第037話 宴会のち突然変異?
敢えて表現をするならば、そこは戦場。
漢達の意地がぶつかり合い、そこにかけるは熱き血潮の織りなす情景。幾名かは男ではなく漢、その背に矜持の二文字を映し、今宵の披露目に誇りをぶつけ合い。
近くの未来か遠い日々か。この戦いを振り返った時、もう少しばかり年老いているであろう自分は、今の自分達を見て何を思うのだろう。
「ほりゃ、りゃいたも飲みなしゃいよー」
少なくとも若気の至りはこの事とばかりに白い目をして過去を振り返るのは確実かと思われます、まる。
「おま、俺達はまだ未成年だから飲まないって言っておいてそれかよ。清廉潔白はどこいった」
「あぁん?童の酒が飲めんとはどういう了見じゃ?ほれ汝も飲め飲めーい!」
「ちょっとおねいさんやめ……ガボゴボガボっ!?」
既に良い塩梅どころかエンジンフルスロットルな勢いで飲み続けていた連中に自重という文字は無く、のっけからハイテンションに絡み酒を発揮されてしまう。うおぉ…酔いが、回…る……。
「八十六番ピノ、さっきこっそりくすねてきた村のお神酒一升を一気飲みしまス!」
「ぬぬっ?むぁけるか!八十七番ハクソウ、逆立ちして発泡酒と米酒とワインのチャンポン行きます!」
「「「そーれ、一気!一気!一気!」」」
「あんたら一体何周してんのよ!?ここ総計で三十人も居ねぇよ!つかピノ、お前はなんつぅモンをくすねてきちゃってるんですか!?」
見れば祖霊である精霊達へ奉納したお神酒に対し、罰当たり極まりない行為をかます自然の代弁者。そしてそれを咎める様子もない村の若長との飲み合いが始まり、会場は既にボルテージ最高潮。
「童も負けては居られぬわ!八十八番シズカ、姉より優れたけしからんモノを持つ妹を脱がせるのじゃ!」
「――ふぇっ?うきゃあああっ?!」
「うぉおおおおおおっ!!!」
「いけ!脱がせ!もっとやれ!」
「フネたんのおっぱお…ハァハァ」
「狐姉妹の百合情景…ハァハァ」
―――ぷっちん。
「てめーら良い度胸だ、まとめて相手してやるぁっ!」
「んだとこの人族風情が!素手で人狼に勝てると思ってブキュッ……」
「良い機会だ昼間の借りを返しテビャッ――」
「人狼がなんぼのモンじゃあっ!鬼でも悪魔でもかかってきやがれコラァ!?」
何が決め手となったかは自分でも分からなかったが、とにかく何かの緒が切れたのだけは覚えている。
そして既に酔いがかなり回っていた身体では一度動き出してしまった衝動はどうにも抑え難く、乱闘の高揚に任せて俺もつい啖呵を切ってしまったのだが……別に応えてくれなくていいのに同じく高揚した様子で俺の啖呵に応えてくれた鬼が一人。
「ほぉ?良い根性だ。久々に俺っち直々に扱き直してやるとするかぃ――八十九番釣鬼、頼太相手に吸血鬼退治のリテイクやります!」
「ちょっ…アンタ絶対悪酔いしてるだろ!ってふぉおおおっ!?焦げっ、服が焦げてる!」
「クックック……滾る、何でか分かんねぇが俺っちの闘争本能が滾るぜぇええ!!」
「ちょっ、まっ、本気はらめええええええっ!?」
もう何が何だか目も回って来て、でも今は本気で避けねぇと現実的に死神が見えてふぉおおおおおっ!?
「良いぞ良いぞ、宴はやはり賑やかでなくてはのォロロロロ……」
「ふぎゃあああああ!?ゲ○がゲ○が着物の中にぃぃ……」
「汚物に塗れて涙目の美少女……ハァハァ」
「マニアックなのが混じってんナー。九十番ピノ、ピコの尻尾の毛を全脱毛しまス!」
「ギャヒンッ!?キャインキャインッ」
「あうぅ、また(ゲ○で)汚されちゃった……」
その辺りで記憶が途切れた――多分決め手は苦し紛れの俺の膝蹴りを躱しざまカウンターで放たれたバックスピンからの裏拳が側頭部に直撃…だったと思う。よく死なんかったな俺……。
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「ッテテ。ふぅ、鼓膜は破けてはいないか。全く、酷いカオスだったぜ……」
意識を失ってからどの位経っただろうか。こめかみ付近の痛みに頭を押さえながら目を覚ます。
正直、思い出したくもないが本当に皆タガが外れた感じの混沌な場だった……まぁそれだけ開放感があったということだよな。
オネェな吸血鬼を退治した後、俺達は村へ戻り若長達へ事態の解決の報告をしたんだが、その時の反響が凄まじかった。
何と幼子からお年寄りまで全員起こし、寝たきり状態だった病み上がりの族長まで引っ張り出して村の集会場で飲めや唄えやの大騒ぎ。
その中でシズカと扶祢の紹介と事情の説明、俺達の所属する冒険者ギルドの要望等、族長と若長も揃った前で告知をし、これを快く受け入れられ大円団となった。村の存続に関わる大事件を解決したからこそ、こうして閉鎖的と言われる主族達の信頼を勝ち取れたんだろうな。不謹慎ではあるが、犠牲者も出なかったようではあるしそういった意味ではあのオネエのお陰とも言えなくもない。
シズカなどここ二月程の看護について族長が熱く語ってしまったものだから、皆感極まってもはや荒人神扱いである。
人狼の幼子がよく分かっていないまま信心深い祖父母と共に、耳をペタンと伏せ尻尾を振りながらニコニコとお祈りしてる姿は……うむ、クるものがあるな。当のシズカは子供にまでそんな真似をさせるのに気が引けるのか――
「ええい、童は童らしく祈ったりなどせんと無邪気に美味いものでも食っておれ!」
なんて言って、顔を茹蛸のようにしながら子供達に手ずからオードブルを選り分け配り続けていた。気恥ずかしさが見え見えで、これもまた見ていて和んでしまった。
一方、その見た目からか子供達からは怖がられていた釣鬼だが、一人トコトコと歩み寄る子供の姿があった。
「あ、あの……」
「んぁ?――おー、お前ぇはあの時の坊主か。でかくなったなぁ」
「あ――はいっ!あの時は助けてくれてありがとう!おかげで今も元気に暮らせてますっ」
そういえば昔ここの村の子供を助けたとか言ってたな。この子がそうか。
「そうかぁ……元気そうで何よりだ」
「うんっ。あれから僕、族長にお願いしてぶじゅつの練習もしてるんだよ!族長のことも助けてくれてありがとね!」
「そうかそうか、強くなれれば良いな。だけど体が出来上がるまでは無理するんじゃねぇぞ?後々響くからな」
「はいっ!!」
うーん、微笑ましい。ほっこりとしてしまうね!
その後二時間程は親睦会を兼ね和やかに飲んだり食べたりしていたんだよな。
そして丑三つ時も過ぎ、子供達がそろそろ眠気でぐずり始めた辺りで若衆と俺達を除き順次退出していった訳だが―――
「――そっからの悪夢がなぁ」
ああ、酷かった。本当に悪夢だった……。
思い出したらまたこめかみがズキズキしてきたしこのまま寝なおすか…それにしてもこのクッション柔らかいのに良い塩梅の弾力もあって気持ち良いな―――
ふにゅふにゅぽにゅぽにゅ……。
「……ふぉあ!?」
そこで唐突にある可能性に思い至り飛び起きる。その反動でこめかみを更なる痛みが襲うが、むしろ良い気付けとなってしまった。そして恐る恐るそのクッションを覗き込むと―――
「――すぅ」
透き通るような長い銀髪を湛えた、シズカに匹敵する程の白い肌の美女が、何故か上半身に一糸纏わぬ姿で気持ち良さそうに寝息を立てていた。
「……うおぉ」
どうしても、その大きさ形張りと三拍子揃った御ムネ様から目が放せなくてだな。しかもタイミングの良い事にその銀髪さんが寝返りなんて打つモンだから、ぱよんぱよんと……。
「――んぁ?」
そのまま数秒もしくは数十秒か。御ムネ様を拝んでいる内に目が覚めたらしき銀髪美人さんと目が合ってしまった。うわぁ、シズカも血の色の様な深い色の紅い眼をしているけどこっちは宝石みたいな紅眼だな……ついその眼に見蕩れ、暫しその銀髪美人さんとびお見合いをし続けてしまう。
ここで落ち着いて考えてみよう。
俺、性欲真っ盛りの18歳。眼下には何故か上半身に一糸纏わぬ銀髪さんwithきょぬう、ちなみに扶祢並。
俺氏数秒から下手すれば数十秒ガン見をし続けるの巻。銀髪さんが起きてからも引き続き目が離せなくガン見し続け、多分この時点で一分以上きょぬうを拝みながらしかも至近距離で見下ろす体勢。対する銀髪さんといえば何故か身体を隠そうともせず、それをぼんやりと見上げる形。傍から見たら押し倒してると言われても否定出来無るか自信は無い。ついでに野郎の朝の生理現象もばっちり発現中☆
―――前略、故郷の父さん母さんお元気でしょうか。貴方達のムスコは本日間もなく、性犯罪者の仲間入りをして断罪される予定です。先立つ不孝をお許し下さい。
「……おー、頼太生きてたかー」
「ヒイッ…そそそそれは何故俺みたいな汚物が未だ生き恥を晒してるのかさっさと自決しろってことですかぁっ!?とてもそうは見えないでしょうがこれには海より深い訳がございまして、つまり誤解だと言う事だけは是非理解して頂きたく……」
銀髪さんに声をかけられ、これまた鈴が鳴るような耳障りの良い声を堪能する暇も無くジャンピングDOGEZAで床に額を何度も叩き付け必死に謝罪をする俺。しかし……、
「?――もしかして当たり所が悪くてどうにかなっちまったか……?どれ、ちっと頭見せてみ?」
銀髪さんは首を傾げながら俺の頭を抱え何かを探る様子を見せる。一撃必殺点でも探しているのだろうか……。
「ひ、ひと思いに右で……?」
今度は逆側を向かされ同じように何かを探っている様子。その両腕に抱え直される度にもにゅっとした柔らかい感触を肩や首に感じるが、もはや死刑前のご馳走と同義にしか思えないんだぜ……。
「ひ、左?」
自分でも分かる。息が乱れ明らかに脂汗が滝の様に流れ始めている。
不意に正面を向かされ、意志の強そうな鋭く光る紅い眼でじ…っと見つめられ、そこで緊張感が途切れ絶叫してしまう。
「り、りょうほーですかあああ~」
「……おい、本当に大丈夫か?自分の名前と今居る場所と俺っちの名前を言ってみろ?」
―――え?
「な、名前は陽傘頼太。ここはサカミ村の集会場。あなたの名前は何です…か?」
「っかぁ…ちとやり過ぎちまったか?頼太お前昨日までの事は覚えているか?」
「え?……え?」
ちょっと待て。今この人「俺っち」って言ったか?しかもこの口調―――
「も、もしかして……ちょ、釣鬼?」
「お、何だまだ寝ぼけてただけか。てっきり打ち所が悪くて記憶喪失にでもなっちまったかと心配したぜ」
そしてはっはっは、とその綺麗な顔で見覚えのある笑い方をする。まじかお……。
「釣鬼、という前提で話をさせて貰うんだけどな……」
「何だ前提って。また何か異邦人ネタか?」
「良いから落ち着いて聞いてくれないか」
「お、おう?」
そんな俺の様子に、目の前の銀髪美人さんは思わず姿勢を正し向き直る。それを確認した後に俺は一つ深呼吸をし、こう言った。
「自分の胸に手を当てて、じっくりと現状を考えてみて欲しい」
「……?」
俺に言葉に銀髪美人さんは胸に手を当て、違和感を感じたかその形の良い細い眉を一瞬顰め、自分の胸を見下ろした。そのまま暫し一分程揉んだり摘まんだり抓ったり、頭に手を当て肩にかかるサラサラな銀髪の感触を確かめたり、そして―――
「何だ夢か」
と横になり寝直しやがった。
ああ――この落ち着いてる振りしてその実、惚けた反応を返すこいつは間違いなく俺の良く知るフィジカルモンスター、釣鬼だわ。
「動揺しろよ!?」
つい突っ込みを入れてしまった俺は何も悪く無いし、決して性犯罪者でも無かったと思う。本当に良かった……。
その後、朝風呂へ行っていたらしき女性陣が戻ってきて大騒ぎになるまで、銀髪美人は寝続けていやがりましたとさ、上半身裸のままで。
扶祢の伏字部分はきっと見目麗しい美女がゲロとか言うのは見ていて痛々しいという理由による頼太フィルターに違いない。




