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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
裏章 魔を誘う祭祀-白の篇-
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白の篇⑯-迫りくる邂逅の予感-

 思い出すのも億劫となっていた、遠く、旧き日の悪夢。


 ―――これで。おまえたちも、また―――


 何故、今更になって。どの面を下げて現われる。

 お前達の、せいで。私達(わたし)は、こんなにもっ……!


「――だいじょうぶ、なの」


 だめだ、やめて、おねがいだ。

 そんな事をしたら、私達(わたし)だってどうなるか。


私達(わたし)は、だいじょうぶだから」

「そうじゃ、ないっ……!」


 私達(わたし)がそこまで弱くない事くらい、この私達(わたし)がよく知っている。だから、私達(わたし)が言いたいのはそんな事じゃあなくって。


「だって、私達(わたし)が言っているその「わたし」には、この私達(ぼく)が入っていないじゃないかっ!」


 口にした直後に、どうしようもない喪失感に陥ってしまう。今、私達(わたし)は何と言った?


「やっ……あの、ちがっ。ぼく、はっ!?」


 ―――なんたる、こと―――


「だま、れぇっ!」


 何よりも大事な縁と共に、我が身の裡で何かがぷっつりと、断ち切られた音がした。

 あれ程にまで、畏敬に縛られていた筈の我が身は。あっさりと、私達(わたし)であったわたし達を縛り付けていた、見るも耐え難き汚物共を灼き尽した。


 ―――まさか……昏き蒼の誘いさえも、ものともせぬとは―――

 ―――ならば、儚き白こそが手折られて、然るべき―――


「おまえたちこそが、ぼくたちをくるしめていた、げんきょうだろうがぁっ!!」


 ―――オ、オォ―――


 今一度をはち切れさせた、迸る想いの奔流。光の形に暴走したそれが収まった後には、ぐずぐずと往生際も悪く名残を留める、不定形の汚らわしい塵芥。初めから、こうしておけば良かったんだ。

 ここに、一族を縛る呪いとさえ云われ忌み嫌われ、畏敬を以て奉られていた妄執は潰え去った。そして私達(わたし)もまた……望まない終わりを告げられてしまった現実を、嫌という程に見せ付けられて。


「ごめんね、○○○。いっしょのままで、いられなくって」

「やめろっ!ぼくはっ、わた、わたしたち……は」


 そこまでを言葉にした処で、同時に後戻りの出来ない現実を再認識する。

 言い直そうとしても、ただただひたすらに付き纏うばかりな違和感。もう、今のぼくでは……この子を私達(わたし)と呼ぶ事さえ出来ない。

 それをありきたりな分析の真似事で語るとすれば、分化も曖昧だったそれぞれの個が、この段になってようやく互いを別のモノとして認識する事が出来た――とでも言ったところか。

 今のぼくにとっては、望みをより遠くに見喪う要因の一つにしか過ぎない、どうしようもなく残酷な真実だったけれど。


「だからっ。うんめいなんて、ふざけたものにあやつられるくらいなら」

「……ん」


 ついさっきまで私達(わたし)であったこの子を、力いっぱいに抱きしめる。

 運命(おまえ)が、そこまで(ぼく)達を分かとうとするのであれば。


「だいじょうぶ。もう、いっしょのままではいられなくなったけど……わたしがずっといつまでも、きみといっしょにいてあげるから」


 それは、遥かな日の約束。その愛しき響きさえも、今は遠くに朧げで―――








 帝都中央にこれぞ在りと建ち構える、王城ケラトフィリス。政務と軍務が明確に分化されているここ帝国において、政務の拠点たる不夜城の一つだ。

 北部にそびえ立つ防衛の要、軍務参謀府と双璧を為す造りは帝都最大級の芸術とも持て囃される。反面その裏では互いに互いを遠くに眺めては皮肉り合うといった、細やかな鬱憤晴らしが今日も今日とて交わされる。何処にでもありがちな、何気ない日常の一幕。


 ―――ォォンッ!


「今の、音は……?」


 ふとして起こる、日常の綻び。世俗の大半には対岸の火事として片付けられよう、しかしながらそれらへの縁を自覚する者者にとっては確信を抱くに十分な、自体の幕開けたる合図。

 そこは、王城敷地内の宮殿区画。とある所用を済ませた一行が仕立てられた豪奢な馬車へと乗り込み、いずぞやの夜会の折にも使われた中継所を発とうとした所だった。

 当然の事ながら乗る者達の立場に応じ、周囲を固めていた城仕えの者達が警戒の声を上げ、物見の兵が方々へと散っていく姿がこの場からも見える。


「あの煙は、外務省の側……まさかっ!?」


 真っ先に馬車より飛び出してきたのは総身を独特の緑調に染め上げた、文官らしき小柄な男。額に生える小さな二本角を振り乱した髪の合間より覗かせる辺りに、平時は冷静なる思考を信条としている男の慌てた様子が見られよう。


「あらぁ……これはちょっと、まずいかも」


 その後よりひょっこりと頭を覗かせる、翠の娘。今日も今日とて身に纏う雰囲気ばかりは怪しげながら、その言動には重みを感じられない物悲しさ。

 訳知り顔に冷や汗一筋。そのまま気まずげに首を引っ込めようとするも、そうはさせじと無遠慮にも男の腕が巻き付いた。


「何が拙い、予想される被害は、然るべき対策は。言ってみろ」

「ひぅぃっ!?にに兄さんっ、近いっ鬼気迫った顔が近くて引きますぅ!」


 一体どこまでが本気なのやら。その気になれば力尽くにも引き剥がせようポテンシャルを感じさせながら、その上で今もこうして場違いな、しかし他愛のないと言えなくもないやり取りに素直に歓びを表す。

 一方では立場と責任感の狭間に填まり込んでしまった切羽詰まった感により精神的に追い詰めつつも、こちらはこちらで愚妹に対し、どうしても憎めないといった気苦労の一片を垣間見せる。


「よい」

「は……しかし」


 場を賑やかしていた兄妹のじゃれ合いは、馬車の中より聞こえる落ち着いた声により留められる。片やその場にて畏まり、残るはやはり同じく馬車の内より向けられる意にこほんと一声、息を吐く。


「お前達の話が真であれば、あそこに居るのだろう」

「えぇ、殿下」


 近くには幸い哉、良くも悪くもこの兄妹を見知った者ばかり。

 故に、その慇懃なる声調に兄が見せた複雑な思いも、その陰で妹が醸して見せる、一線を越えて尚どうしようもなく人の業に塗れてしまった弾む声に対しても、多少を訝しみこそすれど声を上げて指摘するものは居ない。


「さ、お前達も乗りなさいな」

「はいなっ!ささ、兄さんもっ」


 周囲の安全が報告され、俄かに落ち着きを取り戻した中継所の雑踏。紛れ囁かれるは愉しげにも、ほんの僅かに込められた――腹立たしき、だろうか。

 響きそのものは耳に優しくも心地良く。だのに一度瞼を閉じてみれば、ぬらりとした昏き魔性を想わせる、人ならざる予感にぞっとさせられる。


「どんな因果かは紐解いてからのお楽しみ。殿下の望む、十年前の愛しき幻想そのものが……彼の舞台にて、待ち詫びておりますわ」


 その偶然を生きたまま、体験出来た者達は運が悪かったとしか言えないながらも僥倖だ。 


 意図せぬが為に予見も出来ず、不確定な存在如きに踊らされ、後手後手に回ってしまったこの屈辱。仮に目に付く小虫共を百遍、根絶やしにした処で飽き足らぬ―――


 それが、望まずして歪な神霊機構を引き継いでしまった、人ならざるモノの零した憤り。

 不幸にも彼らが発った後の中継所で起きた、集団昏倒事件。後の軍事機密が一として厳重にその存在を隠し通された天災を知る者は、そう多くはない。


《さぁさ、謎解きを始めましょう。いい加減待ちくたびれた事ですし、ね?》

 本当だよ(´・ω・`)


 展開に要する順序って、色々と大事ですよね。久々にえらい詰まった上にこの展開順序で本当に良かったのか、悩むぜー。

 その反面、今回没になった部分を次回に持ち越したりと今週末はそこそこ時間的余裕もあるので、次回投稿は日曜予定に見据えてみます。保険っぽい言い方ですまぬ、すまぬ……。

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