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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第三章 人狼の村事変 編
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第039話 謎解き冒険バ○エティー~吸血鬼についての考察~

「ンな事言われてもよぉ、俺っちだって何が何だかさっぱりだからな……」


 どこか不貞腐れた様子で頭を掻き、そう零す釣鬼。今やその上背は俺とそう変わらぬ程度にまで縮んでいた。オーガの象徴たる二本角は消えうせて、可愛らしく尖らせた口からは二本の鋭い犬歯を覗かせる。


「うぅむ、こりゃもしかしなくとも吸血鬼化しておるな」


 マジか。思わず釣鬼の側へと振り向いて――息遣いもが聞こえる程の距離で顔を見合わせ動揺し、一人出来の悪いパントマイムを演じてしまう。


「でもサ、その割に負の気配ってのガ全く感じられないよネ?」

「じゃのぉ。如何なる絡繰りなのやら」


 その長い狐生で溜め込んだ豊富な経験より、この手の現象に詳しいシズカ。そして妖精族と言う出自により神秘の気質を診るに長けたピノの二人の見解でも吸血鬼化したのは間違いないらしい。だがその状態で生物として「生きて」いるそうな。一体全体、どうしてこうなった。


「童がこれまでに巡った世界では、血を吸われ眷属として吸血鬼化した場合【魂の尾】とも言えるラインが主と下僕の間に発生し、それによる負の気配から大本の吸血鬼を感知出来る事が多いのじゃが……こやつの場合、それすらも感じられぬでな。この世界の吸血鬼はまた違うのかや?」

「似た話は爺婆から聞いた事あるナー。その認識で間違いないんじゃナイ?」

「ふぅむ、何とも奇妙なことよ」


 もはや理解の範疇を超えていて俺と扶祢は唸る位しか出来なかった。だが当の釣鬼はというと、


「俺っちの頭じゃよく分からんから考えても仕方が無ぇな、調べ物が終わったんならひとっ風呂浴びてくるわ」


 などと言って、後ろ手に手をひらひらと振りながら風呂の方に歩いて行ってしまった。


「マイペースじゃのぉ」

「まぁ釣鬼だし」

「そだネ」

「とことんリアリストと言うか……動じないよね」


 さっきも普通に寝なおしてた位だからな。普段から平常心を保つコツとかがあれば是非伝授して貰いたいものだ。


「ところでさ」

「うん?」

「あいつ、男風呂と女風呂、どっちに入るつもりなんだろうな」

「……後で聞いてみようか」

「汝等も大概動じんのぉ」


 またしても呆れた様子のシズカさん。何だかんだでこれが最近の俺達の日常だからなァ。


「俺達も結構常識からぶっ飛んだモン見てきてますから」

全身金属鎧(フルプレートアーマー)で大槌振り回して突撃戦車の異名を取る耳長族(エルフ)の貴族様とか」

「吸血鬼より強い鶏とかネ」

「……常識って何なのじゃろうな」

「永遠の議題ですな」


 ・

 ・

 ・

 ・


 その後、陽光は平気なのかとか吸血衝動は無いのかと気になる事は多かったものの、取り敢えずは緊急性が無さそうなので釣鬼が戻ってくるまで宴会の後片付けをしつつ、朝食の用意を進めていた。

 そこに半裸のままバタバタと慌ただしい様子で集会場へ駆け込んでくる二人の人狼族の若者達。


「ちっ痴女が風呂に!」

「人族のえらい別嬪さんが男風呂に素っ裸で入り込んできたっ!!」


 あぁうん……こんな朝っぱらで日が燦々と照っている中だし、牙に気付かなきゃそら人族に勘違いもされるわな。


「……男風呂だったみたいね」

「少しは今の自分の姿考えようぜ……ちょっと連れてくるわ」

「行ってラー」


 そして騒動の主犯を確保しに行ったところでまた強烈なマシュマロインパクトを受けた訳だが、二回目なので何とか耐えきる事が出来た。でもやっぱりカイデー。


「それにしてもリアルTSモノを見る日が来ようとは思わなかったのだわ」

「風呂場の件に関しちゃまんま王道だもんな」 

「TSッテ?」

「性転換を題材にした創作モノの事でね――」

「おいやめろ幼気(いたいけ)な幼女に腐れた事吹き込むな!」

「だから私は腐じゃないって何度言えば理解すんのよ!?」

「そんな事を吹き込もうとする発想自体が腐れてるっつってんだよ?!」

「何と言うか我等が故郷は相も変らぬ業の深さよ……」


 はい、全くもって同感でございます。これも人口が飽和し文明が停滞し始めた現代社会というものの病巣とかきっとそんなのにしておけば間違いない。どうせそこまで重い話でもないしネ!


「相変わらずお前ぇ等は朝から元気だなぁ」

「「誰が原因!?」」


 若干一名程、自覚の皆無なオネエさまもおりますが。いや、この場合身体は完全に女なんだしお姉さまで良いのか?


 こんな感じにとんだ横道へ逸れてしまったが。

 気を取り直し、朝食を食べながら今後の予定について話し合う。

 幸いこの村の人狼達は信義に厚く、族長を始めとしてこんな姿になった釣鬼も変わらず受け入れてくれたし、むしろ恩人へ対する義理として決してこの事は口外しないと約束してくれたのが不幸中の幸いではあったが……一つ、大事な問題が残っていた。


「うーむ。ギルドにはどう報告したものかな」

「私達だけじゃ余計な事を口走ってまたサリナさんの雷が物理的に落ちそうだもんねぇ」

「折角今回の依頼達成で借金が帳消しになるってのに、ここでまた借金生活ってのはぞっとしねぇな」


 だよな。釣鬼の言う通り、今回の依頼報酬で丁度初日の応接室爆破事件の借金がチャラになるというのもこの依頼を受けた大きな理由ではあるからな。

 そしてその主犯のサリナさんのことだ。釣鬼が一つ間違えば死ぬ一歩手前までいって吸血鬼になっちゃいましたっ!キラリンッ☆なんて報告をしようものなら……うん、間違いなく更なる借金を背負わされるような人災に俺達も巻き込まれるに違いない。

 やべぇ、どう足掻いても破産の未来しか見えねぇ……。


「いっそ裏でサリナに正直に事情を話して相談したラ?」

「……そうすっか」

「でも釣鬼の姿はどするの?いつもの釣鬼が居なくてこの姿で同行してるのを周りに見られたら嫌でも疑われそうだけど……」

「別に気にする奴は居ねぇんじゃねぇか?別行動とでも言っておきゃ良いだろ」


 こうして俺達は物理的な落雷と破産に対する恐怖を払拭する為、ああでもないこうでもないと半ば悪戯をして怒られる前の子供のような相談をしていたのだが。そこに天使が舞い降りてきた―――


「――詮方無いのぉ、此度のみ童も同行してやろうぞ」

「「おおー!」」


 何とシズカが同行を申し出てくれたのだ。

 昨日の飲み会途中の話だと何やらシズカはシズカで独自の仕事があるらしく、ここでお別れという話だったんだけどな。


「え、でもシズ姉のお仕事の方は?」

「なぁに、童の仕事はどうせ数十年単位のモノじゃでな。吸血鬼の問題も解決したばかりじゃし、数日程度寄り道したところで大して変わらぬわ」


 なんて言いながらコロコロと笑うシズカ。うーん時間のスケールが違うなァ。


「そっかー、それじゃあもう少しシズ姉とも一緒に居られるのかー」


 扶祢もにこにこと大変嬉しそうにしているし、シズカが説明に乗ってくれるなら俺達だけよりはどうにかなりそうだな。助かったぜっ!


 そうそう、この依頼を受ける前にカタリナから説明をされた獣人族の慣習についてだが。

 これについては見せるのを嫌っているのではなくて、単に人族に対しての強い警戒心の現れが妙な思い込みを生んでそんな噂になっただけではないかということらしい。

 村からの出発前に扶祢が恐る恐るといった様子で聞いたところ、一拍置いた後に大爆笑で返されてしまい顔を真っ赤に染めながら悲鳴を上げてたな。

 積極的にモフらせるのは確かにアウトらしいけど、まぁ人の噂ってなこんなモンだよな。


 ただ、やはりモフらせるのだけは現実社会で言えば露出狂に等しい扱いらしく、それを聞いた扶祢は更なる追加ダメージを喰らってしまい精神的に見事にKOされていた。それで言えば俺とかも完全に性犯罪者じゃね?別に俺は獣人族じゃないから知ったこっちゃないがな!


 その後若長と族長へ挨拶をし、俺達は名残惜しまれながら今度こそ村を後にする。


「行かないでくれ!麗しの姫よぉぉ!」

「ええぃ、年甲斐も無く盛るでないわっ!ありゃただの介護の一環じゃ!」


 この通り、人狼族の族長はシズカに対してえらいご執心な様子で、別れ際にもシズカの両手を握って離そうとせず号泣しながら愛を高らかに語っていた。終いには真っ赤になったシズカに張り倒されたりしていたが。シズカのやつ、療養中にここまで想われる程に甲斐甲斐しい介護をしていたんだなぁ。


「あんなのが族長のままでは旅人達を受け入れた時に何が起こるか分からんからな。そろそろ俺が跡を継がねばならないか……」


 と、疲れた様子で零す若長が妙に印象的だった。

 この村も時代の流れに乗って若い世代へと世代交代をし、時代の流れを受け入れる事となる訳だ。これからどうなっていくのか楽しみでもあるね。

 願わくば、皆が心から笑顔になれる発展を―――



 ・

 ・

 ・

 ・

 ・



 帰り道は誰がリヤカーを牽くかで揉めに揉めた。元は男ではあるのだが、女にこんな重労働をさせる気かと女性陣から責められて俺一人で牽く羽目になりかけた時は軽く気が遠くなっちまったぜ。


「元々これは俺っちが欲しがった物だしな。門の手前までは俺っちも曳くさ」


 だが、このように釣鬼の助け舟が入り途中までは釣鬼と二人で曳いていく事に。マジ助かったぁ……。

 そしていざ牽き始めたのだが、


「体格は小せえけど、力は前とあんま変わんねぇな。疲れに至っちゃ殆ど無ぇわ」


 なんて言って、数時間程で以前と同じく一人で腰に接続具を付けて牽き始めていた。

 確かに吸血鬼と言えば剛力に耐久に高速回復と、肉体系労働にも向いているイメージではあるが―――


「流石は吸血鬼、なのかな?」

「それにしちゃ陽光が平気なのが分からんよな」

「昼なのに元気そうにしてるしネェ」


 今こうして様子を見ていても、姿形以外の仕草については釣鬼本人にしか見えないし、陽光を気持ち良さそうに浴びるその姿からは無理をしている様子も見られない。


「――仮説なら立てられなくもないがのぉ」

「ホホウ?」


 そんな中、シズカが言った言葉に皆の注目が集まる。


「あやつ、以前にも一度咬まれておるんじゃよな?」

「あぁ、デンス大森林に居た頃にやり合ったって話は聞いたけど。まさかその時咬まれてたなんてな」


 昨日、凱旋後の宴会時に本人からそれを聞いた時は大きなどよめきが起こったものだ。よくもまぁそんな状態であそこまで動けたものだよな。


「本来一時的にと言えど眷属化支配を根性で耐えきるなどという戯けた真似は到底出来ん筈なのじゃが。まぁ実際に出来てしまったものは仕方が無いとしてじゃな――」


 そこでシズカは一度言葉を切り、釣鬼を見る。

 漫画や小説等の創作物ではでよく支配系の能力から精神を振り絞って支配を打ち破るなんて描写があったりはするが、吸血による眷属化支配の呪いというものは精神力でどうにかなる様な代物ではないらしい。

 それは魂を侵す外法であり、魂が侵されれば当然肉体や存在の意識そのものにも影響として現れてしまう。それ故に、一時的にならばまだしもそれを解かない限り徐々に魂を侵され、何れは支配をされてしまうのである。


「――じゃが、あやつはその【親】に当たる吸血鬼を然程時を置かずして滅しておるのじゃろ?その時点で【親】が不在になり、また初の被吸血でもある故に眷属化支配を受けてはおったが【親】の影響を受ける事の無い状態でまだ人として今日まで過ごせてしまったのではないか?」

「何だって……」


 その言葉に俺達は思わず息を飲んで前方へと視線を巡らす。だが、そこにはいつも通りに鼻歌を歌いながら暢気にリヤカーを牽き続ける、いつもより随分と華奢になってしまった釣鬼の背中があった。

 ここ数か月の間、釣鬼と共に過ごしてきた俺達から見てもそのような違和感は今まで感じられはしなかったが……見えない所で何らかの症状が進行していたのかもしれないという事か。


「それじゃ、昨日の二回の吸血デ……」

「うむ、計三回。本来ならばその場で死した後、即座に吸血鬼と化してもおかしくは無かった訳じゃが……」

「『心身浄化(ピュリファイボディワーク)』だったっけ。二回目の分をあれでその場はどうにか凌いで……」

「止めを刺したのはピノじゃったからな。吸血鬼化は避けられず、しかし【親】不在で支配も受けぬ。更には心身浄化にて魂への浸食も一時的に止まり――その間に肉体の吸血鬼化は進む」

「……あの魔法の効果時間から逆算するト、大体明け方位が限度ダネ」

「この場合は不幸中の幸い、と言えよう。魂の浸食が再開する前にその身は吸血鬼と化し、それ故に自らが自身の【親】となった……そして吸血鬼としての本能部分が浸食を打ち消し今の状態で安定した、と言った所かや」

「つまりハ、死せずして吸血鬼と化しタ……」

「生ある者なら陽光に焼かれる事も無い、か」

「何てこと……」


 その仮説が正しいとすれば確かに一応の説明は付く。付くのだが……。


「悪運のオンパレードと言うか……でもこの場合生きてる事に喜んだ方が良いんだよな」

「そうよね。無事だっただけでも――」

「そこが吸血鬼に関わる事態が常に忌避される理由の一つじゃな。一度(ひとたび)でも咬まれてしまえば後が無い……性質(たち)の悪い呪いじゃ」

「まだどんな副作用があるかも分からないしな」

「あの時、ボクじゃなくて釣鬼が止めを刺してレバ……」


 シズカの仮説を聞き、ピノが泣きそうな顔で言葉を絞り出す。

 こいつは釣鬼が目の前で咬まれた瞬間に二回とも立ち合っていたからな。余計に何か出来る事は無かったのかという無力感に苛まれてしまっているのだろう……。


「――だけどよ、そしたら今度はお前ぇが吸血の呪いを解除出来なかっただろうがよ。どの道俺っちは吸血鬼を直に斃す手段なんて持ち合わせちゃいなかったからな。あれで良かったんだよ」


 釣鬼!?聞こえてたのか?思わず皆が釣鬼の方を向くと、そこにはバツの悪そうな顔をした釣鬼がこちらを振り向き苦笑いをしていた。


「この身体は中々高性能だァな。聞き耳立てるつもりは無かったんだけどよ、聞こえちまってな」

「釣鬼……」

「まっ、生きてるだけで儲けモンって事だな。お前等もあまり気にすんなぃ」


 うーむ。当の本人はこう言ってるが、そうは言われてもすぐにはな……ピノなんかもう完全に涙目でいつ決壊するか分からん位になっちゃってるし。

 少し間を置いたところで、シズカがまた話し始める。


「うむ、知らぬ事とは言え以前の吸血傷をその後放置しておったのも原因ではあるからのぉ。本人の衝撃は見た目以上じゃろうが、ここは命あっての物種というものじゃろ」

「だな。まぁ、一つだけ納得がいかねぇ事はあるんだけどよ……」

「……あぁー」

「だよな」

「釣鬼ィ……」

「――うむ」


 そこで釣鬼は一拍置き、その麗しい美貌を歪め心の叫びとも言うべき台詞を空へ向けて放つ。


「なァんで人族で女になってんだよ!?なるならオーガの吸血鬼だろぉがよ!!」


 うん、それはとても思った。

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