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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第三章 人狼の村事変 編
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第033話 人狼の村にて③

 若長達との会見を終えた後、誤解を解く意味もあり人狼族の村人達へ紹介をされた。村人達はやはり、件の妖術師と酷似しているという扶祢を見てかなりの動揺を見せてしまう。


「――という訳だ。今晩日が沈んだ後は何があっても一切外出をしないでくれ、とは言っても最早好んで外に出る者も居ないだろうが……くれぐれも戸締りには気を付けて欲しい」

「ハクソウ様!本当にそいつらは信用出来るんですか!?」

「何かと汚ぇ人族まで居やがるし、何よりそこの狐人族はあの妖術師そのものじゃあないですか!」

「港町までの直通路目当てでこの連中がわざと騒ぎを起こしてたんじゃないか?」


 予想されていた通りだな。村人達のそんな言葉を受け、ハクソウと呼ばれた若長が申し訳なさげな顔で頭を下げてくる。


「ヘンフリーさんの思惑が完全に裏目に出ちゃったわね。私が居る方が話が拗れちゃうなんて」

「そこは仕方がないだろ」


 世の中には自分と同じ顔が三人は居る、なんて迷信もある程だ。まさかこんな異世界で扶祢のそっくりさんに遭遇するだなんて、想像出来しろというのに無理があるからな。


「村単位でまとまって暮らす連中は迷信深ぇのが多いからな。誰が来たとしても余所者扱いされちまう、なんてのもよくある事だ」

「ソウソウ。ボクも旅の途中、別の獣人族の里に寄った時『このような大きな妖精が里に出没するなど今までに無かった事!不吉じゃ~!』なんてそこの長老に言われテ問答無用デ追い出された事があるヨ。テメーがフェアリー族を知らないだけダロってノ」


 この世界の出身である二人は口々にそんな事を言い、それでもある程度は納得をしている様子。種族間の不和、か。未だ慣れない話ではあるが、そういったものもこの世界の現実という事ではあるのだろう。

 ともあれ、一応は俺達を受け入れる方向で話は進んでいるらしい。裏を返せば余所者である俺達を受け入れざるを得ない程に状況が切羽詰まっている証拠とも言えるが、さて……。

 若長が村の衆を必死で説得している間、俺達は手持無沙汰にそのやり取りを見守り続ける。そんな際の事だった。横合いより声がかかる。


「迷信深くて悪かったな、俺達だって別に好き好んで排他的になってる訳じゃねぇんだよ」

「お?」


 これは驚きだ。その相手はなんと、真っ先に扶祢に喰ってかかってきたザンガだった。


「アンタが話しかけてくるとは思わなかったな。さっきの激情を目の当たりにした感じ、他の連中が警戒を解いてもアンタだけは最後まで扶祢を疑ってかかると見ていたんだが」

「……それについては謝っておく」


 一体どういう風の吹きまわしか、ザンガは打って変わって落ち着いた様子でそう言って扶祢に向き直り、深々と頭を下げる。


「さっきはすまなかった」

「うぇ!?い、いえ。今後気を付けて貰えれ…ば?」


 いきなり謝罪されるとは思わなかったのだろう。扶祢は思わぬ不意打ちに完全に動揺してしまったらしく、片足を上げて両手を引き気味に構えるという妙な姿勢で固まってしまう。なんだそのポーズ。

 しかし、あれだけ拒否感を示していたザンガがまさか素直に謝るとは。どういった心境の変化なのだろうか。


「今後、か。確かに、師匠の身ばかりを案じ今しか見えていなかったな」

「師匠ねぇ……それってもしかしなくても族長の事か?」

「ああ、そうだ。このサカミ村に住む人狼族の長であり、俺の武術の師でもある。言い訳にしかならないが、さっきは完全に頭に血が上っていたからな。他の方もすまなかった」


 言って再度頭を下げてくる。ここまであっさりと謝罪をされてしまえばこちらも毒気が抜かれてしまうというものだ。これ以上引きずるのも恥ずかしい気もするし、ここは気持ちを切り替えるとしようか。


「分かった、お互い不運な事故だったってことで。俺の方も悪かったな、腕を斬りつけちまって。怪我の具合は大丈夫か?」

「あぁ。そこのフェアリー族、だったか?その子のお蔭でもう動かす事も出来る」

「傷を塞ぎはしたけド、一度腱が切れちゃってるから何日かは安静にしときナー」

「分かった、有難う」


 微妙に間延びした空気になってきたものだ。だが無闇に殺伐とするよりは、この方が断然良い。


「んで、掘り返すようで悪いが。好き好んで排他的になってる訳じゃねぇってのは、どういう事だ?」

「うむ……この村に限った事ではないのだがな。我等獣人族には祖霊達に祈りを捧げ、自身に御霊(みたま)を降ろす事により様々な肉体的加護を得られるという言い伝えがあるのだが――」

「あ、それはギルドで聞いたかな。精霊力を使った獣人族特有の身体強化だったっけ?」


 ザンガの説明にいつだかサリナさんが言っていた事を思い出し、扶祢が合いの手を入れる。


「知っているなら話は早い、精霊力診断法による結果ではその様に解釈されているらしいな。が、扶祢と言ったか?お前も獣人族だろう。お前の里では教わらなかったのか?」

「ぅえ!?えぇっと……」

「扶祢は俺と同郷でさ。母親と共に引っ越してきたらしくって、あまり獣人族の風習を知らないらしいんだよ」


 どうも突発的な事態への対処がいちいち固まるんだよな、扶祢のやつ。

 仕方無くこんなこともあろうかと前もって決めていた外付け設定を不自然の無いように挟み、その場を切り抜ける。サリナさん辺りが見ていたら後々まで揶揄われそうだな、この設定。


「そうか…不憫な」

「あ、でもでも!私の一族は術の方に長けていたみたいなので、術なら色々習いましたし」

「術か――ますますあの妖術師と…いや失礼した。狐人族自体身体強化よりも特殊な術技能を得意とするという話も聞くし、そうなのかもな」

「いえー、同じ状況なら私も間違いなく疑うと思いますから」


 だよなー。俺も相手が見ず知らずの他人だったらまずは疑ったと思う。ましてや被害に遭い続けた村の住人だとしたら……。


「少し脱線してしまったな。この村に限らず獣人族が基本的に排他主義になってしまっている理由は、その祖霊を拝するという姿勢からなんだ。祖、延いては先達の言葉を重視する為に昔あった戦乱での恨みつらみ、そういったモノまでをも伝え続けてしまった弊害があるのだろう」


 哀しそうにそう呟くザンガを中心として何とも言い辛い微妙な空気が広がる。

 確かにそういったものの弊害は厄介な問題だよな。さっきのハクソウさんだっけ、あの若長が村の慣習を変えるべきだと主張していたのも頷けるというものだ。


「そういえバ、何でお前あんなに疑ってたのにあっさり態度を変えたノ?」

「あぁそれは、少し時を置いて落ち着いたのもあるんだが……現実的にな」

「現実的に?」

「俺は腕はまだまだだが、強さを測る程度ならそれなりには出来る。もしこの事件が冒険者ギルドの差し金だったとして、お前達が本気を出していたなら、あんな妖術の如き絡め手を使わずとも力尽くで俺達を制圧する事も可能だったろう?」

「まぁ、な」


 その言葉に釣鬼が納得した様子ながらも曖昧に頷いて見せる。それ、俺だけは別枠ですけどね。こんな達人一歩手前連中と一緒にしないで欲しい。ただのいち冒険者ですから。


「そこの大鬼族(オーガ)吸血鬼(ヴァンパイア)と対峙した事があると聞いた時はむしろ、あの妖術師よりもお前達の方が余程脅威になると戦慄したものだ」


 間違いない。こいつに出逢ったその時は本当にびびっちまったからな。その時対峙した吸血鬼も哀れと言う他ないだろう。


「そういえば釣鬼。その時はどうやって倒したんだ?」

「あー……高速再生で何度ミンチにしても蘇ってきやがって鬱陶しかったんだよな。北部の引き篭もり連中に森の白木から杭を削り出してもらって、それを四肢に打ち込んで縛りつけてから日が昇るまでサンドバッグにし続けて陽光で灰にしてやったんだったか。あん時はあいつ等にも随分と無理言っちまってその後の処理が面倒臭かったんだよなぁ」

「うっわぁ」

「脳筋族ッテ……」

「ははっ。それを聞いただけでこの事件の解決が近いという確信が持ててしまうな」


 そんな釣鬼の言葉に皆呆れ、ザンガが顔を引き攣らせながら返すのもよく分かる、つかドン引きっす。

 釣鬼曰く成り立てだったとは言えど、曲がりなりにも不死の化物である吸血鬼相手に「何度ミンチにしても」だの「日が昇るまでサンドバックにし続けて」だのといったどちらが悪役か分からん言葉を平然と口に出来る辺り、見た目に違わぬフィジカルモンスターっぷりだった。


「分かんねぇぞ、妖術だとしたらどんな搦手で来るか見当も付かねぇしな」

「うむ…こちらも重々気を付けよう」


 そんなやり取りをしている間に、どうやら若長による村人達への説得の方も終わったようだ。それでは今夜の様子見の相談を始めるとしよう。






 夜も深まり、月の光がうっすらと村全体を照らす中、作戦へ向けた準備が着々と行われる。

 広場端の見張り小屋では見張り作業に従事する者達のやり取りが小さく響く。


「村の人達の証言だと、そろそろ現れる時間よね」

「鬼が出るか蛇が出るか、ってかぁ」

「まかり間違って釣鬼が出たりしたら、速攻で逃げ出す自信があるのだわ」

「へっ、間違いない」


 こうして毎回こういった話題の引き合いに出される釣鬼には悪いが、万が一あいつと敵対したと想定した場合の対処法が全くと言っていい程に思い付かないものな。つくづくあいつがあの落ち着いた性格である事に感謝する日々でございます。


 若長やザンガを含めたその後の相談の結果、隠密持ちである釣鬼とピノピコが拠点となりそうな森の探索をし、俺と扶祢は村へと溶け込み状況把握に努める事となった。釣鬼にはデンス大森林の元管理者という前歴によるレンジャー系の膨大な経験値があるし、ピノピココンビも森の探索には慣れている。ここは適材適所というやつだろう。

 だからといってただ傍観しているつもりはない。俺達も状況把握を含め、可能であれば容疑者の捕獲をしてしまおうという事で既に完全武装。とはいえ俺も扶祢も元々軽装であるし、準備としては普段とそう変わらないといったところか。この村までの道中にも感じていたが、そろそろ暑さが厳しくなってくる時期だ。暑さ対策に俺もヘルメットから先日買い換えた鉢金へと換装をしている。


大薙刀(これ)も悪くないけど、突きや叩きといった用途も考えるとそろそろ方天戟辺りが欲しいわね」


 待機をしている間というのはそれなりに暇である。勿論周囲に気を配り続けはしているが、こうして雑談の一つもしたくなろうというものだ。

 扶祢は自身の得物である大薙刀を手に取り、ふとそんな事を呟いていた。


「岩軍鶏達にはあまり効いてなかったからな」

「日本の野山だと薙ぎ払いで十分だったんだけどねー。こっちじゃ堅そうなファンタジィ生物も多いもんね」

「そういえば扶祢って薙刀の師範代やってたって言ってたっけ。槍も使えるのか?」

「元は槍術の出だからね。今の日本じゃ槍術遣いってなると目立っちゃうから、カモフラージュとして薙刀使ってただけなのよ」

「ほー」


 だから薙刀術ではなく槍術と鑑定結果に映されていたんだな。槍術、格好良いじゃないか。

 あくまで監視要員であるからか、特には緊張感もなく他愛のない話題を交えて時を過ごす。そんな具合に一時間ほども経った頃だろうか、ついに事態が動き出す。


「――出たぞ」


 それまで俺達の雑談に付き合う事もなく沈黙を保っていたザンガがそう告げる。その目に宿す光は未だ昏さを残し、窓の外へと射貫く様な視線を向けていた。


「くふふ……今宵は何ぞ、変わった趣向があるようじゃな。して、(わらわ)のお相手は何方かや?」


 夜も更け、広場に降り立つその姿は純白を纏う黒。

 どこか幼げな娘とも言える姿で、しかし淫靡に舌で唇を濡らすその仕草。

 繊細な陶芸品を想わせる艶のある黒い長髪、着崩した袴からさらけ出す。流れる血の色すらも映す事を拒否したかのような病的なまでの白を肢体に映し、紅く怪しげに光る眼のその女は――扶祢にそっくりの顔で、酷く邪悪に嗤っていた―――

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