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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十一章 魔を誘う祭祀 編
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第291話 妖精郷内部劇・終-狂おしき熱情-

 その身に纏う衣装こそ、何の変哲もない帝都民を模したもの。

 飾り気のない質素な服に包まれる、純白の総身。それは、いわゆる白子(アルビノ)と呼ばれる変異体。

 その姿こそがこの妖精郷における白の祖、そのひとであり。今は昔に神の下へと旅立った、と伝えられる初代の祭祀が成れの果て――だったもの。


「あれから長い月日が過ぎたけれど。この舞台だけは、変わらないな」


 壇の裏に設置された一段低い段。懐かしむ素振りを見せながらも現代表たる面々の顔を潰さぬよう控えて立つその思惑は、残念ながら失敗していると言わざるを得ない。

 立ち位置の関係により、観客席の妖精族達からは死角に入っていたのがせめてもの幸いと言うべきか、周囲でかの姿を目にしてしまった者達は一様に硬直し、本能的にただならぬものを感じ取ってしまったから。

 不測の事態へ対応をすべきガードフェアリー達は、直立不動で目を見開いて。

 壇上に立つ巫女守どころかそれを纏める巫女でさえ、その本質を見抜けてしまったが故に思考が止まってしまったかのように、ぽかんと可愛らしく口を開けてしまう。

 数少ない例外と言えば、事前の接触により半ばその正体を知り得ていた俺とピノ。それと少しばかり離れた場に立つ樹木の枝上から、今の白さんに負けず劣らずな真白の気配を気が気でないと言わんばかりに垂れ流しにしている、もう一人くらいか。妖精族はそういった神秘力の異常には敏感なんだ、そんな事してたらすぐ気付かれちまうだろうに。


長老(あのこ)達が出てくる前に、片を付けるとしよう」

「お願い、しゃっす」


 今でこそ俺自身のちっぽけな意地を刺激してくれている諸々の要素により、ぎりぎりのところを保ててはいる。それでももう、超常たらぬこの身では限界が近い事も本能的に察せてしまう。

 ややもすれば暴力的な、他者を嘲け貶めるを是とする汚泥の如き情動。いつはちきれて、噴き出してしまうかも分からない。そんな崖っぷちで踏み止まり、今までにない自身を自覚し身震える。

 結果としてまともに口を開くのも億劫で、刑の執行を受けるに近き心境を錯覚しながらも緩やかに虫食まれていく。それが、俺の現状だ。


「前もって言っておくけれど。嘗ては我自身が祓うこと叶わず、身を縛られた魔の気質。それそのものは信じ難い事ではあれど、既に君の裡より消え去っている」

「えっ……それは、どういう?」


 観客席の側からはどよめきと共に、馴染みも深き声の主による活劇調な口上が流れ始める。それに呼応する形で朗々とした神官との問答が始まり、率先して飛び出した紅の巫女守に倣うように残る二色も慌てた様子でその場へと向かう。

 最後に今代の祭祀がこちらを気遣う様に一度だけ振り向いて。対して俺は、季節に合わぬ大粒の雫を止めどなく垂らしながらも、無言のままにゆっくりと首を縦に振る。


「貴方の身に、我らが祖霊の加護がありますように――」


 それだけを呟き、巫女は飛び立っていく。真よりもなお濃き偽りの白、欺瞞の化生へと対峙をする為に。


「祖霊の加護、か。今代の巫女は中々どうして、皮肉の利いた事を言ってくれる」


 凡そ妖精族らしくないピアとは裏表に、白さんの顔には人の悪そうなニヤニヤとした笑みが被されて。

 でも、その目は真剣で。有り得ない事に。向けられるは一方的な信頼。


「過去の祭祀たる時分にはとても出来なかった。護るだけに終始して、結局身動きが取れなくなって。自嘲と自戒の念に苛まれていた我が語るのも烏滸がましい話ではあるのだけれど」


 そして一指し、俺の額へと突き付けられる指先の冷たさが心地良い。


「今代のあの子を見守り続けて、ようやく思い至れたよ――たまには、妖精族(われら)も肩の力を抜いて。善き隣人に手を差し伸べてもらうのも、悪くはない」


 白さんは語る。本質的な意味で俺の裡に宿る(・・)それを祓う事は、歴史に名を遺した偉大な聖人達でさえも不可能だと。

 それでも、魅せる事は出来る。だから、気張ってくれよと。


「数百年に亘る喜怒哀楽の情。そんなものが一つ箇所に漂い続ければここ妖精郷に限らず、ヒトの住まう地であれば澱が溜まるのは必定だ。それが歪んでしまった原因は白へと寄り過ぎてしまった、過去の我等の選択なのだろうね」


 巣食う、ではなく宿る。観念的な議論はさておいて、現実的に語るとすればその差異とは、差し詰め宿主による許可の有無。

 ここ妖精郷だけではなく、遥か帝都の地においても同様の事象を俺は知っている。

 であるならば、だ。俺の裡へと宿されて、有象無象のみならず腐れジジイにより変質させられ拗れた魔の気質を喰らい尽したのは、間違いなく―――


「――無貌」

「ご名答。流石はアレと直に触れ合った張本人、と格好付けた物言いでもしておこうか」


 そのフレーズを口にした途端に。あの日の記憶が鮮明に脳裡へと映し出される。


『ゴ、ギィッ!?お、レの中に来いっ!』

《……この、莫迦っ!》


 あの時、俺は言った。行き場が無いなら、俺がその拠り所になってやると。だから、消えないでくれと。


『無貌の女神として畏れられ、人間風情に今日まで利用され続けたこのワタシの憎悪……その身に刻み、我が絶望の深さを思い知れ!』


 直後、リセリーの介入により無貌の女神本体は天使たる器へと統合をされ、真に復活を果たした怒れる女神との対峙をしたのが三月程も前の話。長いような短いような、最早懐かしみの情さえ浮かんでしまう思い出話だ。


「その通り。無貌の女神本体はあの時、間違いなく天上の使徒が裡へ還った。だが、色濃く残った当時の影までをも完全に消し去る事は、彼の天使にも不可能だったという事だ」


 かくして俺の裡へと焼き付けられた影。過去に無貌の女神として在った時代を彷彿とさせる、帝都での数か月。

 分不相応にも俺なんぞを最後の逢瀬の相手として選んでくれた、無貌の女神の影が再び形を取って俺への執着を見せてくれたのも、また必然。

 思い返せば当時、リセリーは言っていた。自身の現身を俺が受け入れるには、器の容量が若干不足をしていると。

 更には腐れジジイの現身たる魔の気質をまともに呑み込んでしまった際に見た、笑えないコントの様な夢芝居。


 『許容量オーバー』そして『俺一人じゃあどうにも抑え込むのがきつかった』


 あの時はてっきり、魔の気質を呑み込んだ事によりオーバーフローを起こしてしまったものと思い込んでいた――だが、しかし。

 あのリセリーをして自らの現身を宿すにやや不足をする程度の容量を確保するとまで言われる俺の器とやらが、その程度であっさりとはち切れてしまうものだろうか?


「火で火を治め、毒をもって毒を制す……ってやつですか」

「君の故郷の言い伝えかな?実に妙を感じる物言いだね」


 答えとしては、否。

 つまりは、俺が呑み込んだ以上に圧倒的な魔の存在をもって、歪められた魔の気質は悉くが潰え去った。即ち、それらを喰らった魔の本尊は―――


「古来より、荒ぶる神を鎮めるは祭祀が役割と相場は決まっている。なればこそ、(わたし)は郷を閉じるしかなかったあの時に立ち返り、今こそ役割を全うすべきなのだろう」


 ここ妖精郷、と呼ばれる森の歴史は、実はそう長くはないと聞いている。

 それでも時間にして数百年。ここ帝国領が遥かな以前の王国の地であった時代より、連綿とその歴史を紡いでいるのもまた事実。

 聞く者も僅かなあの泉の畔にて為された、白さんによる告解。当時、ニケの置かれた境遇を知りながらも彼らは動きはせず。その後に興った帝国との不可侵条約を結んだ後に、郷を閉じた。

 何も出来なかった。だから、我はその代償を支払う義務がある――と白さんは言う。

 当時を知る者にしか分からぬ葛藤は、ある。けれど、それでも―――


「ざっ、けんなよ……」


 脳裡に浮かぶは、三度目の正直の言葉。あぁ、そうさ。


『人間ヨ。アノ時コノワタシニ身ミヲ委ネ、最後ノ暖カサヲクレタ、愛オシキモノヨ……ワタシヲ、破壊シテクレ』


 一度目は、何も……出来なかった。


『惨めで無力で凡人な貴方様の下僕第一号であるこのわたくしめは、畏れながら誠心誠意を以て土下座でもなんでも奉りますっ!だからとっととニケを救けやがれ、この駄々っ子天使!』

《よく出来ましたっ。哀れでちっぽけな小虫君の切なる願い、貸し一つという事で叶えてあげましょうっ♪》


 二度目だって、そうだ。結果はどうあれ、詰まるところは神頼み。


「老兵は死なず、ただ消え去るのみ――実に染み入る言葉だね」


 そして今、目の前で奏でられるは在りし日の郷愁に恋い焦がれるような、寂しげな音色。またしても俺の前へと、望まぬ別離が訪れようとしている。しかも、俺自身の内面が起因した事によってだ。


 もう限界だ……本当か?

 凡庸な身で為せる事などたかが知れている。誰が決めた。

 それがどんなに辛く、そして厳しかろうとも。やらねばならない時が、ある。

 俺にとっては今この時こそが!今度こそ!


「……俺は、諦めねぇ。おおよ、そう簡単に諦めてなんか、やるものかァッ!!」


 だから。俺はちっぽけな意地を総動員し、精一杯に声を張り上げる。

 もう動かぬと泣き事を言う身体の主張。それを、無理繰りねじ伏せて。

 視界は靄がかり、今や理解(わか)るのは目の前の白さんの真白な色のみ。

 額に突き付けられたか細い指。加減も効かぬ掌でそれを力一杯、握りしめて。


「……っ。ライタ、痛い。離して、くれっ」

「誰がっ、やらせるかよ。これ以上あんな想いをするくらいなら、俺がっ……」


 口にしながらも、自身の言葉の矛盾に気付いてしまう。

 諦めないと言いながらも、どこかでは自分一人の犠牲を考えてしまっている。

 反吐が出る。安っぽいヒロイズムなんざ、御免だ。


「白さん。あんたは俺の都合の為だけに、のうのうと生き永らえてくれればいい。これは、俺が俺自身でどうにかする事だっ!」


 考えろ。こういう時だからこそ、気持ちは熱く、頭はクールに……とまではいかずとも、最後まで諦めることなく、都合の良い次への標を追い続ける往生際の悪さこそが!俺の、あるべき姿だろうがっ!


《――ソウダ、魅セテミロ。オ前ノソノ足掻キ続ケル、魂ノ躍動ヲ!》


 また こえが きこえてくる。


「へ、ヘヒッ……」

「ライ、タ……?」


 だがそれはこれまでとは違い、はっきりとした意志持て語られる言葉。

 だからこそ、今度は俺の思考が塗り替えられることもなく。

 そして、次なる瞬間に――それを捕捉した。


(やぁ~っと、捕まえたっ!)

《……アッ》


 間の抜けた声と共に急速に強まっていく、俺の裡へと宿る神秘的な気配。

 つくづく、しまらない話ではあるけれど。厨二好みかつこの抜けっぷり。こいつもまた、無貌の女神(リセリー)そのものであるという事、なのだろうな。

 不詳、この陽傘頼太。こういった人智を超えた現象への遭遇率、その質ともに不本意ながら相当の域に達している自負はある。成功したから言う訳じゃあないが、その経験がある予感を囁いていたんだ。


《スマナイ……ヤッテシマッタ……》


 ―――ぼふんっ!


 直後、俺の身体より噴き出し始める圧倒的な量の魔の気質。ええ、分かっていましたともッ!本体だろうと影だろうと、こいつが絡むと憎めなくも碌でもない、それでいて俺の希望だけは歪に叶えてくれる、トラブル量産案件となる事を!


「とりあえず、手前は後で説教だァッ!」

《本当ニ、スマナイ……》


 まぁ、なんだ。あの時、何であろうとストレス発散に付き合ってやると言ってしまったのは俺だからな。それは何もリセリーに対してだけじゃあない、無貌の女神(こいつ)にだって、言える事だってね。

 頼太の裡へ真に巣食っていたモノの正体。おかしいなぁ…もっとシリアスエンド予定だったのに……。

 半端に謎は残っておりますが、これにて妖精郷編、中編終了となります。次回よりフラグ回収等々しつつ、妖精郷編、最終章です。

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