白の篇㉖ -悲喜劇閉じ往く、レクイエム:後編-
辿り着いたその目と鼻の先には、夜明けに無貌との別離に涙した、終わりの地。
やはり、ここだったか――器の若者は息の上がったままにそうと言い、狐の娘はただただ耳伏せ、項垂れる。
「ボル、ドォ」
今や泉の鏡面には翠の薄明りが一面を覆い、そこをスクリーンとして向こうの情景が一方的に映し出されていた。
その情景とは――幾度も幻夢観て、避けようと足掻き続ける結果ともなった、はじまりの白昼夢。その、再来だ。
「そこに、いるんだろう」
誰が、とは言わずとも。
がちりと奥歯が噛み締められる音。目線は泉に釘づけながら。
明確に沸き立つ憤り、やるせなさ……そして、ほんの少しばかりの慚愧。綯交ぜとなったそれらが向けられた先に、ぽうと、朧げにも浮かぶのは――蒼くも昏き彩を小さき異形に纏う、魔堕ちの者たる蛾の証左。
あの夜にもはっきりと魅せられた、貫く芯の通った意志の灯。ピピルの啼き殻を基とした、遥かな向こうに別たれた半身、そのものだ。
「君は、否――あなたは」
帝都の地にて、あの無貌の虜となりて狂気の仮面に視界を塞がれ、ひと度は束の間の眠りに追いやられた、モノ。
その無貌が真の意味で舞台を去った今、囚われていた魂は当時に遂の地と決めた、ここ妖精郷へと戻るが必定だ。
「我は、『わたし』は――」
ぎり、と先にも増して、噛み締める音。それはしかし、より一層を、悔悟の側へと寄らせており。
「目的を果たす為に、あなたを食い物に、した……」
誰の為の、とは決して口にせず。この期に及んでそれは自らの罪と、嘯いてみせた。
《―――――》
声無きままに、刺す視線は強まる一方。
その、反面で。底冷えのする程に透徹された意志の中にも、ひとひらに映されたのは、儚む憐れの色……だろうか。
対して、こうして射すくめられる今も、黒塗りに染められた白の眼差しは逃げる事なしに、苦渋を全面に押し出したままに正面から受け止める。
形としては純真ながら、生まれ落ちたその時より無垢とは真反対。そんな内面の見苦しきに短きながらも翻弄されて、騒動の荒波に揺蕩うを強いられた、白の落とし子。
そんな彼女を、物言わぬ身となって姿現す過去の残り香は、どの様な想いを込めて見つめているのだろうか。
「頼、太……何、やってるの?」
はたと響いたその声に、対峙する者達がはっとする。
はじめは、何をしているのかが、分からなかった。理解出来る気がしなかった。
「いや、なんだその」
苦渋に満ちた対峙の場でさえ、気負う素振りはさらさらなしに。
「こんな場面で、多勢に無勢となっちまうのも。なんだかなって思ってな」
足取りも軽く、残り香たる蛾堕ちの魔物の前へと進み出て。
「だから俺は、元祖「白」さんの側へ、付こうかなって」
「……はぁあああっ!?」
片手で後頭部をぽりぽりと掻きながら、曖昧にもぽつりとそう零した。
ぽかんと可愛く小口を開けて、思考が止まったかに呆けるは、今の白。
対照的に、激した熱さを抑える気もなしに、怒気も露わにする、狐の娘。
《――莫迦だな、君は》
「頼太の馬鹿、考えなしの向こう見ず!こんな大事な場面で何いきなり思い付きで動いちゃってるんだこの――えっ」
激した娘による罵詈雑言が続く中で、言葉通りに小莫迦にしたかな皮肉気を醸して発せられた、明瞭なる近代共通語。それを発したのは意外にも、蛾堕ちの魔物だった。
驚愕と共に思わず口を閉ざしてしまった様子の娘を余所目に、少しの間を器の若者との交錯へと向けてくる。そして、ここ暫しの妖精郷での騒動の際にたびたび白が見せたかな、滑稽にも肩を竦める仕草を見せて一歩を下がり、若者へと場の主導権を譲り渡したのだ。
「そういや、白さんの大元となったのは、アンタでしたっけね。イノセンティタさん」
《―――》
やはり多くを語りはせずに。再び返されるは異形な外見と化しても目に見えたかな、何とも皮肉気な素振りと貌。
まるで、この先に若者が口にする事実などお見通しであるかの様に。未だ呆けた様子の白へと向けていたそれなど遥かに超えた憐憫を、その眼に浮かべて若者へと送り、その時を待つ。
「どうにも、この場に立ってさえ踏ん切りの付かなかった白さんに代わって。懺悔で胸が一杯なアンタに対して、無貌の残滓を宿す者として、この俺が罰を与えてやる」
その、言の葉が空気を打った、時を同じくして。
泉に映る、悪夢の情景が徐々に、移り変わっていく―――
* * * * * * * * * * * * * * *
『わたくし、無貌の大神官。●ノ●●●●タと申します―――』
* * * * * * * * * * * * * * *
はじめに映し出されたのは、冷たき夜の、孤独な終わり。
たった独りで、全てを収め、舞台を去った白き者。
その、姿が。徐々に朧に包まれていって、最後には―――
「な、なんで……?」
今も目の前に立つ無貌の受け皿、そのものに。映す姿を変えていったのだ。
映し出された若者は、生まれ落ちて二十にも満たない短き生には耐えきれない悲哀を一身に受けた証として、悍ましさに白目を剥いて、口からは沫が。全身の穴という穴より血とも体液とも、腸の内容物ともつかない汚物を垂れ流して、心身共に蕩け落ちていく怪奇じみた惨状を晒し、掬われもしない残り滓を大地へと撒き散らしていく。
それに呼応したかの様に、泉の前に立つ若者も、身を捩って腸を掻きむしり、その内容物を吐き出し、崩れ落ちてしまう。
「ぐぅ……えっぷ」
「頼太っ!?」
上がる悲鳴に待ったをかけたのは、その当事者本人。
嘔吐きながらも存外しっかりとした力強さを感じさせる素振りで片腕を突き出して、問題ないと言ってみせる。
「うへぇ、まさか自分自身の臨場感溢れるスプラッターを目の前で見せられるとは思わなかったわ……」
そのまま呆然を晒す、白と娘の二人を後ろ手に。行儀悪くも血の混じった唾を吐き捨て、さぁ次だと言わんばかりに泉へと向き直る。
* * * * * * * * * * * * * * *
『悪い。俺も少し、混乱しているみたいだ』
『うぐ、ぐぅッ……』
* * * * * * * * * * * * * * *
やめろ、と。震える、濡れた声がかかる。
「ライタ、君は。何という取り返しのつかない事をしようとしているんだ」
それに、答える声は……無かった。
声を発するも許されない緊張感の中で、それでもだめだと。それだけは、やってはいけないと。
だがしかし、若者は迷う事が出来ないとでも言った風に躊躇なく、禁忌の向こうを覗き見る。
「……せる、…か」
熱に浮かされた調子で零れる言葉も曖昧ながら、白が何事かを呟き続ける、合間にも。
再び起こる、泉の鏡面の変化。それは、当時の若者の影の輪郭に、白き幻影が被さって、二重にぶれた刹那の光景。
「…伝って、…しい」
「――っ!」
目の前には、泉に映る二重を模して、被さりつつある器と残り香、その二人。
ここに至っては迷っている猶予など、無い。
「今や喪ってしまった無貌の加護はなく、残され、手繰れるは奉じる想い、その手順ばかり」
傍らには目の前の情景に惑い、立ち尽くしてしまったもう一つの器。
その掌を取って、今や薄らごうとも尚残るもう一柱の御力が残滓へと、今一度願い奉らん。
「えっ、ええっ……!?」
その形は、白にも近き小柄を象り。
在りし日の象徴としては、器の娘にも似たぴんと張る狐耳。
彩は奇しくも、見守る紅へと染め上げられて。
背なには通力の化色を擁いた、巨大な四ツ尾を魅せ付ける。
「無貌が去った、この今にも――仮にこの地へ不可思議が顕れるとすれば」
「……ヒヒッ」
最早薄ぼらけにも輪郭は曖昧に、いわんや当時の明朗さなどとは程遠くとも。
器たちの記憶を楔として、一線を断ち切る御業を振るった、あの不遜な笑い貌ばかりは健在だ。
既に半身を泉の情景に被された、若者でさえもが三度のそれを目の当たりにし、感嘆とも慄きとも言えない引き攣った声を晒す。
「御使いをして後始末の必要ありと判断させた、はた迷惑な神通力の名残の側を、まさか利用するなんてなぁ~、ヘヒヒッ」
「よく言うよ。我がこうする事だって、織り込み済みだったんだろう?」
答える代わりに、響くは引き攣った笑い声。でなければ、あの残り香があそこまで素直に、人任せにしよう筈もない。
「「自分以外のことに対しては、そんなに察しが良いっていうのに!」」
響き、そのものは違えども。奇しくも必然として、向かい合う言葉は同じくする。
―――ザシュッ。
次の瞬間、半ばまでの事象が重なり合っていた器――即ち頼太と残り香が、何の抵抗をも許されずに、紅き妖刀の形によって斬り離された。
「アンタがやろうとしていた自己犠牲ってな。詰まるところ、これの同類なんだよ」
返す刀は峰撃ちに。悪戯っ子にはお仕置きとばかりに軽く打たれた頭をさすり、何事も無かったかの様に立ち上がる。そんな頼太の横ではやはり、何を格好付けて抜かしとるかと嗤う素振りを見せる、紅の影。俗っぽくもその脇腹に片肘を打ち込んだ後にそのまま薄らいでいき――瞬き一つをする間にあっさりと消え去った。
「ぅきゅう……」
「おーい、生きてるか?……なんつーか、今回の扶祢ってこんなんばかりだな」
片腹をさすりつつも下生えに倒れ込む狐の娘――扶祢の容体を確かめて、然る後に自分の仕事は終わったとばかりに頼太もまた座り込む。
先の童子の影が顕現の際には、この娘から無理に引き出してしまった事だ。あとは当事者同士でどうにかしろと、意識の無い娘の耳と尻尾をさぁ次の大仕事とばかりに鼻歌交じりに梳き始めてしまう。
《―――》
「………」
ここまでの御膳立てをされてしまえば、嫌が応にも理解は出来る。
査定会が中途に終わった、あの無貌が魔気の雲より落としたそれは―――
「イノセンティタ、貴女……でもあったんだね」
《………》
だとすれば。白たる我の、紛い物と知って尚そうと振る舞っていた、あの一部始終もずっと見られていた。
それを自覚した白の貌には、これまでとは違った趣の朱が差して。
それでもきっと、こればっかりは。この場で口にするのがけじめ、なのだろう。
「つまるところ。最後までお節介が過ぎた、我らが無貌は――」
《――ぼくだって、きっとあの時。君と立場を同じくしたら、同じことをしていたと思うもの》
特に目配せをした訳ではない。そうと望んだ訳でもない。
だのに、知らず目を合わせていた白と残り香は、語る中身も同じくして。
あの時、無貌は頼太だけではなく。最後の信徒として奉じ、その身を捧げたイノセンティタをも憐れんだ。
そして、頼太の影という不確かな存在を象る根幹として被せて、想いの何たるかを顧みる一時をも与えてくれた。そういう事だったのだろう。
《夜明けの形は見せて貰った――時間切れ、だな》
「あ――」
もとより遺されていた御力はとうに尽きて、伝えるべくを伝えるが為に、こうして残り香にしがみついてまで遺っていた我が身。
最後に、預かりものを返す時が来た――そう言って指し示された泉よりは大量の飛沫をあげて、いつ終わるとも知れぬ不明の修羅道を突き進んでいた、白虎が吠え声も高らかに飛び出してくる。
「グルァッ!?……何だ、ここはっ……奴は、どこに!?」
あまりにも予想通りなその語彙に、白きと残り香は同時にくすりと笑みを零してしまう。
しかしながら、その後に見せた態度対応には、少しばかりの差異が際立って。
「むぅ」
自らが為すべき事は、もう無いと言って薄れゆく残り香の背に。明らかな不満げを呈した白が待ったをかける。
ふと感じる視線にちらと見やれば。そこには解っているぜとばかりのしたり顔。どうやらもう、『わたし』が『我』らしく振る舞うには、相当の齟齬というものが出てきてしまっているらしい。
「よくよく考えてみれば、この『わたし』は私達であった想いの賜物なんだもの」
《――それで?》
問い返されるは、初めて見るであろう、正に理解が出来ないといった膨れ面。こういった端々の仕草はこんなにも似ているというのにだ。
「一つに成るといった、君の望みはこうして我が身に叶えられた。けれども、一緒に居たいという、君の半身の願いは、まだ叶えられてはいないと思うんだ」
今度こそ、初めて呆と晒してしまった残り香へと、新たな白きは矢継ぎ早にも言葉を紡いで止めようともしない。それは、まるで―――
「なに、幸い元は君自身の身体だ。馴染まない道理はないし、器の容量だって君自身が知る通り、申し分がないものさ」
《………》
「そ、それにほら。随分と乖離をしてしまった『わたし』が我らしくある為には、些かばかりあの子の側へと、寄ってしまっているとも思う、から――」
勝手に盛り上がったかと思えば、そのまましょぼ暮れてしまいがちになったその貌を。消え逝く残り香は、じっと見つめていた。
「だ、だからその……取り残される気持ちは、『わたし』にだって……」
《――もう、疲れ果ててしまった》
「……う、ぁ」
差し込まれた、生きるに倦んだ、その声に。
言葉は詰まり、それ以上を紡げない。ただ、切羽詰まってしまった想いの雫が、零れて落ちていくばかり。
《だから、ゆっくりと眠りにつける――極上の寝床を、用意してくれるのだろうね?》
「――ぇ」
小さな、ほんの小さな息遣い。間近でそれを聞いていた者にしか分からない程の囁きに、産声を上げてより惑いに惑い、迷い続けた幼子は。
「ああっ、任せてっ!」
ここ妖精郷の旧きに起因した、想いの連鎖、その結末。
旧きを語り、ただ去り往く者。全てを忘れ、森に生きる一個としての路を歩み始める者。
あるいはその場へ留まって、醒める事の無い暖かな夢を観続けるを択んだ者と、望んだ願いは様々だったけれど。
想いを引き継ぎ新生した、この「我」なればこそ。旧きを懐かしみ、そして新たな道を、手に手を取り合い拓いていこう。
これが、バトンを手渡された者としての責務でもあり、光の標として代替わりをした、今の『わたし』の望みの一つでもある。
だから、今はもうひと度ばかりの、おやすみなさい。
ゆっくり休んで疲れを癒したその頃に、あなたの気がもし向いたなら――また、逢いましょう。
眩くも、優しく、そして温かみに満ち溢れる白き光が収まった、その後に。
ようやく全てが終わったかと、頼太は一人、ほっと息を吐く。
《――よくもまぁ、あんな危うい橋を渡ってくれたこと》
「んげっ!?」
「んぅ、もうちょっと付け根の方ぉ……痛ぁ!?」
心に不意討つその音色には、明らかに不機嫌の色が含まれて。
狐耳一式が終わり、さぁ次は本命のもっふい尾だと意気揚々にも勤しんでいた頼太は、姿勢もそのままに飛び跳ねてしまう。その際にブラッシング真っ最中であった狐尾を盛大に引っ張ってしまい――結果として寝言に本音が表れていた扶祢もまた、不本意ながら抓り上げられる痛みに飛び起きる羽目となるのであった。
「何々!?何なのぉ、もぉ!」
「あ、やややややぁボキの愛しの御使い兼、女神さま。ご機嫌麗しゅうっ」
《……色々と言いたい事はあるけれど……お前達の戯言は、今は置いておくわ》
どうやら口調を探るまでも無く、相当にお冠であらせられるらしい。
《理由は、聞くまでもないわね?》
あるいは、頼太にとっての始まりの地である、あの地の底で見せた激情よりもなお重い、相手を想ってこその怒りの情。そうといったものを感じてしまう。
まぁ、ここまでの真摯を向けてくれる御人好しを、これ以上心配させるのもどうかと思うし。そう自らに言い訳をしつつ、表向きは変わらず努めてシニカルさを押し出して。こう、返すのだ。
「何のことか、さっぱり分からないなぁ」
《お前、あれだけの想いを味わっておいて、まだ―――》
まるで、目の前に居るかの様に。片方の掌を前に向けて、一息つこうと待ったをかけた。
「別に俺は、何もしちゃあいないんだぜ?」
《―――はぁ?》
そして、よくよく見ろよと、自らが心の裡をさらけ出す。
これもまた、出逢ってよりの期間は未だ長くはないものながら、一度は互いの心底を覗き合ってしまった仲だ。少なくとも頼太としてはその意味での一点に於いて、誰よりもこの元独りぼっちな御人好しとの、心の繋がりに自負を持っている。
言外にそんな背景を込めつつも、やはり表に魅せよう素振りとしては。
「……ライ、タ?」
「はヒッ!」
いっそ、底冷えをしてくれていた方が余程ましだ。
後の頼太をしてそうとヘタレた発言をせしめる程に、平坦。
問答に割り込んできた、白き者の声は強いて言えば、引き攣って、今にも爆発しそうな感情を無理に抑えようとせんばかりの、無表情なるままに。
「君……やって、くれたね?」
「……ふっ、ふははははっ!」
ぐりんっ、と首を傾げて迫る、根源的な恐怖と言うよりはホラーと表現した方が似合いそうな、こじ開けられた漆黒の眼。血走るそれが金の瞳に置き換えられれば、エクソシストも斯くやといった身振りで物理的干渉を無視するか如き超速で白が迫り、こちらはこちらで同じ距離だけ等速度を以て、四つん這いにも腰の抜けた体たらくのままに逃げ惑う。
「あのイノセンティタの記憶が、教えてくれたよ……」
ここに至り、御使いもまたようやく当該の記憶を掘り起こし、その真相を識った時点で両の肩を脱力にずり落すと共に、ついでに隠れていた狭間よりその身を現してしまう。
片や白き精霊崩れの貌からは、俄かに始まった追走劇に耐えられなくなったか、徐々に平坦の仮面が剥がれ落ちていく。その、下より覗き始めた本心は。
「……あれは、ただそうと見える様、芝居を打てと頼まれただけの、話だってぇ!」
つまりは、この期に及んで自らに白き残り香を被せて、その存在を危うくしたという、御使いが危惧していた「無自覚な死にたがりの無鉄砲」。そんな危うい在り方など、今の頼太からはとうに消え去っていたのだと。
「ふははははっ!不肖この陽傘頼太!英雄譚などには程遠き凡する身が故に、日々是学習たる人類の叡智こそが肝要と捉え、ただいま絶賛省み中で候!」
「ゆるさないっ、ぜったいに!我の純情をっ、返せェー!!」
取り残された、感性の意味では比較的常識人と言えなくもない面々は。がっくりと首を垂れて片手で貌を覆ってしまった御使いの背に、ぽんと置かれる狐耳による諦観の慰め。
「何をやっているんだ、あいつらは?」
「何と言えば、いいのだか……」
「あいつは、そういう奴ですから……」
やがては正気に戻ったらしき虎男までもが茶番を眺め、白けたジト目で締め括られた扶祢の言葉に、三者三様の腑抜けた様を晒し続ける。
―――願わくば、出来得る限りのハッピーエンドが望ましい―――
最後に若者の表層とは乖離した本心を覗き見て、その不器用さに曖昧なはにかみを送る。
「まったく……ふふっ、呆れて物も言えないわね」
用は済んだとばかりに手放された心の扉は、何とも軽くも頼りない、それでいて憎めない音を響かせ、閉じられたのだった。
「乙女の純情を弄ぶ不埒者に、天誅ッッッ!」
「ふんぎゃあぁあああああっ!?」
おしまい。
次回、少々残る紅童子などの謎にまつわる閑話か、楽屋裏を先に書くか…あるいはEP。さてどうしよう。




