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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
妖精郷&帝国の日常:閑話の章
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RPGあるある -ステータスの上下について-

 それは、古戦場にぽつんと佇む、羅刹であった頃のあしあと。


 さながら顧みすらしなかった、悪鬼となった時分を恥じて―――

 あるいは(かむ)さびた舞台を省みて、次こそはと、修羅へと鍛え直すべく―――


 いずれにせよ、この場に至るまでの心の姿勢が問われよう、自らへと問いかけるべくな対話の(とき)は、すぐそこに――あった、筈なんだ。


「ですから、せめてその対話をする暇がもうちょっと欲しいなって思うのですがっ!」

「今更お前ぇが、この程度で音を上げる訳もねぇだろが」


 どうしてこうなった、とは正にこの時の為にあるようなものだと思う。

 始めは、ほんの若干ばかりの。そう、ここ暫しの活動の場を街中に移していたが為の、サバイバル知識の未踏襲。それが切欠となった、おさらいだった……筈なんだッ……。


「なのに、どうして耐久走に…ぜぇ…なって、はぁ……」


 ただいま妖精郷の周囲、外苑部を回る天然の運動公園環境を初志貫徹マラソン中。

 先日の家出犬騒動で釣鬼先生の目が完全に据わってしまい、本人曰く、方向性の間違ってしまった身体と精神(こころ)に初心に返った再訓練を施してやる、との事らしい。


「最近の小競り合いにも言えた事だけどよ。お前ぇは、猫になりてぇのか?」


 まずはひたすら走り続けろと言って自身も伴走してくれている先生が、俺が息切れをして足をもつらせる度にかけてくる言葉。


「猫っ、て……何がよ……?」

「昨日のおらさいでも言ったろうがよ、猫と犬の違いってやつをよ」


 言った傍から見えてきた、幾度目かを思い出すのも億劫となる、巨木をよじ登っていく釣鬼。これも筋肉が偏らない様にと本日のメニューに加えられた、耐久障害走のチェックポイントの一つだ。


「はぁ、はぁ……ふぅ~。ええと、猫は本能に忠実な瞬発型で、犬は学習へと寄った持続型……だっけか」


 この木登りをする際のみは、特別に息を整える暇を与えられている。せめてもの幸いと森林特有のしっとりと澄んだ外気を存分に肺へと取り込み深呼吸をしつつ、酸欠気味で思考力の鈍っていた脳を働かせようと試みる。


「デンスに居た頃も言ったよな。お前ぇは一定の域にまで達するまでの筋は良いんだが、その先を目指すにゃ、少しばかり向いてる方向が違う気がするってよ」

「む……」


 新たな環境に心湧く、当時の俺にとっては何気もなかった筈の指摘。念を押す様に投げかけられるその言葉に、ややばかり自身の表情筋が強張るのを自覚する。


 それは、ここ妖精郷を含めた帝国の地へと足を踏み入れて以来、有事の対応へと要求をされる、ある種の壁の高さ。

 帝都の夜に幾度となく繰り広げられた、軍属達との小競り合い然り。あるいは、あの御使いを筆頭とする、超自然的な諸々の存在との邂逅に付随する、対応能力技術共に。

 その言葉はふとした際に心のガードをするりと抜けて入り込んでくる。


「極端な話になっちまうがよ。お前ぇにも分かり易く、地球(あっち)の例に喩えるとすりゃあ、だ」


 ―――その『鎧』なしで自動小銃を構えた部隊相手に真正面から突っ込んで、力尽くで制圧をする英雄でも気取るつもりか―――


 今も器用に全身を活用した木登りを余裕綽々にこなしながら、そうと釣鬼は問うてくる。

 ここ最近に見せてしまった無鉄砲さなどは、その最たるもの。

 ただ漫然と持ち得るものばかりをぶつけ続ける体たらくでは、いつかはそれが届かぬ壁にぶち当たると。そして、そんな現実の壁を力尽くで打ち破る様な馬鹿げた真似を可能とするのはそれこそほんの一握りの、人外じみた英雄サマくらいのものであると。そう、言いたいらしい。


「だからよ。まずはとことん喰らい付けるよう、もっと持久力を伸ばしやがれ。そうすりゃあ、お前ぇ――あわよくばと言わずとも、相手の体力切れを狙って猫科の大型獣だって制圧出来る、ちっぽけな『狗』が完成する目だって見えてくらぁな」

「そりゃ、何というか……」


 ひたすら、疲れそうな話だな。

 とっかかりとなる幹の出っ張りへと四肢の先端を引っ掛けながら、言わんとする内容をじっくりと吟味する。

 これもまた、思考の割り振り配分を鍛える釣鬼先生特有の修行理論。別種複数の作業を並列して行う動作に慣れる事で、往きつく処は俯瞰――とまでは言わずとも、その前段階として場の空気の(きず)、といったものがおぼろげながら徐々に見えてくる様になるらしい。


「お前ぇが憧れていた達人ってやつだってよ、何も生来の素養だけじゃあねぇ。それこそ大半がこういった地道な訓練を続けて、思わずとも身体がそうと動く様に、反射漬けにさせていっている部分があるんだよ」

「そんな、もんかぁ」


 釣鬼先生の言のみならず、俺自身がここ最近行き詰りかけていた、正面切ってのぶつかり合いの限界地点。

 先の話に喩えてみれば、猫科の大型獣――ボルドォ代行を相手取って、どうにか出来るかといった話でもある。

 無論、あの代行が持ち得る素養のみであそこまでの化け物に上り詰めた、などといった妄言を嘯くつもりはない。それこそ先生の語った通り、長年を積み重ねた経験そして研鑽が重厚なバックボーンとして根付いているのは間違いないのだが。


「そこで活きてくるのが、素養や経験だけじゃあ中々どうにもならねぇ第三の要素ってやつだ」


 更に一段上の大ぶりな枝の根元に腰をかけ、悠然と見下ろす釣鬼先生に遅れる事暫し。ようやく俺も、枝葉の一本をクッション代わりに小休止を取るに至る。


「っぷぅ――第三の要素、ねぇ」


 誰しも、得手不得手といったものはある。それは人間に限らずに、生物の枠に括られるもの全てにも言える話であるのは、少し発想を膨らませれば容易に辿り着ける話だろう。

 その得手をカテゴリとして分けた場合、俺はいわゆる器用貧乏、あるいはオブラートに包み込んだ言い方をすれば、サマルタイプというやつだ。当事者本人としては誠に遺憾ながら、万能型などと言える程に思い上がっているつもりもなければ、地力だってその域には達しちゃあいない。


「あの姐さんやミチルに関連した特異についちゃあ、一先ず置いとくとしてだ。今のお前ぇが、この環境で人よりも少しでも胸を張れるモンったら、何だぃ?」


 どこか得意気にもそう問うてくる、高みよりの謎かけ風。

 一方で投げかけられた俺としては、考える以前に吹き出さざるを得なかった。少し前に自分で持久力やら体力がどうのと言っておいて、その出題はないだろうよ。


「……ちっ、五月蝿ぇな」


 それを指摘するまでも無く、少しの後に顰めてみせるは不貞腐れたご尊顔。

 どうやら、今日の釣鬼は師匠モードがお気に入りの様子。不肖の弟子を自認する立場としては、もう少しばかり師匠の顔を立ててやるとしますかね。


「あー、ボルドォの奴も大概な例外だけどよ。言いてぇ事は、分かんだろ?」

「そらまぁ、ある意味こうして現在進行形で身に染みてるからなぁ」


 ここで言う猫科の大型獣、つまりは格上の天賦の才持つ者でとて、生きとし生けるものである以上はその物理法則に逆らう真似など出来やしない。それは魔法といった超自然的な法が影響する、この世界でもそうそう容易いことではない。


「ここ帝国じゃあ、コスパの良くて出の速い軽魔法使いが主流な辺りを見ても、経戦能力を主眼に置いている文化思想だもんな。ピノ辺りの立ち回りに対する貪欲な学習姿勢なんざ、その最たるものだし」

「そーいうこった」


 あるいはRPG風に語るとすれば。

 先の話にもあった、体力切れによる身体能力(ステータス)の低減等々、目に見えない部分での工夫を凝らし、自身へ有利な環境へと導き誘い……そして、最終的にはハメ殺すといった手法。

 それであれば、確かに。分かり易くも格差の激しい水晶鑑定といった、古代王国の気風に近い魔導系魔法志向の強い公国や、冒険者組合(ギルド)が推薦している手法を副総括、延いては帝国軍が毛嫌いしているのにも頷ける。

 その意味で言えば、現在の立場としては俺達のボスである出雲などは、前者二つの中間で、使えるものは何でも使えといった姿勢を露わにしていたっけ。


 こういった思想の違いから、国としての色分けが為されていくのだなと考えると、これはこれで何やらふつふつと滾ってしまうものがある。


「まぁ、そういった主義思想はお偉いさん方に任せっけどよ。少なくとも今のお前ぇは、あの夜会の夜にも見せた驚異的な粘りっつぅか、生来の足掻き志向みてぇなのがあるのは、自覚してるよな?」

「うへーい」


 だから、やるべき事は解っているなと。そう念押しすると同時に木登りを再開する釣鬼。

 やや取り残される形となった俺は一寸ばかり明確となった、ひたすら地道な労力が待っていそうな今後の基礎方針にげんなりとしつつも。諦めも肝心だと疲労困憊の身体を宥めすかして、憎たらしい程の清々しさを見せる冬場の快晴へと向けて、のそのそと幹へと手を伸ばして立ち上がる。


 明日は、久々の筋肉痛に頭を悩ませる事になりそうだ―――

 わりと山無し落ち無しなお話。意味はあると思いたい。

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