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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十一章 魔を誘う祭祀 編
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第294話 戯曲②-ココロは、交錯し-

 絶望。それを音にして表現をすればこうなるだろう、と思われるもの。

 空気が軋み、裂かれた心の創口よりは濁った泡が膨らみ弾ける。

 ヒステリックに喚き立て――そういった想像とは裏腹に、一声上げてより思考そのものが止まったかの様に立ち尽くす。

 そんなピアへと視線を向けたのは一瞬。そうなるに至ったであろう要因へと、首を巡らした。


「……おい?」


 間の抜けた呟きに、しかし返す言葉などありはしない。視界の隅には地へと臥し、弱々しい痙攣を見せるピノの姿。思わず駆け寄ろうとして、現実を見ろとばかりに枷をかけてくる身体の訴えに足を取られてしまう。


「ぁぐっ……」


 悪いが今は、身体(おまえ)の泣き事に付き合っている場合じゃない。文字通り痛みに転げ、その勢いのままに這いずりながらも倒れ臥すピノの傍へと寄っていく。


「おい、ピノ。冗談だろ?」


 膨大なる魔気に覆われ、暗がりとなった空。差し込んでくる合間の光の下で壊れ物を扱う様に、そっと触れようとしてはたと気付く。日差しをてらりと照り返す、黒く短い矢筈部分に。

 森の奥より響き渡るは猛る怒号。狐の血を余すところなく活用する、扶祢の耳にはピアの悲鳴が届いてしまったのだろう。今や遠くに感じる真白の気配は反転し、空に散らばる魔気などよりも余程禍々しく感じる程の、膨大な黒の気配が染み出して。

 その異質に改めて現状を認識し、一際大きく脈動する、心の鐘に揺さぶられまいと荒く息を吐き。以前に釣鬼より受けた、緊急時のレクチャーを思い返す。こういう時に最も悪手となるのは、被害者の身体を大きく揺らしてしまう事。

 感情に任せて矢を引き抜こうとするなど論外。患部によっては下手をすれば、矢尻の返しにより内臓へと取り返しのつかないダメージを与えかねない。

 逸る心を抑え付け、患部の状態を確認する。そっと付近の衣をめくり自らの姿勢を変えて覗き込んでみれば、矢が中ったのはおおよそ脇腹の付近。


「毒を塗られた様子も無いらしい。これは、アダマンタイトの黒色かな」


 いつの間にやら傍にしゃがみ込み、同じくピノの容体を診始めていた白さんの言にほっとする。

 解毒が間に合わない即効性の毒の類であれば手遅れとなっていた可能性が高かったが、不幸中の幸いか。恐らくは神秘力に対して敏感な妖精族達へ対するカウンター、そして貫通力の確保を兼ねての黒鉄鋼(アダマンタイト)の使用という事か。

 改めて患部を視認する。余程深く突き刺さったのか、めり込んだ衣の下より先はやはり確認出来ない。だが引き攣った呼吸音ながら、返ってくる反応からは脊椎や重要器官へと即死に至る傷を負った風にも見えなかった。


「ん、これは……」

「ライタ?」


 ここでふと浮かんだ違和感。傷、と言うからには流れ出て然るべきものが一切見られない。まさかと思いつつも白さんの静止を振り切って、強引に剥ぎ取った衣の下に映る色は――金。


「ピアッ!」

「え――っ!」


 俺の激、そこに含まれたニュアンスを感じ取ったか、呆然と思考停止状態に陥っていたピアが再起動を果たし、自らの翅を振るわせて飛び込んでくる。

 期待と不安に震える瞳。その視線の先には――肌着の上に直接纏う金の衣に絡め取られ、見るも無残にひしゃげた様を晒す矢尻部分がはっきりと確認出来た。


「ピエラっ!?あぁ、良かったっ!」

「……かっ、けフッ」


 その双眸より溢れさせる止め処ない涙。その滴の幾許かがしたたり落ちて、頬に触れると共に吹き返されるピノの息。実際には一足先に辿り着いていた白さんの介抱が功を奏し、たまたまそう見えたというだけではあろうが、思わぬところでぼうっと見惚れてしまう。


「無茶、しやがってよ」

「ア……頼太、生きてタ」


 そりゃこっちの台詞だっての。過剰な心労をかけさせてくれたお礼代わりに、その額へと力一杯のデコピンをかましてやった。それが丁度良い気付けとなったのだろう、本人は早速救い甲斐のない馬鹿なんて憎まれ口を叩いてくれていたが。


「大体頼太が妙なモノに関わり過ぎるからこんな事になったんじゃなイ。少しは自覚しロ!」


 それでもいくら俺を護る為とはいえ、傍から見れば自殺行為に他ならない。何故にあんな真似をしたのかと首を傾げてしまったが、こいつも何かしら今の妖精郷を取り巻く不穏な状況を感じ取っていたんだな。

 希少金属の最たるオリハルコンでさえ傷一つ付けられなかった金の衣。これを下に着込んでいたというのであれば確かに、あんな無茶をしてまで身を張った事にも納得はいく。


「それにしても無茶し過ぎだろうがよ。それで頭や首に当たったらどうする気だったんだ?」

「だからそっちに風の護りを集中させていたんでショー」

「そういう問題じゃないでしょ!?わたし、心臓が止まりそうだったんだからっ」


 救けてもらって怒鳴りつけるのもどうかと思い、努めて落ち着いた口調を作ってみたが、返ってくるのは後悔の一つも感じられない悪びれないお言葉。ピアなどは珍しく激した様子で説教を始め、思わぬ矢面に晒されてしまったピノは困った様にそっぽを向いて後ろ頭など掻き始めてしまう。


「はい、それまで。直接的な致命傷こそ免れたとはいえ、あの一射からの慣性をこの小さな身体でまともに受けたんだ。暫くは安静にしていること、良いね」

「あいヨ~……アダダダッ!?姉ちゃん、痛いッテ!」

「我が身を省みない、そんな悪い子にはお仕置きですっ」


 主治医による絶対安静というお言葉を受け、どこから取り出したのか早速とばかりにピアが透明な織物を包帯に見立て、ピノの身体をぐるぐると巻き始める。後の本人曰く治療行為の一環だそうだが、どう見ても梱包作業の類にしか見えないのはさて、俺の目の錯覚かね。


「頼太」

「おう。次の狙撃が来ないとも限らないしな、重々気を付けておくさ」


 立ち上がった俺へとかけられるピノの声。同時に久々の本稼働となる無形の鎧を再び纏い、やはり姉の容態に駆け付けていたピコより各種装備を受け取った。

 襲い掛かってきた浄化弾の数々。そして妖精族に対抗した、アダマンタイト製の矢などという代物までをも用意してくる相手。更にここ妖精郷までもを把握し入り込んできたなれば、その候補は限られてくる。

 ここは妖精郷の中心部。地球風に言えば帝国領内部ながら治外法権の認められた自治領。政治問題に絡んだゴタゴタなど、御免被りたいものだ。


「隠れた狙撃に、気を付けテ――」


 扶祢とエイカさんの援護をするべく意識も新たに足を踏み出した俺の背に、再びピノの声がかけられる。

 その後に軽く語られた内容。それはある種の衝撃を齎すと共に、何故ピノが不完全ながらもあの狙撃に対応出来たのかといった疑問を解消するに十分な、理由付けとして納得のいくものでもあった。


「分かった。それじゃあついでに、一つアイテム作成をお願いすっか」

「しょうがないナァ。こんな怪我人にそんな注文をするなんて、人使いが荒いんだかラ」


 俺の頼みにやれやれといった風に大げさに肩を竦めては、直後奔る激痛に大声を上げて身を捩る。あわあわとそれを見守るしかないピア、対して俺達のやり取りを興味深げに見守る白さん。その好対照を楽しみながらも時を待つ。

 やがて完成したその品を手にした俺は今度こそ、森の奥へと駆け始めた―――








 時分としては真昼ながら、今や森の上空へ渦巻く黒き霧の影響により辺りは非常に薄暗い。


「あまり先走るなよ。長柄に不利な木々の中だ、本来ならばすぐにでも退くべきなのだからな!」

「分かってっ……いるっ!」


 本当に分かっているのか。それを口にしなかったのは偏に状況の不利が為せるもの。

 辺りに感じる動く気配は多数。ただでさえ多勢に無勢、ここで内輪揉めなどしてしまっては生き延びる為の一縷の望みさえ消えかねない。だからエイカは続きを語ることなく、振るわれる長柄の陰より撃ち漏らされた飛び道具の露払いに徹し続ける。


「相手は恐らく、ジェラルド将軍麾下の獣人部隊。お前の身の有利は無いと思え」

「うるっ、さいな!」


 一際大きく上がる怒鳴り声。それと共に振るわれた薙ぎ払う一撃により、森の大樹がまた一つ耳障りな音を立てて倒れ込む。

 時を同じくして空気を震わす微かな弦。少なからず手傷の期待をされたそれは驚きな事に、突如扶祢の側面に出現した神秘の障壁により勢いを殺された。

 不可視とまでは言えないまでも、その見え様としては霊気の白と魔力の黒が混じり合ったかな縞模様。歪み、形を崩れさせながらも悶えさせ、然る後に中空にて絡め取った飛び道具を核とした方向性を形作る。


「お返し、だアッ!」


 その勇ましき掛け声と共に――敵を害する目的で放たれた武器達はあろうことか、形を変えた障壁共々に撃ち出された側へと蹴り返されたのだ。


「――っ!?」


 この対峙が始まってより、幾度目かになる目に見えた動揺の気配。これこそが、軍人としての心構えを徹底的に叩き込まれたエイカをして即時退却の判断を鈍らせ、そして不利に重なる不利にも関わらず包囲網を敷いていた小隊が攻めあぐねていた要因だ。


「この妖精郷だけでは飽き足らず、頼太やピノへまでをも手を出したお前達……出雲に言われるまでもなく、コノ(ワタシ)が成敗してヤるッ!!」


 その怒号と共に発せられるは、あのギーズの大叔母たる夜の貴族をして逃げの一手へ追い込んだと聞く、噂に名高き黒き波動。先にその身の有利はないと言いこそしたものの、あるいはと思えてしまう程の重圧と共に威嚇代わりの大砲が発せられる。


(これが「お姉さま」達が求めたとされる、力か――)


 一見有利にも見えよう、森林内での遭遇戦。

 だがしかし、怒りに染まった扶祢には未だ見えていない。傍らから注がれる、値踏みをするかな冷めたその目線を―――

 扶祢さん、激おこ。

 次回投稿、9/30(土)予定となります。

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