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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十一章 魔を誘う祭祀 編
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第298話 戯曲⑥-対峙の後に-

 落とし穴からの放置プレイ、どうにか再び穴掘り脱出をした後のこと。気力は尽き果て言葉数は少なく、とぼとぼと歩きながらもそれでもどうにか全員無事に帰途へと着けた事実に、小さな安心感を覚える帰り道。


「そういえば、だけどさ」


 昏さを増した空へと目を向けて、そっと呟かれる扶祢の言葉。

 釣られて見上げた空に立ち込めるのは、魔気の雲。一時は妖精郷全体へと広がる勢いを見せていたそれではあるが、よくよく見ればその範囲は中心部の結界間際で留まっている。今後の状況がどう転ぶにしろ、まずはこの魔気をどうにかする必要がある。


「そろそろ、話してもらおうか。お前達の間に蠢く、それは何なんだ」


 やはり、来たか。少し離れた位置を歩くエイカさんより問いかけに、どう説明したものかと揃って腕組み、首を傾げてしまう。そんな俺達を見る視線は胡散臭げながら、いまいち真剣味に欠けているようにも見える。

 その理由の最たるもの。それは今の俺と扶祢の間にべっとりと貼り付いて繋がる、境界も曖昧となった黒い魔気の存在。

 形状は黒一色に染められた影法師。構成要素としては空に漂う魔気にも劣らない、歪んだ濃い気質が凝り固まったとあるモノ。およそ常軌を逸しているであろうその見た目ながら、当の俺達は平時とそう変わらないやり取りを交わす絵面は、傍から見れば薄気味悪い事この上ないだろう。


「どうあれ、それのお蔭で将軍閣下の脅威を退ける事が出来たのは間違いない」

《ソウカ》

「……話せる、のか?」


 今度こそ、その目が驚きに見開かれる。なにぶんこの不安定な形状だ、一見すれば妙なオーラにしか見えないモノに、まともな我があるなどとは思いもしないだろう。

 エイカさんは暫し煩悶した様子でその眉間に寄せた苦悩の証を揉み解し――やがて気が抜けたかのように、視線を向かう側へと巡らせる。


「今はいい。戻って落ち着いた後の方が、色々と面倒が無さそうだ」


 その言葉に揃ってほっと一息。目に見える形で無貌の影が顕在化してしまった以上、森の上空を覆う魔気との関連性を否定する事は出来ない。だが説明をするにしても一度で済むに越したことはないからな、ここはお言葉に甘えるとしよう。


「うぉ、っと」

「わきゃっ……」


 次の一歩を踏み出そうとしたところで下半身が付いていかず、腰砕けとなる。思わず膝をついてしまった俺に引き摺られ、足を取られた扶祢も思わずつんのめり、それでもこちらはどうにか戟の柄部分を杖代わりに両の脚を踏ん張って堪えきってみせていた。


「あっぶなぁ、頼太ったら気を付けてよ」

「わり、想像以上に疲れてるみたいだ。少し、休ませてくれぇ」

「えぇ~」


 査定会の最中にも虫食んでいった精神的な負荷に始まり、無貌の影が顕現した直後に今度は全速力での追跡、それに加えて穴掘りからの対峙と、そろそろ身体的にも限界だ。弱音を吐いたのがきっかけとなり、気力で抑えつけていた疲労が一気に身体の奥から噴き出して、そのまま付近の木の幹へと背中を預けてしまう。


「青の巫女守の身が気になる。済まないが、今は置いていくぞ」

「えっ」


 そんな俺へとかけられたのはにべもない言葉。冷たい目付きで、などといった風ではないものの、エイカさんの意識は既に中心部へと向いていて――今、何と言った?


「今回の作戦は急拵えである事は否めない。その上で、猊下やお前達の後ろ盾である狂い狐との関係もある手前、口頭での取り交わしとはいえ約定を違える将軍閣下ではない」


 しかし、とエイカさんは語る。いかに扶祢の脅威や政治的な背景があったとはいえ、あのジェラルド将軍がわざわざ配下の小隊を引き連れてまでやってきて、あの程度の撤退戦のみで済ませていたとは思えない、と。


「第一、爪舞の白虎は何処にいた?その不在こそが、即ち――」


 紆余曲折こそあったものの、ジェラルド小隊との約定は成った。面には出せない作戦の性質上、口約束だろうとこういった和睦の類には人一倍五月蝿いのもまた、彼等軍人。

 現に俺達が帰り際の落とし穴にはまった際も、彼らは妖精郷の側ではなく、外苑部へと出る南の側へとその足音を向けていた。だから、その点についてのみは今更疑うべくもない。

 それでも、と思い直す。約定はあの時点を境として『妖精郷で起こった案件には以降、ジェラルド麾下の部隊全てが関わらない』事。その内容に、過去の行いは含まれていない。

 そして、小隊の最大戦力であるボルドォ代行の不在――欠けたピースが、ここに当て嵌まった。


「そん、な……」

「お前達のサポートもそうだが、本来は彼等との交渉の伝手を作るのが私の任務の本筋だ」


 そこまでを口にしたところで言葉を切り、改めて先に行くぞと言ってくる。そう言われてしまえば俺だって、泣き事を言ってはいられない。気遣う様に見守る扶祢の肩を借り、悲鳴を上げる身体に無理を言って大地を踏みしめる。

 エイカさんはその間、一歩も動きはしなかった。それでもどうにか立ち上がった俺を見る目は、心なしか満足げにも見え。


「その精根尽き果てた身体には、気休め程度にしかならないだろうがな」


 そう言って、俺の胸に手を当て回復の祈りを捧げてくれた。本当に少しはマシ、程度ではあるが。これで何とか、中心部へ戻るまでは体力ももちそうだ。


「会場の皆、無事だと良いけど……」


 不安気に呟かれる扶祢の言葉。それに応えるかの様に、どこか遠く、獣の吼える重低音が響いてきた―――






「――よっ、遅かったな」

「グルゥ……だからあいつには言ったんだ、疑念に押されて先走るなと」


 慌ただしくも駆け出した二人に遅れる事少しばかり。会場へと到着した途端、今度こそ限界とばかりに足を取られ転倒する。そんな俺を迎えた声は予想外にも軽く、応える声は不機嫌に。


「何…これ……」


 先に到着していた筈の扶祢がエイカさん共々立ち尽くし、呆然と呟いてしまうのも当然だ。何故ならば、目の前で繰り広げられていたのは、強いて言えば怪獣大決戦……?

 半身は腐り落ち、外殻だけとなった小山程の多脚を持つ何か。その外殻も崩れた至る部分からはどろりとした黒い粘液が流れ落ち、見極めるまでもなく既に死に体。森の広範囲に亘り暴れまわった跡こそ見られたものの、もう碌にその場から動く事さえままならず、再びのお迎えを待つばかりといった状態だ。


「ちっ……まーた再生しやがったか。これだから不死者(アンデッド)ってな、面倒臭ぇんだ」


 それでも他者の活力を奪わんとする超常の存在故か、異常なまでの現世への執着を以て傷口よりどす黒い触手にも似た何かを生やし、崩れゆく身体を繋ぎ止め、飽く事もなく破壊の嵐を撒き散らす。

 その前に立つのは全身血にまみれながらも、昂る歓びをその巨躯に漲らせる歴戦の鬼と、そしてもう一人。


「グルァアッ!!」


 正に肉食獣を表現したその咆哮に、魔物の振り被った多脚の一本の動きが止まる。直後、赤白き残像に引き裂かれる様に、その半ばまでを断ち切られていた。


「おおっと。何だかんだで手前ぇも疲れ知らずだな、おい」


 やはり血だらけになりながらもまだまだ余裕のありそうな動きで戻ってきた白虎へとかけられる、鬼の場違いなまでのあっけらかんとした言葉。


「貴様との殴り合いで余計な消耗さえしていなければ、こんな死に損ない程度。オレ一人で片が付けられたわ!」

「おぉ、怖ぇ怖ぇ」


 吠える白虎にお道化る鬼の好対照。そこに悲壮さは皆無、会話の間にも片手間で襲い来る攻撃の全てを弾き、叩き返し、互いの手の内を知る者特有の連携を見せ付ける。


「何であんなに息が合ってんだ、あの二人……いや、そもそもどうして中心部(こんなところ)に居るんだよ!?」

「あの大蜘蛛の成れの果てが現われるまで、ずっと裏で喧嘩してたんだよネ」


 気付けばピノが横に立ち、白けた風にそうぼやく。言われよくよく見てみれば、互いの全身に刻まれた傷口はそこそこ見られる爪や拳鍔の先による創傷、そして残る大半の打撲痕。もしかしなくてもこいつら、大蜘蛛相手のダメージ皆無な落ちですか、そうですか。


「くっちゃべってサボってねぇで、さっさと止めの準備をしやがれってんだ!」

「人使いが荒いなー、モゥ」


 そうは言いながらも、こちらはこちらで化け物以上にバケモンな片割れよりの怒声にうきうきとした気分が隠せていない。そんな連中を見た俺としてはだ。つくづく、こう言いたくなる。


「この、非常識共め」

「それ多分、頼太にだけは言われたくないと思うよ……」


 傍からはうんうんと頷く複数の気配。振り向けば準備をしに場を去っていったピノと入れ違いにまた一人、ギャラリーが増えていた。


「やぁ、急拵えではあったけれど。束の間の英雄譚は、楽しめたかな?」

《アァ、思ワヌ繋ガリモ見テ取レタ。悪クハ、ナイナ》


 愛らしき姿を見せる白き妖精。俺へと向けて親しげに語られた筈のその貌には、奉じる者特有の真摯な光が見て取れる。

 そしてその瞳の向く先に在るのは――無貌の影。なるほど把握、全てはアンタの仕組んだ事だったって訳か。


「この、小悪魔がっ!」

「怖いよライタ。そんな怒りに染められたら、折角の好印象が台無しじゃあないか」

「こっちの印象は既に最悪に近いよこの野郎ッ!?」

「野郎だなんて酷いな。これでも我は、この妖精郷の設立に導いた、初代の巫女だというのに」


 たとえ出会いが儚きものであったとしても、拭い様の無い真実がある。それはこのひと程に長きを在って、務めを果たした者と言えども抗う事の出来ない、種の本質。

 このひとだって、悪戯好きな妖精族。これが本性だったって事だよ、畜生っ!

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