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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十一章 魔を誘う祭祀 編
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第320話 芽吹きの萌しは麗らかに

 夜の始まりに顕れた無貌をして、限界と評された俺の身体。

 妖精郷中心部に点在する映しの泉での禊、そして無貌が手厚い加護により表面的にこそ回復したようには見えたものの、その実、長きを虫食まれていた内面の損傷は多大なるものだったらしい。査定会の広場へ戻るべく一歩を踏み出したところで再び身体が言う事を聞かなくなってしまい、ピノをして死ぬ気かよと厳しい口調での一喝を喰らってしまった。


《今回のお前の症状は云わば過度な魔の摂取の副作用により、心が千々に乱れてしまったことに根差すものですから。暫くは安静にしておくのが、一番の薬というものよ》


 ひとたび身体の不調を再認してしまえばもう、重病人コースまっしぐら。仕方がなしにピコの背へと括りつけられての凱旋ともなれば、広場で待ち続けていた者達がどれ慌てふためいてくれたことか、だな。


「ピャッ!?ピィィィッ!」

「待っ、ここで毒鱗粉はまじで……げほごへっ!?」

「ピャァァ……」


 とまぁ、もみくちゃにされての呼吸困難を起こしてしまい、学習能力皆無な平常運転として「状態異常:猛毒」に冒されながらもどうにか日常への帰還を果たすに至れたとは思う。


「ふ、ふんッ。生きてやがッたか……往生際の悪い奴ッ!」

「うふ、うふふうふ。この人族が居なくなっちゃえば、マニちゃんが戻って、きてくれる……?」


 テンプレ通りの憎まれ口を叩きつつも、真っ先に解毒の治療へと駆け付けてくれたマニ。その陰からはすっかり病んでしまったらしきミキがねっとりとした目付きで見下ろしてくれたりと別の意味で命の危機を感じもしたが、この場合はお蔭でと言っていいものか。その分だけあれ程剥き出しにしていた、ピアへ対する敵愾心が減っているようにも見えた。


「何があったん?」

「頼りなく見えた今代のあの子も、この郷の代表になるべくしてなったという事かな」

「ぶっ殺ス!」


 俺に負けず劣らず、満身創痍な様子で寝込んでいた白さんからはそんなしたり顔。直後に乱入してきた、ピノによる怒り心頭な締め落としが炸裂して長老衆も巻き込んでの大騒ぎとなってしまったが為に、まずは英気を養う意味もあってその場はお流れとなったんだ。








 元は内輪の話であった査定会が中途に終わり、あの長いようであっという間に過ぎていった短い逢瀬の夜。それから、数日程が経過した。

 今に至るまでの流れとしては、語る事はそう多くない。


「ピャー!ムキャーッ」

「お前らの毒鱗粉がこいつの害になるッてのがまだ分かんねーのかッ!?重病人なんだぞ、こいつはッ」

「ピピー!ピキッ!?」

「もう、明日からはこの子達に任せちゃっても良いわよね?」

「……へい」


 強いて語るとするならばだ。初日こそ心配げに看ていてくれた扶祢だったが、片時も離れようとしないパピヨン達、そして穢れの象徴たるパピヨンズ専用として広場の端に建てられた隔離用のこの社へと何故だか毎日の様に足を運んでくるマニの姦しさに、そろそろ呆れの色を隠す気もなくなったらしい。昨日にエイカさんの意識が回復したとの一報があった事もあり、冷たい硬さひしひしと感じさせる一言を残し去ってしまわれた位だろうか……ぐっすん。


「お邪魔する」


 その後も甲斐甲斐しくもわきゃわきゃと、マニそしてパピヨン達による毒舌と毒気に塗れた介護を受ける中で比較的のんびりとした病人生活を送り続けること、数日間。

 そろそろいい加減やる事もなくなってしまい真剣に暇潰しの手段に頭を悩ませ始めた辺りとなって、ピアに片腕付き添われた、一人の訪問者が現われた。


「ども。お加減、いかがっすか」

「私の方はただの中毒症状だ。お前に比べれば大した事じゃない」


 その物言いとしては以前と変わらずぶっきらぼう。本調子には程遠いらしく時折ふらつきこそしていたものの、立ち振る舞いもしっかりとしているようではあるし、後遺症の心配もなさげで何よりだ。

 寝台から身を起こし、看病がてらにパピヨン達が作ってくれた組木式のテーブルを広げ、歓迎の意を示す。

 俺は俺で外苑部での利便性恋しく、やはり暇に飽かせて構造の詳細を描き上げておいた図面を入り浸っていたマニへと見せ、ここ数日の試行錯誤の果てに昨夜ようやく仕上がった簡易水道より木製のマグカップへと人数分。同じくパピヨン達により地道な削り作業をお願いしていた搾り細工をそこに添え、好みの果実エキスを定量混ぜれば即席果実水の完成だ。


「少し見ない内に、この妖精郷も随分と便利になったものだ」

「ええ。まさかマニがここまで外の技術に抵抗を見せずにいるだなんて」

「へんッ。あたしは別に、何でもかんでも伝統のみを守れって言ってた訳じゃないしッ」


 そうは言い返しながらも、その物言いは当初に比べて随分と柔らかくなったように思う。

 とはいえ面と向かって指摘してしまえば激し易いマニの事だ。即時爆破、とまではピノではあるまいしならないだろうが、きっと恥ずかし紛れな八つ当たりの的程度にはなりかねないので意味有りげな視線を送るに留めよう。


「……何だよッ」

「いえいえ。蒼の巫女守たるマニさまには水道作成時の樹精や土精への働きかけ等々、お手を煩わせて頂いて感謝感激でございますよ」

「ピピッ!」

「そ、そうかッ?ふふんッ、あたしだってその気になればあの程度。ピノなんかに負けやしないんだぜッ!」


 ここ数日の他愛のない語らいの中で二つ程、新たに判明した事がある。

 その、一つ目。ミキはマニが巫女になる為にはピアの存在が邪魔だと考えていたらしいが、マニ本人としては単にピアの巫女として煮え切らない態度に苛立ちを募らせていただけ、という身も蓋も無い事実。


「いッそ巫女の強権で爺共なんざ黙らせちまッて、ついでに隙を見せないよう反乱分子も締め上げておけば今回の騒動は事前に収められたんだよッ。この遠慮しィの偽善者がッ!」

「それもまた、一つの道理ではあるか」

「ううっ……ピエラにも、同じ事を言われたの……」


 真正面からぶった切るその言い分には正直な所、同席していたエイカさん共々ごもっともと納得させられてしまったもので。元はと言えば郷内での意見の相違に波風立たぬよう気を遣い、一人隠れて動いたつもりのピアがあの腐れジジイにパクッ、とされてしまったのが事の発端ではあるものな。

 しかしその手法を取っていた場合、あの形での俺達の出逢いはなかった。そしてまた、妖精郷に長年蔓延っていた本質的な問題の解決に至るのも難しかっただろう。

 あるいは腐れジジイの一件が起きなかったと仮定した場合、白さんだって日の目を見ないままに総身が黒く侵されて、諦観の果てに自らを見失うその時まで未来永劫、あのまま独り彷徨っていたかもしれない。


「それは、嫌だな」


 無意識にも零れ出した、その本音に場の空気が静まり返る。どうやらまた、やってしまったらしい。


「とッ……兎も角だッ!あたしは別に、お前個人に対してどうこう思った事なんざ、ねェんだよッ!」

「えぇ、分かってる。貴女にそのつもりがあったとしたら、持ち得るものは適性ばかりで何もかもが半端なわたしなんて、とっくに代替わりさせられていたでしょうから」


 二人の言葉の端々に見られる、互いへ対する思いやり。

 長きを一族の代表同士として対峙し続けたライバルながら、だからこそ、言葉に出来ずとも理解に至れるものがある。ぎこちない笑みに素直になり切れない仏頂面とそれぞれの性格を押し出しつつも、この二人を隔てる壁は長い冬を越えた証として、雪解けを迎えたように思える。


「けどッ!ピノの奴とは、いつか決着を付けてやるからなッ!」

「ですよねー」

「外苑部での言い争いは、そもそもがミスマッチだったという訳だな」

「ううっ、またお腹がしくしくと……」


 一転して敵愾心溢れたマニの宣言にピアは胃の辺りを抑えてテーブルへと突っ伏してしまい、片や俺達はそしらぬ顔にて知らんぷり。

 ピノは元々人の上に立てるような性格ではないし、マニにしたって一度ぶつかり合ってしまえば引くに引けない気性の持ち主だ。落ち着いた性格だからこそ噛み合えようピアとは違い、こいつらの場合はいっそとことんまでぶつかり合った果てに、河原とかで夕陽を背にクロスカウンターでもしているのがお似合いだと思う。


「仕方がねぇ。そんじゃま、この俺様があいつに負けねぇよう色々と仕込んでやるよ」

「ほんとかッ!?」

「おーぅ。あいつには査定会の時やあの夜の仕返しもしたかった所だからな。まずは儀礼顕現の裏のやり方から触れ回って、巫女クラスの量産化計画を推し進めてやるぜっ」

「おおッ!?」

「やめてぇっ!妖精郷がますますカオスになっちゃう!?」


 差し詰め擬音にして表せばクケケケケッ!といった感じか。そいつは良い事を聞いたとばかりにずずいと顔を押し出してくるマニの向かいでは、ぐるぐると回したおめめ一杯に涙を貯めたピアが必死で俺の腕へと縋り付いてくる。ピアには悪いがピノと同じ顔でそんな事をされたら、ちょっと疼くものがあるじゃないか。


「お前、何だか前よりも荒々しくなってないか?」

「そっすか?」

「前の頼太さんなら、そんな酷い言い方しませんでしたよぅ……」


 むぅ、自覚はないのだが。未だ精神(こころ)の落ち着かぬ証として、あの魔狗としての色が若干強く出てしまっているのかもしれない。まだまだ、本調子ではないのだろう。


「それに、ですね。次に開かれる会合で、わたしはもう――」


 ぽつりと呟くピアの本音。その本題自体はここ数日の暇潰し紛れにマニより聞き及んではいたが、やはり決心は固いらしい。

 その後、どこか気まずい空気が流れたままにお茶会は終了する。入ってきた時とは対照的に、落ち込んでしまった様子のピアをエイカさんが慰めながら退出していった。


「さてさて。この妖精郷の未来は一体どうなってしまうことやら……あうっ!?」

「ピピッ、キャッキャッ」


 これ見よがしなタイミングで現われた光体へと魔気弾けるデコピンショット。まーた覗き見していやがったな、この出歯亀精霊が。


「いたた……精霊体である我に対して造作もなく触れようとは。君も随分と、あの御方の遺した影響に引き摺られてしまったものだ」

「あんた程じゃねーけどなー」


 気の抜けた自覚も十分に、背もたれへと体重を預け伸びをする。

 視界の片隅では新たに入れた果実水で喉を潤し、悪戯っぽい表情をこちらへと向ける白き精霊。あの夜を彷彿とさせる光体はその輝きもとうに褪せて、今はより現実味を帯びた白い素肌へ妖精郷の民俗衣装を纏っている。

 あの時と明らかに違うのは、その(まなこ)と翅の色。

 総身は変わらず純白な印象を受けるままに、あれ程までに眩く輝いていた真白な翅は今や真逆となろう闇色に染め上げられて。その(まなこ)はリセリーやニケを彷彿とさせる、白目の部分が漆黒に染まった異貌と成り果てていた。


「結局、あんたもあいつの眷属になっちまったか」

「喪ってしまった活力を補うには、これが最も手っ取り早かったのでね」

「元巫女ともあろう者がそんな事するなんて、有り得ねェ……」


 心底呆れ果てたとばかりなマニの苦言にも、相も変わらずどこ吹く風といった模様。ここ妖精郷で自分が贖うべきはもう、全て終わったとばかりに柔らかに。白き者は愛想もよろしく上機嫌に鼻歌などを唄ってみせる。


「まぁ、ピアの引退の件も含めて、後は今代の仕事ってこったろ」

「そういうこと、そういうこと」

「ッたァ~、この祖霊失格の無責任女がッ!」

「ピッ!ピピピッ」


 祖霊失格、言い得て妙だな。

 今の白さんは正味のところ、あの夜に発揮した光精としての力はもう、持ち得ない。そればかりが祖霊たる資格という訳でもあるまいが、今やパピヨンズにも近い程にまで精霊達への影響力も落ち込んでしまった今、アニミズムの極みとも言うべき精霊信仰の徒としては、終わってしまったも同然。

 けれど、それを語った際の白さんは、何故だか晴れやかな表情を浮かべていて。

 このひともまた、郷の長きをその小さな肩に背負い続けていたんだ。そろそろその荷を下ろし、後進へと引き継ぐ時が来た。きっとそれだけの話なのだろう。


「元より現世での肉ある身はとうに喪っていた我だもの。あの時は、裏方作業に回っていたピノの儀礼顕現を借りていたに過ぎないんだよ」

「借りる、ッて……どんな原理なんだッつーの……」


 少しばかり感慨に耽っていた俺を置いていくかのように、話はまた進む。

 三色の巫女守が一角をして、理解不能と頭を抱えてしまう謎現象。そんなものをさらっと言ってしまえる辺りもまた、このひとが妖精郷の祖たる所以でもあるのだろう。


「それで、マニ。お前はこのままで、良いのか?」

「……良いッて、何がだよ」


 言わずとも分かっているだろうに。返された言葉はどこか硬さを感じさせながら、その目を泳がせてしまっていた。


「所詮は部外者な俺達にゃ関係の無い話だし、どうでもいいけどなー」

「うんうん。今はまず傷付いた心と体を癒すのに専念すべきだね、ライタは」


 その指摘をする事で気持ちの後押しをしてやってもいいが、今日明日に決めるべき急く話でもない。

 示し合わせた風に話をはぐらかしてみれば、肩透かしを食らった素振りで一転して救けを求めるかの様な、それでいて素直になれない意地っ張りな生のままの感情が前面に押し出される。

 それを見て疼くものが背筋を遡り、ついまじまじと見つめてみれば顔を真っ赤に染めつつも不貞腐れた怒り顔で返される。こういった他愛のないやり取りが出来る――そんな日常に戻ってくる事が出来たのだと、今更ながらに実感する。


「そういや、もう一匹の意地っ張りはどこいった?」

「ピィ……」

「あ~、何て説明すりャいいんだか」


 思い返せば俺がこの社へと運び込まれて以来、あの薄情者は一度も見舞いに来やしない。

 扶祢もそれについては言葉を濁すに留めていたし、あの時のやり取りに悶えて顔を見せるに見せられない、といった辺りかと思っていたのだが。話を振った途端にパピヨンズも合わせ、この微妙な訳知り反応。何がどうしたというのだろう。


「あの子はほら。曲がりなりにも祖たる我を、衆目の下で締め落とそうとした訳だしさ」

「……あっ」


 続く白さんの供述により、俺、大いに納得す。

 聞けば祖への反逆罪とかそんな感じの危うい掟に抵触し、妖精族としてはおよそ六十年ぶりとなる、俺も体験した木牢入りという不名誉を賜ってしまったのだとか。


「ちなみにだけれど。前回の収監者はあの子達の母親である、白き先代巫女だそうだよ」

「つくづく、血は争えねェつぅか……」


 白とはいったい、何なのか。こうして話に伝え聞くだけでも脳裡にピノ互換で鮮明な画像が浮かんでしまう程に、今のミキとは似ても似つかないと思えるやんちゃな白の血筋。

 それもルーツを遡れば目の前で楽しげな笑みを浮かべるこのひとへと辿り着くと思うと、何の違和感も覚えないのでありました、まる。


「うっし。ここは一つおイタをやらかして収監されちまった、生意気幼女を揶揄いにでも行くかぁ?」

「良いな、それッ!」

「ピピーィ!」

「君達も好き者なことで」


 そうは言いながらも白さんだって、いそいそと出立準備を整えているじゃあありませんか。

 全員の支度が整ったのを確認し、軽く屈伸などをした後に扉を開ける。数日ぶりとなる外気はまた一段と温かみを増し、昼も近付いた時分の活気を否応なしに感じさせてくれた。

 それではリハビリ運転を兼ねまして。春の訪れ感じさせる、麗らかなる森の散歩道へと足を踏み出そう。

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