軽やかにも虚空で身体を一捻り。

 地へ片膝を付き、命を受けるその姿勢は奇しくも祈り捧げる祭祀のそれ。その瞳にはやはり、託された淡き翠が僅かに戻り始めていた。


「とはいえ、どうしましょうかね?観測結果とのずれ(・・)を反映した結果、あの方達の(ココロ)にどう影響するやら、まずはそこから見極めていかないと……」


 ふむりと考え込む仕草は実に様になっていて。それでもどこか、大真面目な風にも関わらず真剣味に不足しがちな、愛嬌のある傾げ顔。

 その結果が、まさか――本人でさえも予想だにしなかった、あのような事態を引き起こそうなどとは―――

 白の篇全般に言える事ですが、裏話だからといって設定の全てを詳らかに説明するのではなく、ある程度の想像を膨らませる余地を残した書き方というものを試してみました。

 この一話で『神墜つる地の神あそび編』ラストのあれに繋がる風味のそもそもの発端へと繋げたイメージとなりますが、如何でしたでしょうか?


 感想・評価等々、今後の参考にすべくお待ちしておりますm(_ _)m

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