第003話 初の異世界コンタクト
禿頭と二本角、そして2mを超える筋骨隆々な体躯。ぱっと見鬼に見えるが、ファンタジィな状況的に考えればオーガってやつか?更に回れ右をしようにも、追って来る森巨人の内二体は何とか撒けたらしいがまだ残り一体は割とすぐ近くに迫っており……。
「何だ?人族に狐人族がこんな所で。俺っちの晩餐にでもなりにきたのか?」
「言葉を話すオーガと森巨人、どっちが殺りやすいかしら……」
「倒す以前に挟み撃ちにされて美味しく頂きましたーになるのが落ちだと思うんで今すぐ逃げようお願いします!」
今俺達の目の前に立つ鬼の言葉にテンパったのか、いきなり殺伐とした事を言い始める狐耳。そういえばこのオーガもしっかり狐耳な見た目で騙せてるっぽいな。ってそれどころじゃない、まじで逃げんと!
今にも修羅場に発展しそうな不穏な空気に俺一人わたわたとしていると―――
「――ジャイアント?あのデカブツまた湧いたのかよ」
そんな俺達を尻目にしょうがねぇな……とオーガはブツブツ言いながら落ち着いた様子で釣り道具を片付け始めた。
「あー、さっきの晩餐云々は冗談だ。お前等デカブツに追われてんのか?」
おっと。どうやら友好的とまではいかないにしても、いきなり生で踊り食いな状況だけは回避出来そうな救いの言葉をかけられたようだ。
「え?あ、はい。最初は三体居て内二体は何とか撒けたんですが残り一体がしつこくてですね」
「ふむ……俺っちの釣場を荒らされるのも面倒だし、何か見返りがあるなら助けてやってもいいが」
「まじっすか!生モノ以外の現物でよければおなしゃす!」
そんな耳を疑うような事を言ってきたオーガに対し思わずそう返す俺。嬉しい提案ではあるが、ジャイアントから助けて貰ってもその報酬でお前等を喰わせろなんてて言われたら困るからな!
「よし交渉成立だな、ちゃんと寄越せよ」
話は決まったとばかりにその場で軽くストレッチを始め、地響きを上げながら迫り来る巨人を待ち受ける目の前のオーガ。
そして巨人が現れる―――
―――そして巨人が倒される。
早えよ!?
出合い頭にいきなり振りかぶってきた右の撃ち下ろしを僅かに体を逸らし避け、背丈が倍以上もある巨人のがら空きとなった脇腹にカウンター気味に震脚からの肘打ちを放つオーガ。
その衝撃に苦悶の形相を浮かべながら体勢が傾いた所に顎への足刀を決め、脳震盪気味に崩れ落ちた顔面に回し蹴りからの勢いで一回転し後ろ蹴り……を踵で蹴りぬく形で炸裂させる。その威力は衝撃で巨人の頭が半分弾け飛んでしまった程だった。この間数秒足らず。
やべぇ……このオーガ明らかに何らかの武術やってるよ。武術を修めた知能の高いオーガとか危険度極高じゃないか。これは現代日本人の事なかれ主義を全力で発揮してこの場を切り抜けるしかないな!
「助かりました!見事な技を修めているようで!」
「おう、お宅も何かやってるみたいだが、もしかして余計なお世話だったか?狐の嬢ちゃんに至っては普通にデカブツ倒せそうな感じだしな」
え、まじっすか。そんなオーガさんの言葉に思わず扶祢さんの側を見ると、妙に自慢気な――いわゆるドヤ顔をこちらへ返してくれていた。
そういえば扶祢さん、ここまで逃げてくる道中でこれまた初エンカウントしていたあの重量のオーク達を薙刀の柄で軽くホームランしてたような気がするな……火事場の馬鹿力だと思いたいところだが。
とりあえずは扶祢さんも事なかれ主義の発揮相手候補に挙げておこう、とヘタレかける俺。
ともあれ、まずはオーガさんにお礼として何かを見繕わなければな。
「それで報酬なんですが、何か好みの傾向などはありますかね?えーと……」
「あぁ俺っちは釣鬼って呼ばれている。名前の通り釣り好きで、種族はそこの嬢ちゃんの言ってた通り大鬼族だな」
「私は薄野扶祢と申します、先ほどはこちらも失礼致しました」
「俺は陽傘頼太です」
先程このオーガと遭遇した時に感じた絶望感は何処へやら、極めて平和的にお互い名乗り合う。やはりこの人(?)オーガだったらしいね。
「ところで失礼に当たったらすみません、もしかしてこの界隈のオーガって皆頭良かったりしますかね?」
「私達、実は結構遠くから来たものでこの辺りの事情に疎いんですよねー」
こんな事もあろうかと森に来る前にログハウス内で作っておいた「異世界人との遭遇時簡易マニュアル」のツリー結果に従って、嘘ではないが事実を全て語りもしない曖昧表現をしながら聞いてみたんだが、対する釣鬼さんは少し眉を顰めていたりした。ちょっとばかり不自然だったかな?
しかし釣鬼さんは特に気を悪くしたという様子も無く直ぐにその質問へと答えてくれた。
「うーん、いや、俺っちは確かにちっとばかり特殊な立ち位置なんだけどよ、オーガ独自の言語つぅのは無ぇし大体の連中は喋れるんじゃねぇか?性格的に言葉が通じねぇ、なんてことはあるかもしれねぇけどな」
という事だそうです。
この世界のオーガは言語を解する知能はあるらしい、つまりオーガウォーリアとかオーガアーチャーとかがいるハイレベルパターンなのか。そんな分析をしながらこの世界の難易度に慄いていると今度は釣鬼さんからの質問がやってきた。
「もしかしてお前ぇ等異邦人か?珍しい服装してるようだし」
えー……何この異世界人に優しい認識。
「開幕ベリーハードプレイかと思ったらチュートリアル付のイージーパターンでござった」
「その妙な口調は間違いねぇな、異邦人の言い回しか何かなのか?」
意見そのものには激しく同意だが、現実的に大真面目にこんな口調で物言われると結構痛々しいんだな。扶祢さんの場合、見た目が見た目だから余計にさ。
「ちょっとこの子オツムの一部分が可哀相なんで……」
「今宵の鈴鹿習いは血に飢えておる」
「さーせん言いすぎました、首の皮切れて血が吸われてる気がするんでマジ勘弁して下さい!」
「君はそろそろ女性に対する気遣いを学ぶべきだと思うよ?」
「女性()」
ついかっと……はなってはいないけれど、相変わらずこういうタイミングでのノリが絶妙だっただけにやっちまったぜ。
刃の部分は何とか避けたんだが、返す刀の石突でそのまま突き倒された。長柄武器って便利だなァ。本気じゃ無いのは分かるけど物騒すぎる、あと普段の言動って大事よね、お互いに。
ちなみに、鈴鹿習いとは愛用の薙刀の名前らしい。かの平安の世の伝説に謳われる鬼女、鈴鹿御前の得物に見立てた練習用ってことかね?
「今回も良い暇つぶしになりそうだな」
そんな俺達のやり取りを見ながらそう言いハハハと笑う釣鬼さん。ここまで会話が成り立つなら人同士として情報収集出来そうだな、良かった良かった。むしろ現在進行形で隣の子のが怖ぇっす……。
「ところでその異邦人というのはどんな意味なんですかね?想像は付くんですがこの世界に来たのは初めてなので説明があれば有難いなと」
「世界の認識がある世界の住人なら分かりやすいか、異邦人ってのは別の世界からの旅人のこの世界での呼称だな」
どうやらこの世界でも世界という認識自体はあるようだな。今日だけで出会ったファンタジィ生物やこの森を見た感じこの辺りは随分と未開な地域に思えるが、今の言葉を聞いた感じでは結構開かれてそうな世界でもあるよな。
「へぇ~、つまりこの世界には異世界からの旅人が普通に認識されているの?」
「普通って程広く知れ渡っている訳でもねぇが、ある程度以上の組織やちょっと情勢に詳しい奴等ならまず知っているし、こっちに住み着いた連中の子孫も多いからな。珍獣や道具扱いされるようなことは今時そうはないんじゃねぇか?」
なるほど。それなら街まで出られれば案外気楽にファンタジーライフを満喫できそうだ。今話している釣鬼さんからして見た目とは裏腹に随分と落ち着いた様子で話し易い人だし、これはもう少し情報収集を兼ねてお話したいところだね。
「釣鬼さん、お暇であればちょっと時間取れませんかね?先程の巨人退治へのお礼も含めて、それと出来れば色々ご教授願えればなーと思いまして。勿論可能な分は謝礼も致しますので」
「まぁ構わねぇけどよ、慣れない言葉は無理に使わなくてもいいぞ?何だか話し辛そうだしな」
「すみません、礼に関してはあまり明るくないもんで。では以降はお言葉に甘えます」
―――という訳で拠点に来てもらったのだが。
「ここの家って異邦人じゃないと入れねぇんだよな……」
「まじすか」
なんてこった。じゃあ家の前で荷物持ってきて話すしかないか……。
「噂じゃあ危険防止用の防犯結界が張られてあるって話だぜ。認められた者以外がこの建物に無理に押し通して入ろうとすると時空魔法で自分の力をそのまま跳ね返された挙句、追撃で対象の弱点属性を解析して該当する上級魔法を叩き込まれるんだってよ。弱点属性が無い場合七属性が雨あられ、つってたなぁ」
「うわ」
「ぱねぇ」
sec○mやALS○Kなんか目じゃないぜ、凄いなこっちの技術。まだ殆どこっちの世界についての知識は無いけど、相当高水準だったりするのか?ここなんか風呂とトイレもあったしなぁ。
気になったのでその辺りをちょっと聞いてみた。
「異邦人の技術なのか古代の遺物かも不明と言われているから、異邦人専用の建物機能じゃねぇのかな」
残念、どうやらこのログハウスが特別なだけらしい。でも大きい街なら上下水道やインフラは結構進んでいるとか、やはり当初の予想よりは過ごし易そうだ。
さて、それじゃあテーブルと荷物を外に持ってきますか、と動き始めた時のことだった。
「ちょっと試してみたいことがあるんだけど、いい?」
ん?扶祢さんがトコトコと釣鬼さんに近寄りその手を握る。そしてそのまま釣鬼さんを引っ張りながら言った。
「警備用の結界で攻撃に対しては反撃があるとは言ってたけど、出入りが許可された異邦人と触れた状態、もしくは招待されている場合にも攻撃されたりするのかな?」
「……いや、聞いたことはねぇな。まず招待されたとしても中へ入ったって話自体聞かねぇし。反撃効果が効果だから皆尻込みしちまって誰も試したことが無ぇのかもな」
だけどなぁ、とやはり釣鬼さんもちょっと尻込み状態。確かに、もしそれで上級魔法のつるべ撃ちなんてされたらたまったもんじゃないからな。
「うちの世界の技術でね、規模も違うし魔法ではないのだけれども、これと似たような仕組みの防犯技術があってさー。その仕組みでは入ろうとする対象を認識しても、然るべき手順を踏めば侵入者扱いをされずに入れるようになってるのよ。今みたいに住人が招待したり、ね」
あーそういえば現代社会のセキュリティ関係ってそうだよな。誰彼構わず弾いてちゃ利便性に難ありだし。それじゃあ俺は一足先に中に入ってと……。
「じゃあ中でインターフォン的な端末があるか見てくるわ」
「宜しくー」
Scene:side釣鬼
坊主がログハウス内へ入っていく。
いつも通りの森の見廻りのついでにこの坊主達に少し付き合ってきてみたが、このままじゃ救助報酬が上級魔法乱れ撃ちになりそうな予感がするぜ。
「え、本当にやるのかよ?俺っち、黒焦げなんかにゃなりたくねぇんだが……」
「大丈夫大丈夫、雷撃ならこの薙刀で避雷針代わりに出来るし、それ以外で何かがきたら無理に入ろうとせずに避ければ良いのだ!」
そう言いながら、ふんす!と自信満々に胸を張り耳と尻尾をピーンと立てる狐の嬢ちゃん。
「うーむ。こっちの狐人族は獣人の中じゃ例外的に魔法の適正が高ぇんだが、嬢ちゃんの世界だとどうなんだい?せめて障壁くらいは欲しいんだけどな」
「……んー、獣妖はどれも術の類が得意って設定だったような?とりあえず用意だけはしておくよ」
「助かるぜ、流石に自殺願望は無ぇからな」
こりゃ暇潰しのつもりがとんでもない肝試しになっちまったな。まぁここ暫くは世捨て人みてぇな生活で少々飽きがきてたってモンだ。たまにはこういうのも悪くはねぇか。
「あったあった、ここの設備本気で充実してるなぁ」
「じゃあ行きますか」
「あいよ、お手柔らかに」
さて、それじゃあ……異邦人の拠点へ入った初の人類として歴史に名を残しにいくとするかぃ!