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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
裏章 魔を誘う祭祀-白の篇-
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白の篇④

「……っ!……っ!?」


 どこからか、こえが、きこえる。


「――!―――!!」


 われは、やすみたいんだ。もう、すこしだけ。


「~~サマッ、タスケテ!」


 たすけ、って……なん、だっけ。


「白蛇、サマァッ!?」


 しろ、へび――白……われ、は。






 ―――ギシャァッ!!


「ヒィッ!?」


 異形たるこの耳震わす、二様の叫び。

 微睡み求める頭を無理繰り震わせ、()はいま一度の覚醒を果たす。

 澱の沁みついた総身を撓ませ、感覚器官へと響く振動を頼りに全身を鞭に見立ててそれを打ち据えた。


「きしゅるるる……」


 取り囲むは何れもこの地、妖精郷にて遥か望郷の念に囚われ、あるいは想う相手との別離に心を沈ませてしまった、旧き同胞達。紡がれる言葉はまともな律を生み出しもせずに、いっそ理性の一欠けらさえも感じさせない。


『――君達、は』

「白蛇、サマ……?」

「本当ニ、居タンダ……」


 昏きに染まった、今代の子供達。見るに彼等も魔堕ちの予備軍として、ここ外苑部へと送り込まれてしまった手合いだろうか。


『俄かには信じられないかもしれないが、君達を害するつもりはない』


 恐怖の証にその眼を目一杯に見開いて、そのままぺたんと腰を抜かしてしまう。

 そんなこの子達は今、我が異形に何を見ていることだろう。


「ヒグッ、グスッ……ヤッパリ、巫女サマガ言ッテタ通リダッタンダ」

「フェェ……白蛇サマァッ!」


 巫女、だって……?

 久しく聞かぬその呼び名に、無性に懐かしいものを感じる。

 拙い言葉が示す内容。即ち代々の巫女もまた、我が去った後に創られたであろう言い伝えを愚直にも護り続けているという、哀しき事実の表れ。

 余計な事をしてくれる。自ら望んで時代の流れより取り残された我等の事などさっさと忘れて、新たな郷の明るき未来をのみ考えておけばいいというのに。


「巫女サマハ、言ッタノ。キット、オ外デモ白蛇サマガ助ケテクレルカラ大丈夫ッテ」

「ボク達ダケニ、辛イ想イヲサセテゴメンネッテ」

『……そうか』


 ここは、魔堕ちをしてしまった無数の同胞達が眠る、妖精郷外苑部。

 中心部の集落で育ったであろうこの子達は、持ち得る難儀な資質が為にこうして結界の外へと追いやられてしまった。

 それでもその言葉よりは、今以て当時の我が不始末を引き継ぐ、後進達の苦労の跡が垣間見える。

 右も左も知らぬこの地に突然投げ出されて、同胞よりの仕打ちに揺らぐ想いを抱えながらも。この子達は、その総身は――余す所なしに妖精族たる(カタチ)のまま。


「むぎゅっ……」

「白蛇サマ?」


 黒き子らを二人、異形の身にて包み込む。我は、どうにか間に合った(・・・・・・・・・)んだな。

 歓喜に打ち震える、我がココロ。昂る気分のままに陳腐な表現をしてしまえば、震えるこれは魂とでも言えようモノ。

 今代のこの子達は。我等の世代ではとうに惑いの澱へと沈んでいたであろう、ここまでの相反する惨たらしくも想いを抱えて尚、昏き色に染まる程度で済んでいる。

 ならば、嗚呼――幻魔族(われら)が抱いてしまった昏き想いに潰え、新たに根差した妖精族(われら)へと託した選択は、意味を成せた。そうと言い切れるから。


『大丈夫。我が、共に居てあげるから』

「……ア」


 彼の狂神が虜となりて、どれ程の時が経ったろうか。

 幽かな自我を想いの檻へと括り付ける形で、過ごし続けた長き余生。

 当時に誇っていた精霊力(ちから)、そして無貌の使徒としての神力(しんこう)さえも時の流れの彼方へと取り残されて。我が形は今や、檻の中を移ろうばかりな裏切りの蛇。


 ―――きしゅるる。


 子らを包み込む我の前。闇夜に光る無数の蒼昏き灯は、理性さえ見られぬ蛾堕ちの同胞が証。

 今の我に、あの子達を撃退する力など残されてはいない。元より過ぎた年月にすり減らされた、この存外にしぶとい自我が今ここに目覚められたのだって、本望叶わなかった我が最後の最後に垣間見えた、気紛れな運命の悪戯みたいなものなのだから。

 それが故に実に不幸な事ながら、これ程の蛾堕ちの群れに囲まれてはこの子らの命運は尽きたと言わざるを得ない。

 せめて、これ以上に苦しい想いをしないよう。懐かしき子守りの唄へと乗せて、束の間の安寧へと誘おう。


『待っていてくれて、有難う』


 子供達が眠りについたのを確認し、目の前に立ち並ぶ蛾堕ちの同胞達へと礼を言う。

 とうに正気を喪っているであろうこの子達に、言葉が通じる筈もない。だのに声をかける不可思議さに首を傾げつつも、今の我は何故だかそんな気分。

 口許は、怪奇に解けさせて。在りし頃に比べ、より昆虫然とした印象を受ける翅を広げる、その異様。

 覚悟など、とうの昔に決めている。この身一つで受け続けていたこの子らの昏き想いは我が身を縛り、そしてその分だけ疎ましくも思われている事だろう。


「――きしゅあっ!」


 だからそれが、今生の別れの言葉。そうと考えていた。


『……何、だと』


 次の瞬間。あの子が見せたのは、過日の統率を想わせる凛々しき振る舞い。

 他の同胞であった者達も、この時ばかりは一切がその指揮に従い、森の奥へと去っていった――ように、見えた。


「―――」


 最後に肩越しに向けてきた、刺す様な視線。底冷える怒りを見せ付けながらも、はっきりと感じられたあの芯の通った灯は、紛れもなく―――


『ピピル――君は、まさか。今も……』


 今の大陸に広まった新たな暦に照らし合わせれば、冬の真っただ中へと入ったばかりな年の瀬も近き時分。

 不意に沸き起こる、心のざわめき。何かの予感を感じさせるそれに得体の知れない感触を覚え、独り夜空を見上げる。

 そこには長きを惑いに誘われていた我が心を映し出すが如く、目に映るは月の優しき恵みを遮る、曖昧なる曇天ばかり。


『……どのみちこの場より動く事さえも叶わない、今の我では。何が起こっているかを識る事など、到底出来はしなかったな』


 取り急ぎ、黒く染まったこの子達の寝床を用意する必要があろう。

 実に久々となる、生活感に根差した思考。懐かしき遥か昔を思い返し、いつぶりかも忘れてしまった小さな笑みをくすりと零す。

 しかしながら、異形たるこの身にそんな感傷が反映される事はなく。


『まずは、近くの洞に運ぶとしよう』


 斑に染まった蛇の総身に自嘲の色を強く籠め、一頻りを震わせた後となり。安らかな寝息を立てる子供達をその背に乗せて、異形の大蛇もまた夜の森へと消えていった―――

 今回は切り良いところで、ちょっと短めに。

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