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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
裏章 魔を誘う祭祀-白の篇-
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白の篇EP -彼方の報せは、絡み拗れる迷路のように-

 ようやく、頼太視点に戻りました。この形式が書いてて一番楽しいわー。

 雪解けの夜明けに見えた、意地っ張りたちの最後の音楽祭。

 ある意味では妖精郷としては終わってしまったと言えよう、現在(いま)のこの地の事情。それが故に殊更に真実を吹聴してやる必要を感じはせずに、いわんや義務などこれっぽっちも存在はしない。


 その、事情とは―――


「今代の巫女こと、わたくし紅苑のピアは!改めてここに妖精郷としての郷の終わりと、巫女の引退の決意を表明致しますっ」

「姉ちゃン、まだやってたノ……?」

「……くぅっ」


 双子の妹からの何気ない横合いの一言に、ぐっさりと大事な何かを抉られたかなよろめきを見せるピア。査定会の当初と比べて気持ち以上に目減りをした護衛達からも微妙に生暖かな目線を向けられながら、それでもこれが自らの為すべき事と言わんばかりに、街頭演説へと精を出していた。


 街頭演説。そう、街頭演説だ。


 それはまるで、人気が落ち目となってしまったアイドルの如く……こほんっ、失礼。

 あるいは否定批判ばかりのブーメラントークで比例落ちが続出し、見向きもされなくなってしまった議員先生方の様に……扱われ方のニュアンス的には多分間違ってはいないと思う。


 ともあれ、だ。


 噂に聞いていたよりも精力的であったらしき妖精族により、査定会場を改修して新たに拓かれたここ、第二十三次・演技研鑽記念広場と名付けられた公園区域の一角では。


「巫女サマー、何ヤッテルノ?」

「新シイオ遊ビ?」


 「紅苑のピア、改め『ぴあ☆のびれ』」と、またどこの層の受けを狙ったのかと言いたくなる理解に苦しむデザインで描かれた、近代共通語による真名ロゴ入りタスキをかける、元巫女と。そして珍奇な催しに興味を惹かれたらしき彼女を取り巻くお子ちゃま妖精達が、その背に擁く妖精の証を思い思いに動かし、もきゅもきゅわきゃわきゃと。


「モシカシテ、マタサテイカイ?」

「巫女サマモ、催シ物ヤリタクナッチャッタ?」

「えぇと、私はもう巫女じゃなくってね?その……ピエラぁ!?」


 そんな、ある意味限定的に悲痛な助けを求める声へと返される反応としては、惚けた素振りに調子っ外れな口笛などを吹きつつ、逸らす幼女の目の傍からは、まだまだ寒さの残る季節外れにも滲んでしまった、一粒の汗。

 成程把握。いつもの悪乗りで唆してみたら、生真面目なピアが真に受けてしまって後には引けなくなっちゃったやつか。


「この、はくじょうものぉ~!助けてエイカさぁ~ん!」


 何というか。過去に昏きに別たれて、激動の時代に翻弄され続けたあの半身達の次代を名乗るにしては、実に俗っぽさを感じさせる目の前の情景。

 こういった惨状、と言えなくもないような、それでいて傍から見る分にはまだまだ青さばかりが目立とう微笑ましいやり取りは、当時の想いに沈んだ当事者達の目には果たして、どう映るのだろうか。


「―――」

「……キュッ」


 終わった後だからこそ、何気もなしに軽く問えよう。

 そんな軽い気持ちを目線に乗せれば、そこには一見感慨深きにも社の壁へと背を預け、長年張り通しであった肩の力をすっかりと抜いた様子に見える、白さんと。

 どこか虚ろにも映る、焦点の定まらない黒眼を晒す白さんを気遣う様に支えながらも、やはりどこか諦観入り混じった素振りで深い溜息を吐き、首を振る事でこちらへ返すピピの対照が実に趣深くって。


「あれは流石ニ、ざまァ……とは言い辛いかナァ……」


 横合いからは、同情の声。この言葉からも、この幼女が似た様な事を考えていたんだなという、哀しみ溢れる事実が察せられるというものだ。


「――ぽへぇ」

「あッ、魂が抜けちゃッタ」

「ピィイッ!?」


 メタな事を言い始めたピノを尻目に、遂にはずりずりと腰の抜けた有り様で社の壁伝いにぺたんと尻餅をついてしまう、白さん。俺達が慌てるまでもなく、その役目を真っ先に果たしてくれたピピの悲痛な叫び声をBGMに、懐かしき我が故郷の暦で言えば立春を過ぎた、ここ妖精郷の麗らかな一日がまた始まるのであった。


 ・

 ・

 ・

 ・


「ぐ、むぅ……」


 今もまだ、幻夢(ゆめ)の名残に魘されているのだろうか。

 妖精族の使うそれを横並びに三台連ねた特注の寝台には、額に大粒の汗を滲ませたボルドォ代行が横たわっている。

 今もピピに支えられながらも呆け続ける白さんが正気を保っていた頃に曰く、数えて十日の長きにも及ぶ悪夢の残滓に囚われていた代行は、文字通り精魂尽き果てていたらしい。

 集落へと戻った直後に張り詰めていた気力は限界に達し、以来数日間を客人用に誂えられたらしきこの臨時病棟代わりの部屋で臥せっていた。


「―――」


 やはり言葉無きながら、先程よりは焦点が戻って来たらしき白さんの眼差しは、何の情感も無しに魘され続ける代行へと向けられたまま。座らされた椅子の上でもメトロノームの様に揺れて力の入らない、白さんの身体をはわはわと忙しなくバランスをとって支える、ピピの甲斐甲斐しい素振りは見ていて居た堪れないものがあった。

 とはいえこれは、ボルドォ代行の容体が重篤、という訳では決してない。何より正気だった当初の白さん自身が、俺の身に降りかかった魂の損耗と同様の事が起こっただけであり、じっくりと休んで療養すれば解決する話だと太鼓判を押していたことだ。その点については心配する必要はないのだろう。


「ぐ、うぅ……エメリィ……」


 その響きへと過剰に反応する、白さんの貌。

 今ここで問題となろう、肝要かつ真摯に溢れる、ひたむきな訴え。うわ言に呟かれた残酷なまでの真実に、あの幻夢(ゆめ)の果てを識る者達は皆、悼ましきを隠せない。


「ね。ボ、ルドォ」


 かくん、っと一度首を落とした後に、歪な再起動を果たしたらしき、白さんは。

 切に響こう呼びかけはしかし、被せられた本日幾度目かとなるうわ言に含まれる、そのフレーズに遮られて。

 その度に、この世の終わりを目の当たりにしてしまったかの如き、魂の抜けきった面持ちを晒してしまうのだ。


「エメリィ、って……だれ……?」

「特務大尉殿の、奥方の名前だな」


 ずばりと端的にも容赦なく、否応なしに告げられた事実。

 慈悲無き執行を担当したのは、ここ数日の臨時医務を買って出たエイカさんだ。


「ボルドォの野郎。こう見えて、大の愛妻家なんだってよ」

「冒険者上がりの叩き上げでありながらも、帝国軍に引き抜かれた決定打となったのは偏に帝都を故郷とする、奥方への想い篤きより――と当時の軍属の間では囃し立てられていたのだとか」


 定時検診用のカルテを片手に、空いた側の手には駒石を弄ぶ姿が実に様になっている、女医風衣装のエイカさん。ここ数日は暇を持て余していたらしき釣鬼との盤上遊戯も片手間に、参謀府への報告資料の取り纏め等に精を出しているらしい。


「………」


 そして、ここ数日に晒してしまった醜態の最たる白さん。何度も何度もしつこい程に聞き直しては、信じようとしなかった精神へと止めとなり得る衝撃に、ぽろりと一筋。


 ―――ぽふり。


 遂には一際大きな想いの滴を零した後に、代行の臥せっている寝台へと後を追う様に倒れ込んでしまった。


「ノックアウト、されちゃッタ」

「もうっ、見てられないッ……!」


 死体蹴りにも程がある解説に、妖精郷の特産物である艶がかったゴスロリ風着物の袖で顔を伏せ、言葉通りに部屋から飛び出していったのは、扶祢。その際に医療助手らしき役回りをこなしていた妖精族の一人を盛大に突き飛ばしてしまう。


「いったぁ……」


 たまたま最寄りとなった位置取りから助け起こそうと手を伸ばしてみるも、どうやらそんな気遣いさえも気に障る行為と映ってしまったらしい。ブチ切れモード時のピノやマニのそれと比較すればややマイルドな睨み顔を返されて後に、その妖精族は不貞腐れた様子で立ち上がる。


「そういえばミキ、正式にエイカさんの預かりになったんだって?」

「ふんっ。おまえたちのせいで、もう妖精郷は無茶苦茶だよっ」


 ぶちぶちと愚痴めいた呟きからはしかし、取り立てて拒否の感情は見受けられずに。代わりとばかりに遊戯に興じる診察席の側よりは、肯定の意を示す無言の首肯を返される。


 あの査定会が終わった後に、ピア、マニ、長老達にエイカさんを加え、妖精郷のこの後に向けて話し合われていった大綱。

 その中には、帝国よりの使者であったエイカさんへの傷害を侵してしまった、ミキに対する扱いも当然含まれていた。


「この際だ。郷の手厚い保護の中、外を知らずに育った常識知らずを直す意味でも、暫く社会勉強をするのが無難だろう」


 決め手は、被害者ともなったエイカさんによるこの一言だったという。

 異論も勿論、様々にあったろう。だがしかし、妖精郷を一度解体すると決まった以上は可能な限り遺恨を残さぬよう、互いの譲歩が重なり合う一点として、ミキを差し出す形となる事ばかりは避けられなかった、のだろう。


「今は……マニちゃんやピアちゃんに合わせる顔もないから、好きにしてよ……」


 こうしてミキはエイカさん付きの医務見習いとしての、帝都行きが決まった。


「まずは、帝都に着くまでに下積みの基礎から覚えないとな?」

「はぁ……これまで積み重ねてきた立場は無いも同然で、新しく覚える事は多いし、やってられないよ本当に」


 今もぶつくさと言い訳がましい小声を零しつつ、それでもエイカさんに命じられた通りに書類整理の補助や近代共通語の書き取りを生真面目にも進める。そんなミキに、慈しみに溢れながらも生来の生真面目さが故に、惑って、悩んで、足踏みをし続けていた……白さんやピアといった白きに連なる面々の、抱える哀愁を感じられずにはいられない。


 えっ、ピノ――ですか?ほら、あいつはどっちかってとパピヨン枠ですし?


「……覚えとケ?」

「な、何の話か、ぼかぁ分からないナ~?」

「ピィ……」


 察しも良すぎる、じとりとした視線。す、少しばかり脱線してしまった気もするし、命の危機を感じる前に残る二つの本題へと戻る事としようっ!


「一つ目の、ここ妖精郷の再編については、まだまだ互いの立場のすり合わせに難航しているといった処だな」


 とはエイカさんの言。


 草案としては既に妖精郷を治めていた巫女と長老達により出されているらしいのだが、そこでもやはり意見の齟齬が大きく、纏まりきらない現状との事。ピアの珍奇に見えたあの街頭演説もどきも、その齟齬に端を発するものであるらしい。


「どういうこった?」

「知ーらネ!」


 冒頭にも予想された通り、姉に相談をされたらしきピノへと直に聞いてみれば、何やら含みを持たせた様子で上機嫌にも、ぷいっとそっぽを向いてしまわれた。

 まぁ、ぴりぴりと不機嫌になられるよりは余程ましというものだ。求められたる役相応に軽く肩を竦めてみせるに留め、残されたもう一つの本題へと向き直る。


 残る本題、即ちこの病棟代わりの小部屋にて、見た目だけで言えば愛睦まじく臥せる、風にも映る、白色の重病人ズ。

 うち一名は身も蓋も無いネタバレを受けて初恋破れたショックで寝込む、ただの哀しみ溢れる一時的な精神疾患の類。未だ草津を超えよう温泉施設が存在しない以上、こちらは時間の経過というスタンダードかつ、コスパに優れる特効薬にお任せをするとしてだ。

 問題となるのは意識不明の重体である、ここ数日間を昏々と眠り続ける、ボルドォ代行に関わる話とエイカさんは云う。


「先日、この臨時病棟へと特務大尉殿が運び込まれた際に、懐から見つかった物だ」


 そう言ってエイカさんが机の上に置いていた、一通の便箋を差し出した。

 向かう先は、俺達へと。互いにどーぞどーぞと譲り合っていたピノと、周囲の微妙な目線が集まる中いっせーのせで離れてみれば。やはりというか何というか、先程よりもやや温度の下がった気がするエイカさんの目線と手に持つ便箋は、俺の側へと向けられていて。


「俺、っすか?」

「本来の取り決めならば、機密文書かもしれないこれを開く権限は私にはないが。特務大尉殿がこの状態では、な」


 言われ便箋を覗き込んでみれば、封の部分が切り取られ、中身の手紙部分が顕わとなっていた。

 裏を返せばそこには、軍務参謀府を表す帝国軍のサイン―――ではなく、驚きな事にその差し出し元は冒険者ギルド、それもヘイホー支部のもの。


「そういやぁ、ボルドォの奴は帝都支部のマスター代行をしていやがったんだっけか」


 横合いから便箋を覗き込み、釣鬼が興味深げにそう語る。とすればこれは、ヘイホー支部より帝都支部へと送られた、ギルドの案件に関わる通達という事か。


「いやいやいや。そんな大事な物をいちギルド員である俺が見る訳にもいかんでしょーが」


 慌てて頭を振った俺は、同じく好奇心をくすぐられたらしきピノの予想外に強情さを感じる腕を押さえつつも、拒否の証として突き返そうとする。と、エイカさんにしては珍しくも柔らかな、ふむと一拍気の抜けた息を吐いた後に、こんな返しをしてくれたんだ。


「ギルドの管轄事であれば、私が関わる話でもないからな。お前がそう言うのであれば、大人しく沙汰を待つのもありだとは思うが――」


 言葉こそ短きながら、その裏側から読み取れたものは。目に映された平坦の中にもここ暫しを共に過ごした者同士に通ずる、忠告とも厚意とも取れるその色は。

 何よりも、沙汰などといった不穏極まる語句を発してくれる辺りに、降って湧いた嫌な予感が止まらない。


 暫し頭を悩ませた俺はといえば――権限を越えた行為の濡れ衣を怖いもの見たさの好奇心へと被せ、ギルドの正式書類の証である、高級なパルプ紙仕立ての通達書へと目を通した。




―――――――――――――――――――――――――――――――――


【通達事項】

 以下の者の身柄の拘束、または所在地の確保を、全支部へと通達する。


 被疑者氏名:ライタ ヒノカサ(皇国読み:陽傘頼太)


 捕捉事由:ギルド条項3-1-3より、

      身分の虚偽、または来歴の条件不一致により、

      ギルド員としての資格剥奪の容疑にかかるものとする。



             ―――冒険者ギルド、公都クムヌ総本部


―――――――――――――――――――――――――――――――――



「…………は?」


 たっぷり十数秒ほどを、停止した思考の再起動に努める。

 然る後に、更に数分をかけてじっくりと読み直すも、そんなまさかと縋る希望は、厳然とした現実に塗り替えられていくばかり。


「これ、ッテ」

「おぃおぃ、またきな臭ぇ事になってんな」


 思わずといった様子で顔を見合わせた後に、まじまじと覗き込んでくるのは釣鬼先生とピノ。そんな二人の視線にしかし、それを気に留める余裕さえ無しに。


 通達書の最後には、ヘイホー支部のマスターとサブマスターである、ヘンフリー、リチャード両名による受理の印が認められたサインと。そして、日付としてはここ妖精郷の騒動の始まった夜に前後する、二十日程の前に。


 当該管轄者であるサリナほか数名が、被疑者受け渡しの為に近く帝都を訪れる旨が書かれて、いたんだ―――

 終わってみれば、次への繋ぎっぽい締め方ですが。

 妖精郷にまつわるメイン話のエピローグとしては、ほぼ語り尽くしたと思うのでここまでとなります。妖精郷の皆さん、お疲れさまでした。でも白は南無。


 次回よりは閑話の章を設け、そこに休止中の溜まりに溜まった日常パートを盛り込んで後に、楽屋裏となりましょうか。

 ちなみに今回のEPにかかった実作業時間、帰宅後の合間に約二日ほど。

 白の篇の一話にかかっていた実時間と比べると、あの抒情詩っぽい構成がどんだけ精神的な負担になってたんだよっていう、笑うに笑えない結論に。分を弁えるって、大事ネー_(:3 」∠)_

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