第289話 妖精郷内部劇④
パッと見では田舎によくある小神社のお祭りを想わせるシルエット。飲み物限定ではあるが実際に売店のようなものも立ち並び、それなりに繁盛をしている広場の一幕。
扶祢が所定の位置へと付き準備完了の合図を上げたのを確認した後に、それとなくピアへとハンドサインを送る。
「それでは皆さんっ、楽しい楽しいお祭りの――」
「はじまりだー!」
「……また、良い所を持ってかれた……」
背後にはハラハラとさせられる際どい空気が漂う中、どうにか開会の訓示を垂れ終えてほっと一息。万感の想いを込めて作った溜めを観客席からの元気一杯な声により見事に掻っ攫われ、ピアががっくりと首を垂れるのを合図として査定会――ぶっちゃけ人気投票が始まった。
我らが一押しは言うまでもなく、生意気幼女を背負って立つ紅苑の臨時巫女守、ピノだ。
実のところ、生意気っぷりでは蒼郭のマニも負けてはいない。聞くところによれば幼い頃よりの犬猿の仲らしく、早速龍虎相打つの体で物理的に火花を散らし始める両者を向こうに、すっかり雰囲気に呑まれた風に緊張を見せて立ち尽くすのは白道のミキ。正直これでどうやって平和的解決を目指せるかが甚だ疑問と言いたいところではあるが、これも今回のミッション。ならばやるしかあるまいて。
「それでは僭越ながら!先日この壇上にてフルボッコにされ、深く反省をした後に改心致しましたこのわたくしめ、巫女様の第一の下僕として贖罪中の頼太が司会進行担当にて推し進めさせて頂きますッ!」
「ヘタレノ人族?」
「巫女守カラボッコボコニサレタ、ザコダー」
「きーすさまのへたれーっ!」
「手前等あんま調子こいてっと、公衆の面前でお尻ぺんぺんすんぞコラァ!?」
「「キャ~ッ、セクハラ野郎ー!」」
お約束とも言えよう賑やか幼児共の合いの手に、こちらもキレッキレのマイクパフォーマンスで返す。一先ず掴みは上々だな。
「まずは一番手!今回の動議元ともなった紅苑よりは、姉である巫女様から泣き付かれて渋々その代行として出場するに至った、放蕩幼女が臨時巫女守に返り咲き!ぶっちゃけ郷を捨てたと言って憚らない本人としては、この案件もどうでも良いが口癖、ピノさまだぁっ!」
「ちょっ、頼太さん!?」
「ふんッ、これだからピノの奴はッ」
事前に執り行っていたリハとは真逆に速攻のネタばらし。目に見えた動揺を晒すピアには悪いが、先日のマニとのやり取りを見るにあのままピア主導で強引な進行を続けてしまえば最悪、蒼との決定的な亀裂が生まれていた恐れがある。
だから蒼と白へのガス抜きも兼ねて、ここで一つ芝居を打っておく必要があると判断した。折角こうやって現代表との良好な接触が持てたというのに、肝心の妖精郷が二つに割れてしまっては交渉に当たる意味も薄れてしまうからな。
それに、あの腐れジジイの知識の一部を受け継いだとはいえだ。ただ知識として持つだけのものと、実際の経験を積んだ上で導き出される答えはまた違う。
特にこういった演技の類はその手の経験、何よりも役に入り込める感性というものが重要となってくる。妹とは違った意味で妖精族とは思えない程に日々生真面目に巫女の役目を全うするピアには、その感性部分に適性を感じられないとの判断部分について、俺達と同じく様々な案件に絡んできたピノも意見を同じくしていた。
「へっへっへー。これでお前達の札は一つ、減った訳ダ」
「ど、どうしようマニちゃんっ」
「チッ、考えやがったなッ」
故の無差別ネタばらし。現にこちらの意図を察したらしき対戦相手の一人は口惜しげに舌を鳴らし、暗に戦力外通告をされて憂鬱に沈む巫女を尻目に、紅と蒼の対峙は深まっていく。
確かにその思惑を自ら衆目へと知らしめた事により、今一時的にこそ不利な立場とはなったろう。だがしかし、それは思惑を隠して人気投票を進めた場合に後々起こるであろう致命的なスキャンダルを事前に回避するに必要で、同時に今のマイナスを補う為の初期投資でもある。
「ネー。代行ッテ、ナァニ?」
「巫女サマニオ頼マレシタノ?ピノッテエライ子?」
「あッ……」
加えて言えば、一般的な妖精族はそこまで深く物を考えない傾向がある。それを踏まえた上での結論として、幼子達にも分かるよう、妖精族の巫女に縁のある立場としての色を強調してやれば良い。
「これぞ、災い転じて福と成す理論ッ。脳筋の蒼には、ちょっと難しかったカナ~?」
「ぬぎぎぎッ」
「マニちゃん、顔!ここ壇上!?」
定番のドヤ顔を晒しつつ、更なる煽りを入れるピノへと目に見えて牙を剥くマニの対照。横ではミキが必死に宥めようとするが、もう遅い。
「蒼ノ巫女守ッテ、ナンカコワーイ」
「減点ダー」
状況にもよりけりではあれど、自らが能力的に優秀である者ほどそれを基準とした思考に囚われ、凡夫に足を掬われる場合もある――今回はその心理の隙を衝かせてもらったという訳だ。
これで開幕のマイナス分は回収出来た。あるいはスタートダッシュを切れた分、幾分こちらに有利とも言えよう。仕込みが上手く機能した事に満足を覚え、一つ大きく頷いた後にマイクを握り、次のパフォーマンスへと移ろうとする。
「デモ紅モ、チョットヤリ方ガイヤラシイヨネ」
「減点、カナ?」
「アッ……」
「ハッ、ざまぁみやがれッ!」
い、幾分こちらに有利とも……やっちまったッ……!
大いに乗った気分のままに小指を立てたポーズのまま、マイクを握り硬直する俺へと向けられるは、次なるパフォーマンスを期待する大多数の視線。それとその中に混じる、比較的常識人達の白けた面持ちが少々。
Be cool――Be cool――私はッ、冷静だッ!今はまだ序盤も序盤、これから取り返していけば良いッ!
「頼太ァ~!」
「だからってお前までいきなり人のせいにしてんじゃねーよ!?」
テンパったテンションそのままにマイク越しの喧嘩を開始する。妖精達にはそれが馬鹿受け、よっしゃ狙い通りリカバリー完了っ。勢いでこのまま次の紹介へといってしまおう!
「お次は紅の動議に真っ向反する、蒼郭からの代表者!平時のイメージそのままに、そしてボーイッシュな装いの中にも未成熟な魅力をふんだんに。マニさまは実に将来が楽しみでそれがし、ちょっとばかり期待で胸が膨らみますぞっ!」
「フフンッ。そこの無礼な人族も、中々分かっているじゃないッ」
今泣いた烏がもう笑う、だな。先程までの激昂は何処へやら、俺の紹介にあっさりと機嫌を直したマニは俺のナレーションに合わせ、蒼く染まったショートカットを揺らしながらも得意気にポーズを取っていく。
どこかで見た覚えがあるどころか、平時より見覚えの有り過ぎる光景。ふと意味ありげに背後へと首を巡らせてみれば、余計な事を言ったら殺ス♪とでも言いたげな見事な笑顔を返された。これもある意味、同族嫌悪というやつだろう。
「さぁさぁそれではこの辺で、次いってみよー。これ以上褒めてしまうとライバルのピノさまからお叱りを受けちゃいますからねっ」
「こんなのと一緒にすんナ!」
「誰がライバルだッ!」
初の邂逅時に恩を仇で返す真似をしてしまった詫びも兼ねて一通りを褒め千切った後となり、見事にハモった非難を喰らってしまう。その分観客達の盛り上がりは絶好調だ。
「最後はこの妖精郷立ち上げの立役者が一族、白道よりッ!世に稀に見る妖精族な男の娘、わたくしめの所見では付いている癖に相当な純度の可憐さを誇り、あるいは他の二色よりも可愛いかァッ!?」
「何ですか、その紹介ー!?」
顔を真っ赤に染めて叫ぶ、白を代表するミキ。外見的には氏族の名を体現するかな白に染められた、いわゆる二次性徴前の内気系な子だ。ここまでの男の娘属性を現実でお目にかかれるのは僥倖だが、それ故に強力なライバルと化す恐れは十二分に有している。
「男ノ娘ッテ、ナァニ?」
「ホモォ?」
「……詳しく知りたい奴はこれを見るといい」
観客の側からはそんなやり取りと共に配られる瓦版の数々。少しの後にどよめきの声が上がり始める。よくもあんな下卑た仕込みに加担させてくれたな、とは後のエイカさんよりのお言葉だ。
これもまた、ここ数日の対策会議により捻り出されたイメージ戦略の一つ。一つ間違えれば逆風が巻き起こる恐れこそあれど、妖精族達がそこまで短期間で業の深い趣味に目覚めない事を祈っての分の良い賭けでもあった。
「あぁああぁ……」
「なんて、悍ましいッ」
ともあれ敵情視察としてはこの辺りで充分か。観客席より回された瓦版に目を通し、揃って顔を引き攣らせる二者のデータを頭の中で軽く取りまとめる。その後に状況の確認を兼ね、場の面々を改めて見回していく。
「……ねぇ、ピエラ。こんなの、聞いてないのだけれど?」
「ねっ、姉ちゃん落ち着いテ!?頼太なら後で幾らでもお仕置きして良いからサッ」
ワーォ、いきなり間近に新たな問題点発覚。腐れジジイが憑りついていた時に勝るとも劣らない、病みオーラ全開な巫女さまに流石のピノもタジタジだ。正直、現在進行形で命の危機すら感じて危険が危ない気がします。
ま、まぁきっとどうにかなる。あとブレる事のない責任転嫁をこの期に及んで仕掛けてきやがったそこの幼女、お前後でお仕置きな。
「これで全員が出揃いましたッ!皆様、投票用紙の貯蓄は充分かー!?」
「「「オ~!」」」
一方の観客席ではそんな物騒極まる俺達のデッドオアアライブなど何のその。凡そ十数年ぶりとなるらしきお祭り騒ぎの予感に漲り、妖精族達も楽しむ準備は万端といった様子。結果そのものは今は置いておくとして、後悔だけはしないよう、全力で祭りを満喫すべく向き合っていきたいものだ。
さて、第一の競技は何だったかなっと。




