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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十一章 魔を誘う祭祀 編
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第322話 縛られても、なお―――

「――で、何が原因だ?」


 春の訪れを錯覚させよう生温かな心地の中にも幽かに留まる、冬の残り香。そんな柔らかなようでいてお前達に向けるのはその程度の半端さで充分だ、とでも言わんばかりな呆れの色を伴う質疑の視線。

 一方の俺は裁定役を買って出たエイカさんの詰問に多少の気まずげこそ感じつつ、仏頂面を自覚したままにある一点へと人指し突き付ける。その先ではまるで鏡に映したかのように小さな身体をぴんと張り、差し返す幼女の妙。


「精神年齢が同レベルだな、こりゃ」

「こんなクソジャリと一緒にすんな!」

「こんなおバカと一緒くたにしないでヨ!」


 騒ぎを聞きつけてやってきた釣鬼にはいつもの事だとぼやきを零され、揃ってそれに物申す。

 ぶっちゃけてしまえば互いに鬱憤を晴らすべく、都合の良い対象を見出してしまった、そんなところだろうか。


「だいたいお前は俺達と旅してたんだから、その分精神年齢も相応に上がって然るべきだろが!なぁにが妖精族は種族的に成長が遅いだ!」

「人族の癖に全然成長してない頼太に言われたくないってノ!そういう事言うんだったらボクの方が年上なんだから、ちゃんと敬えって話だヨ!」


 ピノは現状に至るまでの悶々とした内心の捌け口代わりに、そして俺はミチルの一件により図星を突かれての売り言葉に買い言葉。後になってよくよく思い返してみれば団栗の背比べと言われても致し方の無い、冷静さに欠けた不毛な言い争い。


「と、いった有り様さ」

「あうぅ、またおなかが……」

「巫女さまぁっ!?」


 木牢の格子越しに大人げない掴み合いをやらかした俺達は、雪崩れ込んできたガードフェアリー達の手により敢え無く御用となってしまう。ついでにその報告を受け慌てて飛んできたらしきピアもタイミング悪くその場に鉢合わせてしまい、他人事の様に解説をする白さんの囁きにそろそろストレス性胃潰瘍でも起こしそうな気配。


「ちったぁ時と場合を考えろぃ」

「ふごっ……」

「痛ァッ!?」


 最終的にはこれもまたいつもの事ながら、釣鬼先生による頭頂部のツボへのクリティカルな鉄拳をもって喧嘩両成敗と相成るのでありました。


 ・

 ・

 ・

 ・


「二人共。本当の本当に、いい加減にして下さいね」

「こちらはただでさえ、次の会合に向けて忙しいんだ。姉を気遣う気持ちが少しでもあるなら、少しは大人しくしておけよ」


 どうにか気分を落ち着けた後となり、ピノ共々解放される事となった。

 あれ程の大騒ぎを起こした割には随分とあっさりとしたものだと思わなくもないが、そこはマニが監視を買って出たという事が理由として大きい。あるいは何気に刺さる物言いで念を押されてしまった辺り、もうこいつらとは関わり合いになりたくないと思われたのか判断が微妙な所ではあるが。


「普通あんな大事件が解決した後って、もうちょっと見る目が良い方向に変わるもんじゃね、って思うんだ……」

「なァ~に言ッてんだ。お前らはむしろ、騒ぎを起こした張本人だろッ」

「むゥ……姉ちゃん、何かそっけねーノ……」


 すっかり仲睦まじいコンビと化したエイカさんと共に、ピアもまた木牢の外へと去っていく。その後ろ姿を見送るピノの表情には、何とも言えない入り混じったものが見え隠れをしていたように思う。

 まぁ、次の瞬間にはそんな俺の気配に気付いたらしく、またむくれたご尊顔で睨み付けてきてくれたがね。


「こほんっ……そんデ?」


 ガードフェアリーがマニへと木牢の鍵を渡し、一礼をして外へ出ていったのを確認してよりたっぷり数十秒程。妖精郷を出自とする、俺以外の三人にとっては周囲の大まかな状況の把握など取るに足らないものだろうに、これ見よがしに外を窺う素振りを見せた後に、言葉も少なく促してくる。本題は何だ――そう、言わんばかりに。


「俺は六十年ぶりの不名誉を喰らった、どっかの生意気幼女を揶揄いにきただけだからな。特にこれといった用事はねーよ」

「右に同じく、だね」

「お前ら後で覚えてロ!?」


 そんな激した台詞で吐き捨てながらも、伝えるべくは伝わったようだ。狭い木牢から出た解放感にストレッチなどをこなしつつ、確信を伴ったらしきその認識はこの場で唯一黙り込む、蒼の巫女守へと向けられる。


「姉ちゃんは今回の騒動の責を取って引退の決心固ク、ミキも明るみに出た反逆行為から暫くは復帰の目途も立たズ」

「むぐッ」

「そんでもって一度郷を出たボクじゃあ、既にその資格足り得なイ」

「ぐ、ぬぬッ……」

「以上の理由により、次代巫女最有力候補どころかほぼ確定なマニさまガ。今更この状況で、はぐれ風情のボクなんかに何の御用でショー?」


 また随分な煽り方をしてくれる。一つ一つを丹念に擦りこむように、間を開けて挙げられる度にマニの表情は歪んでいって。その語りが終わった頃には真っ赤となった顔を俯けたまま、わなわなと震えさせてしまう。

 対するピノは腰へ片手を当て格子に背を預け、姉の巫女引退をはっきりと口にする。揺らぐ気配は微塵も見られず、いっそ冷淡とも取れる素振りを崩さない。


「お前、はッ。どうしてそこまで、平然としていられるんだよッ!?引退なんてただの建前でッ……あいつは巫女を、やめさせられるようなものなんだぞッ!」


 一度喉元まで出かかって、また引っ込もうとした声をやっとの思いで絞り出す。目線は変わらず床へと向けられたままに、ここにきて初めて、弱音をさらけ出すかの如く―――


「――ボクは、姉ちゃんが無事でいてくれさえすれば。それで良かったから」


 不意に、半音ずれていたそのトーンが整った。それが意味するものを察したであろうマニの顔は勢いよく跳ね上がり、溌剌とした意志の強さ感じるその眼が一杯に見開かれてしまう。


「……お、前ッ」

「皮肉なものだよね。全てが終わった後に、今更になって自力での顕現状態に辿り着けちゃったなんて」


 そこに見られたのは、未だ子供と言えよう齢相応に生意気にも威張り散らす普段の我儘さの欠片もなしに、困った様にはにかむ少女の姿。知らずともあの夜に傍らへと居てくれた、あの、温かみの素体となった蒼き色めく虹の翅脈。


「其の、心とは」


 迷い子達へとお節介を焼くのはこれで最後、そう前置きした上で白き者は問うた。

 対する少女は瞼を閉じて穏やかに。一拍を置いた後、やはり落ち着いた雰囲気を醸したままにその言葉を紡ぎ出す。


「慈しむ、想い――かな。うわ、はっずかしー」


 最後にそうおちゃらけながら、ほんのり染まった頬をその両手で恥ずかしげに押さえながら。それでもそうと、言い切った。

 相手を思いやる心。人は全ての縁なくしては、生きていく事は出来ない。

 なにも対象が人や生物の定義に括られるものである必要はない。それが世捨て人の類であろうとも、その人生の相棒となろう寄り添う存在はきっと必要で。心の拠り所もなしに全ての縁を捨て、ただ漫然と生きていくには、人の思考はあまりにも複雑怪奇に過ぎるから。


「慈しむ……あたしには、そんな余裕なんてなかッたな……」


 慈み――それは誰かを思いやる心。だとするならば、この妖精郷へと足を踏み入れてより目の当たりにし続けて、自らその恩恵を受けた者として、真っ先に挙げるべき名前がある。


『背中やっべぇ、はよ治療してくれー』

『背中、ですか?……うっ、酷い……』


 忘れもしない、俺を気遣う痛ましげな顔。あの時のピアの内面は腐れジジイに冒されていて。そんなピアの目の前で瀕死の体だった俺など、そのまま永劫の眠りへと誘われていてもおかしくはなかった。

 だのに生まれて初めて目にしたあろう人族の乱入者へ対し、それどころではないと生来の慈しみ深さを前面に押し出して、深手を負った俺の背を癒してくれた。

 そうなってしまった原因にしてみたって、そうだ。妖精族の同胞達を思いやって、巫女としての口伝よりの仮説を基に妖精郷の闇に生きざるを得なかった、魔を誘う祭祀達をどうにか救おうとひたむきに動き続けた。


『それじゃあ、お前達はピアに対しては別に思うところはないってのか?』

『ピピッ!』


 それは中心部へと向かう前の晩、パピヨン達の士気を高揚させようと集会を行った時の話。奮わせるまでもなく、既にやる気に満ちていたあいつらに疑問を感じ問うた答えがそれだった。

 

『わたしたち、見てた。あの巫女が黒く染まって追い出された子達を庇って、何度も外苑部(ここ)に来てたのを』


 無論のこと、それは掟にも抵触しかねない横紙破り。ましてや郷の代表たる巫女が率先してそんな真似をしていると知れてしまえば、郷そのものの意義が消失してしまいかねない程の不祥事となりかねない。


『あの巫女の前の巫女も、その前の巫女も。皆、哀しい顔してた。もう、そんなのなんて見たくない!』

『……そうか』


 思い返せばピピの本音を聞いたあの時こそ、俺の中に潜む何か――魔狗となった影法師の記憶が疼いたように、感じる。

 だからこそ非道と謗られようとも掟そのものを喰い破るつもりで、ともすれば恐怖政治となりかねない下衆な案まで出してしまった。あいつらだって、その内容に慄きながらもそんな俺に付いてきてくれると言ってくれた。

 しかしながらその目論見は、結果としては無貌や白さんの介入により有耶無耶の裡に終わってしまったが。

 ともあれ、そういった互いへの想いが積み重なった上にようやく掴んだこの結末だ。ならば結果はどうあれ、同胞達を護るべく一人孤独の道を歩んできた歴代巫女達の在り方には、何よりも敬意を表して然るべきで。そしてそれこそが儀礼顕現を可能とさせる、要素の一つだったという訳だ。


「そう考えれば、姉ちゃんが当時から――ボク達が引き離されようとした、ボクを庇ってくれたあの時から、儀礼顕現を可能としたのも頷ける話だよね」

「無論、高い適性は前提の上でだけれども」


 二人の紡ぐその語り口に、今は朧となってしまった、あの悪夢の片鱗を思い起こす。それを言ってしまえばピノ、お前だってあの時から―――


「まっ。これで踏ん切りが付いたんじゃないか?」

「えッ…あ、うん……」


 徐々にはっきりと形を象り始めていた、その(かたち)を消し去るように。敢えて場の空気を入れ替えるように、残る一人の迷い子の背をぱちんと叩く。

 俺が見てしまったあの一連の可能性(ユメ)は、本来であれば人の身で垣間見ることさえ許されぬもの。だから俺は俺らしく、束の間に疼いてしまった厨二病に濡れ衣でも着せてやればいい。

 そんな想いが通じてしまったかは分からないが、マニは毒気を抜かれた様な呆けた顔で一度俺を見上げた後に、うんと一つ頷いて。


「ピノ、お前に相談したい事があるんだッ」

「人の気も、知らないデ……」


 マニの真摯なその言葉に、しかしながら一瞬で幼女形態へと戻ってしまったピノは何故か俺へとどぎつい視線を突き刺してくる……あるぇ?

 生憎と今のマニはこの妖精郷の未来を見据え、知恵を振り絞っている最中だ。仕方がなしに白さんへと救けを求めてみれば、こちらはこちらで背に一本筋入った、オペラ歌手もかくやと思わせる程の情緒を見せつけてくれる真っ最中。


「嗚呼。我が間に入ると、更に拗れてしまおうかなっ」

「……その心は?」

「あの時はまさか、こうして生き恥を晒すとは思ってもみなかったもの。だから時間を借りるその対価として、あの子にあの夜の想いを――全て託したんだ」


 とりあえず締め落としておいた。これが衆目監視の下であれば数日前のピノと同じく木牢戻りとなりかねなかったが、今は目撃者が幼女二人だけだもの。きっと許されたに違いない。

 それにしても、芝居っ気も満々に頬を染めたりしてくれやがって。相変わらず性質の悪ぃひとだ。


「まずはそこの不適性幼女の餌を基点として、色々試してみっか」

「ふんふんッ、どうすんだッ?」

「ボクを物扱い、すんナー!」


 慈しむ。そんな真似を続けられるのは、良くも悪くも心の澄んだお人好しばかりなものだ。

 その意味で言えば、姉相手にしかその思いやりを発揮出来ない今のピノでは先程の通り、効果時間が極端に短いのにも納得だ。そして、ピアが自在とも言えよう任意のタイミングで儀礼顕現を可能とした事も、この仮説を裏付けている。

 そうと分かれば後は阿吽の呼吸とまではいかないものの、気心の知れたピノの事だ。文句を言いながらも心得たとばかりに木牢を飛び出していって、俺達が仮設の社へと戻った頃には又聞きをしたらしき、既に各種素材を持ち寄った扶祢に捕獲され、魚の腐ったような目を晒していたらしい。


「……良い、なァ」


 ぽつりと呟くマニの言葉は聞かなかった事にしておこう。

 マニもこの郷で育つ中でピノの出奔にも近い旅立ち等、色々と思う所があったのだろうが、こいつは俺達との腐れ縁を結ぶまでの間、ピコとたった二人で人目を避けて旅を続けていたんだ。

 今ここにある繋がりはピノだけのもので。拒絶されるかもしれないという恐怖に打ち震えていた当時の心境で、それでも勇気を奮い立たせて手を伸ばした、ほんのちっぽけな成果なのだから。

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