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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
裏章 魔を誘う祭祀-白の篇-
403/439

白の篇⑭-分かたれた路-

 敢えて誤解無きよう言わせて貰うとするならば、だ。

 我は決して、無用な争い事を好む性分であるつもりはない。元より戦乱に魅入られたあのくそったれな故郷を厭うて仲間を募り、遥か大海原の彼方より我等が理想郷たるこの地へ渡ってきたのだから。


「このっ、このっ……駄狐めがっ!」

「痛ぁ!?出雲ちゃんそれっ、自爆してるからぁ!」

「余はまだ、駄扱いされる程に落ちぶれたつもりはないのだぁっ!」


 傍目に見れば共に駄々っ子。互いに憎からずな思いを発奮させての組みつ解れつな姉妹喧嘩、と言えば微笑ましくも思えよう。傍目にならば、という但し書きこそ付きはするが。

 それに我だって、それなりの長きを人との出逢いに費やした者。その気持ち、理解はしよう。そう、理解をするといった一点のおいてのみは。

 理解はすれども共感はしない。うん、正に今の我には相応しい言い回し。だから、もう我慢の限界を謳って(ゴールして)もいいよねなどと、どこぞの異世界より流れてくる毒電波を受信してしまう事だってあるだろうさ。


「お前もお前よっ!頼太と共に妖精郷へ向かったと思っておったら、こんな所で何を油売っておるのだっ!」

「………」


 仮にも姫君と呼ばれるにしては真っ向唐竹割にされた、気品。あれこれと覗く衣の乱れも無頓着に、ぐわしと腕まくっては不仕付けにも人の頭を抱えた少女。残った側の手を拳骨に握り、遠慮無用にも力を込めてぐりぐりと捻り込んでくれた。そこで、抑え込んでいた何かがぷっつりと解けた。


「いずっ、出雲ちゃん。そのひと、違うっ!」

「このっ、このっ!あぁん?……ふこっ」

「見ず知らずの相手に対し、無闇に懐を晒すのはお勧めしないな」


 昔懐かしき帝都の喧騒。すっかり錆びついてはしまったものの、今の崩しはそれなりにスムーズな入りを呼び込めたと思う。


「これは……随分と我流が混じっているが、帝国の軍式格闘術か……」

「ごほっ、ぐぇっほっ……おま、何をするかぁっ!」


 その言葉、そのままそっくり返させて貰おう。

 心外ながらと聞き慣れてしまったボルドォのうんざりとした声を皮切りに、存外と言える根性と耐久力を見せた「姫君」がその身を勢いよく起こす。綺麗に顎の下を揺らし、両の(あばら)の隙間を衝いて寸分の狂いも無しに手刀(てがたな)を叩き込んだつもりなのだが。


「ともあれだ。目上の者に対する礼儀も知らぬでは、高貴なる姫を名乗るに不足だろう。ここは一つ、年長者のお節介を発揮してみせようじゃあないか?」

「ふ、くックク……この余に貫目を語ろうとは、片腹痛い。妖精族(ひきこもり)風情の世間知らずな思い上がり、ピノの奴との誼に免じて泣きを見る程度に思い知らせてやるわっ!」

「あわわ……二人とも、やめぇー!?」

「だから、連れて来たくなかったんだ……」


 こんな愚にも付かないじゃれ合いなど、している暇は無いというのに。帝都に着いてよりの邂逅に、この他愛なくも感じるやり取りに。心はどうしたって揺らいでしまう、踊ってしまう。

 何処の誰とも知れぬ傍観者よ、いい加減にしろ。この我にこんな夢を見せて、何をしたい。


 じりじりと。現実離れに灼き付き巻かれる、エンドロール。

 そこに彼等の名は刻まれていない。故にこそ、飛び込む情景は眩しくて―――


 ・

 ・

 ・

 ・


 鼻頭に引っ掻き付いた向こう傷もそのままに、出された杯へと手を伸ばす。

 向かいの席では同じ程度に面相を荒らした、狐の姫君。あちこちに痣など作りながら、それでも憎々しい程にすっきりしたかな、帝都支部よりの道すがらに聞いた通りの闊達さを押し出してくれている。


「わはははっ!そう睨むなっ!っ痛ぅ……わははっ!」


 木彫りの升を高笑いに煽り、今さっきまでの大乱闘の陰も見せずに笑ってみせる。口内の傷に顔を顰めてはそのままつまみを一口二口と、見るからに好奇が勝った子供らしさ。

 成程、この人目を憚らない変人ぶり。帝都支部の彼らがああも敬遠していた理由がよく分かった。


「そうかそうか!あの捻くれめが投げ出して、この余を頼ったか!くぅぅ~っ、実に胸がすく話だなっ」


 たっぷりと私情に塗れた感のある発言に、ついと隣の席へと目をやれば。そこには聞いてくれるなと益々苦味の増した、苦労性な白虎の顰めっ面。この姫君とはそういった関係であるらしい。


「扶祢の奴が作る飯は、参謀府ご自慢とやらの定食もどきとは比べ物にならん出来ぞっ!食材の新鮮さをぶち壊しにする濃い味尽くしなど、糞喰らえよっ!」

「その繊細な調理にかかる手間暇とか、あと私の拘束時間諸々も、ちゃんと考えて欲しいんですけど~?」

「分かっておる、分かっておる。規定の契約とは別に飯の駄賃もたっぷりとくれてやるから、どんと構えておれっ!」


 厨房の側より投げられる声とのやり取りにしてもだが、あちらさんより受ける印象は何というか、通常の姫君とその取り巻きと言うには過分に賑やか。またも始まった掛け合いの如きやり取りに、リビング内に立つシノビの面々までもがほぐれた顔を隠そうともしない。


「この噛めば噛むほどにプチプチしゃくりと口の中が弾ける食感など、正に美味よな。おかわりだっ」

「それ、一式料理(フルコース)の一品なんだけど!?」

「うむっ、大義であった――おかわりっ!」

「うぇぇぇ……爆弾葱(ボンバーオニオン)の買い置き、残ってたかなぁ……」


 まぁ、些か処ではなく不安にさせられるのも事実ではあるが。

 まぁ食え、とくと食せと行儀を欠いた姫君の手に持つ一品を強引にも口の中へと押し込まれ――新食感としか言いようのないそれが口腔にて弾けつつも、蕩ける様に剥ける一層一層の合間よりは丹念に仕込まれたであろう、食材の甘味と辛みを旨くも演出仕分けたハーモニー。


「おっ?おぉお……!?なかなかイケる口ではないか、お前っ」

「ふぅ……お代わり」

「追加注文きちゃった!?」


 何れにしても我が機転により、こうして場の空気が柔らかくなったのも事実。だからボルドォ、これ見よがしに溜息を吐きながら白目を向けないで欲しい、のだが。


「しかし本当に似ておるなっ、お前!」


 妖精族らしからぬ健啖ぶりに興味でも引かれたのだろうか。一々身を乗り出すのも面倒とばかりに立ち上がり、隣の席へと飛び乗ってきた。この時ばかりはシノビの面々も俄かな警戒を見せてはくれたものの、姫君本人の灯す眼の色からすれば我への興味半分、この状況より想定される対策への自信、即ち打算が半分といった所か。


 ―――ギキィンッ!


「ん――血筋で言えば、あの子とは全くの無縁という訳でもないからね」

「ちいっ……ふっふ。で、あろうなぁ」


 探りを入れるかな物言いながらも、空いた手からの急襲を迎え撃つ。

 全く、油断も隙もあったものではない。残る逸品に舌鼓を打てるこの貴重な時間を客人から奪おうとは戴けないな、家主としての気品さえも落としてしまうよ。


相分かった(・・・・・)――同じく狭き妖精の郷繋がり。あやつと感じる年季は違えど、そうでなくばその冗談じみた似顔っぷりは、説明出来んからなっ」


 ―――それは、智慧持つ万人に共通する感情が一。動揺が醸す独特な気配。


「うん?どうかしたか?」

「いや。またぞろ、性質の悪い覗き見が居たものだと思っただけさ」

「ふん……覗き見、なぁ?」


 肩を竦めた我の言葉に、即座に動くシノビ達。半獣の証を耳に背に、その身のこなしばかりは軍務参謀府でも目にした、ボルドォ率いる獣人部隊にも引けを取らない。

 そして瞬時に鋭さを増しつつも、その根底には揺らぐ事さえない胡乱を見せる、業深き眼差し。成程、これがあのジェラルド将軍がホームグラウンドとも言えようこの帝都の地で、他国よりのいち使者団風情にあそこまでの警戒を見せていた理由の一端か……使えるかもしれないな。


「そんな些末事よりも、爪舞よ。おのれらは作戦を控えた身ではなかったか?」

「よくもまぁ、本拠への偵察の可能性を指摘されてそこまで落ち着いていられるものだな……」


 それについては諦めた方が良いだろうな。この姫君、我のそれなりに長い半生よりの経験に照らし合わせれば、そういった常識的思考よりも確たる証左と実体験こそ重視する、徹底された最前線の兵思考。

 ほら、現にこうして見比べる間にも、そんな我を見返す様に、我とボルドォがこうして並ぶ背景を咀嚼せんとばかりに、厭らしい笑みを浮かべ向けてくれている。


「くっく。そりゃあ、おのれの口からは言い難いわな。そら、そこの白とか言ったか……頼太とピノが向かっておる、妖精族の住まう地への侵攻作戦よ」

「ちっ……」


 うぅん、灰汁(あく)どい。実に灰汁(あく)どいな。

 語るに難い事実をじっくりと把握させようかの如く、あわよくば昨今に触れたばかりな我等の拙い縁を引き裂こうとしてくれる。その上で我の反応をまで観察すべく下卑た仮面の下より覗くは、意図して感情が圧し殺された……冷たい、瞳。


「生憎と、我は今の妖精郷にとっては既に過去の残り香だ。その程度の事、今に生きるあの子達自身でどうにかして貰わねばね」

「なんだつまらん、もっと動じてみせんか」


 今や歪な存在(なり)ながら、これでも当時の現実を見識った生き証人。そういった裏の顔がある程度の事は、重々承知しているさ。

 肩越し頭上より聞こえてきたのは、大きな安堵。これでも我は、義理堅くあるつもりだよ。この姫君の言葉ではないがその程度の些末事、ましてや君自身が望んだ結果でもないんだ。だから、気にする事は無い。


「オレは、今回の作戦からは(・・・・・・・・)外された(・・・・)


 ―――また、だ。


 取り留めも無い時の流れに強引に割り込んでくる、入り乱れた思考。その中でもとみに感じるのは、狂乱にも近い否定の混ざった、動揺。


 ――、―――?―――。


 今は、そんなものにかまけている暇はない。出来得る限り、話を読み解いていかないと。

 乱暴にも大きく頭をかぶり、強引にそのノイズを振り払う。さぁ、次だ。


「だから皇国特使団(きさまら)が危惧している様な事にはならないし、させはせん」

「させはせん、なぁ?それならそれで、余としては面倒事が減って助かりもするのだがなっ」


 語る二人の目線の高さは違えども、その向く先は同じく白。

 どうやら我は、とんだタイミングにこの帝都へと訪れてしまったらしい。まさかあの慎重さを端々に滲み出していたジェラルド将軍までが、妖精郷に起きた不穏よりもこの我個人の訪問をより重大な事項を見做し、彼をその監視にまで付けていたとは。

 ややばかりには、気まずさの表れ。このままボルドォの良心に刺さる呵責を眺めるのも一興ではあるが、話が進まず無為に足踏みをするのも戴けないな。


「そろそろ、未来へ向けた建設的な話をしないかい?このままあの娘が戻って来たら、取り留めの無い大惨事になってしまいそうだからね」

「そうさなぁ。また扶祢の締め上げを喰らってしまっては、そろそろ余の沽券が頭陀襤褸にされてしまいかねんからなっ」

「貴様等は、よくもそんなやり取りを続けられるな……」


 親指をひっくり返して厨房の側を示し、お道化てみせれば返されるのもまた、道化じみた嗤い声。

 あぁ、だから一時の感情を切り捨てる必要のある昏い話は、今ここで、手短に。


 締めの言葉を繕うならば、少しばかり……そうだな、新たに知らされた事実に絶望感が、ほんの、少しだけ増したのみな話なのさ―――






 夜も更けた住宅街の端も端。

 周囲の暗きとは対照的に、ふんだんに灯りのあしらわれた室内では豪華な夕食争奪戦の後に。帝都周りへ広がる農耕地帯の特産品が一たる、冬明けの風物詩とも言えよう柑橘類のタルトが食後のデザートとして振る舞われる、その矢先のこと。


「時に扶祢よ。お前……最近影の役目も落ち着いて、窮屈なばかりで暇とか言っておったな?」

「さよならっ!」


 皆まで言わせず、あのボルドォをも驚愕せしめた踏み込みと共に、狐の娘が脱狐の勢いで部屋を飛び出そうとする。

 その勘の鋭さ、人に非ざる見事と言えよう。しかしながら無慈悲にも練られていたその対応策を吟味するに、この手のやり取りでは出雲を名乗る狐姫が一枚も二枚も上手だと言わざるを得ない。


「はいはい扶祢さん、諦めて下さいね。主に上司の機嫌にかかる、俺達の精神安定とかそういったものの為に」

「いやぁ雇われ者の方々ってこういう時、辛いですよね。ギルドの契約事項って、無駄に厳しいんですもん」

「い~や~!?これ、ぜったい関わっちゃいけないやつ!だって頼太がいつも痛い目見ながら実感籠もった感じに言ってたもん、こういった最前線の現場はセクハラパワハラ何でもありだってー!?」


 栗鼠の尾持つ線対称に両脇をかっちりと抱えられ、見事に混乱した様子で涙目を晒すこの娘には済まないけれど。我も少しずつ填まり始めた真実の一欠けらに、そこまで余裕を持ったままではいられないんだ。


「ついでに日頃、散々子供扱いをされた意趣返しよっ!うりうり~」

「ひぁあっ!?出雲ちゃっ、そこらめっ……大人の階段、登っちゃうからぁ!?」

「うむっ!ぞくぞく、しちゃうのだぁっ!」


 そのまま暫し、いっそ官能的とも言えよう喘ぎ声のようでいて緊張感の欠けた睦み声に、若きシノビの男共が眼福を満喫する。

 一方では、やはり震える心を隠しきれていない我と、眉間の皺をより一層深くするボルドォの対峙形。


 これも、また。必然、か―――


 我が探し求めていた、今に在った無貌の手がかり。つまりはピピルとの縁をより戻したいという、我個人の我儘。

 そんな都合良くを分不相応にも求めていたが故か、報いは、既に受けてしまった。

 それ即ち、我が奉じた無貌の手がかりはもう、掴めない――事実。


「おう、待たせたなっ!」

「……っ」


 不意にかかる声。一際大きく打つ鼓動に、我に返る。

 そうだ。だからといってあんな悪夢は、二度と見たくはない。

 それでも、今は……忘れる事など、出来そうにないけれど。


「えぇと、それで。何だったっけ」


 憔悴しきった様子で床に倒れる娘の腰へと自らの尻を敷きつつ、どっかと座る狐の姫。

 何気ない問いかけに返されたのはしかし、予想外も予想外。


「なぁに、簡単なお仕事なのだ」


 そう、得意気に語る狐の姫。出雲の提案、それは―――

頼太「何か、所々おかしくね?」

ピノ「ネー」

白「さぁて、ね」


 それも含め、仕様です。

 表パートで伏線が分かり難いという感想を頂きまして、そのご意見を参考に裏パートでは少しばかり見付け易く書いております。別のご意見が出ましたらまたその時にでも修正、考えます。


 部署が変わってから、週末投稿が徐々に沁みついてきた昨今。もういっそ、日常パート専で外伝風に別シリーズ書くかなと悩む程度にはオムニバス話が溜まってきたぜ……。

 次回、週半ば辺りに。執筆時構成を見直して、少しずつの書き貯めを試してみます。

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