第299話 戯曲・終
その様は、周囲に起こった異常にざわめく、というよりもわきゃわきゃと興奮に身を躍らせる、落ち着きのない童心を想い起させる。
懲りずに魔気の雲へと突っ込んでいき、その度に落下をしてくる様としては変わらない。しかしながら見て取れる、魔気の雲が発生した直後の状況よりの明らかな対比。
「何コレ、何コレー?」
「キモーイ!ナンカ真ッ黒クッテ、ニガ~イ」
俺達が小隊との対峙へと赴く際より一見して変わる事なく、およそ学習能力といったものが皆無としか思えない雲への特攻作業を続けていた妖精族達。ではあるが、あれだけ苦められていた毒気に対し徐々に耐性を付け始めている様を見せ付けられた面々は皆、驚きを隠せない。
「きゃはははっ!ふわふわのもこもこぉ~」
そんな妖精族の変調の要因として挙げられるのは、ニケだ。
その特殊な出自により負の方向性を持つ属性への強い順応性を持つニケにとって、あの雲からの毒気などはむしろ栄養源。周囲のお子ちゃまに釣られ真似をし始めたニケはその居心地の良さも相まって、実に楽しそうに雲の合間を舞い飛んでいる。
「アノ子、ドウシテ平気ナノ?」
「……毒、効イテナイッポイ?」
そんなニケを羨ましげに見上げていた妖精族達。ふと近場で囁かれる声に地上へと意識を向けてみれば、円陣を組んで何やら相談をし始めていた。これが少しばかり前のこと。
「ジャア、解毒スレバイイノカナ」
「ソレヨカ精霊力デ膜ヲ作ッテ、毒気ヲ吸イ込マナケレバイインジャナイ?」
「実践ダー!」
ここで改めて振り返ってみよう。フェアリーとピクシーといった小分類についてはさておくとして、この世界で伝えられる妖精族像。それは華奢にして可憐、かつ好奇心が旺盛で精霊との交信に長ける事、辺りが挙げられよう。
そしてピノに代表される通り、種族単位での知的好奇心に付随する知能の高さは折り紙付きだ。ここまでにのみ焦点を当ててみれば妖精族の対応能力恐るべし、だ。
「皆、危ないから降りてきてぇー」
「お前ら、邪魔だァーッ!」
「巫女サマ達バッカリズル~イ。ボクラニモ遊バセロー!」
「ブーブー」
だがしかし、数百年物間を森の中という閉鎖環境で過ごしてきた弊害か、今の世代の妖精族達には肝心要の危機管理意識といったものに欠けているらしい。巫女以下、ガードフェアリー達も含め、注意喚起の叫び声に従ったのは極僅か。残る大半の妖精族達は今も所狭しといった様子で、査定会の行われていた会場を飛び回っていた。
「うぅん。我が出自ながら、どうしようもない程に平和ボケをしているな。長老達は一体、どのような教育をしてきたのだか」
そんな混乱のただ中でこの妖精郷の祖とも言えようこのひとだけは、一人頬に手を当て片肘を組んで他人事であるかのように独り言ちる。間近では大蜘蛛ゾンビと戦闘狂達の、世にも恐ろしき怪獣大決戦が繰り広げられているというのにだ。
「あぁ怖い。ライタ、か弱い我を助けておくれ」
「これあんたの仕込みじゃないのか、よほぉっ!?」
その様は実に愉しげで。ふと何かを思いついたかな表情を浮かべたかと思えば精根尽き果て大の字で寝転んでいる俺の腕を枕代わりにしなだれかかり、そこへ一瞬遅れて襲い来るのは砕けた巨大な外殻による一振り。最前線の二人の巻き添えとも言えよう攻撃を紙一重とはいえ躱せたのは最早、奇跡的と言ってもいい。
「二人共。今がどんな状況か、分かってるのかなぁ?」
「この期に及んでそこまで破廉恥な行為に及ぼうとはな、一周回って感心させられる」
だというのに周囲の面々はそんな俺へ対し、何故か殊更に冷たい一瞥を揃って向けてくれる、心さえもが凍えきってしまう程の寒々とした扱われよう。思えば妖精郷へ足を運ぶのが決まった辺りから、周囲では碌な事が起こっていない気が、するんだぜ。
《……ワタシハ、何モシテイナイカラナッ》
さいですか。
聞いてもいないのにわざわざ身の潔白を表明してくる辺り、可愛げがあると思える無貌の声に少しは癒されようか。そうと思えた正にそのタイミングで、その本性を表し始めた碌でもない事態の筆頭に挙げられるであろう者による、恥じらいの表情を浮かべながらの止めとなる一言が囁かれる。
「こんな、ところで……我を押し倒すだなんて……ってて、いた、痛い痛い!?」
こめかみを基点としてその小さな顔面を鷲掴みにし、疲弊しきった身体のどこに残っていたのかと思える程の力で搾り上げる。その原動力は言うまでもない、理不尽に対する憤り。
こうして血の涙を流しながら自らの背を焦がす程に燃え上がった灼熱。その心境を以て、白さんをアイアンクロウの形に仕留め、吊り上げる。
「ちょ、ちょっとライタ。痛い、離してくれっ」
古来より、度を越した悪戯には心を鬼にしたお仕置きをするが相場と決まっている。ここは一つ先人達に倣い、過去に縛られそれでも妖精郷を護り続けた、頑固者の照れ隠しに付き合うとしよう。
「さぁっ、きりきり吐きやがれ!郷を閉じた張本人が今更外部の人間を誰彼構わず呼び込んで、他にどれだけの良からぬ企みをしてやがるっ!」
「ええっ!?そ、その言い方じゃあまるで我が全ての元凶みたいじゃあないか、訂正を求める!それと後進への示しがつかないから、出来ればこういった扱いも控えて貰えるととととっ……」
皆まで言わせず、ハンドシェイク。同時にこめかみへのロックを更に絞り込む事により三半規管付近への痛覚系のダメージを加速させ、精霊への干渉を妨害して抵抗の隙も与えない。これもまた生意気幼女との日々のやり取りで身に付いた、精霊使いへの対処法の一つなり!
「防壁準備ぃーっ!」
「うぉっ!?な、何だ?」
「……へぇ、これはこれは」
俺達がそんな阿呆なやり取りをしているその裏から、突如として凛とした聞き覚えのある叫びが響き渡った。
硬い物同士がぶつかり合い、より硬い一方が残る他方を砕き、弾く。そんな怪獣大決戦の場より、距離にして30m程だろうか。見慣れた金狼の背に跨り、不敵に腕組みなどをしたままにふんぞり返るピノの姿。その左脇にはやはり小型のビッグ・ブーツらしき軍鶏に乗ったマニが、周囲へと雷玉を帯電させて警戒の姿勢を見せている。そして右脇に位置するミキに至っては……驚きな事に、始めて出会った際の白さんそっくりな真白の大蛇の背にかけられた鞍の様な物の上へと座していた。
「やっぱりこのままぶら提げていて貰えないだろうか。あの子と今、こんな状態で顔を合わせるのもどうかと思うし」
「そりゃアンタの自業自得でしょうが」
あっさりと前言を翻す白さんの事情はともかくとしてだ。
三色の巫女守はそれぞれの位置へとつき、郷の内部に散らばる精霊達へと命じ、物理的な防衛線を組み上げていく。
ピノが大地よりお馴染み土の精霊を呼び出し、大味な粘土細工により左右に広い塹壕を掘り下げた後、出来上がった土台を引き継いで整え射撃台を仕上げるのがミキの役割。その後に要所要所へとマニによって作成された雷玉の護りが埋め込まれ、電網柵の完成だ。
「虫食む毒気の類は、このわたしが護りきってみせましょう――」
巫女守達の準備が整った後、一段上へと立ったピアが妖精族を代表して宣言をする。如何なる者との対峙であろうとも、一族を導く巫女として、同胞達を傷付けさせはしないと。
かくして防衛戦の準備は整った。最前線にて奮闘を続ける釣鬼、そしてボルドォ代行の耳元へと風に乗った声が流れ、準備完了の合図が伝わると同時に二人が怒涛の吠え声を上げる。
「撃ち方、よぉ~~~いっ!」
「アイアイサー!」
「逃ゲル奴ハミナ敵兵ダ、逃ゲナイ奴ハヨク訓練サレタ敵兵ダァ!」
その吠え声にも負けぬ程の気合いの入った号令。それと共に上空の雲へと突っ込むのも飽きてきたらしき妖精族のギャラリーの面々がいつの間にやら集まって、揃って呼びかけられる精霊への大合唱。あまりにも騒ぎが過ぎてピア直属のフェアリーガード達が対応に追われてはいるものの、士気はこれ以上にない程に高まっている。
やがて前方の空間よりは一際大きな怒号と咆哮が響き渡り、大蜘蛛の巨体が大きく傾いで見えた後に二人が離脱する。
「――撃ェッ!!」
「太陽光線!」
「タイヨーコーセン!」
「燃エタローッ?」
号令と共にまず真っ先に打ち出されたのは、ピノによる日輪激烈衝。次いでマニからの裁きの雷霆の二射を始めとして、光や火属性といった、躯たる朽ちた身体にとっては致命的と成り得る魔法が雨あられと突き刺さっていく。
――きぃるぃっ―――
百を超える妖精達からの一斉射撃を受けたその時、はじめてそいつが哭き声を上げた。
先のボルドォ代行が言い捨てた言葉ではないが、本来であればとうに片付いていたであろう、前線の二人の猛攻。それでさえ身体の各部分を破壊するのみで凡そ物理攻撃の大半が大した意味も持たない、生命無き存在だというのにだ。
その後も続く、不死特効属性による魔法の一斉射撃。身じろいで、悲鳴を上げる大蜘蛛ゾンビはその形を徐々に失っていき、それが十数回目にも達したろうか。まばゆい光の中へと包まれていく。
過去にこことは違う世界で目の当たりにした、攻防戦の夜にも似た情景。ではあるが、ここでふと、これをRPG的な表現に喩えるとすれば、などといった益体もない妄想をしてしまう。
たとえHPが一万超えで物理無効なアンデッドボスと言えども、弱点属性を衝いた十ダメージ百数十人分を、壁役担当が押さえている間に死ぬまで叩き込めば倒せるよね――そんな、身も蓋もないお話。
「えっと……このやり方を考えたのって、もしかして」
「設楽ヶ原!ボクって頭良いでショ」
度重なる連戦により、俺と同じく燃料切れとなった扶祢も特等席からの観戦だ。やはり気の抜けた風にぽつりと呟くその言葉を耳聡く聞き付け、開幕に放った砲撃の後は指示へと回っていたピノが飛んでくる。その無駄に仕入れた異界の雑学知識をこうして実践にまで移せる辺り、大したものだと思う。
そして流石は高い神秘力を持つとされる、この妖精郷に棲む妖精族。一見ただの悪戯好きなお子ちゃま連中にしか見えないこいつらだが、十数回からの攻撃魔法使用にも耐えうる程の精霊力総量といい、自衛をするには十分な地力を持っている、そういう事だと痛感する。
「疑似的な丘陵を形作り、馬防柵代わりにこの傾斜からの防壁か……」
「これが遺された知識にあった、人海戦術というもの……恐ろしい」
得たばかりの知識と照らし合わせ、実のある実践へと移したピノのあっけらかんとした口調とは対照的に、サポートへとついていたエイカさん共々、シリアス調を醸し出す今代の巫女。その震える声を聞きながら、それでもこう思えてしまう。
塵も積もれば山となる。よく知る諺そのものを現実的に目の前で実践されてしまった側としては、何ともはや、だな。
「ピピッ、ピィーッ!」
「キュッキュー!」
「君達も出てきちゃったか。確かに見物ではあったけれど」
その後も更なる魔法斉射が叩き込まれていく。目に見えて動きが鈍った後には壁役達も今や防波堤としての役目を終え、邪魔にならぬよう安全範囲への離脱を試みる。
やがて撃ち方止めの合図がかかったその時には元の形状も分からない、少しばかりの残骸がそよ風に晒されるばかり。これにて巨大蜘蛛ゾンビの退治、完了だ。
そして大蜘蛛が完全に消え去ったのを確認したその後に、前線で身体を張っていた二人が愚痴を片手に戻ってくる。
「は~。これだから拳が通じねぇ相手ってな、面倒臭ぇんだよな」
「その為の後衛だろうが。そんなだから脳筋族と揶揄されるんだ、貴様等は」
沸き立つ妖精達に釣られ、俺達も拍手で迎えるその最中。何故だか俺に寄り添っていた胸元の辺りより、思案を感じさせる言葉が零される。
「うぅん。それにしても今代の巫女は、管理面がまだまだ甘いな……仕方がない」
また何か碌でもない事を始めるつもりか。責める視線を向けてみれば、艶やかなものを含んだ視線で片目を瞑って見上げ返されて。そしてにこやかに微笑みかけてくる。
また手間をかけさせるが、どうか最後まで笑って付き合ってほしい。そう、アルビノ特有の薄い瞳で語って、くれたんだ―――
※戯曲
登場人物(キャラクターとも言う)と、彼らが舞台上で行う行為(アクションとも言う)によって構成される。登場人物の行為は通常、連鎖反応的に描かれる。つまり、ある行為が次の行為を誘発し、その繰り返しが劇の始まりから終わりまで続く。
何となく、サブタイを決める際に戯曲のフレーズが浮かんだのですよね。作者の戯曲のイメージとしては、シナリオで形作られる中でも戯れ、の色が強いのですが。そんなパートでした。




