白の篇①
予告とはちょっと違った形となりましたが、裏章・妖精郷編開始です。
パピヨン達、総勢三十六名。そこにピノと白さん、俺を加えた大所帯での梯子酒。行く先行く先ではやはり同じく、宴会騒ぎに興じていた妖精族達の好奇心をくすぐりながら、騒がしくも熱気に溢れた夜は暮れていった。
梯子の締めとして赴いた軽食屋。その時点でウワバミの代名詞であるピノ、そして予想外に酒にも強かった白さんを除いては皆べろんべろんな状態になっており、店主らしき恰幅の良いおっちゃん妖精からはもう店仕舞いだから好きに使ってくれとこの場を解放されたのがそれなりに前の話だ。
「こくっ、こくっ……んっ、はぁ……」
「む、むぁけるくァ~!」
いわゆる創作読本の類では、全てが終わったその後に、なんて格好付けた言い回しを目にする場面が多々あるかと思う。
別に、言葉そのものに対してどうと物申したい訳ではないんだ。ただ何と言えば良いのだろう、ふと目線をずらしてみれば嫌が応にも入り込んでしまう、惨憺たる貸し切り部屋内部の光景。そこで繰り広げられていた激戦を思い返すに、やはり全てが終わった後といった表現をするに相応しいと思えてならないんだ。
「うぇぷっ……お前ら、よくそんな気違った量を飲めるよな」
「ピ、ピィィ……」
それでも当初は予想に違わず、パピヨン達による白さんへ対する積年の愚痴大会が開かれていたのは記憶に新しい。本調子ではない身体を引き摺りつつも、俺もピノによるつまみ代わりの解説に楽しませて貰っていた……筈、なのだが。
「くっくっく。ピノ、君も中々やるじゃないか?」
「んっふっふ。何でもかんでも思い通りになると思ったら、大間違いだヨ?」
気付けばパピヨンズに泣き付かれ、見事におだて上げられたピノと白さんによる一気飲み頂上決戦。そのまま決着が付く事は無しに、これで何度目かを数えるのも億劫になってしまった果実酒樽のお代わりが要求された。
「親父ィ!果実酒じゃ切りがないから蒸留酒もってこぉイ!」
「無茶言ウンジャネーヨ!?アレ一本作ルノニ、ドレダケノ時間ト費用ガカカッテルト思ッテンダ!」
「ピキッ!……ピャアッ!?」
仕舞いには悪酔いしたピノの暴言に、店の親父も堪忍袋の緒がぷっつんこ。
こうして目出度く通報をされてしまった俺達は真夜中未明の満月照らす空の下、酔いどれ妖精鎮圧用に控えていたらしきガードフェアリーの皆々様による華麗な制圧劇のやられ役として、大抜擢をされてしまったんだ。
「おー痛ぇ……いつも思うけど、妖精族とは思えない程にしっかりしていやがるよな、ガードフェアリー達って」
諸共に広場脇の俺達専用社へと叩き込まれ、お決まりのお小言を頂くまでが一セット。そろそろ白さんの開祖的なカリスマも通じなくなってきたようで何よりだ。
「守護の子達は、当時の教訓を未だに忘れていないのだね。感心感心」
祭りの夜の余韻を浮かべる俺の傍らには、ざまぁと言わんばかりにニヤついた表情を浮かべるピノ。ではあるが、何故だか満足げな頷きを見せる白さんの様子に肩透かしを食らってしまったらしい。八つ当たり気味に俺の脇腹へと軽くひじ打ちなどしてみせつつも、素直に浮かんだであろう疑問を投げかける。
「当時の教訓ッテ、何サ?」
それには答えず、床に雑魚寝状態となったパピヨンズの一人一人へと毛布と枕を添えていく。そんな白さんの素振りに俺達も何とはなしに手分けをして、社内を整えるに費やしていった。
やがて全員の寝床を整えた後に、酔い覚ましに入れた冷水にどさくさ紛れで勝手ながらお土産に包ませて貰ったつまみの数々を床の上へと並べ、残る三人でぐるりと囲む。
「うん。もう終わってしまった事でもあるし、久方ぶりに昔語りをするのも悪くはないか」
「ピィ……」
そう口にした白さんの膝元には、パピヨンズの纏め役である、ピピ。人肌恋しげに片手を握り、横たわっている。その蒼く染まった髪を柔らかな表情で見下ろしながら一度撫でた後、昔懐かしむように語り始めた―――
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当時は目に映る全てが新鮮で、同時に何もかもが恐ろしくて堪らなかった。それが故に束の間の安寧を見てしまった我等の裡には、せめがれた……相反する想いが生み出されてしまったんだ―――
今やその記憶も曖昧となってしまった、大海原の遥か先へと続く異郷。
当時の動乱駆け巡っていた彼の土地においてさえ、我は異質と呼ばれていた。
物腰柔らかな小さき者であるが故に、食い物とされる運命であった我等。
持つ色の半分の犠牲を引き換えにして、非情を以て淘汰した。やり返してやった。
結果としては数多なる種族より怖れられ、語り継がれる存在へと押し上げた立役者。心無き観客達よりはそう、讃えられた。
「我等は、往くよ」
「―――」
いつもいつも耳辺りの良い言葉で誘い、無責任にも我等を新たな戦乱へ引きずり出そうとした。そんな扱いを受ける日々に、すっかり嫌気が差してしまった。
だから、切り捨てた。生まれ育った馴染みの土地も、幻魔の一族としての身分も何もかも――そして、数少ない友人でいてくれた、物好きな彼等との朧げな縁でさえも。
「恐らくは今生の別れとなるだろう。さようならだ」
血に濡れた絨毯の上をこのまま歩まされるなんて、真っ平御免だ。そうと言い切って、我等は故郷の地を発った。
長い、長い旅路の果てに、ようやく辿り着いた筈の理想郷。そこにもまた、別の形での終わりが近付いていた事など、露知らず―――
ここ妖精郷の地を踏んでより、百と余年。我等の感覚としても決して短くはない時が経過した。
遂に見出した終の棲家。先住民である幻獣、そして耳長達との衝突などそれなりに語れる事はあったものの、我等が故郷の惨状に比べれば他愛のないと呼べよう儀式を経て、ようやくこの森の一員として地に足の付いた生活を送り始めた、その矢先の出来事だ。
ここ昨今に忍び寄る、不穏の影。あるいは異質な事態と呼べようモノは、気付けばすぐそこにまで迫っていた。
「○ノ○○○○タ!ハイノゲティまで堕ちたって、さっき……」
「そうか」
ハイノゲティ。臆病な者が多い我等が種族の中でも例外的に勇壮で知られた、蒼き長の名だ。
「どうしてそんなにっ、落ち着いていられるんだよっ!?このままじゃ――」
「――見守り包む、紅の長」
被せて圧した、その一言で。ヒステリックに叫ぶ紅の長はその愛らしい顔をはっとさせ、少しの後にくしゃくしゃに歪めて押し黙ってしまう。
「この程度の事、妖精族を名乗る以前より覚悟をしていた筈だ」
「……君は。わたしには、そこまで徹底するなんて出来そうもないよ」
同胞の悲劇に動揺の一つさえ見せはしない。そんな強固に過ぎる意志を持ち続けるなど、凡そ人の所業ではない。
当時にも怖れと畏れの入り混じった視線と共に、毎日のように耳にした懐かしき訴え。そういえば最もそれを口にし続けながらもその反面、こんな我にずっと寄り添ってくれたのはピピル、幼馴染の君だったっけ。
「ピピルピピリピレッド。この我の、今となっては唯一人残る親友よ」
許してくれとは言わない。我はこの妖精郷を興した者の責務として、君の想い人を討たねばならない。
我にとってはこれもまた日常たる非情。しかしその決意へと返されたのは意外にも、想いの雫を零しながらもはっきりと呟かれる、かぶりを振った友の言葉だった。
「その必要はないの。彼は、同じく魔堕ちをしてしまった皆を連れて、蒼の責務を全うして旅立っていったから」
「……そう、か」
この身に産声を上げてより初めて味わう、置いていかれてしまった実感。それは彼が堕ちたと聞かされた時の感傷を、遥かに超えていて。
ハイノゲティは。相反する想いの澱にその身囚われ、堕ちてしまったあの蒼き長は。その実、堕ちる最中も護り断じる蒼として自らに課した役目を忘れはしなかった。
だからピピルは、我が非情を以て処断をすべき相手は、もう居ないのだと諭してくれる。
「つくづく、蒼の一族にはしてやられたものだ」
「○ノ○○○○タ……いえ、今は白を名乗る妖精郷の巫女。君は昔っから、蒼とは相性が悪かったもの」
「うん、そうだな」
思えば幼少の時分より、何かとあれば蒼の一族とは衝突が絶えなかった。
その中でも特に齢の頃も同じく聡明であったハイノとは、同胞達の口を以てして水と油。我だってそう考えていた。
だのに郷を発つと言った時、そんな我の掟破りを口汚く責めながらも、ピピルと共に手を挙げてくれた。一族の未来を護る為には、それもやむなしと。そんな誇り高くも高潔な彼でさえ、逝ってしまったか。
「これを言うとまた君に怒られてしまうかもしれないけれど、彼がその身を投じてくれたのは不幸中の幸いだな。お蔭で我等には、いま幾許かの時間的な猶予が与えられたのだから」
「……本気で、怒るよ?」
これでも親友を慮り、気を遣ったつもりではあるのだが。
しかしながら、続いて返されたのは自分も紅を統べる長の一人だという、断固な意志を想わせる言葉。その理由は分からないが、どうやらそこまで怒らせてしまう物言いをしてしまったようだ。
そういった機微には疎い辺り――やはり我は、異質なのだな。
ここ妖精郷で初の悲劇となろう、あの魔堕ちの連鎖が落ち着いてより暫し。
巷では氷狼が悲劇により、滅びを迎えた旧王国の後継争いが激化し始めた時分。
広大な森の奥深きに住処を構える、我等妖精族。勢力の弱まった人族の領域に新たな活躍の場を見出し、この地を後にした耳長達の跡を引き継ぐ形で森の盟主となった我等にとって、捨てた故郷を彷彿とさせる泥沼な争いに関わるつもりなどは微塵も起きなかった。
そんなある日の事。当時に魔堕ちの被害を受けた者達の出自との照らし合わせが完了したとの報を受け、識者達を集めての席にてそれらの関連性についての仮説が語られた。
「この土地と、水が合わなかった。そうとしか言えないの」
「……それはまた、随分な暴論だな」
魔堕ちをした大半は、遥かな故郷より共に旅立った同胞達で占められていた。
その一方で僅かな被害対象となった第二世代の者達は、全てが旅する中で色の混じり合った子供達ばかり。
「確か、あの氷狼の主であった娘も」
「旅の中途に翅を休めた一夜の逢瀬に根差す、幻魔との合いの子なの」
そう語るピピルの瞳は、やはり深い憂いに沈んでいて。
「異なる色との混血が、魔堕ちを引き起こす切欠――という事でしょうか?」
「さて、どうだろうね。それのみでは、我等第一世代の魔堕ちについての説明が付かないな」
ハイノに代わり、新たに選出された蒼き長も第二世代。他人事ではない様子で語っていたが、そうと断定するにはややばかり対象の母数が不足しているようにも思う。
ともあれ、現状では肯定にも足らなければ否定する事も出来ない。あくまで内々の警戒をするに留め、残り少ない同胞達の不安をいたずらに煽る真似は控えるべきだろう。
「僅かとなった第一世代には済まないが、安全管理の意味合いでも第一線からは退いてもらって、世代交代による妖精郷としての組織再編を図るべきだろうな」
「冗談ではありませんッ!あなた方お二人には、まだまだ妖精郷を率いて頂かないと!」
暗に自身とピピルをも含めた引退を仄めかしたところ、蒼の一族総出による猛反対を喰らってしまった。やはり蒼の一族と我とは、あまり相性がよろしくないのではないかと思う。
その後はお決まりの如く、白と紅の子供達までをも引き合いに出しての泣き落とし攻勢ときた。その場はやむなく紅・蒼・白それぞれの「色の翁」という第一世代受け入れ枠として、後見人制度の基礎案を出すに留める事となった。
「それじゃあ先例を作る意味でも、わたしが初代の紅き翁を襲名するの」
「ではついでだし、我もそろそろ巫女の引退を――」
「論外ですッ!」
「それは絶対に、駄目なのっ!」
皆まで言わせず、声を重ねての駄目出しハーモニー。君達、それはダブルスタンダードというものではないだろうか。
「――無貌の、女神?」
「そうなの」
相も変わらず子供達よりは絶大な支持を受けていたその実情はさておき、表向きは紅き翁として外苑部へと隠遁していたピピルがある日、妙な噂の類を仕入れてきた。その出所はひょんな縁から拾ったという、行き倒れていた人族達。
曰く、旧王国を盛り立てた一因とされる、とある神への信仰。ただ一柱の神を奉じるという、宗教の概念が存在しない我等にとっていまいち理解に難くはあるものの、内容そのものとしては非常に興味深くもある話。
「奉じる者達の想いを糧として、それに報いる神霊機構か……そこはかとなく胡散臭くはあるけれど」
「念の為、あの人族の若者とその部下達は養生という名目で保護しているの」
こういった所は、流石だな。
満足げに頷いた我へと向けて、屈託のない笑みを一つ。話は決まったとばかりにピピルは席を立った。
ここ暫しは郷の運営にばかりかまけて、外界へと目を向ける機会に乏しかった事だ。その人族達にとっては災難となろうが、ここは一つ久々となる徹底した情報収集の糧となってもらうとしよう―――
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「――こうして、君達が言うところの建国王、初代皇帝レイモンドとの縁が結ばれたんだ」
「あぁ、そういえばあの夜にも言ってたっけ……そんなにその建帝と俺って、似てたのか?」
「いや?外見的には似ても似つかなかったよ」
何だそりゃ。ようやく話の核心へと入ったかと思えば、思わぬところで当時の疑惑を明確な否定で返されてしまう。どうしたものかと目線を向ければ、こちらはこちらでまた複雑に考え込む素振りを見せる、ピノのご尊顔。つくづく、煙に巻くのが好きなひとだよ。
「ふふ……まだまだ夜は長いんだ。そう急く事もないだろうさ」
そう愉しげに言って、マグカップを掲げてくる。
確かに、妖精郷全体が雪解けのお祭り騒ぎに夜更かし真っ最中なこの夜だ。そうと言われてしまえば急ぐ理由も見当たらない。酔い覚ましの二杯目へと手を伸ばした俺は、改めてつまみ片手に観客気分を抱き、続く白さんの話へと耳を傾けるのだった。
まずは、白の昔語りより。




