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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十一章 魔を誘う祭祀 編
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第315話 夜の広場で語るもの

 つい先程に、黒き影を従える魔狗自身より伝えられた真実。

 その内容に妖精郷の現代表である巫女は目を瞠り、傍らでは蒼き守の任にある者が存外に落ち着いた素振りで悪態を吐く。

 魔狗の身体には黒き斑が染みの様に浮き出して、とても尋常と言える状態には見えない。だというのに自らの異常を何と思わぬ風に、申し開きさえもしようとはせずに。それが平常とばかりに堂と構えられてしまっては、見る側も質すに躊躇ってしまう。

 そんな夜の広場では、意識を取り戻したらしき妖精族の面々が一人また一人と横たえていた小さな身体を起こしていく様子が窺えた。


「あなたの言い分が確かならば。何故あの様な、混乱を助長させるタイミングで割り込んできたのですか」


 ややばかり、震えて響く巫女の声。強い警戒を示すその硬さに、ピアのひととなりを知る者達はぎょっと目を見開いてしまう。うち半数――巫女へと対し、だが皮肉にもその矛届かなかった者達は。後ろ昏くも事情をそれとなく察する背景が故に、戸惑いを隠せない。

 そして扇動の裏で糸引いていたであろう、一族を唆したとして巫女自身による縛鎖の戒めを受けた、白が翁の皮肉気な貌に不憫を向けられる、残る翁達の反応は。


「オレだって好き好んでこんな憎まれ役な登場なんざ、したくはなかったけどな」


 曰く、奴が動き出すのが早すぎた―――


「本来であればあんたらに然るべき説明をした上で、もっと穏便かつ可能であればこっちに有利になるよう、協力をして貰うつもりだったんだが――」

「けッ、回りくどくて胸糞悪ぃッたらありゃしねェ……爺共、手前等もだッ!」


 最早、カビの生えた妖精郷の掟なぞ知った事か。そう告げんばかりに指を突き付ける、蒼の巫女守による糾弾。話の途中で腰を折られた形となる魔狗はしかし、怒りを抑えられない様子のマニへと楽しくて仕方がないといった笑みを見せ付ける。

 対するマニは巫女程には警戒を見せてはいないものの、やはり横目に曖昧な視線を魔狗へと向けていた。幸いにもこの場に居合わせてはいない、事あるごとに衝突を繰り返していた白の祖が見ればまず間違いなく揶揄いの一つも入れたであろう、怒りとはまた違った朱の色が差すその顔には何とも落ち着かない複雑な表情。

 その視線が先には、魔狗の周囲へと集まる蛾堕ちの同胞達。おっかなびっくりといった素振りを見せて取り巻くモノ達の注目は、黒一色に染め上げられた七尾の影へとある種の畏怖を以て向けられていた。


「――!~~~!」

「そら、何よりで」


 影を連れ立つ魔狗自身でさえ、当初は思いもよらなかったイレギュラー。

 この影には、間違いなく自我に類するものが芽生えている。それが故に、白き精霊を相手取ってなお魔狗の側に有利。お蔭で先の対峙では、この上ない援けとなった。

 そして物言えぬ身であろうとも、伝わるものはある。たとえそれが強いて言えば、物言えば唇寒し何とやらの典型と言えどもだ。ましてやこの場に面するは、軒並みばかりな妖精族。物言わぬモノの声無き声を聴く者達相手となれば、尚更のこと。


「ピィアァァ……」

「~~~っ!」

「その、何だ。わりぃ、色々と諦めてくれ」

「ピィーッ!?」


 皮肉にもと言うべきか、舞い上がった様子で尻尾をぶんぶかと振りつつも手当たり次第に頬擦りかます七尾の影と、手慣れた様子でその訴えをあしらう呆れ顔な魔狗の好対照。それらも相まって、場には緊張感とは似ても似つかない、微妙に弛んだ空気が流れ始めてしまう。

 そんな雰囲気に中てられたかはさておき、依然として警戒を緩めようとしないピア、そして良くない方向に閉じ籠ってしまったらしき素振りで何やらぶつくさと呟き続けるミキに代わり、マニがその疑問を投げかけようとばかりに口を開く。


「あッ、あたしは別にどうでも良いんだけどッ……それで、もしあいつがこなかッたら、どうするつもりなんだよッ」

「そこについちゃあ、信じてくれって言うしかないけどな。少なくともオレは、その心配はしちゃいねぇ」


 あいつは、頼太(オレ)だ。だから、何が有ろうとも来るに決まっている―――


 その者との接点少なき妖精族達には、理解の及ばぬ確信。自らもまた戸惑い小さな抵抗を見せるパピヨンの一人をかいぐり愛でて、焦ることもなしに不明となった対象が姿を現す時を待ち続ける。

 やがて魔狗の目論見通り、その時は訪れた。


「やっと、来やがったな」


 茶番はここまで。軽薄な素振りから一転、打って変わって熱の籠められた口調に妖精達の意識はある一点へと向けられる。


「よう、白さんはどこいったよ?」


 よたよたと覚束ない足取りを見せ森の側より歩み出す、憔悴しきった若者の姿。総身は薄昏く染まって貌に張り付いた表情も曖昧に、余裕たっぷりとも取れる魔狗とは対照的に幽鬼の類かと想わされる無言。ただただその視線は、魔狗が抱えるパピヨンへと注がれていた。


「ピィ……」


 その貌には、何をも無くしてしまった者特有の喪失感が透けて見え。

 魔狗は不審げに首を傾げた後、どこか白けた風に小さな溜息を吐いた。


「オレである筈の存在にしちゃあ、随分と性根が脆いもんだ……もっと粘るかと思ったんだけどな」


 影達にひとときばかりの時間を与えていた、魔気の雲も残るは僅か。あるいはこのまま、何をせずとも消え去ってしまいそうな程に、存在感を感じない虚ろな若者の影。

 暫しの間を、無言のままに対峙する両者。その均衡を破ったのは――魔狗の側だった。


「何とか、言いやがれっ!」


 苛立ち紛れの怒鳴り声に、抱えられていたパピヨンが思わずその身を脱し、呆けた様に立ち尽くす若者の許へと走り出す。もう、居なくならないで――そんな、想いの丈を見る者に抱かせたままに、短い距離を走り抜けた。


「ピィッ、ピピッ!?」

「………」


 ここにきてようやく若者は反応らしい反応を見せる。

 縋りついてくる幼子の頬を不器用に撫で、貌に貼り付けるは無表情。そのまま名残惜しげに放すに留まって。


 ミチルと、逢わせてくれ―――


 呟かれた小さな声。魔狗であるお前が戻ってきた時点で、自分の役目はもう終わっている。

 だから消え去ってしまう、その前に。せめて長きを共に歩んできた相棒相手に、最期の別れをさせてくれと、力無く訴える。


「頼太、さん」


 パピヨン達を除くとすれば、最も頼太との接点が多くあったピア。その胸中を表そう声を聞くと共にぎり、と噛み締める音がする。

 どこからだ。問うまでもない。それを発するのは滾る想いを抑えきれない、魔狗自身。

 

「……あ?」


 ここにきて初めて、飄々としてさえ見えた魔狗の貌が歪みゆく。

 気遣うようにそっと添えられる傍らよりの掌を払いのけ、驚きを見せる七尾の影を顧みる余裕さえありはしない。魔狗の人となりを少しでも知る者達は、声を荒げるその急変にぽかんと呆けてしまう。それ程の、激情。


「そんな簡単にあきらめるのが、オレだってのかぁ……違うだろがっ!」


 どういう、ことだ。続く似姿が返しにさえ、魔狗の憤りは止まらない。ひとたび溢れ出してしまった想いの猛りに袖引き止めようとする七尾の影でさえ、圧倒されたかの様にぴんと狐耳(こじ)立て狐尾(こび)張り詰めて。


「他の連中の想い?それを優先して自分が消えるだぁ?」


 そうだ。お前に向けられた想い、それそのものが証拠だと、似姿は力なくも断じる。

 夜の広場は対照的に。片や連れ添う姿もなしに、たった独り。片や……ぎこちなくも注がれる、周囲の知己達の視線。

 ほら、分かりきった話じゃあないかと似姿は口ずさむ。その言に、魔狗は俯き震え始めて―――


「――オレはそんな高尚な人間じゃあ、ねぇだろうがっ!」


 堪忍袋の緒が切れる、とはまさにこの事か。お前の目はどこまで節穴なんだと、激するままに突進する。


「………」


 それを受ける者の動きは、似姿には相応しくない柔らかな柳のよう。

 しかしながら、熱が高まってしまった魔狗は気付かない。気付く事が出来ない、そのままに。想いの丈を吐露し続ける。


「手前は本当に、あいつらの眼をしっかりと見たのか?あいつらは本物とか偽物とか関係ねぇ、おまえにも生きて戻れって……言ったんだよォッ!!」


 その訴えに賛同するかの様にパピヨン達は大きく頷き、口々に姦しい囀りを弾き語る。一見するとまとまりの無いようでいてその実、想いの向きは同じくしていたのだろう。

 だから奮え、熱くなれよと。あらん限りの声を振り絞ってそう叫ぶ。


「じゃなけりゃよぉ、何の為に無貌が!あんな半端な残り滓になってまでオレ達を救おうとしてくれたか、分かりゃしねえじゃねぇかっ!」


 それは、本当の意味で魔狗が抱く、切なる想い。

 帝都遺棄地域にて起こった、無貌の女神消滅事件。その場面に居合わせてしまった頼太が見せた、嘆きの慟哭を彷彿とさせよう鬼気迫る貌。

 それを目の当たりにしてなお、拳を受ける側の反応は薄い。応える意志は薄弱で、ただただ攻め手を受け流すばかり。


「……ここまで言ってもまだ奮わねぇってんなら、もうやめだ」


 不意に攻め立てる手が止まる。魔狗は無形の鎧と呼ばれる、身に纏う魔気を解除して。対し似姿の側は変わらず、まるでそうと決められた動作を延々と繰り返すのみな、魂なき絡繰りの如く。


「後の事はオレが引き受けてやる。とっとと消えちまえ、偽物野郎」


 真っ向反する在り方に訣別をすべく、もう相手をする価値さえ無しと吐き捨てる。そんな魔狗のすぐ後ろには何を思ったか、七尾の影が何かを伝えようとでもせんばかりに止めようとし―――


「――やっと、手の届くところまで近付いてきやがったかぃ」

「……なっ!?」


 魔狗が上げる驚愕の響きと、七尾の影が映す硬直はほぼ同じくする。

 その、僅かに数瞬後。蒼雷の迸りもかくやといった、迅速かつ的確な一奔りにより。まずは魔狗が小さな呻きを上げて頽れてしまう。

 時に換算すればほんの数秒にも足らぬ話。これまで抑えていた感情の篭もらぬ平坦な声は、朧に揺らめき消え去る似姿と共に、独特の抑揚持つアルトの美声へと変調する。


「―――!」

「おっと、大砲を撃つ間合いは取らせねぇぞ?――もういいぞ、出て来いお前ぇら!」


 魔狗自身にさえ予想だにしなかった、七尾の影が自我の獲得。

 先の対峙ではお蔭で辛うじて勝ちの目を拾うに至れたが、その反面、目的をのみ遂行する影としての役目を果たすに相応しくない、思考のムラまでをも再現してしまった。それこそが、役割を遂行すべく冷徹に事を運んでいた銀の鬼との明暗を分ける決定打ともなったのだ。


「ぐぶっ、ぅげぇっ……糞がぁ。案外冷静じゃねぇか、あのヤロウッ!」


 まさか、今回に限り中立を保っていた筈の釣鬼を味方に付けていただなんて。

 臓腑よりこみ上げる胃液と共に忸怩たる思いをも吐き出しながら、そんな状況であろうとも、先程より打って変わった素振りで凄絶な笑みを貌に貼り付ける。そうでなくっちゃあ、張り合いがない。


「さぁ、出てきやがれよっ!」


 それでこそ、オレが陽傘頼太(オレ)たるべき所以。

 何も汚い手を好む訳ではない。我が身の不足を十二分に認識した上で、使えるものは主義思想に関わらず使うは出雲を始めとする皇国特使団と共に、ここ暫しを過ごした中で育んだ思考。

 そしてある時には持ち上げて、時にはひたすら拝み倒して相手をその気に持ち込む手法は哀しきかな、生まれ育った深海の土地での師による教えと生来の性質だ。

 そうと思い返してみればこの釣鬼だって、きっと何らかの取引でも持ちかけて七尾の影へ対するカウンターパートとして用意したに違いない。そうとなれば残る攻略対象は、絶大な有利を失ってしまった、この魔狗(オレ)のみ。

 いざ、尋常にとはいかないまでも、心構えは既に出来ている。だからと言って殊勝に勝ちを譲る気など、魔狗には無い。


「……来ねぇ、な?」

「こりゃ、捕まっちまったかな」


 しかしながら、待てど暮らせど一向に奴が現われる気配が見られない。

 すっかり息を整え直した後に訝る魔狗を尻目にして、七尾の影へと息を吐かせぬ攻勢をかける傍らで、釣鬼が俄かに緩んだ声を漏らす。それが指す内容にふと、元々連れていたもう一体のモノが存在を思い返す。

 そうか、釣鬼がここに居るという事は、その分あいつ(・・・)がフリーとなっている訳で。


「ぅうひぃぃぃっ!無理無理無理だぁっ!?」


 ややあって森の奥より徐々に近付いてくる、情けなさ溢れる悲鳴。

 やはり、といった言葉が浮かぶと共に、頼太という自身の在り方へ対して沸き起こる幾許かの情けなさと物の哀れ。何もこんな時にまで、締まらない現実を引き連れてやってこなくても良いではないか。


「うぅん、敵方ながら実に天晴としか言いようがないな。あそこまでの良い嗜虐的な笑み(えがお)を貼り付けたままに、我とライタの二人を相手取って尚ここまでの余裕を魅せ付けてくれるとは」

「みせるの字が違うと思うんですがそれはぁぁああっ!?」


 どうやら白き精霊まで一緒になって、シュールな相方担当に勤しんでいるらしい。

 やがて肩車の形で諸共茂みから飛び出してきてより少しの後に、ひたり、と音無き仕草を見せて広場の土を踏むは、紅色に染まった魔気を発する四つ尾が童子の影法師。

 それは魔狗の想像に漏れず、これ見よがしに尻尾を揺らしながら斜に構えて自らの得物を舐めずる仕草までする始末。こいつはこいつで、一体どれだけの悪乗りをしてくれているのだか。


「《扶祢》は釣鬼の相手で手一杯か。わりーね、おねぃさん。当初の予定とは少しばかりずれるが、オレもそっちに参戦させて貰うとするぜっ!」

「うっせこっち来んな!これ以上はキャパオーバーだっつーの!」


 対する若者の叫びは実に必死なようでいて。その響きの中にもはっきりと感じ取れる、諦めの悪さ。やはりオレ達はこうでないと――そう、感慨も新たにする。


 ともあれ、幾分配役が変わってしまったものの、今度こそ決着を付ける時。

 妖精族の面々が見守る中で魔狗と影たるモノ達の、最終決戦が始まった―――

 問題が無ければあと四~五話で完結と言ったな。あれは(結果的には)嘘だ!

 実際には魔幻、対するの前~後までを一話ということでひとつ(ドゲザー

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