第035話 黒幕の存在
シズカの汝のルビについて:親しみを込める時は「なれ」、それ以外は「うぬ」で表記を分けています。
まぁるいまぁるいお月様。今宵この場に一時ばかり、狂気の宴を開きましょう。
「あんた、その貌自前じゃないでしょう?母さんの顔でその下卑た表情をするんじゃあ、無い(キリッ」
「あんた、その貌自前じゃないでしょう?母さんの顔でその下卑た表情をするんじゃあ、無い(キリッ」
「うぅ……」
涙目でこちらを睨み付け、扶祢が恨みがましい顔で睨み付ける。その視線の先では遭遇して間もないというのにも関わらず、我ながら意気投合をしてしまい悪乗り芝居を見せ付ける俺とシズカ。傍らのザンガは何とも言えない表情でそれを眺めていた。
「どうして……こんな事になっちゃったのよ……」
それは俺の方が言いたいよ。
とはいえこれだけではただのいじめにしか見えない気もするし、ここは一つ状況整理も兼ねて振り返ってみるとしよう。
時は少しばかり戻り、再び小屋の中。これまでこの人狼の村を脅かしていたとされる妖術師の如き衣装の女との初邂逅だ。その言は頭ごなしに否定され、やはりザンガからは強硬な抵抗を受けてしまう。
だが相手さんとしては少なくとも俺が見る限りは争う気はないらしい。端から喧嘩腰では纏まるものも纏まらないと意見を押し通し、互いに情報交換を兼ねての話し合いをしようと提案する。
「ふん……よかろ。もとより童には無為な争いを殊更に好みはせんでな」
「少しでも妙な真似をしてみろ。今夜こそ、その澄ました顔を引き裂いてやる」
ややザンガに敵意が過ぎる気もするが、対するシズカが予想外に冷静であったことに救われたかな。ともあれこうしていざ話し合いへ臨む事となった。
「えっと、どうしよっか?」
「どうすっか」
「―――」
「……ふむ」
しかしそこから先が続かない。本人の言を信じるとすればだが、シズカは扶祢の実の姉。そして俺と比較すれば当然として、あの釣鬼の目から見ても体捌きは相当なものだという扶祢を、激情に駆られて霊力任せに打ち込んだその一撃に圧し負ける事もなく、あっさりと往なして一本を取った程の腕前の持ち主だ。
改まった場ともなった事で冷静さが戻ってきたか、生まれてこのかた母より聞いた覚えのない姉の存在を前にして、自然と扶祢の口は硬くなってしまう。そしてザンガは無言で敵意を漲らせたまま。話が、続く気がしなかったんだ。
「しかしあれだな。さっきの扶祢のシズカさんに対する発言、今振り返るとちょっと滑稽だよな」
「うっ……」
「シズカで良いぞ。あぁ、あれかのぉ?」
この場合、場を和ませるのは俺の役割なんだろう。少しばかり頭を捻った結果、触れた話題は扶祢にとってはぷち黒歴史とも言うべきもので。更には案外ノリが良いらしきシズカがその扶祢そっくりな顔に下卑た笑みを浮かべながら合わせてくれる。成程、こいつはそういった性格のひとか。であるならば、ここはやるしかあるまいて。
「「あんた、その貌自前じゃないでしょう?母さんの顔でその下卑た表情をするんじゃあ、無い」」
「うわぁぁああ!!」
俺とシズカのこの合唱に顔を真っ赤に染め上げて。そのままテーブルへ顔を伏せてしまう姿は実に哀れ。この村に来てからというもの、扶祢にとっては色々と踏んだり蹴ったりが続いて同情を禁じ得ないぜ。
そして話は冒頭へ戻るという訳だ。
「そろそろ、理由とやらを話してもらおうか?」
揃って扶祢を弄っている間、無言でその様子を見続けるザンガではあったがいい加減我慢の限界らしい。お遊びはこの辺りにしておいて、そろそろ情報交換をするとしよう。
「ま、今宵はまだ彼奴もおらぬようじゃ。構わぬか」
ザンガに促されたシズカはふと窓越しに村の内部を見廻しそう独白する。扶祢との交戦時に見せた髪色の変化は既収まり、艶のある黒髪へと戻っていた。紅眼なのは相変わらずだが、先程とは違い怪しげに光るといった様子も無い。
「では、汝等への説明も兼ねて語り直すとするかのぉ」
ここからは話が長くなるので割愛して要点だけを掻い摘んでいくとしよう。
まず、半年前にシズカがこの村へと立ち寄り滞在し始めてからの間にあった事は全て村人達の証言と一致した。族長の様子がおかしくなった辺りで蝙蝠――吸血鬼が出没し始めたらしいが、当時は森の調査に出ている隙に真っ先に族長を狙われてしまい、シズカが調査から戻ってきた頃には時既に遅しの状態だったそうだ。
一時は生死の境を彷徨う程の昏睡状態となり、この村の救命技術では追いつかなかった為に面会謝絶とし、昼夜を問わずの精気吸入により一命は取り留めた。しかし吸血による眷属化が進んでしまっており、いつ暴走するかも分からぬ状態ではやはり村人達へ引き合わす訳にはいかない。
そんな状態で街になど助けを求めれば、吸血鬼諸共族長まで「退治」をされてしまうのは俺達にも容易に想像出来る事だ。
仕方無く族長の家には狂気緩和と退魔駆除の結界を敷き、村人達へは外へ知らせるのは止めておけと口止めをしたらしい。
だがしかし哀しいかな、閉鎖的な獣人族の村故か、いつの間にやらシズカが諸悪の根源とされてしまい、現状に至るのだそうだ。その後は出来るだけ吸血鬼に攫われる被害者を減らすべく夜の見回りをしていたらしいが……。
「……後は、汝の知る通りじゃな」
そう言って、シズカは話を終えた。つまりは―――
「そんな、それが真実だとすれば、我等は……族長の恩人に対して……」
「ふん、話の一つも聞かせるだけでここまで苦労をさせられるとはのぉ。流石に閉鎖的に過ぎるわ」
「……一つ、聞かせてくれ」
衝撃の事実を知ったザンガは沈痛な面持ちでシズカへと尋ねる。
「あの日、我等に襲い掛かって来た族長は――」
「皆まで言わぬでも解るじゃろ、狂気に飲まれかけてはおったがあやつは正気を保っておったよ。たかが百にも満たぬ小童の分際でこの童の身を案じるなどと身の程を弁えぬ行為じゃが、それでも彼奴はわざわざあの場に駆け付けたという訳じゃ……お蔭で今や立っていられない程に衰弱してしまったがの」
「……済まなかったッ!!」
その言葉を聞く間にも目に見えて震え始め、遂にはテーブルへ両手をつき額を叩き付けて謝罪をするザンガ。対しそれを受けたシズカはというと、
「……いい加減現状維持なのも疲れるでな。泣いて謝る位であればあの蝙蝠退治に協力せい」
どこか不貞腐れた様な表情でそう言いながら、プイッとそっぽを向いていた。
「もしかして、照れてる?」
いつの間にか復活した扶祢が先程のお返しとばかりにニヤニヤとした表情で突っ込むが、敵も然る者だ。
「所詮童は余所者じゃからの、さっさと片づけたいだけよ」
「何よぅ、その言い方……」
などと肩を竦めて流されていた。年季の差ってやつだな。
「それじゃ、シズカおねいさんは俺達と協力して吸血鬼退治に当たってくれるって事で良いか?」
「そういう事になるが……何じゃその呼び方は……」
「手っ取り早く親しくなるには愛称を付けて呼び合うのが一番なのさっ。この際だし扶祢も呼び方決めとけば良いんじゃないか?」
「む――じゃあシズ姉、で良い……のかな?」
「……童が言うのも何じゃが、汝等は話を鵜呑みにし過ぎではないかのぉ?」
本人の言う通り、本来ならばもっと疑ってかかるべきなのだろう。だが、自分から言い出した癖にそれに応えた俺達に対し呆れた様子で問いかけてくる辺りに、何処となく人の良さみたいなものを感じちゃうんだよな。
「もし騙すならもっと楽なやり方もあるだろうしな」
「それに、シズ姉の仕草って。所々母さんに似てるから、さ」
「あの糞婆に顔以外で似ていると言われるのは心外じゃわ……」
「一体何があったのさ……」
扶祢もそんな事を言っていたが何故かものっそい嫌な顔をされた。シズカと扶祢母との関係も気になるが今はまず吸血鬼対策からだな。
その後若長の居る詰所へ行きそこでもまた一悶着があったのだが、ザンガのフォローも有ってどうにか場の混乱は収まり、今は吸血鬼退治への具体的なプランの確認をしているところだ。
「では、その吸血鬼の正体は未だ不明だという事か」
「姿形位は分かるのじゃが。奴等には見かけの姿なぞ己に誇りを持つ程の上位種を除けばほぼ意味を成さぬからのぉ。精々が人型時にはマッチョなオカマという程度じゃ」
「オカマ……」
「オネエとも言うがの」
「いやそれは分かるから……」
うわぁ、吸血鬼という事を別にしても近寄りたくねぇ。扶祢も想像してしまったのか怖気が走った絶望的な表情をしていたが、他の皆さんはよく分かっていない様子でキョトンとしている。どうせ詳しく説明しても碌な反応をされないだろうし省いておくとしよう。
「どちらにせよ、今まで気付く事も出来なかった我等では足手纏いにしかならんか……」
「指摘される事もなくそれに気付けるのであればまだ上出来じゃな。数日程度ならばもつ護符をくれてやるから、汝等は夜は家で家族を護っておけば良い――全く、始めから素直に童の話に耳を傾けれおればとうに解決しておったというに」
「ぬっ……それについては申し訳ない」
「まぁまぁ、話を聞いた感じシズ姉もいきなり族長の家から家族まで追い出して面会謝絶にしたり、誤解されるような言動もあったりした訳だし」
そんな様子で痛いところを突かれ、しかし何も言う事が出来ない若長達を見かねて扶祢がフォローを入れていた。
「チッ――この平和ボケめ」
「はぅ……」
しかし、続く返しで扶祢の精神にクリティカルダメージ。
「む……そんなに傷つく物言いじゃったか?」
ショックで再びテーブルに突っ伏してしまった扶祢に少しばかり不審がるシズカ。何だかんだで出会えた妹を気遣っていたりするのかな?知らぬ事とは言えこれはちと哀れなのでここはフォローをするべきか。
「あー、ところでシズカおねいさん。この世界に来て何か元の世界由来のスキルを取得したりはしましたかい?」
「何じゃいきなり――心当たりが無い事もないのぉ」
この場にはこの世界の住人である人狼族の面々も同席しているのでわざとぼかしながら話す。流石にシズカもその辺は空気を読めているらしく、俺の言わんとする事は理解出来ている様子で答えてくれた。
「では話が早い。こっちで扶祢が取得した固有スキルに[平和ボケ]というのがありましてな……」
「――不憫な」
「うわーん!あんたらそんなに私を苛めて楽しいか!?」
「辛い思いをさせて済まぬな、我が妹よ……」
「これが姉妹の初スキンシップだなんてやだー!!」
痛ましいモノを見る目でそっと袖で涙を拭く素振りをしながら扶祢を抱きしめるシズカ。
よく考えてみれば全然フォローになってなかった気がしなくもない。にしてもこのノリの良さは正しく扶祢の家族だなと思う、ちょっと黒いけど。合掌。
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「ほら、日付も回ったし昨日の事はもう忘れようぜ」
「準戦闘時下ならばそのスキルも発動せんのじゃろ?気を引き締めていこうぞ」
「本当に昨日は踏んだり蹴ったりだったのだわ……」
所変わって日付も変わり、現在森の中。
ここのところ毎晩のように村に侵入しては陰でシズカに撃退され続けていたらしい吸血鬼ではあったが、今夜は何故か来る気配すら無かったようだ。本来待機組だった俺達だが、シズカという心強い助っ人も得られた訳だし若長達には村で待機をして貰い、森で調査中の釣鬼達と合流を目指す事にしたのだ。
夜の森は視界も遮られ非常に不気味ではあるが、そこは神秘力感知さまさまであった。
どうやらシズカも神秘力感知自体は持っているらしく、夜の闇を苦にもせずに堂々とした様子で森の中を練り歩いていた。
「この神秘力の感知というモノはほんに便利じゃのぉ」
「だよねぇ。こんな夜の森でここまで獣の類に警戒しなくて済むだなんて思わなかったよ」
「うーむ、何となくしか分からん」
「人の身で何となくでも分かれば素質はある方じゃな」
「うんうん」
俺の感知ランクはあまり高くないのでそこまではっきりとは分からないんだが、それでも動物や魔物の気配はたまに感じる事が出来た。感知ランクの高い扶祢やそれ以上に鋭そうなシズカなどはもっとはっきりと感じ取れているんだろうな、もはや日中の平野とほぼ変わらないノリで話していた。うらやますぃ……。
「もう少しで到着じゃ。他のエリアは大体回っておる故な、根城にしているとすればこの先が最も怪しいのぉ」
その言葉を聞き、さぁ本番だ、と気合いを入れたその時だった。
「イヤアァァ!もう来ないでよこの化け物!?」
「そろそろ大人しくくたばりやがれっ!!――ふんっ!」
「ヒイッ!?」
ブンッ…ドゴォッ!!メキメキャッバリバリバリ―――
女言葉を使う暑苦しそうな男の悲鳴と間違いなく聞き覚えのある怒号、そしてやたら重そうな物が空を切り何かに激突して破壊されるような、けたたましい音が聞こえてきた。
「どうやら当たりのようじゃが……一体何じゃ?」
「「ですよねー」」
いきなりの出来事で不審がるシズカに対し納得と諦観の混ざりあった表情を浮かべてしまう俺達二人。
森を割って出てきたのは、恐怖に涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして飛ぶ吸血鬼の誇りも見えないオネェと、その形相だけで人を殺せそうな怒りに満ちた鬼だった―――




