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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第十一章 魔を誘う祭祀 編
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第282話 狩人達の「嗜好」錯誤

 お盆の時期に入りました。お盆参り、いってきます。

 しとしとと、そぼ降る小雨に冷えゆく我が身。頭上の水鏡へと映しこまれた十六夜は朧がかり、雲の合間より顔を見せるのさえ躊躇うかのよう。

 そんな視界が制限された夜の森、しかも狩りの対象となる獲物が出る領域は外苑部よりも更に外側。一人で事を起こすには些か不足を感じたことだろう。


「キュッキュー!」

「しっ。でかい声出したらばれるだろうが」

「……キュ」


 心強くも今の俺には、奇妙ながらも賑やかな気分にさせてくれる仲間がいる。一人が無理なら二人三人と増やせば良い。ましてやそれが十人を超える大所帯ともなれば、考え付く連携にも幅が取れるというものだ。

 さぁ、今宵の狩りを始めよう。目指すは帰りを待ち侘びている者達全てにいきわたる程の大物の捕獲、その為にならば少々の危険を冒してでも事に当たる姿勢が必要となろう。






Case:1

 探索の結果、発見した大きな獣の足跡。それを追って辿り着いたのは、小さな洞窟、とすら言えない程の横穴。そこに巨大な身体を丸ませて眠るは、いわゆる熊。

 妖精属や銀狼達を別とすればこの森の上位者に位置する固有種、フルーティ・ベア。メガプラムを始めとする巨大果実系を主に食する関係か、その肉は一般的な熊に比較して柔らかくも臭みが薄く、そして独特の爽やかな甘みを感じるという。

 ここで少しばかりメガプラムについても触れておこう。

 大陸西部の各地にはメガプラムと呼ばれる果実がよく見られる。名前の通り、プラムの一種ではあるらしいがその巨大さによりそのままの形で人間が食すにはやや大味。おまけにちょっとした刺激によりすぐ破裂をするが故、野生動物でもあまり触れようとしない。そのくせ生命力だけは超の付く一級品。

 通常環境下では作物等の生産数が減るであろうこの冬の時期にも無節操に成り続け、皮肉にも自然環境を維持する一因として大きな活躍を見せている。また南方の砂漠地方では地球で言う、サボテンに近い役割を果たす程にどこにでも生え育つという。

 古きは万葉の昔より秋の七草のひとつに数えられ、地球の某国などではグリーンモンスターの二つ名でも知られる葛並に紙一重な迷惑植物。搾りたての果汁などは実際に市や露店でもよく見る程に定番中の定番だ。


「気付かれたら終わりだぞ。そぉーっと、そぉーっとな」

「キュッ」


 そして冬の熊と言えば連想されるのが冬眠だろう。

 驚きな事に大陸の中でも比較的温暖で冬も過ごし易く、かつ餌となる木の実も豊富に生えるこの妖精郷の熊達は冬眠というものをしないのだそうだ。つまりその食性からしても一年を通して味の安定する、狙い目の獲物という事ッ!

 あるいは元妖精族であるこいつらの事だ。以前にピノが話していた様に肉の類は穢れると言って敬遠するものかとも思いはしたが、ところがどっこい。本人達曰く、どうせもう穢れ扱いされて妖精族の居住区から追い出されているのだし、お腹いっぱい食べられる方が良い、らしい。至極ごもっとも。

 無論、果実を好むとはいえ肉の類を一切喰わないわけではなく、出産や子育てに励むこの時期には親熊が獰猛になりがちで返り討ちの危険もある。よって雨音に紛れて各自配置へとつき、あらかじめ決めておいたハンドサインなどを駆使して密に連絡を取り合う。


「さん、にぃ、いち――はいっ」


 俺の小声による号令に、一斉に翅を擦り合わせて毒粉を舞い散らばせるパピヨン達。それらは風上よりそよそよと洞の側に流されて―――


「ピキッ!?」

「ピーッ、キーッ!」


 突発的に襲い来る通り雨。毒気を含んだ空気諸共に洗い流されてしまう。

 予想外の出来事に目に見えて動揺を晒し、騒ぎ出すパピヨン達。落ち着け、ンな大声出したらばれっ……あっ。


『GRUUUUH……』


 ―――ミッション、インコンプリート。






Case:2

 降りしきる雨に負けまいと尻に火が付く勢いで全力疾走。木に登ってやり過ごそうとしては予想外に達者な熊の木登り技術に戦慄を覚えつつ、森の中を逃げる事十数分。頼みの綱であった振動剣設置による切断トラップも圧倒的な物量と分厚い毛皮に阻害され、効果が発揮される以前に跳ね飛ばされて飛び上がってしまったのは記憶に新しい。

 最終的にはパピヨン達に揃って抱えられ、先日の食料調達時にもお世話になった川の上空を飛ぶ事によりどうにか難を逃れる事が出来た。


「ビッグ・ブーツだぁ?」

「ピッ!」


 命からがら。そんな言葉を実践し、息も絶え絶えに雲の晴れてきた夜空を仰向けに眺める最中。何やらプチ会議を開いていたらしきパピヨン達がそんな提案をしてきた。何でも妖精郷の南端に位置するこの川の外側には、これまた固有種となる草食動物に類する魔物がいるらしい。


「基本、魔物の肉って含有魔力が多すぎて食えたもんじゃないって話を聞いた記憶があるんだけどな」

『そんなことない。前に郷の文献で見た。脚周りの筋肉が美味しい!』


 どうやらこいつら、この機会に以前は郷の掟で口に出来なかった食材の数々を試したいらしい。食欲の権化と化している懲りない元妖精達の主張に仲間の幼女に通じるものを感じつつ、興味の湧いたついでにその詳細を促した。

 曰く長時間を飛ぶ事は出来ず、大地を二本足で踏みしめて走り続ける大型の鳥の様な魔物。走り続ける、の時点で踏破獣(トランプラー)狂乱牛(マッドブル)を連想させ、大小の唾液腺から流れ出す空腹の証をごくりと飲み込んでしまう。

 あるいは体内に溜まった魔力を然るべき処置――この場合走るという運動をする事により変質させ、叫んだ後のマンドレイクのごとき良質な食感に変えているのだろうかね。

 とはいえそんな余計な考証は飯にありついた後で良い。大いに食欲をそそられた俺は早速パピヨン達とビッグ・ブーツ捕獲作戦の概要を纏めていった―――




『――コッケェェエエッ!!』

「でっかい鶏ぃっ!?」


 走り続ける大型の鳥、といった表現からダチョウの祖先とも言われているジャイアントモアの様なフォルムを想像していたが、その鳴き声からしても鶏にしか見えない。しかも馬鹿でかい。具体的には羆サイズであった先程のフルーティ・ベアよりも一回り大きい巨体を縦にした感じか。

 ただでさえ鶏形状の魔物にトラウマを抱え気味なこの身。その身体を覆う羽毛が軍鶏を彷彿とさせる歴戦の黒き色に染められていた時点で逃げの一択だ。


「ピキッ、キュー!」

「無茶言ってんじゃねえよ、鶏ってマジ強ぇんだからなっ!」


 特にこの世界の鶏はな!人間大よりもやや小さいかの鉱山の岩軍鶏連中ですら、脚の一踏みで地面を大きくへこませる程。それが目の前の、傭兵の郷連中も凌ぐかな圧力を与えてくれるこの巨体から放たれればどうなるか。


『クェェエエッ!』

「でっすよねー。者共、転進っ!」

「ピィー!?」


 今更泣き言吐かれてもこっちの方が泣きそうだよ!

 ビッグ・ブーツが威嚇のポーズで足下を踏み鳴らす度、周囲一帯へ轟き叫ぶは地震とも思えよう振動。こうして食欲に釣られ、無茶な計画を立てた俺達は厳しい現実を知ると共に、本日二度目となる一斉逃亡へと身を投じる事となる。


 ―――逃げる途中で視界の端にちらと映った人影のようなもの。その意味に、今は気付きもせずに。








 翌日の朝早くとなり。社二号の一角へと設置された来客用スペースにて惰眠を貪っていた俺は、周囲の騒がしさにより否応なしに目覚めを強要された。


「キキッ、キィッ!」

「んぁ、っせーなぁ……」


 昨夜は結局、森の外周部に出没してくれた大蛇と猪を一匹ずつ仕留めた後に集落へと戻った。その時点で夜もとっぷりと暮れており、外苑部集落周囲の果実や木の実を集めていた料理担当の面々からは随分と呆れの色を見せられてしまったものだ。

 それでも獲物は獲物。寝る前に下処理を施して燻し続けた肉の出来具合を見るに、まぁ食えなくはなさそうかなといった微妙っぷり。


「……キュ」


 恐る恐るつまんでみたパピヨンリーダーの形作る、物悲しくも曖昧な表情から呟かれた情けない声に全てが表れているだろう。元より妖精族には肉食の概念は無いようであるし、燻製なんて作ったのは初めてだからな。この経験を次に生かせば良い話なのさ。

 肉食と言えばだ。こういった流れでは嫌でも割り込んでくる筈の肉食幼女二名程が一切姿を見せない。これも妙な話だ。

 表面だけに薄っぺらな香りの付いた燻製肉モドキをもにゅもにゅと噛み、眠気を程よく解消させた後に付いてきたらしきパピヨンリーダーと共に社の外へと顔を出してみる。


「今は、引っ込んでいろ」

「きーすさま、はよ~」

「……うっす」


 それと同時に喉元へと仕込みナイフを突きつけられ、投げかけられるはドスの利いた声。立ち位置的に視界一杯に広がるそれに悲鳴を上げかけたパピヨンリーダーの口を塞ぎつつ、すり足平行移動により戸口脇の物見窓へと移動。エイカさんの声に含まれる緊張、そして一つの心当たりに嫌な予感を覚えつつ、俺達のやり取りに好奇心を覚えたらしきパピヨン達と揃ってそっと窓の外を窺う。


「~~~してッ……なさい!」

「――んダッ、○○○デ~」


 遠間ゆえにはっきりとは聞き取れないものの、どうやら社一号の外で言い争っているのは昨夜に遭遇した妖精族とピノの二人。

 ピノと同じ顔持つ姉はハラハラといった素振りで何事かを語りかけているようではあるが、声が小さく全く聞こえず。対する訪問者の側に立つもう一名程も同じく、あわあわとでもいった様子で二人の口論を眺め立ち尽くすばかり。お世辞にも良い雰囲気とは言えず、一触即発を絵に描いた様な状況にも思える。


「あの声、聞こえる様にならないか?」

「キュ?キュッキュー」


 俺の問いかけに、得心いった素振りで軽く謡うパピヨンリーダー。その変化はすぐさま起こった。


「元はと言えばお前達の管理がなっていないから、魔の台頭などを許したんだっ。その責を取ってさっさと巫女の立場から退け!」

「ばっかみたイ。人族みたいに欲望塗れな権力志向の発言までしちゃってサ。お前の方こそ巫女たる資格なんて無いってノ~」


 うん、感度好調なり。魔に堕ちた事によりその影響力の大半を失ったとはいえ、元は精霊魔法を扱う事にかけて右に出るもののない妖精族。ちょっとした聞き耳を立てる程度のお願いであれば今でも朝飯前、とはこの事だ。


「お前は、本当に緊張感というものが続かないな」


 社の中に隠れながらもぐっじょぶぐっじょぶ、とこっそり賑わっている中で、同様に向こう側の声を聞いたエイカさんが一人そんな非難めいた言葉を零してくる。

 無論、その基となった険悪さに満ち満ちたやり取りそのものは俺の耳にも入ってきてはいるが、昨夜に断片的に耳に入った内容から多少は心構えが出来ていたからな。そしてピノに関しては、その口調からして明らかにおちょくっている安全段階なのも確信出来る。


「という訳なんで、ここはあいつに任せておけば問題ないでしょ。有事に面する前のセオリーとしても、今の内に朝飯、食っておきません?」

「……いただこう」

「ごはんー!」


 答える声は若干の葛藤のあと。この辺りの思考は流石、訓練された軍人だな。

 やはり巫女候補達二人のやり取りに後ろ髪を引かれる様に何度かを見返しつつ、声だけはクリアに響く事により情報収集としては充分と判断したのだろう。待ってましたとばかりに割り込んできたニケと共に、社の扉を開け中へと入ってきたのだった。

 帰ってきてからちょと思い付きの閑話執筆。明日の夜にでも投稿予定。それをもって遅れの分の回収という事で。

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